192:のんびり[ラム+シグ+少女達]
「わー、きれい」
女の子たちは一斉に歓声を上げた。
皆で気晴らしを兼ねて訪れたハイキング。緩い坂道を登りきったところで、視界が開けた。白い小花が一斉に咲き乱れている。
「ソラリスのお花屋さんで売っていたのと違ってずっと地味だけど……。なんか、かーいーね、トロネちゃん」
セラフィータはトロネの手首を掴みぐいと引っ張った。
「わっ! バカ、転ぶぞ」
エーテル力を失ったケルビナも大きな瞳を見開いていた。ゾハルに依存していたエネルギーだけではなく人はエーテル能力も失っていた。でも、それは私にとって悪いことではなかったとケルビナは言う。気が済むま大好きな人の顔を見つめていることができるのだからと。
マリアはプリメーラとミドリに花輪の作り方を教えている。
「マリア……器用だな。私にも教えてくれないか?」
隣に腰をおろしたドミニアにマリアはにっこり笑った。
「ええ、器用ってほどのことは無いんですが。こうして最初に五本くらいまとめて……」
「随分とはしゃいでいるな」
シグルドは花の冠を頭にのせはしゃぐ少女たちの様子に目を細めた。
「ああ、彼女らも花は好きなんだな」
隣でラムサスも腕を組んで頷いた。
花が見頃だと聞いて花見に行くと言い出したのは誰だったか。別件で時間がとれなかったフェイ、エリー、バルト、ビリー、マルーが悔しがった。
少女達の計画を知って、シタンは口を挟んだ。
「生憎私も先輩も行けませんので、シグルドとカールの二人が護衛として同行してくださいね」
「おい、俺は若とマルー様と一緒に……」
「何無粋なことを言っているんですか。もう二人は一人前です。あなたが一々くっついてきたらやりにくいでしょう」
痛いところをつかれ、シグルドは黙った。
「だが、ヒュウガ、護衛もなにも、トロネもドミニアもセラフィータもケルビナも……皆揃って並大抵の男では太刀打ちできないほどの戦闘能力をもっているんだ」
ラムサスも怪訝な表情で聞き返す。
「彼女たちはそうですが、戦いとは無縁だったプリムやミドリも一緒です。ゼプツェンを失ったマリアも戦力にはならないでしょう。何かあったらたいへんですからね」
シグルドとラムサスは顔を見合わせて苦笑し、家局シタンの屁理屈に折れた形になり少女達の花見に付き合うことになった。
明るい陽光。
頬を掠める心地よい微風。
一面に広がる白い花の絨毯。
屈託のない笑い声が青く澄み切った空に響いていた。
くすりとシグルドの小さな笑い声が聞こえて、ラムサスは振り向いた。
目が逢ったシグルドはにやりと笑った。
「何がおかしい?」
「いや、おまえにもそんなにリラックスした表情〈カオ〉ができるのかと思っただけさ」
少しむっとした表情を浮かべるが、苦笑しまた少女達の方を眺め言った。
「俺はいつもそんなに息苦しい顔をしていたのか?」
「まあな。いつもキリキリ神経を張りつめていたというか」
「ジェサイアにもよく焦るな、肩の力を抜いてリラックスしろと言われたな。俺はあの男が何を言っているのか、まったく理解できなかったさ。その当時は、だが」
「あの頃、余裕がなかったのは皆同じさ。俺もヒュウガも……先輩ですら。だから、意識して無駄な時間をつくり、リラックスしようとしたのさ」
「俺はリラックスするための気晴らしの時間が無駄に感じ、意味を見いだせなかった。だから視野辺境に陥ったのさ」
「今でもイメージできないのか?」
それには答えずラムサスは木の葉を一枚ちぎり、銜えた。
ピーッと草笛の音が響いた。
「これは、フェイに教わった。何度やってもなかなか上手くいかなくてな。最近やっと音がでるようになった。非生産的だし何の意味もないことだが、なぜか楽しい。これも昔の俺ならば理解できなかっただろう」
「そうだな。まあ、時間はあるんだ。焦らずのんびり構えればいいさ」
ラムサスは頷きもう一度草笛を吹いた。。