237:夢破れて[ラム+シグ]
光が強ければ白く、光が弱まれば世界は灰色に、やがて黒い闇がすべてを覆う。ここはそんな無彩色の世界だ。
窓の外は、どこまでも続く荒涼とした雪原。
カーラン・ラムサスはぼんやりとにじむ地平線を遠くに眺め、目を細めた。
このようなところで、自分は何をしているのか。なぜ、この身体がまだ存在するのか。
ただひたすら理想国家実現のために走り続けてきた。
自分にとって理想国家とは何であったのだろうかと、ラムサスは己に問う。
理想国家とは、カーランラムサスの存在意義そのもの。
塵だ塵だと侮蔑の言葉を浴びせ続けた法院やカレルレンより高く登り詰めなければ、この世界からずっと拒否され続けるのだと、ずっとそう思いこんでいた。
「カール。起きていていいのか?」
自分を『カール』と呼ぶ人間は、四人だけ。もっとも、その中のただ一人の女性だったミァンは……もういない。
ラムサスは振り返ることをせずに答える。
「ああ、もう身体は大丈夫だ。……迷惑かけたな」
「何を言っている」
シグルドはラムサスと並んで同じ方向に視線を向けた。
「さんざんおまえたちの邪魔をした。敵であった俺を救出するなど、さぞかし反感を買っただろう」
「どうだかな。もう、ソラリスとかラムズなどと言っていられる状況じゃなくなっているからな。おまえが敵将だったかなんて認識すら、ないんじゃないか」
ラムサスは苦笑した。
「まったく、大したことではないのだな」
「人間一人の存在など、どれほど優秀であっても大したことないさ」
二人は並んだまま黙って窓の外を眺めていた。
気がつけば雪の振りが烈しくなってきている。地平線は、もう見えない。
「俺は、理想国家という自分が作った亡霊に踊らされた。それこそがカレルレンの策略だったのかもしれない。おまえも、ジェサイアもヒュウガも……皆、それが幻想でしかないことにすぐに気づいたんだな。俺一人が振り回されていたわけだ」
「俺にとって理想国家は夢だったと言っただろう? おまえに見せてもらったつかの間の夢。……だが、夢はいつか覚める。覚めたとしても、楽しかった夢はやはり楽しかったのさ」
「まったく、俺一人で……つまらない夢をいつまでも追い続けていたとは、惨めだな」
「相変わらず自虐的だな。楽しかったと言ったのだから、それで納得しろ」
「楽しかったか。俺は……俺を受け容れてくれる世界が欲しかった」
ぽつりと言ってラムサスは目を閉じた。
ラムサスのイメージする理想国家の頂点に立つのはラムサス自身だったのだ。それは、自分の思い通りになる世界。誰も自分を見下したりはしない。
まるで、子どもの夢の国のようだ。
耳元でシグルドの大きなため息が聞こえた。
「まったく、ヒュウガにひっぱたかれても、まだ気づいていないのか? そんなもの、もう随分昔からおまえは持っている。それから目を逸らしてしまったのはおまえ自身だ」
「え?」
ラムサスは顔を上げ、シグルドを見た。
目が合う。一つになった、ブルーの瞳。あの時、理想を語り合ったユーゲント時代となんら変わらぬ瞳が穏やかに笑っていた。