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良夜

「おい、待てよ。ネス」

「子どもじゃないんだから、一々ついてくるな」

「ネスってば、こんなに足速かった?」

ネスティはピタリと足を止め振り返り、後をおいかけてくるマグナを睨んだ。

「知るか」

その様子に、今日も苛ついているなと、マグナは嘆息した。

ここ数日ずっとこんな調子だ。

聖地の森。

かつて、禁忌の森と呼ばれ地図上からも抹消されていたこの森は、いつしか人々からそう呼ばれるようになった。

聖なる大樹を抱く森。

メルギドスの最期の企み、リィンバウムにばらまかれた原罪を浄化し続けた聖なる大樹。その正体を知るものは、少ない。

聖なる大樹になってしまったネスティが、人として帰ってきてから二週間が過ぎようとしていた。

一緒に戦った仲間たちは皆、もう一度彼に会うことを望んだ。

そして、奇跡を祈った。しかし、祈りは届かず、二年の時が過ぎた。誰もが、マグナですらあきらめかけた。

せめてこの場所で人間をずっと見守っていてくれと願った。

それが、いきなり帰ってきた。

マグナとの約束を果たすために。

ネスティの顔を見たとたんに、呆然として口もきけなかったラウル師範。大泣きするミモザ先輩。皆が、再会の喜びに胸がいっぱいだった。

お祭り騒ぎがしばらく続いた。ネスティは、そんなかつての仲間たちを不思議そうに眺めていた。

お祭り騒ぎが一通り終わると、ネスティはマグナに言った。

「派閥に顔を出して召喚師としての責務を果たさないとな」

大樹になってしまう前と同じペースで、仕事をしようとするなど、その生真面目さは、ちっとも変わらない。身体はまだ本調子ではないだろうに。

そんなネスティを周りは制止した。

大樹になり、また再構成されて生まれ変わるなど、前例のないことをやってのけたのだ。その仕組みも、理屈も分かっていないのだから身体チェックを受けながら少しずつ馴らしていくのが賢明だろう。というギブソン先輩のアドバイスには素直に従った。

自分が同じことを言っても、ちっとも聞きやしなかったくせにと、マグナは半分面白くなかった。

リハビリのメニューはラウル師範とギブソン先輩が中心になり、派遣された派閥の医療班と相談しつつつくった。取りあえず、大樹がある森にいた方が無難だろうという医療班の判断から、もう少し森で生活をし、様子を見ることになった。

毎日の散歩もメニューの一つだ。

そう、そのころはまだ苛ついてなどいなかった。それが、一週間ほど前のことだった。

隣に立つマグナにネスティは怪訝そうな顔をして訊いた。

――マグナ、君はこんなに背が高かったのか?

――え? あ、あれから背は少し伸びたんだよ。今はネスと同じくらいだと思う。

ネスティの表情が変わった。そして、目を逸らして言った。

――そうだよな。二年も経っているのだから、当然だな。僕は何をバカなことを言っているんだろうな。

それからのネスティは、考え込むことが多くなり。口数も減った。

いつも、マグナが一緒だった散歩も黙って一人で出かけてしまうことが増えた。気づけばマグナは慌てて後を追う。

大樹になり、二年の時をかけて再構成されただろう肉体。正直、不安だった。何が起こるかわからない。目を離せないのだ。

木漏れ日の中、足早に進んでいたネスティが不意に立ち止まった。追いついたマグナも立ち止まる。ネスティは、目を細め梢の隙間から覗く青空を見上げていた。

マグナは声をかけるにかけられず、そんな兄弟子の横顔を見つめた。相変わらず光に溶け込んでしまうような白い肌だ。

この兄弟子が何を思い詰めているのか、マグナなりに考えてみる。

ネスティにとっての二年間は、まどろみの中に少しの間いたくらいの感覚だと言っていた。なのに、目が覚めたら二回も季節が巡っていたのだ。

二年という時の流れは、まだ成長期だったマグナを確実に変化させていた。

ネスティにとって、マグナは二年前と同じ弟弟子なのだが、本当はあの時より精神的にも肉体的にも間違いなく大人になっているのだ。

マグナだけではない。アメルもその容姿に少女っぽさを残しながらも、大人っぽく美しい女性になっていた。イモ好きは相変わらずだったが。

変化は、マグナにとって緩やかなものだったが、ネスティにとっては急激な変化なのだ。

ネスティ一人が時間の流れに置き去りにされていた。

自分はネスティが帰ってきてくれたという喜びに手一杯で、彼の戸惑いにまで気遣うことはできなかった。無神経だったと反省する。

「ネス……、俺、何か気に障るようなこと、言ったりしたりしている?」

ネスティはマグナの方へ振り返り、首を左右に振った。

「ごめん、マグナ。最近、苛つきっぱなしで悪いな」

「二年も経っちゃったんだよな。俺、少しはしゃぎ過ぎていたかな。ネスが戸惑うのは当然なのに」

「目が覚めてからの変化を受け入れるのは、かなり抵抗があるみたいだな。自分でも情けないと思うよ」

「ネスは、俺の身長が伸びたことや、ラウル師範の白髪が増えたことや、アメルが綺麗になったことや、そんな皆の変化に驚いていたよね。驚いたあと、すごく寂しそうにしていた」

「ああ、確かにそれもあるが、いやそれがきっかけではあったんだけどな。本当のところは……」

「他にもあるのかい?」

「今は、うまく言えない」

「いいよ無理に言わなくても。時間はいくらでもあるんだから。だから、帰ろうぜ」

マグナは、ネスティの肩に手をのせた。

小屋に戻ってから、二人はほとんど口をきかなかった。空気が重い。

たぶん、二人とも変に気を遣い過ぎているのだ。だから、口に出す前に考えてしまい、どうしてもギクシャクしてしまう。

アメルかバルレルでもいてくれれば、また少し状況が違っていたかもしれないと、マグナは嘆息した。

アメルはネスティが戻って安心したのだろう。ロッカ、リューグの双子の兄たちと一緒にアグラじいさんの家に行っている。久しぶりの一家団欒ということになる。彼女がこちらに戻ってくるのは、明後日の予定だ。

バルレルは、たまにふらりとどこかに行ってしまう。おおかたどこかで酒を飲んでいるのだろう。今夜も帰ってきそうにない。

もしかすると、彼なりに気を遣っているのかもしれないと、マグナはなんとなく思う。

二人きりの夕食後、早々にネスティは自分の寝室に引き上げた。

マグナは迷っていた。ドアをノックすべきか、そうっとしておくべきか。

しばらくの時間ドアの前でうろうろする。

が、やっと決心してドアをノックした。

「ネス、寝た? 入っていい?」

「どうぞ」

真っ暗だ。

明かりも点けずに、何をしているのだろう。

暗闇に馴れた目に、ぼんやりとネスティの後ろ姿が映った。しかし、さらに目を凝らしてマグナはぎょっとした。

彼はたぶん何も身につけていない。全裸だった。

「ネス……。どうしたの? 風邪をひくよ」

なんと間抜けな声のかけかただろうか。ネスティは答えない。マグナに背中を向けたまま、ただ佇んでいる。

窓からのぼんやりとした光のみが、ここにある光のすべてだ。今夜は満月だ。

そんな柔らかい逆光の中、ネスティの身体のラインが金色に縁取られている。

声もかけられずに、黙ったままマグナは見つめていた。

不意にネスティが振り返った。

ドキッと、心臓が強く鳴った。

どぎまぎしているマグナにはお構いなしに、ネスティの白い腕が、すっと伸ばされた。

「マグナ、こっちへ」

ゆっくりと近づくマグナにネスティは言った。

「君の目に僕の身体、どう見える? 二年前の僕と何が違う?」

「何がって言われても。暗いから、よく見えないよ」

ネスティは、マグナの手首を掴み、自分の裸の胸に手のひらで触れさせた。ネスティの肌はさらりとしていて、温かい。昔のままだ。

「触った感じはどうだ?」

「たぶん、昔と同じだよ。でも、明かりも点けずに、何故?」

ネスティの胸の上にあてた手のひらを、ゆっくりと滑らせながら言った。

とくとくと、心音が手のひらを通して伝わってくる。

「まだ、明るい中で自分の肌を曝す勇気はないんだよ。昔とはまったく違う理由で」

マグナは顔を上げ、間近にあるネスティの顔をまじまじと見た。

ネスティは、自分が融機人であるということをずっと隠していた。そして、そのことを仲間に告白した後も、肌を見せたがらなかった。

肉体と融合した機械部分が薄い皮膚を通して透けて見えていた。白い肌に浮き上がる模様は、融機人の特徴だ。

ネスティは、機械と融合した身体にコンプレックスを持っていた。無理もない。そんな彼の身体を目にした人間たちは皆、幼いネスティに対し酷い言葉を投げつけたのだ。

――なんてグロテスクで醜い。

マグナは、それをはじめて目にした時素直に“かっこいい”と思った。だから、そう言った。

はじめて肌を重ねた時、“綺麗だ”と思った。だから、そう言った。

しかし、今のネスティにの白い肌からそんな模様が綺麗に消えていることをマグナは知っている。

彼が大樹から新しい肉体をもらって再生した時、その白い肌には何も描かれていなかった。それに、この程度の薄暗でも近づけばあの模様は見えるはずだ。

確かに戻ってきてからのネスティの身体は普通の人間と何ら変わらないように見える。

「一昨日、身体チェックを受けた時、派閥の医療班は首を傾げていたよ。融機人の特質のうちのいくつかが消えているってね。もう少し調べてみないと最終結論は出ないとは言っていたが、免疫機能を高めるための投薬はもう必要ないそうだ」

「うん、よかったじゃないか」

「ああ、それはよかったと言うべきことなんだろうと思うよ。この世界では投薬無しでは生きていけない不自由さは無くなったのだから」

「ネス?」

「でも、君はあの機械と融合した身体を見て『気にしない』と言っていたね。『綺麗だ』とすら言ってくれた。それなのに、融機人〈ベイガー〉とは微妙に違ってしまった僕に『よかったじゃないか』と言う」

「そんな、ネス。俺は、思いつきでその場しのぎのいい加減なことを言っているわけじゃないよ」

「君を責めているんじゃないよ。融機人の身体はこの世界で生きていくには不自由なものだ。肌を曝せば気味悪がられ、薬がなければ生きていくことすらできない。それでも、そんなネガティブな素因もすべて、僕が僕である証だった。僕は最期の融機人だ。そして、もう子孫に遺伝子を伝える術はない」

何を言えばいいのか。「そうだね」とも、「違うよ」とも言えず、マグナは俯いた。

ネスティはそれに気づいて言った。

「君を困らせるつもりはなかったのだが、悪かった。混乱しているんだよ僕は。自分が自分でないような感じというのかな。融機人の外観が色濃く出ていたころは、人にあの身体を曝す勇気はなかった。が、今は自分自身に曝す勇気が出ないんだよ」

ネスティはくるりと背を向けた。

こんな時に限って言葉は見つからない。マグナは、泣きたくなった。そして、背中からネスティをそっと抱きしめた。

ネスティは胸の前で重なるマグナの腕をそっと掴み言った。

「僕が自分で整理をつけなくてはいけないことなんだ。だから、もう少し時間をくれないかな」

「うん」

マグナは、額をネスティの肩に押し付けた。

二人はしばらくの間、その姿勢を崩さない。緩やかにお互いの体温が行き交うのを同時に意識していた。

温かい。

身体の芯がぼうっと温かくなり、それとともに胸の痛みが溶かされていくような気がした。ネスティも自分と同じ温かさを感じてくれているのだろうか。感じていて欲しいと思った。

この二年の間、こんなふうに、誰かとお互いの体温を分け合うこともなかった。いや、そんな余裕などなかった。

こうして折角帰ってきたのに、今まで触れる勇気はなかった。

たぶん、恐かったのだ。再生されたばかりの彼は、さなぎから脱皮して、羽根を広げる前の蝶のように感じた。柔らかく、デリケートな身体。下手に触れて、もし何か重大なダメージでも与えてしまったらどうしようかと。

こうして触れてみて、マグナはどれだけ自分がこの温かさを、熱を欲していたかを思い知る。

瞼を閉じれば脳裏に鮮やかに蘇る。肌を重ねたのは、ほんの数回なのに。

その時の表情、声、熱、シーツの擦れる音。

そして、彼がどんな風に自分に触れてきたのかもよく覚えている。不意にネスティの細い指の感触が肌の上に蘇り、ずきんとした。

目を覚ませば、じっと自分を見つめる彼がいた。逆に、マグナの手を握ったまま眠る寝顔を飽きもせずにずっと眺めていた時もあった。

そして、いつもいつも思った。

綺麗だと。

マグナは、抱きしめる腕に力を込めて言った。

「ネスはちゃんと、すごく綺麗だよ。今も昔も。うまく言えないけど、ネスは世界でたった一人の融機人ではなくて、たった一人のネスなんだ。だから、ネスがどう変わろうが、俺にとってはネスはネスだよ。だから……、だから、頼むから俺をもう一人にするなよ」

泣き声になりそうだった。それをなんとか抑えた。

ネスティが大きく息を吐くのが分かった。

そして、唐突に彼は言った。

「ところで、なぜ僕だけ裸なんだろう」

「それは、ネスが勝手に………」

マグナの腕を振りほどきくるり振り向くと、ネスティはきっと睨み付ける。

睨まれてマグナは、目をぱちくりさせた。

その様子にネスティは、「まったく、君ってやつは相変わらずだな」と笑い、マグナの首に両腕を絡め口づけた。

温かく、柔らかい。ずっと、欲しかった。

ああ、本当に彼は帰ってきたのだ。

夜も更け、闇も深くなっているはずなのに部屋の中はむしろ明るい。

時間とともにゆっくりと角度を変えた月の光が、窓から直接部屋に射し込んでいるせいだ。

何度も何度も、お互いの熱を求め与え合った。

繰り返し、相手の肌に触れた。

そうして、満たされて眠る二人を銀色の月の光が包んでいる。

小さなふたつの寝息だけが、しーんとした部屋の空気を静かに揺らしていた。

たいへん、お待たせしました。

リクエスト小話なんとか、完成しました。

今回は、幸村まなつ様からのリクエストです。

お題は「綺麗なネス。ネスマグみたいなマグネス」ということでした。

やはり、自分でもマグネスだか、ネスマグだか、よくわかりません(笑)

いや、もう百合だから、どっちが受けでも攻めでも大差ないようです。

ところで、ネスの身体ですが、サモナイ3番外編で「樹になったのはネス」を選択すると、「厳密に言うと僕は融機人ではない。薬の入らない身体になった」(うろ覚え)みたいなことを言います。

でも、ラストで、融機人としての能力を使おうとすると、模様がやはり浮き出るようです。(アメルは天使としての能力を出そうとすると、羽根がはえます)

それと、アメルとフレイズの会話から、この三人+護衛獣は一緒に住んでいますね。

4人の家族ごっこというのは、なかなかツボなので、私的にはまったく、おーけーです。

良夜〈りょうや〉とは、月の明るい夜のことです。

多くは中秋の名月を言うようですが……その割には月の描写はないですね。

※幸村まなつ様に限り無断転載自由です。

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