201:窓[ジェシ+シタ]
ユグドラシルの窓から見る光景はまるでスローモーション映画のようだった。
ゆっくりと崩れ落ちていく天空にある帝都をジェサイアはぼんやりと眺めていた。地上に激突した際に発生した衝撃波すら演出だと感じてしまう。
非現実的過ぎる。
世界中どこを探してもソラリスに対抗できる軍事力など存在せず、事実上エテメンアンキを攻略するのは不可能のはずだった。それなのに、たった一機の赤いギアに簡単に破壊された。ギアを操縦していたのはイド。
さらにショッキングだったことは、皆が仲間と認識しているフェイとイドが同一人物であるということだった。
エテメンアンキを叩き墜としたイドは今度はユグドラシルにターゲットを定めた。
あまりにも急激な展開であり誰も自分たちの置かれている状況を把握できていなかったのだろう。死を覚悟したものが果たしてあの中にいただろうか。
エリィが身を挺して止めなければ、ユグドラシルクルー全員の命はなかったのに、だ。
エリィとフェイを収容したユグドラシルは女王への報告のためシェバトへと向かう。
ショックを受けている若いメンバーを休ませてから、ジェサイアとシグルドにシタンはことの経緯をざっと説明する。
解離性同一障害、多重人格。
イドと二人のフェイ。
帰還後休む間もなくシェバト女王謁見の間で一同が集まり再度詳細な説明を聞くことになった。
情報が膨大すぎて未だに整理しきれていない。誰もが混乱しているようだった。
ジェサイアは淀みなく説明するシタンの顔を見た。疲労の色は隠せない。
その淡々とした声を聞き、同時に脳裏の片隅で繰り返し再生される光景を見ていた。
イド化したヴェルトールの機体からオレンジ色の光芒が幾筋も放たれた。光の剣に貫かれたエテメンアンキは砕かれぐらりと傾いだ。やがて、ゆっくりと眼下に横たわる雲海の下へと吸い込まれていった。
程なく伝わる衝撃波。
ソラリス。
その非人道的なやり方に嫌気がさして捨てた故郷だ。それでも、自分が生まれかつて暮らしていた懐かしい場所でもあるのだ。親しかった友人たちもたくさんいる。
閉塞した空間の中で彼らは何を知り得たのだろうか。悲鳴を上げる時間が果たしてあったのだろうか。
あそこにも善良な人々の生活が確かにあったのだ。地上で暮らす人々と何も変わらない。彼らにあんなふうに裁かれなくてはいけないほどの罪などあるはずはない。
一通りシタンの説明が終わると、引き続き長老会が招集された。
ほとんど議論されることもなく、結論はすぐに導き出された。
「どうやら皆さんの意見は一致しているようですね……。リスクが大きすぎます」
最後にシタンが締めた。
決議事項はフェイの半永久的なカーボナイト凍結。行われるのは明日。
ただ一人反対したエリィは「酷すぎる」と言い捨てると会議室から立ち去った。
その後ろ姿を目で追ってから、シタンはジェサイアの方を向いた。
ああ、わかっていると目で返事をする。
あの娘は必ず動く。
おそらくここでの結論がどうであったとしても、今後の展開は変わらない。カーボナイト凍結したところで何の解決にもならないのだ。それをジェサイアもシタン、おそらくバルトやリコも理解していた。
「どうする? ヒュウガ」
問いかけるジェサイアにシタンは周囲をちらりと見渡した。
「ここでは……場所を変えましょう」
密談の場所を指定したメモを手渡しシタンはさっさと部屋を出た。
今夜は忙しくなる。
まったく先輩使いの荒いやつだとメモを握りしめジェサイアは嘆息した。
※この話に関連するお題は時系列順に以下のとおりになっています。