シグルドの十七歳の誕生日のお祝いを下宿先の自分の家でやろうと言い出したのは、もちろんジェサイア本人だった。
誕生日には花を………。
シグルドだけではない。あの時、ヒュウガもそれが世の常識だと言ったんだ。だから、迷うことなくフラワーショップへ行った。ソラリスでは貴重な生花である。その時目についたのがこの花だった。生花であるということがいっそ冗談のような鮮やかさを持ったブルーの薔薇。
ラムサスはその美しいブルーから目を逸らすことができなかった。
青薔薇をじっと見つめるラムサスにアルバイトの少女がにこにこしながら声をかける。ノスタルジックなフリルのついた白いエプロンが可愛らしい。
「プレゼントですか? 青薔薇が随分気に入られたようですね」
「ああ……」
「その薔薇は“パーフェクトブルー”といってね、とても人気があるんですよ。『最も完成された青薔薇である』と言われているんです。ソラリス遺伝子工学の傑作ですよね」
「そうだな……。これをくれ。誕生日のプレゼントだ」
「わぁ、彼女にですか? じゃあ、この青薔薇を中心にアレンジしていっていいですか? うーん、他にどの花を組み合わせようかしら。大丈夫、まかせてください。私、今フラワーアレンジメント勉強中ですけど、センスいいんですよ」
「別に彼女っていうわけでは…………」
「彼女、可愛いんでしょうね」
どうやら、ラムサスの声などまったく耳に入っていないようだ。その少女は楽しそうに花を選び出した。白い花と淡いピンクの小花。それらがブルーの薔薇とバランスよくコーディネートされて可愛らしい花束が完成した。
「はい、これでいかがでしょうか? きっと彼女喜びますよ」
「(だから、彼女じゃないって)ああ、カードで頼む」
何故、この薔薇に惹きつけられたのか……。
シグルドの瞳と同じ色をした薔薇だからか?
現エレメンツ全員が揃い、ジェサイアの妻ラケルと一人息子のビリーも混じえ賑やかにシグルドのバースデイパーティが開催された。今日は特別に飲ませてやろうと、ジェサイアが用意したとっておきの酒。ラケルが腕によりをかけてつくった料理。
もっとも、当のシグルドは下戸で酒など口にはできなかったが。
「ミァンはどうしましたか?」と尋ねるヒュウガに「招待していないさ。今日はエレメンツだけで集まって男同士の話をしたかったからな。そうそう、今日は仕事の話しもユーゲントの話題も禁止だ」とジェサイアが笑った。
ヒュウガのプレゼントは自作のお掃除ロボットを兼ねたミニチュアギア。だが、どう考えてみても散らかすことの方が得意そうにしかシグルドには見えなかった。
ジェサイアはラムサスが選んだプレゼントに「花は女にやるもんだ!」と大笑いをするが、ヒュウガがさりげなくフォローした。
ジェサイアの反応もわざわざフォローをするヒュウガの態度もラムサスにはひっかっかった。
夜も更けラケルはビリーを寝かしつけに子供部屋へ。ヒュウガはすっかり酔っぱらったジェサイアにつかまり、困ったような顔をしながら、それでも楽しそうに相手をしている。
「カール、どうした? 楽しそうじゃないな」
シグルドがなんとなく浮かない顔をしたラムサスに声をかけた。
「男に花をやるのはそんなに変だったか? 前に誕生日には花を贈るものだと言ったのはお前じゃないか。俺がミァンの誕生日に何をプレゼントしたらいいかを聞いたときにお前が言ったんだぞ」
何て説明すりゃあいいんだ。と、シグルドは額に手を当てると小さく溜息をついた。
「(女の場合はな……)それは……。変とかじゃなくて、普通は男に花をやろうなんて思いつかない」
「お前の瞳と同じ色だったから……」
黙り込んでしまったラムサスの顔を覗き込むと、その表情はいつもの自信満々な態度しか知らない者たちには信じられくらい頼りなげに見える。
「でも、嬉しかったんだぜ。ありがとう………。俺には忘れられないプレゼントになりそうだ」
「本当にそうか? あと、名前が気に入ったんだ。“パーフェクトブルー”だ」
真剣な表情でラムサスはシグルドの深いブルーの瞳を覗き込んだ。
「ああ………やはり同じ色だな」と、ラムサスの表情がやわらぎ口元が緩んだ。
ブルーの瞳。ジェサイアの淡いブルーとは違う強く澄んだ色調のブルーは中途半端で曖昧なイメージを与える自分の金色の瞳とは違う。
パーフェクトブルー
「パーフェクトか………。お前らしいな」
この友人はいずれ、ゲブラー総司令の席に座るだろう。完璧な学業成績。軍人としての資質は完璧……パーフェクトだと言われている男だ。
そして、彼自身総てを完璧にこなすことを信条とし、実行している。
それなのに、こいつを見ていると不安になる。こいつの完璧さは見ていて何故か疲れる。おそらく、自分やヒュウガやジェサイア以外は気づきもしないだろうアンバランスさ。
シグルドの唇がかすかに動く。
「カール、もし………」
しかし、その発せられる筈の言葉は舌先で凍り付き、それ以上の言葉は出ない。シグルドは大きく一つ息を吐き出すと、首をゆっくりと振った。
「なんだ?」
「なんでもない。今度はお前の誕生日にとっておきのものをプレゼントしてやる。覚えておいてくれ。約束は必ず守る」
「?」
怪訝な顔をしながらグラスを口へ運ぶラムサスをシグルドのブルーの瞳がじっと見つめていた。
この友人の誕生日に俺はもう側にはいないのだ。その次もその次も………。多分…もう、ずっと…………。
そして、そのうち顔も思い出せなくなるんだろうか。
それでも、子供のように『いつか』という言葉を信じたいと思う自分は甘いのか。
「おい、シグルド。本当によかったのか? カールだけ今日のパーティが送別会だったということを知らなかった」
招待客が帰り、二人だけが残された部屋でジェサイアはシグルドに聞いた。
「話しても今は理解してくれないでしょうから。それに、話さない方がいいと言ったのは先輩ですよ」
ジェサイアは苦笑しながら、ボトルにわずかに残された酒をグラスに注いだ。
「まーな。失敗は許されないからな。慎重にしておいた方がいい。ヒュウガはともかく今のあいつには理解できないだろう。ヒュウガはなんて言っていた?」
「なんとなく、気付いていたそうです。ヤツは俺がいつか地上に戻るだろうと確信していましたし」
「ふん、敵に回してしまうのは厄介だがそれもなるようにしかならんか」
ジェサイアがシグルドを見ると、褐色の指が花瓶にいけられた薔薇を弄んでいる。
「つぅ…痛……」
「何やっているんだ?」
「いえ……。不思議ですね。遺伝子組替技術で人工的に青い薔薇をつくることができるのなら、刺無し薔薇をつくることなど簡単だったでしょうに。刺をわざと残すなんて……」
「ああ……。マゾなやつが多いんじゃねぇーか?」
くすっと笑うと、シグルドはブルーの瞳を真っ直ぐジェサイアに向けた。
「先輩……。カールは………」
そこから続く言葉をジェサイアは遮った。
「おい……。もう、余計なことを考えるな。おまえさんは一人しかいない。どちらが、よりお前さんを必要としているのか解っているんだろう? 心の迷いがどんなミスを呼ぶかわからんからな」
「はい……」
もう、決めてしまったのだ。自分も先輩もそしてヒュウガも……。各々が最良の途を選ぼうとするとき、同じ途を歩いていけるとは限らない。
そして、カールも一人で自分の行くべき途を選びとってくれるだろう。
大丈夫だ。生まれもって軍人として完璧な資質を持っている男だ。俺の裏切りとしか受け取れない行動にショックを受けたとしてもすぐに立ち直ってくれるだろう。ヒュウガはまだ当分、カールの側にいると言っていた。
ソファ脇の背高なスタンドに照らされ、真っ青な薔薇が薄暗い部屋の中に青白い光を放つように浮かび上がっていた。
シグルドは自分の瞳と同じ色のその薔薇を見つめていた。
パーフェクトブルー――パーフェクト?
誰が完璧だと? ……違う!
何故、それ程までに完璧であることにこだわるのだ? 無意識にこんな薔薇を選んでしまう程に。
そうだ、あいつは………。
「シグルド、何を考え込んでいる?」
ジェサイアの言葉に我に返り振り返った。
やめよう、考えてどうなることでもない。今は、一番に自分を必要にしている人の所に帰る事だけを考えるしかないのだ。
シグルドが顔を上げる。ジェサイアが見たそのブルーの瞳は澄みきっていて揺れることなく静かだった。
「ふっきれたか?」
それでも、いくつかの迷いを置き去りにしたまま、シグルドは一週間後に物資搬入船に密航してソラリスを脱出した。
そして、十二年の歳月を得て二人は再会することになる。
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