124:バスタイム[旧エレ]
四人揃ってのミーティング。
話し合いは深夜におよび、帰宅するのも面倒だと一同意見が一致した。
仮眠室で雑魚寝は仕方ない。
着替えはないとはいえシャワーくらい浴びておこうということになる。
最後にシャワーを浴びたヒュウガが、水を飲みながらぽつりと言った。
「湯舟にゆったりと浸かりたい」
ソファーにだらしなく寄りかかっていたジェサイアが聞き返した。
「湯舟?? バスタブのことか?」
「ええ、そうです」
「バスタブは、ガゼルでもだいたい半分くらだな。持っているのは。好みの問題だろうが。カールん家はどうだった?」
シャワーを浴びても、まったくリラックスしている風ではなくデスクチェアに腰をかけているラムサスが顔を上げた。細い金髪はもう乾いているのか、空調にさらさらと揺れていた。
「いや、俺の育った家も、普通にシャワーだけだったぞ」
眉間にしわを寄せ難しそうな表情で考え込んでいたシグルドにジェサイアは気が付き声をかけた。
「おい、無理に思い出そうとするなよ。また頭が痛くなるぞ」
難しそうな表情を崩さず顔を上げたシグルドが言った。
「俺は、湯を浴びた記憶がないぞ」
「地上では体を洗わないのか?」
「……そういうことではなくて、いつも水浴びをしていた記憶がなんとなくある……が、あれは遊んでいただけなのか?」
手のひらを額にあてシグルドはそのまま頭を垂れた。ジェサイアはそんな彼の頭を慌てて抱き寄せる。ぐしゃぐしゃと銀色の髪をかき混ぜた。
「そんなこと、どーでもいいことなんだから思い出そうとするな」
「だが、なぜバスタブにゆったりと浸かりたいになるんだ? もともと、体の汚れを落とすのが目的だ、バスタブなど非合理的だろう」
カールの疑問に、ヒュウガは苦笑した。
「いえ、湯舟に湯をはって浸かるというのは、別に汚れを落とすわけじゃないんですよ」
「では何の目的だ?」
「湯にゆったりと浸かればリラックスできるし、筋肉の疲れもほぐせますから」
そこへシグルドの頭を抱えたままのジェサイアが口を挟む。
「ちょっとまてよ、第三階級市民宅ではみなバスタブがあったのか?」
ヒュウガはくすりと笑った。
「まさか、第三階級市民の家では、バスタブはおろかシャワーすらありませんでしたよ」
「体を洗わないのか?」
ラムサスが身を乗り出した。
ヒュウガはさらにくすくすと笑う。
「もう、カールもいい加減にしてくださいよ。三級市民の家にはね、シャワーすらなくて、週一回、皆共同浴場へ行ったんですよ」
「共同浴場って?」
三人、声を揃えて訊いた。
「だから、一人ずつ風呂にいれていたら効率悪いしエネルギーの無駄なので、時間を決めてまとめて少し大きめの湯をはったタブに浸かって汚れを落とすんですよ。週一回程度順番がまわってくる程度でしたけど、入れないよりマシです」
「おい、まとめてって、赤の他人と並んで身体洗うのか? 素っ裸でか?」
ジェサイアが目を丸くする。
「もちろんですよ。男女別ではあったんですけど。お互いの背中を流し合ったりして。共同浴場って、一種の社交場だったんです。第三階級って、娯楽ってあまり多くないしね」
「俺のわずかな記憶でも、集団で素っ裸になって体を洗い合うなんていう記憶は無いぞ」
ジェサイアとラムサスも黙って頷き合う。
しばし、絶句。カルチャーショックに言葉を失う三人の顔をヒュウガは交互に眺めて言った。
「中流階級以上の方々には信じられないような習慣なんでしょうね。そういった飾り気のない付き合い、本心からの付き合いを『ハダカノツキアイ』っていうんですよ。第三階級の生活で、数少ない楽しかった思い出です」
ヒュウガは穏やかに微笑んだ。