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妖刀

作者:天城龍哉さん

「お父さん、お母さんがご飯ができたって」

「ああ、ミドリ、わかりました。ちょっとまってくださいね。よいしょっと……」

シタンはミドリの呼ぶ声に振り返ることもなく、古びた箪笥の奥からなにやら乾いた木製の箱を取り出した。

「ソラリスを出るときにバタバタして何処へしまったのか忘れていましたが、こんな所にありましたか」

シタンはなにやらうれしそうな笑みをこぼし、その木製の箱を大事そうに抱えるとそろりと机の上に置いた。

見ればその箱は、乾いた白木の木箱で、表面は埃が被って灰色を帯びていた。だが、よく見ると表面には繊細で丁寧な浮き彫りが施されているのがわかる。その装飾の文様からして明らかに古い時代の遺物であるのがわかった。

ただ、異様なのは箱の大きさ自体は小ぶりなのだが、それに対して恐ろしく細長いものであるということであった。

「お父さん、それはなんなの?」

いつのまにか父の傍らに来ていたミドリは不思議そうにその箱を見つめて言った。

「ああ、これはですね、昔ソラリスにいたときに或る人物から譲り受けたものなのです。遥か遠い昔から長い間、ずっとある場所に眠っていたモノでしてね、その方との約束で、中を見ることもなく大切に保管していたのですが、地上に降り立つ際に何処にしまったのか忘れてしまいまして、今日、ここを掃除していましたらでてきたのですよ」

シタンはそう言いながら、脇にあったフェルト地の布でその木箱の埃を丁寧に払った。

「その箱の中には何が入っているの?」

「ええ、それがですねえ……その方との約束で、自分では確かめてはいないのですが、この箱の形状からすればおそらくは……」

「開けてみないの?」

「うーん……一応その方との約束で『決して中を見るな』ということでしたのでね。しかし……」

すでに丁寧に埃が取り払われ、白っぽく乾いた艶をしたためた木箱を眺めながら、シタンは呟く。

あの人が亡き今はもう、時効でしょう――

シタンの脳裏には、古き時代にあった、あるひとつの物語が浮かび上がる。

もう、開けてもいいですよね――

木箱の隅に打ち付けられた小さな銅版のプレート。

そこにはある人物の名がソラリス語で刻まれていた。

「ミドリ、開けてみましょうか?」

「うん」

子供心に目の前の木箱に好奇の目を寄せるミドリは父の顔を見上げるとこっくりと頷いた。

「では……」

シタンは傍らに置かれた小さな道具箱の中からペーパーナイフの様な物を取り出し、木箱の合わせ目に沿って慎重にナイフをスライドさせていく。

美しく浮き彫られた文様を一直線に分断するかの如く、細く黒い一本の線に見える箱の合わせ目は、なにか糊のようなものでぴったりと隙間なく接合されてはいたが、長い年月のせいか、その粘着力は弱く、大して苦労することもなくすべての糊を剥がすことが出来た。

「さて……」

シタンは傍らにナイフを置くと、ちらりとミドリの方を見やる。

ミドリは不思議なその木箱の中身を想像しつつ、じっと好奇の視線を目の前の箱に投げかけている。シタンが視線を投げかけているのも上の空といった感じで、なにかワクワクするような好奇心がミドリを包み込んでいるかのようだ。

やはり、血はあらそえませんかね――

シタンはそのミドリの好奇に満ちた真剣な表情をみやりながらふっと微笑むと、ゆっくりとその箱の蓋を開けた。

それは、外箱の年季の入った古さに相反して、目も鮮やかな紫色の艶めくシルクのようなやわらかい布に包まれていた。よくみれば、その布には手の込んだ文様の刺繍が同じ色の糸でなされている。

上下二箇所、金糸、銀糸をを織り込んだあでやかな房のついた紐で、それはきっちりと縛られていた。

「ほう……」

目の前に飛び出した、鮮やかな色彩にシタンは感嘆の声を上げる。

ミドリもまた、こころなしか目が見開き、より深い感嘆を滲ませている。

シタンは丁寧に結ばれた紐を解き、くるまれた布をゆっくりと開いていった。

その紫の布は何重にも包められ、広げてみれば相当な大きさの布であった。

ほどなく、中から色あせた油紙に包まれた細長い物体が姿を現した。

シタンは油紙に包まれたその物体を箱の中から取り出し、ゆっくりと机の上に置いた。

なにかうっすらとほのかな香の香りが辺りに漂った。

「いいにおい……」

ミドリもその香の香りに気づいたのかシタンを見上げながら微笑んだ。

シタンは無言のままミドリに微笑を投げかけると、ゆっくりと、丁寧にその油紙を開いていった。

「ふたりとも、なにやっているの。まったく」

唐突に背後の扉の方から声がした。

シタンは開けていた手を止め、ゆっくりと振り返る。

そこにはフライパンを片手に、両手を腰に当て、仏頂面のユイがいた。

「おかあさんっ」

「ミドリもよっ。呼びにいかせたら二人ともいつまでたっても戻ってこないんだから……。一体なにをやってるの? ご飯が冷めちゃうじゃない?」

「ああ、すみません。ちょっとですね。部屋を掃除していたら、長いこと見つからなかったモノが出てきまして……ミドリと一緒に中身を確かめようとしていたところなのですよ」

「見つからなかったモノ?」

「ええ、ソラリスを出る際に、それを何処にしまったのか忘れてしまっていたのです。それが今ここでみつかりましてね」

シタンはそういいながらバツが悪そうにポリポリと頭を掻いた。

「あなたはいつもちらかしたらちらかしっぱなし。整理なんかしたことないんだから……」

「あはは……すみません。でも、これなんですが、ちょっとみてくださいな」

ユイは腹を立てつつも、いつものように「仕方ないわね」といった表情を見せながら、ゆっくりとシタン達のいる机の前に歩み寄った。

「どうです。すばらしいでしょう?実に手の込んだ細工が行き届いてます」

机の上に広げられた紫の包み布を手に取り、しげしげと見つめるユイの横顔を見やりながらシタンは同意を促す。

「おかあさん、きれいでしょう?」

傍らでユイを見上げるミドリもまた父と同じく魅入られた瞳を輝かせる。

この子ったら……親も親なら子も子ね……まったく。

「ええ、今度、ラハン村でのアルルとティモシーの結婚式に着ていくドレスを作るのにちょうどいいわね」

でも、そうはいうものの結婚式に着ていくにはちょっと派手かしら……

ユイは手にした布を目にしながら皮肉っぽくこれ見よがしに言う。

いやはや、そうきましたか……

「それと……いいにおいでしょう?」

ユイの言葉の節々に「まだ私の怒りは解けていませんよ」というシグナルを敏感に感じ取りながら、シタンは続けた。

いつのまにかなにかの花の香りというか、ほのかに甘酸っぱい香のかおりが部屋じゅうに充満する。

「ええ、そうね。ところで、それは?」

ユイはそういいながらその布の横にある油紙に包まれた細長い物体に目をやった。

「ああ、これですか。この箱の中身ですよ。まだ、開けていませんから中身はなんなのか自分にもわかりませんが……」

でも……この箱や紫の布の文様といい、この繊細で丁寧な細工といい……おそらくはアレなんでしょうねえ……

シタンはこの木箱を譲り受けたとある人物に想いをはせながらひとりごつ。

ユイはシタンのその「なにか別世界へ入りこんでしまったような」表情をちらりとみやると、「ああ、もう、また始まった……」と細い眉をひそめた。

「では、開けてみましょうか」

そういいながらシタンは丁寧に包まれた油紙をゆっくりと開けていった。

「……」

ほんの一瞬、闇があたりを包み込んだ気がした――が、

漆黒の闇。

中から姿を現したソレはまさにそう呼ぶにふさわしい呈をなしていた。

まさに引きずり込まれるような錯覚に陥る艶の消えた漆黒の鞘に収められた一本の長刀。

塗りはどうも石目塗りらしい。

シンプルではあるが手の込んだ細工模様の入った拵(こしらえ)がその漆黒の闇とは対照的に金色にまぶしく輝いている。

柄は万色の糸を複雑に編みこんだ帯が、幾何学的な模様を描きながら、当たる光の加減によって変幻自在にその様相を変化させる。その光は実に狂気的だった。

そして油紙からわずかに覗く鍔(つば)はなんとも形容のしがたいおぞましい生き物が複雑に絡み合った紋様が掘り込まれている。

「ほう……」

と一言。

シタンの感嘆の声だけが小さな部屋にこだまする。

ミドリとユイはただ黙ったまま、じっとその刀を見つめたままだ。

「しかし……これはまた……」

そう呟きながらシタンは刀を取り上げ部屋の明かりに翳して見る。

と、同時にユイとミドリも引きづられるようにして目線を上にあげた。

「なんか……こわい……」

部屋の明かりに晒されて妖しく光るその漆黒の刀を見て、ミドリの表情が急に翳り、ユイのスカートの裾をぎゅっと握り締める。

「あなた……」

ユイはミドリの恐れの感情を察したのか、心配そうな瞳でシタンを見つめながら呟く。

「おや、みなさん、どうかしましたか? しかしすばらしい。実にすばらしい一品です。これほどまでの刀は今までみたことはありませんよ」

ユイやミドリの不安な表情とは裏腹に、すばらしいものを手にいれたという歓喜の表情をみせるシタンの影が妖しく揺れた。

「おや、これは珍しい」

驚いたような表情をみせたシタンの視線の先には鞘と柄に通され、硬く結ばれた血のような赤色の紐であった。その紐の結び目には小さな銀色の留め具がつけられていた。

「はて、これは面妖な。なにかの封印ですか。いや、しかし……実に不思議な形をしていますねえ。興味深い……」

そういいながらシタンはその奇妙な留め具に手をやった。

すると一瞬、部屋の明かりが明滅し、その闇の中にぼうっと青白く光る物体が宙を舞い、シタンの身体の中に吸い込まれていった。

それはごく一瞬の出来事だった。

みれば、明らかにシタンの表情は変化していた。

目の輝きは失せ、なにかにとりつかれたような表情。

「あなた……なにかいやな感じだわ……」

ユイの言葉も上の空といった風情のシタンはゆっくりと立ち上がりゆらりゆらりと肩をゆらしながら窓際へ向かう。

辺りはとうに闇にまみれまばらな星の光がわずかに窓枠から零れ落ちていた。

すばらしい……じつにすばらしい……復活……

フフ……

フフフ……

シタンの身体から青白い炎が浮び上がる。

みれば右手には抜かれた刀を持ち、左手には鞘をぶら下げたシタンがそこにいた。

ゆっくりと……ゆっくりとシタンが振り返る……

血……

死……

「おかあさんっ」

ミドリは恐怖のあまりユイにしがみつき、不安げな表情でユイを見上げる。

ユイは無言のまま、じっとシタンを見つめたままだ。

一歩。

また一歩。

ゆらーり。

ゆらーり。

肩をゆらし青白い炎に包まれたシタンがこちらに近づいてくる。

見ればその両眼は真っ赤に燃える怨念の炎に彩られているではないか。

あなた……

ユイはミドリを抱き寄せぎゅっと手を握る。だがその視線はじっとシタンを捕らえて離さない。

ゆっくりとシタンの持つ刀が振り上げられたその時。

がっしゃーんッ!!

部屋の明かりの電球がこなごなに砕け散る。

と同時に得も知れぬ苦鳴と絶叫がこだました。

ギャッーーーーーー!!!

あまりの音響にユイとミドリは耳を塞ぎ、ぎゅっと目をつぶる。

すべてが闇と沈黙につつまれた……

ふう……

その沈黙を破るかのように長いため息が響く。

「ああ、危ないところでした。ユイ、ミドリ、大丈夫ですか?」

「おとうさんっ!!」

目を開けるとそこにはいつものシタンが微笑んでいた。

「あなた……」

ユイが心配そうな表情でシタンを見る。

「あ、わたしは大丈夫です。しかし迂闊でした。見知らぬものに無防備に手をだすなんて」

「なにが……起こったの?」

「えーと……それがですね。どうもこの刀にはある種の呪いといいますか……怨念が込められていたみたいです。あの留め具がその封印の鍵だったようでして……迂闊にも触れてしまったために私の精神の中にその邪念が進入してきたみたいでしてねえ」

「……」

「でも、大丈夫です。ちょっと梃子摺りはしましたけど、きっちりとあるべき場所に帰ってもらいましたからネ」

シタンはそういうとにっこりと笑う。

ぽんっ

と『なにか』が破裂したような音がしたような気がした。

「もう……わたくしはあなたのそういうところが嫌いなのっ!!ミドリっいきましょッ。あなたはちゃんとこの部屋を掃除してくださいねっ!!」

辺りを見渡してみると刀も鞘もすでになく、木箱や紫色の包み布はぼろぼろに崩れ落ちて机どころか辺り一面に散乱していた。

ばたんっ!!

と乱暴に閉められた部屋のドアの音が響く。

ごほっごほっ。

乱暴に閉めたドアの風圧であたり一面に舞い上がった埃を吸い込みむせながらシタンは半ば呆然として辺りを見渡す。

なぜか右手にはフライパンが握られていた。

やはり約束はきちんと守らないといけませんねえ……ろくなことがない。

そのフライパンをじっと見つめながらシタンは呟く。

窓の外にはいつのまにか満天の星が煌いていた。

佐藤さんに描いていただいたこの小説のイメージイラストです。

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