175:なくしたもの[ヒ+ラケ+ビリー]
「あの人、もうすぐ帰ってくると思うから少し待っていて。夕食も一緒にいかがかしら?」
ビリーがラケルの後ろに隠れるようにして、顔だけを覗かせていた。そんなビリーと目が合った。
ヒュウガは少しだけ笑んで首を横に振った。
「カールと約束がありますから」
嘘だった。
シグルドが去ってから、ここはヒュウガにとって昔ほど居心地のいいところではなくなってしまっていた。
もちろん、ジェサイアもラケルも今まで通り暖かくヒュウガを迎えてくれるのだから二人の問題ではない。
たぶん、シグルドを探すビリーを見るのが辛いのだ。
最近はヒュウガがブランシュ家をビリーがまだ起きている時間帯に訪問することは滅多になくなっていた。今日は、ラケルに急ぎの用事があったから仕方なかっただけなのだ。
大好きなシグルドが突然いなくなってしまった。
優しかったシグ兄ちゃんがビリーを置いてどこかにいなくなってしまったということ。現実を直視するにはビリーは幼すぎた。最初のうちは、何度説明しても「シグ兄ちゃん何処?」と同じ問いを繰り返すばかりだった。
邪気なくこんな質問をされればいたたまれなくなる。特に何も聞かされていなかったラムサスは、ビリーの立場に近い。彼はもうブランシュ家に寄りつこうとはしなかった。
最近、ビリーもシグルドのことを口に出すことはしなくなり、表面的には落ち着きを見せているという。でも、シグルドの友人で同級生のヒュウガやラムサスがこうして顔を見せれば、ビリーもシグルドのことを思い出してしまうのだろう。
父親によく似た色の瞳を大きく見開きヒュウガをじっと見つめ何かを訴えている。
ヒュウガはビリーから目を逸らし軽く会釈をして、ブランシュ家を後にした。
シグルドは誰のモノでもない。彼が何処へ行こうが誰を選ぼうが自由なのだ。なのに、この喪失感はどうしたものだろうか。自分もラムサスやビリーと大差ない。
なんとなく寮に戻る気にならない。
一応、ラムサスに連絡をいれてみるが忙しいと素っ気ない。ミァンと一緒に調べものだという。
ヒュウガは、あれ以来腫れ物に触るようにラムサスに接ししてしまい、それをラムサスは敏感に察知し関係がギクシャクするという悪循環に陥っていた。その一方ラムサスとミァンは急速に親密になっている。優秀な女性でありラムサスの補佐としては申し分ないだろう。
ジェサイアの言葉通りすでにエレメンツは形骸化している。寂しいと思うけれど誰が悪いというわけではないのだ。
一人の味気ない夕食を済まし、兵器開発部のラボへと向かうことにした。特に急ぎの仕事があったわけではない。一人部屋にいると滅入ってくる。ラボにいたほうが気が紛れるような気がした。
仮眠室もシャワーもあるのだから泊まってしまっても問題ない。
ヒュウガはありもしない夜空を仰ぎ嘆息した。
「シグルド……あなたも罪な人だ」