190スパーク[ヒ*ユイ]
シェバト訪問の表向きの理由などいくらでもでっち上げることはできた。
ヒュウガの本来の目的などもっと単純なことだった。今や武術のというだけではなく、人生の師と仰ぐシェバト三賢人の一人ガスパールと会うこと。
たぶん、それが一番の理由だった。
が、実際には彼の孫娘ユイが作ってくれる料理が並ぶテーブルを一緒に囲み談笑しながら食事をする。それが何よりも楽しみになっていたように思う。
ユイの料理は絶品だった。ソラリスの一流レストランのシェフだって彼女の腕には敵わない。
物資の乏しいシェバトの限られた食材であれだけの料理を手際よく作り上げてしまう。たぶん、彼女はまちがいなく天才なのだろう。
この食卓は何処よりも居心地が良く、ヒュウガを「おかえり」と迎え入れてくれているように思えた。
失ってしまったもの。ずっと欲しかったものがある。
彼女とならばそれを作り上げていくことができるような気がした。いや、彼女以外にそれを理解してくれる人はもう現れないだろうと思った。
一生、共に歩いていきたいと思う女性に初めて出会った。
ユイは目を丸くして目の前の青年を見返した。
「今何を言ったの?」
「ええ、ですから結婚してください」
「結婚って、ソラリス人であるあなたとシェバト人である私が? 非現実的なこと思いつきで言わないでね」
「ええ、今の情勢ではしばらく通い婚になってしまうのは、致し方ないのですが、正式に世間から夫婦として認めてもらえばあなたの夫としてシェバトを訪問できますので」
ユイは不信感を露わにした目をヒュウガに向けた。
「で、私はあなたが堂々とシェバトを訪問するための道具なわけ? まあ、シェバト三賢人ガスパールの孫娘と結婚したとしたら周りの印象違ってくるわよね」
ヒュウガは焦って否定する。
「ち、違いますよ。そんな、つもりじゃないです」
「では、私のいったい何が気にいったの? さっきから利用価値しか話していないような気がするわ」
ヒュウガは困ったような顔をした。
「ええ、ユイ……あなたはすばらしい女性ですよ。料理の腕は一流ですし、家事万能で、それでいて武術の腕も確か。安心して家庭をまかせます。あなたのような女性にはじめて出会いました」
そんな言葉をすらすらと口にしながら、本当は違うのだけどとヒュウガは感じていた。
ユイと共にありたいと思った理由。それはヒュウガにすら漠然としていて言葉で説明することは難しかった。ただ今もこれからもずっとユイと一緒にいたい。一生ユイと添い遂げたいとそれだけを願っていた。
「それだけ?」
そう冷静に返されて、ヒュウガは一瞬たじろいだ。
さっきから、言いたいことが上手く表現できない。心を言葉にして伝えることができない。どのような言葉で説明すればいいのだろうか。
「……ええと、それとユイはとても綺麗です」
ユイの形の良い眉がつり上がり、見る見るうちに怒気で顔が朱に染まっていった。
ユイの右手がすっと上がった。次の瞬間……。
パチン。
ヒュウガの目の前で真っ白な火花がスパークした。
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