195:ガラクタ[ジェシ+ヒ+シグ]
「ピー……あ、あんさん、よ……こそいら……っさいまし。ピ、ピ……」
確かにその不細工なロボットはしゃべった。
足を踏み入れた時、真っ先に挨拶とともに出迎えてくれたのはおもちゃのロボットだった。
それより遅れること数秒、部屋の主が顔を見せた。
「よ、ヒュウガ邪魔するぜ。シグルドはまだか?」
「はやかったですね、先輩。シグルドもそろそろ帰ってくると思いますので待っていてください」
「ああ……」
近々シグルドはブランシュ宅に引っ越すことになる。彼の妻ラケルの提案だった。手元に置いてシグルドのドライブ中毒治療にあたりたいと。そのための段取りと日程調整にその夜二人の部屋を訪れた。
ジェサイアの後ろをその小さなロボットがトコトコついてくる。ジェサイアは振り返りロボットの頭をポンと叩いた。
「あ、い……た。なにす……るん?」
ロボットは両手で頭を押さえた。
「今度は二足歩行ロボットのおもちゃか。少々しゃべりがたどたどしいな」
「まだ調整が必要ですね」
「……そういえば、九官鳥はどうした?」
ヒュウガはジェサイアの上着を受け取りにっこりと笑った。
「あの子はおしゃまでかわいかったですからね。引く手あまたでした。ラボの主任がお子さんのお誕生日だということで差し上げました。先輩も欲しいものがあったらやめに予約しておいてくださいね」
「ああ、そうする」
ユーゲントの寮は二人部屋であまり広くはない。ヒュウガのベッドの傍らには不要になったのか壊れたのかで破棄されたおもちゃや家電などが無造作に放り込まれていた。ヒュウガはどこからともなくそんなガラクタをも拾ってくる。修理をしたり、場合によっては分解してまったく新しいものにしてしまったり。
「ガラクタ増えていないか?」
「もっと色々つくりたいんですけどね、なかなかる時間がとれなくて」
「本当におまえは機械いじりが好きだな」
「好き……って言うのかなぁ。最下層でしたからね、物資は乏しかったので修理したりリサイクルしたりなんて当たり前のことでしたよ。私より兄たちのほうがもっと器用でしたけれど。もっとも、ここにきてそんな必要もないはずなのに、ついね。貧乏性なんですよ。それに、まだまだこの子たち十分動けるのに捨てられてしまうのはなんかかわいそうで」
「かわいそうねぇ」
確かにヒュウガは機械いじりをしていることが好きなのだろう。没頭すると寝食を忘れてしまうのは問題ありだが、それだけ夢中になれる作業なのだ。もしかしたら、エレメンツとしてソラリスの変革に手を貸すよりもよほど適正があるのかもしれない。
それにしてもと、ジェサイアは部屋をぐるりと見まわした。
ヒュウガが修理したり組み立てた妙な機械仕掛けのおもちゃがあちこちに置かれていた。そのほとんどがおしゃべりをしたり唄ったり踊ったりする疑似コミュニケーションをとることが可能なおもちゃだった。
前はこの手のおもちゃばかりではなかった。いったいいつ頃からだっただろうかとジェサイアは眉を寄せる。
「ぴ……ぴぴ……」
しばらくおとなしくしていた不細工なロボットの目が光り腕が上がった。
「シグ……シグルド……おかえり……おかえり」
数回足踏みをしてから、玄関へトコトコと歩きだす。
「あ、シグルドあと三十秒以内に帰ってきますよ」
「わかるのか?」
「ええ、あの子はシグルドが大好きだからわかるんですよ」
ヒュウガは楽しそうに笑った。
大好き?
おそらく、シグルドの歩幅、歩調、足音を覚えさせているだけだ。それを雑音に紛れても微妙な癖を聞き分け判断させている。結構手が込んでいる。
ヒュウガの予想どおりの時間でシグルドは帰ってきた。
引っ越しの段取りと日時を調整はすぐに終わった。
「ねえ、シグルドこの子もいっしょに連れていってあげてくださいね」
ヒュウガは、不細工なロボットを抱き上げシグルドに手渡した。
「これをか?」
シグルドは困惑した表情で押しつけられたロボットとヒュウガの顔を交互に見た。
「そうですよ。だって、シグルドのこと大好きなんですから置いていってはかわいそうですよ」
「はぁ?」
「ということで、何か飲み物持ってきますね」
にっこり笑ってキッチンへと向かうヒュウガを目で追ってから、シグルドはどうしようといった表情をジェサイアに向けた。
「もらってやれ。おもちゃのロボットくらいなら引き取ってやってもまあ大丈夫だ。ヒュウガのの代わりだ」
小声で言えば、シグルドはますます難しい顔をしてロボットを凝視している。
まったく理解できていないらしいシグルドの背中をぽんと叩いて、ジェサイアは鈍感なやつだと笑った。