168:罪[ジェサイア]
ぼんやりと朝靄がかかる早朝の森、見上げれば鋼色のバントラインが鈍く朝の光を反射させていた。ジェサイアは胸のポケットから煙草を取り出し、火を付けた。思いっきり煙を吸い吐き出して、やっとひとごこちつく。
無意識に手を突っ込んだズボンのポケットの中で、指先が金の指輪に触れた。そっと、取り出し眺めてみる。
指輪の持ち主だった生死を共にした男。一緒に戦った時間は短かった。それでも、最後まで行動を共にしたのだ。もし、彼が生きていたら良い友人になれたように思う。
男は地上に降りてから、随分と長い年月シェバトには戻っていないという。ジェサイアが知りたかった情報、マリアとゼプツェンについては何も知らないという。
それが本当のことか、まだ信用されていないだけだったのかはわからなかった。
シェバトのことが知りたかったから他にも色々と質問をした。
男は苦笑した。
「あんたは、知らないんだよ。シェバトは、シェバトの人間はそんな清廉なものじゃない。あそこに染みついた集合意識……シェバトの人間が皆等しく胸の奥に隠し持っているものはなんだと思う?」
「さあ」
「罪……さ」
「罪?」
「女王や年寄り連中が心の奥深くに隠した罪の意識だ。五百年前にやらかしたことへの罪の意識に未だに苛まれている。皆がそれから目を逸らしている」
「五百年?」
「もちろん、今生きるシェバトの住人には関係ないことさ。集団幻想にしか過ぎない」
「もしかして、シェバトが嫌いなのか?」
「あんたがソラリスを嫌う程度にはな」
「では、何故戦う?」
「なあに、ソラリスがもっと気にくわないからだよ。それに、シェバトには妻と娘がいる。それだけさ」
「明快だな」
「戦う理由など、単純な方がいい。俺の恩人が言っていた。今まで言ってきたこともその恩人の受け売りさ。この戦争で無事生き抜いていけたら、あんたに会わせてやりたい男だよ。工作員でな、ほとんどを地上で活動している」
「なんて、名だ? その男」
「ジョシュア……。ジョシュア・ブラックだ」
ジョシュアねぇ。
だが、今は懐かしの我が家だな。そう言いながら、煙草の火を消すと、バントラインに飛び乗りハッチを開けた。
すべてが、これからだった。
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