182:制服[ヒ+シグ]
その日は、入学前のオリエンテーションがあった。
ユーゲントに編入が許されてヒュウガとシグルドはラムサスとジェサイアに連れられはじめて学校を訪れる。
教官はヒュウガとシグルドを頭のてっぺんからつま先までじろりと値踏みするように一度見て、そのまま手元の資料を淡々と読み始めた。
その後、話終えるまで一度も目を合わせようとしなかった。
たぶん、納得していないのだろうとヒュウガは思う。
悪い人ではなさそうだ。こうして下層階級者がユーゲントというエリート校に入学してくる。それは時代の流れとして致し方ないし、優秀な人材であればその資質を生かすことはソラリスのためにもなる。それを頭で理解しているのだけど、見慣れぬ露骨な下層階級出身者を目の前にして、感情的に受け入れがたい。たぶん、そんなところだ。
「君たちの入学は特例中の特例だ。期待している。がんばりたまえ」
最後にそう締め、二人に手を差し出した。
ヒュウガはにっこり笑い、その手を軽く握って「ご指導よろしくお願いします」と頭を下げた。
教官は次にシグルドに握手を求めた。シグルドは動こうとしない。ぎろりと教官を睨んだままのシグルドの脇を肘でつついてヒュウガは握手を促そうとする。
シグルドはしぶしぶ手を差し出した。
その後学校内の施設を案内され、在校生たちにじろじろ見られた。
「なに、あれ」
「場違いなやつらがいる」
嘲りの声が二人にはっきりと聞こえるのは意識的にやっていることだ。
廊下でヒュウガは誰かにどんと押し飛ばされた。大柄な上級生がヒュウガにぶつかってきたのだ。これも、わざとだ。
「すみません」
「そんなぼーとしているんじゃ、ここではやっていけないぜ、新入り」
「以後気を付けます」
ヒュウガはぺこりと頭を下げ謝りながら、案外上流階級の人たちって子どもっぽいのかもしれないと胸中で嘆息した。
顔を上げると、すごい形相でヒュウガを睨むシグルドの強いブルーの瞳にぎょっとする。
そのまま打ち合わせるというジェサイアとラムサスを残しその日二人はさっさと寮へと帰った。
道すがらシグルドはずっと不機嫌だった。あからさまに苛ついている。大股で足早に歩くシグルドの後をなんとかついていきならヒュウガはシグルドに訊いた。
「シグルド……なにをそんなに苛々しているんですか? あの学校の人たちはエリート意識が高いから、でもきっと根は悪い人たちじゃないですよ」
シグルドは振り返り、ぎろりとヒュウガを睨む。
「ヒュウガ、俺が苛ついているのはあいつらのことじゃない。おまえのことだ」
「私の?」
ヒュウガはきょとんとした表情をシグルドに向けた。
「そうだ。なんであんな頭の悪そうな連中にへこへこ頭を下げられるんだ? そんなにあいつらに媚びて取り入って、プライドというものがないのか?」
ヒュウガはむっとしてシグルドを見返した。
「露骨に反抗的な態度で接して波風立てて何の得があるんですか。トラブって勉学に集中できないほうが、私にとって腹立たしい。何かあったとき一方的にこっちが悪いことにされる可能性が高いんです。そうなれば、カールやジェサイア先輩に迷惑をかけるし。頭下げたってどうってことない。プライドのあるなしは関係ありません」
シグルドは嘆息して宙を仰いだ。特に反論することもなく、今度は歩くスピードを落としながら寮に向かった。
二人寮にたどり着き、そのまま夕食をとり部屋に戻った。
部屋にはユーゲントの制服が届けられていた。
一応着てみようということになり、二人制服に身を包み、二人で鏡の前に立つ。
似合っているといえば似合っているような気がするし、まったく似合っていないようにも見えた。なんとなくおかしくて、鏡の前で二人お互いを指さして笑い転げていた。
しばらくして笑いがおさまったシグルドはいきなり制服を脱ぎ、はさみを取り出したと思う間もなくじょきりと、制服を切った。
ヒュウガはその突飛な行動に声をしばし失う。次の瞬間慌ててシグルドのはさみを持つ手首を掴んだ。
「何をするんですか? シグルド」
「何って、アレンジだ。腹の位置に穴を開ける」
「駄目ですよ」
「何故だ? 校則には制服の少々のアレンジはオーケーになっているぜ。いくつかのポイントの変更がなければ大丈夫だ。腹に穴を空けてはいけないと受け取れるような説明はどこにもない」
「でも、普通の人は腹を見せて外を歩いたりしないから、説明したりしないだけですよ」
「普通? 普通とはどこの普通だ。地上にはきっと臍だしが普通の民族がいるにちがいない。」
「どこですか? それは」
「知るか。ソラリスの価値観などくそくらえだ」
何を言っても無駄だ。まだ知り合って一ヶ月に満たなかったけれど、シグルドの熱さと意思の強さをヒュウガはよく理解していた。
シグルドは器用に制服のお腹の部分に穴を開けはさみを置いた。不織布でできている制服は、切りっぱなしでも解れることはない。
それをもう一度身につけ、シグルドはヒュウガの前に立った。
浅黒い腹が覗いていた。
それは、さっきよりもずっとシグルドに似合っているとヒュウガは思う。
「似合っていますよ、シグルド」
シグルドは満足そうに白い歯を見せ笑った。