161:コピー[シグ+ラム]
久々にエテメンアンキへとシグルドはラムサスと一緒に出かけた。
そこのショッピングモールは、ソラリス一のというか唯一の繁華街。品物は豊富で流行のファッションから生鮮食料品や怪しげな薬品まで揃っている。
私服を思い切って一着購入した。もちろん自分好みに手直しするのは毎度のことだが。
生鮮食料品売場の前で、シグルドは足を止めた。地上から搬送された新鮮な野菜や果物や肉類がきちんとガラスの冷蔵ケース内に陳列されている。
留守番になってしまったヒュウガに新鮮な果物でも買っていこう。
「何を見ている? 果物か?」
「ああ、高いな。合成品の缶詰やレトルトと比較するとだけどな」
「生鮮食料品は割高だが、やはり人気がある。俺には理解できん」
ラムサスの口調は憮然としていた。
「何でだ?」
「味も大差ない、栄養価も変わらない。いや、むしろ合成品のほうが強化されているくらいだ。それなのに……なぜ地上から搬送してきた生鮮食料品がこれほどありがたがられるんだ?」
「加工品は所詮合成品だ。限りなく自然にあるものに意識的に似せてあるじゃないか。意識的に似せてあるところがポイント。つまり、コピー商品、本物じゃないってことだ。似せようとする以上、本物に限りなく近づけることは出来ても決して本物にはなれない。本物を越えることはできないだからさ」
そう言ってから、シグルドは小粒のリンゴを三個買った。自分とラムサスとそしてヒュウガの分だ。
商品を受け取って、ふと、横を見ればラムサスは顎を掴んで難しい顔をしていた。
まったく、何をつまらないことで考え込んでいるんだか。シグルドは嘆息した。
と、不意にラムサスはシグルドの方を向いた。その睨み付けるような視線にぎょっとする。
「だからって、コピーが本物より劣っているとは言えない」
苛ついた声。
眉をつり上げ頬が朱を帯びているのは興奮しているせいか。
ちらりと見れば、店の主人が困ったような表情をしていた。
店の前でディベートをやらかすわけにはいかない。いや、ディベートなんて気の利いたものではない。外に連れ出したほうがいいだろう。
シグルドはラムサスの腕を掴むとドアに向かってつかつかと歩き出した。
自動ドアが開けば、頬に涼しい風が当たった。
店内より少しだけ肌に感じる風が涼しいのは、演出だろうか。外の世界を感じさせようとする。
外というのもソラリスにおいては妙な表現だと思う。ソラリスは閉鎖空間、もともと外などではないのだ。いや、内外などそれこそ相対的なものだから、別に気にするほどのものではないのだろう。
そんなふうに感じてしまうのは、シグルドが無意識のうちに地上というソラリスより解放された世界を知っているからなのだ。
外へ出るとラムサスはシグルドの腕を振り解いた。そのまま黙って何かを考えるように俯いていた。やがて、顔を上げシグルドを見た。
仏頂面ではあるが、いつもの平静さを取り戻しているように見えた。
「悪かったな。俺らしくもない」
「気にするな」
シグルドはそれだけを言うとニッと笑った。
いったいどうしたんだ? などと余計なことを訊いてラムサスを困らせるつもりはない。たまにあることだった。
普通の人間にはどうってことない雑談の『何か』に反応して、感情が乱されムキになってしまうことが。もっとも、感情的な反応を返してしまうのは、自分やヒュウガやジェシー先輩くらいなんだろう。
シグルドにはその『何か』の正体はわからなかった。気にはなっているのだが、見当もつかない。
まあ、気にしても仕方ないとシグルドは思う。これは、カーラン・ラムサスの問題なんだから。
「帰ろうぜ、ヒュウガが待ちくたびれている」
シグルドの肩を叩き帰宅を促すラムサスの表情は特に変わったところはなかった。ほっとして、リンゴの包みを差し出した。
「では、これ持ってくれ」
「おい、お前の荷物が多いのは服の買いすぎだ」
「だから、リンゴはお前の分も一個入っているんだよ」
ラムサスの抵抗など無視してリンゴを強引に持たせれば、ふわりと甘酸っぱい匂いがした。
「いい匂いだな」
ラムサスはぽつりと言って顔を上げる。少しだけ目が笑っていた。