143:嘘[ジェシ+シグ]
最後の一拭きを終える。
かたり。
指紋一つついていない銃をテーブルの上に置いた。
テーブルの上にあるグラスに残った酒はあと数口ほど。
さっきまで一緒に酒を飲んでいたヒュウガは「先輩と違って忙しい身ですから休ませていただきます」と憎まれ口を叩いてさっさと切り上げやがった。
「ジェシー先輩、まだ休まないんですか?」
背後から声をかけてきたのは、もう一人の後輩シグルドだった。
「ああ、これ飲み終えたら寝るわ」
シグルドは椅子をひきジェサイアの隣に腰をかけた。
「ヒュウガと何を話していたんですか?」
「まあ、色々とな。今までこちらで分かっているシェバトがらみの情報をまとめて整理したり……。が、あいつの言うことが全部本当だって確証はねぇしな。たまに俺達はあいつの都合良くつく嘘に操られているだけなのかもしれないと不安になる」
シグルドはクスリと笑って、テーブルに肘をついて、顔の前で指を組んだ。
「俺も最近気が付いたんですが、ヒュウガは嘘なんてついていなかったんですよ。昔から」
「ヒュウガの言うことは八対二くらいで嘘が多いと俺は思っているんだがな」
ジェサイアは頬杖ついてグラスを口に運んだ。
「心にもないことを。ジェシー先輩は、俺以上に理解していたんでしょう? ヒュウガは言わないだけです。言わない、言えないということは理由がある。あいつは昔っから、最終的に、俺達にとってもそれで良かったんだと思える結論を導き出しているんです。今回だってきっと」
「その根拠は?」
「勘です」
きっぱりと言い切るシグルドに、ジェサイアは苦笑した。
「勘……か。勘がはずれたらどうする?」
「どうって……諦めます。でも、今の俺達はヒュウガを信じることくらいしかできないし、それが最良だと俺は思っています」
「大した信頼だな」
「信頼……って言うんでしょうかね。ヒュウガは俺なんかよりずっと見えすぎていた。たぶんそれは守るべき執着するものがなかったからなんです。俺は違う。若を守り、若を基準にすべての判断をすれば良かった。若のために、若の家を取り戻すことを最優先に。シンプルなものです。でも、それは世界を見通す目を濁らせる可能性もある」
「それはそれで大切なことだぜ」
「もちろんです。俺は自分のそういったやりかたが間違っているとは思わない。でも、ヒュウガはその情を切り捨てざるを得ないときは切り捨ててしまうでしょう」
「ああ、間違いなくそうするな」
「たとえ、俺達にとって最悪の結末を見せるだろうことを決断したとしても、そうしなくてはいけない理由があるんです。そして、その決断は大局的にはたぶん正しい。俺達を裏切らざるを得なくなったとしたら、一番傷つき苦しむのはヒュウガです。だから、俺は何も訊かない。ヒュウガも何も訊かない俺に『何故訊かないのか?』とは決して言わない」
「不器用な後輩どもだな。おまえもヒュウガも」
シグルドは苦笑して銀色の前髪を掻き上げた。
「いざとなったら、先輩が止めるつもりなんでしょう? 止められるのは先輩だけですよ」
「おいおい、そんなに買いかぶらないでくれ。あのやろーを止めるなんて無謀なことやりたかねーよ、命がいくつあっても足りねぇ」
酒が僅かに残ったグラスを握りしめる。
視線を感じ、シグルドの方へ顔を向けた。真剣な表情の後輩と目が合った。
シグルドの澄んだブルーの瞳が語りかけていた。
――でも、ヒュウガは撃たせますよ。
そうだ。それが、安息を手に入れるただ一つの方法であるかのようにヒュウガは無防備な背中を俺に向けるだろう。
ジェサイアは目を伏せ首を左右に振った。
――ああ、分かっている。
苦いものがこみ上げてくる。ジェサイアはグラスに僅かに残った酒を一気に呷った。