155:フルーツ[旧エレ]
それは、ヒュウガ、ジェサイア、ラムサス、シグルドの四名が打ち合わせを終え、雑談をしていたときのことだった。
彼らの教官が籠に盛ったフルーツを差し入れてくれた。
地上から帰還した上官からたくさんもらったからお裾分けだと言って。
その中にある一つの黄色い凸凹した皮のオレンジのような果実が気になり、ヒュウガは一つ掴み匂いを嗅いだ。
「それね、香りはいいけど、酸っぱいからそのまま食べるのは無理。ビネガーかわりよ。食べるのならオレンジかリンゴかキーウィにしてね」
と教官は笑い部屋から立ち去った。
その黄色い果実を見たとき、いや、その強く清々しい芳香を嗅いだその瞬間、その果実の名前を唐突に思い出した。
――柚子。
冬至の日、柚子を風呂に入れる。
冬至は二十四節季の一つで、一年で一番日照時間が短い日だと祖父が言っていた。つまり一番夜が長い。地軸の傾きによって日の長さが違ってくるわけだから、北半球の冬至は南半球にとって夏至となる。他にも、赤道から南回帰線、北回帰線にかけての緯度だとまた事情が違うはずだ。
もちろん地上に限定される話で四季のないソラリスに住む者にはまったく関係ない。
冬至の日、柚子湯に入ると一年間病気をしないで済むのだという。祖父が住んでいた地上の風習らしい。
あの第三層にいながら、かつて祖父が住んでいただろう地域で冬至になる日に、一体どういう手を使ったのか、その柚子を用意した。そして、なんだかんだ理由をつけ、それを公衆浴場へ持ち込んだ。
もちろん、冬至に入浴の順番が回ってくるとは限らなかったから、冬至の前後だった可能性もある。
そのことをずっと忘れていた。ヒュウガは端末に向かい、暦を確認する。
冬至は明後日ではないか。
そんなヒュウガの様子に、怪訝そうな表情でジェサイアは訊ねた。
「何を調べている? その果物がどうかしたのか?」
「あ、いえ。それより、これよろしければ私にくれませんか?」
「食えないものをわざわざ選ぶとは、物好きなやつだ」
ラムサスが呆れ顔で、リンゴを一つ掴んで囓る。
「いえ、食べるわけではなくて、他の利用法があるんですよ」
「他の利用法?」
二つのオレンジをお手玉代わりに弄びながらシグルドもヒュウガを見た。
「興味ありますか? それには湯舟が必要ですね。生憎、寮にはバスタブついていないし、部屋は改造禁止だからどうしようもないんですよね。先輩の家、バスタブ付いていますか?」
「ああ、一応あるぞ。あまり使っていないがな」
「それを貸していただければ、その利用法を説明できますが」
ジェサイアは頷いた。
「よし、決まりだな。今から来い。そんな食えもしない果物、何に使うのか気になってしかたない」
「いいえ、今日では駄目なんです。明後日の晩なんとかなりませんかね」
「そうか、それならば全員明日の夜は予定をいれるなよ。命令だ」
「いきなり横暴な」
ラムサスが文句を言う。
「俺がそう決めたんだ」
「勝手に決めてラケル先輩迷惑しますよ」
シグルドも一応意見してみたりする。
「いや、むしろ面白がると思うぜ」
こうなったジェサイアには逆らえない。シグルドとラムサスは顔を見合わせ、あきらめのため息をついた。
おとなしく明後日の夜はこの横暴な先輩宅へ三人揃って行くしかないだろう。
ヒュウガはくすくす笑い、三人のやりとりを楽しそうに見ていた。
「柚子湯なんて何年ぶりだろう」
三人に聞こえないくらいの小さな声で呟き、手に持った柚子にもう一度鼻を近づけ目を閉じた。