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無題

作者:天城龍哉さん

「236エリアの敵兵力を粉砕するには東海岸に展開する27-2部隊と反対側の山麓に展開する36―23部隊に任せるのがいいだろう。両部隊とも精鋭が揃っているからな。」

四元総合司令部風元鎮守府作戦司令室。

フロア一面に映し出される作戦地図を見下ろしながらラムサスは答えた。

そのラムサスの答えに視線をあげるわけでもなくただ熱心にその作戦エリアを見下ろすシグルドが言う。

「カール、確かに敵兵力の分析結果からすればその二部隊で十分だ。しかし補給線の確保が今の進撃スピードに追いついていない状況で、その作戦を実行するのは少々危険じゃないのか?それにどちらの部隊も先の戦いでかなり消耗しているはずだ。ここは一旦その場に留まって部隊の再編と補給線の確保に時間を割いた方が賢明だろう?」

「シグルド、消耗しているのは敵も同じさ。戦たるもの、常に敵の裏をかかずして勝利は得られない。それにな……。」

「…………?」

「俺は実際この目で確かめてきたんだよ、昨日。」

その言葉を聞いたシグルドははじめて目線をあげ、ラムサスの顔を見た。

不敵とも言える笑みをこぼすラムサスが其処にいた。

「お前……そう言えば昨日、姿を見なかったが、あそこまで出向いていたのか?」

「ああ、四元統合司令部の参謀にかけあって船を一隻まわしてもらった。」

上層部に掛け合ったのか……。

シグルドは両手をあげやれやれといった風に首を左右に振った。

「まったく……お前のそのバイタリティと行動力には敬服するよ。」

「デスクの上で頭を悩ましていても時間の無駄だからな。いずれにせよ明日、この作戦の指揮をとるために出向くぞ。出撃だ。」

そういいながらラムサスはフロアのプロジェクタのスイッチを切った。

今まで足下から照らされていた二人の顔が闇につつまれる。

「まったく……いそがしいったらありゃしない。」

着き慣れた男の声がした。

二人が振り向くと、そこには開いたドアにもたれながら肩をすくめて首を振るジェサイアと、その横に付き添うようにして静かに佇むヒュウガの姿があった。

「カール……、お前いったいなにをそう焦っているんだ?」

ジェサイアは怠そうに肩を叩きながらラムサスに問う。

「俺が焦っている………!?」

ジェサイアのその問いにラムサスは怪訝そうな顔つきで反応する。

「まあ、確かにお前の気持ちはわからんでもない。俺達『エレメンツ』は今売り出し中だからな。」

エレメンツ。

若きエリート集団。

ラムサスを中心としたユーゲンツの若き将校達の理想と熱意は軍の上層部を動かし、エレメンツという個人の集団を正式に軍属の独立集団として認可させていた。そしてまた彼らは将来的に今のソラリスの軍部組織である四元統合司令部を頂点とした火元、水元、風元、土元のそれぞれの鎮守府の統括指揮を任されることが確約されていた。其処に至る背景には、誰しもが認めざるを得ない個々の卓越した能力と、理想を現実化するために軍の上層部を動かしたその才知と政治力が存在した。それはたぶんにユーゲンツ始まって以来の天才と呼ばれたジェサイアの力によるところが大きかったが、めったな事では他人には迎合しないその天才の心を揺り動かしたのは他ならぬラムサスのその思想と熱意だった。彼らはすでにユーゲンツに在校の身でありながらも実戦での指揮をまかされ、華々しい実績を重ねていた。

「カール……今のお前の『思いこみ』で事を進めるとそのうち痛い目に遭うぞ。」

「……それはどういう意味なのですか、先輩!?」

ラムサスは思わず声を荒げ、ジェサイアを睨んだ。

「現地の部隊長からの報告は俺も受けている。状況はお前が思っているほどよくない。」

ラムサスの表情が変わった。

「俺は昨日、直接その部隊長に確認したんだ。」

「ああ。だがな、最初から答えを決めてかかっている上官に向かって否を唱えられる程の勇気を普通の人間は持ち合わせていないからな。」

「あの部隊長が俺に嘘をついたというのですか、先輩は!」

「まあ、そう怒るな。結局それが凡人というものさ。」

「…………。」

「だが、お前の考えは間違ってはいない。確かにあのエリアは今が攻めどきだ。だから、あとはまあ、俺達の力でなんとかするしかないだろう。なあ、ヒュウガ。」

ジェサイアはにやりと笑いながら傍らにいるヒュウガに向かってそう言った。

「ええ、今までもそうでしたしこれからもそうです。理想を追求し、その理想を現実化するにはそれなりにリスクを伴うのは当然だと思います。カール、やりましょう。」

そう言いながらヒュウガはラムサスの顔を見つめ、微笑んだ。

「そうだな。確かに俺達が先陣を切って奇襲に打って出ればおそらく、敵は混乱し、指揮系統が麻痺するだろう。そこを叩くのはそれほど困難な事じゃない。」

先ほどからずっと二人のやりとりを聞いていたシグルドもそう言いながらラムサスの肩をぽんと叩く。

「ああ………。」

当のラムサスはそう答えたきり、机の上に広げられた作戦地図に視線を落とし、そのまま動かなくなった。ジェサイアはラムサスの元へゆっくりと歩み寄ると、肩に手をかけ、優しく声をかけた。

「なあ、カール。お前のはやる気持ちもわからんではないがな。最近のお前を見てるとこっちまで息が詰まりそうになる。この作戦をかたづけたら久しぶりに生き抜きといこうや。実はなあ……この前、ちょっといところ見つけたんだ。」

「え!? またですか、先輩……。」

ジェサイアがそう言いながらちらりと自分の方へ視線を流したのを敏感に感じとったシギルドはいかにも嫌そうな顔をした。

「なんだあ? シグルド。この前だってお前、ずいぶん楽しんでたじゃないか?」

ジェサイアはそう言うと、声をあげて笑う。

「シグルドは楽しんでいたんじゃなくって、先輩の一気飲み攻勢に苦しんでいたんだと思うのですが……。」

ヒュウガはジェサイアに聞こえないように小さな声で呟いた。

その笑い声はいつまでも続いていた………。

俺は………

焦っているのだろうか?

作戦司令室を出たラムサスは廊下を歩きながら自問自答していた。

いや、そんな事はない。

今、俺達は実績を重ね、俺達の名前を世間に知らしめす事が重要なのだ。俺達の今後の為にも……。だからのんびりと構えている暇はない。だがそれにしても……。

ラムサス自身の頭の中に渦巻いていたのは作戦の事ではなかった。

ジェサイアから聞いたあの部隊長の話………

冷静な判断力を持ち合わせていないわけはないにもかかわらず……もだ。その部隊長が数々の優秀な戦績を納めているのはラムサス自身も知っているし彼の数々の輝かしい戦績は耳にしていた。そしてまた彼自身が第三階級の出身者であるということも。

その男はラムサス達よりもずっと年輩者ではあったが、そういった数々の実績を重ねることで異例の抜擢を受けていた。しかし実際の処、特例を受けるといっても、やはりあてがわれる部隊の質は粗悪で、命令される作戦もまた危険を伴う過酷な作戦ばかりであった。だが、彼はそういった手駒を有効最大限に使い、幾多の危機を切り抜け、戦績を納めてきた。

「持つべき者が持つ才知が最大限に生かされれば不可能はない。」

その男の事にはラムサス自身もかなり以前から興味を抱いていたのは確かである。だが、あいつは所詮、上官の顔色次第で間違っていることにも平気で首を縦に振る程度の奴だったのか……。

ラムサスの心の中は何かムカムカと吐き気のする嫌悪感に満たされていた。

ラムサスは彼なりに今までの自分の歩みの中で経験した来たことを反芻し、ひとつの結論に達していた。

ここままではいけない。

この国の未来を切り開く為には『持つべき者』が『持たざる者』を導いてやることが必要なんだ……。一切の階級を排除し、能力のある者がその能力を最大限に発揮して能力のない者達を導いてやる必要が……。

そのためには……俺達が認められなくてはならない。

卓越した能力を備えた俺達が…………。

「きゃっ!!」

どすんという鈍い音がした。と同時に白い書類が辺り一面に花びらのようにひらひらと舞い上がった。

!?

ふと我に返ると目の前に尻餅をついて痛そうに顔を顰める一人の女生徒がいた。

すまない……。」

俺の不注意で申し訳ない事をしたとラムサスは思った。

「い、いえ私の方が悪いのです。よそ見をしてしまって……。」

「いや、考え事をしながら歩いていた俺の方が悪い。すまない……。」

ラムサスはそういいながら彼女に向かって右手を差し出した。

その女生徒は一瞬、とまどった様な表情をみせたが、その手を借りて起きあがった。なぜかはわからなかったが一瞬、ふわっとした感触が握った彼女の手から伝わってきた。

「ああ、書類が……ひろうよ。」

そう言いながらラムサスは散乱した書類を拾い集めにかかる。

「「すみません。」

その女生徒もまたラムサスと一緒に無言のまま、書類を集め始めた。

「ん……?」

なにげに拾い集めた書類に目をやるとそれはラムサス達が指揮する明日の作戦の詳細をしたためた指令書だった。

「これは……!?」

その書類を眺めながらその女生徒の方へ視線を移す。

女生徒はその視線を感じたのか、ふと手をとめるとラムサスの方へ向き直りにっこりと笑った。

「カーラン・ラムサス………。エレメンツのリーダーでしたね。」

「ああ、そうだが、この指令書は……?」

「私たち、ユーゲンツの生徒の中から選抜された特に優秀な生徒が明日実戦訓練に入ります。わたししもそれに参加させていただけるようになりました。あなた達の指揮下にはいります。」

そう言えばそんな話しをジェサイアから聞いていた。

面倒見のよい彼は、なにかとこのユーゲンツ内の改革に腐心していた。ユーゲンツの生徒達の中から優秀な者達を評価し、どんどん現場へと登用すべく積極的に軍上層部へ働きかけていた。これはこれで彼自身が、ラムサスの思想から受けた彼なりの『もつべき者』達に対する処遇の改善行動とも言えるのだろう。ユーゲンツへの入学に際しても階級の枠を取り払い、純粋に能力評価で入校する仕組みに作り替えたのも彼だった。

「そうか……。実戦は…………?」

「いえ、今回が初めてです。」

「まあ、シュミレーションとは訳が違う。心してかかる事だな。」

「ご忠告、ありがとうございます。」

「いや。そうへりくだる必要はない。同じ『仲間』なんだからな。」

そういいながらラムサスが笑うと彼女もつられて微笑んだ。

インディゴ・ブルーの髪と瞳が印象的な笑顔だった。

「では明日。」

しばらくの間彼女が立ち去るのを見届けていたラムサスの背後から声が聞こえてきた。

「ミァン・ハッワー少尉、今回の選抜者ではぬきんでた能力の持ち主ですね。」

「ん? なんだ、ヒュウガか……?」

「どうしたんです? 見とれていたのですか? まあ、確かに彼女は魅力的な方ですが。」

「………なにを言うか。」

ラムサスは図星をついたヒュウガの言葉に焦ったが、すぐに気を取り直すと宿舎への道を歩きはじめた。ヒュウガもそれに付き従った。

二人とも無言のまま肩をならべて歩いていた。

ラムサスはとういとまた再び先ほどの不合理なこの世の中の条理に思いを巡らせていた。

「………カール……。」

ヒュウガの声がする。

「ん?なんだ?」

「いえ……ちょっと……。」

お互いに視線は合わせなかった。

「なんだ、はっきり言え。」

「実は……相談したいことが……。」

「相談?」

「ええ……。」

ラムサスは立ち止まり、ヒュウガの方を見た。

それにあわせるかの様にヒュウガもまた立ち止まったが視線を合わせようとはしない。

いや、合わせられないといった風情である。

「………その……。」

ようやくヒュウガがラムサスの方へ向き直り、重い口を開いた。

「最近……先輩が……しつこいんです。」

「先輩? ジェシー先輩がか……?」

「ええ………。」

「あなたにこんな事を相談する顔は持ち合わせていないのは重々承知しています。でも……聞いてもらえる相手がいなくて………。」

「お前……あんなに楽しそうにしていたのに…………。」

「ええ、確かに先輩は陽気だし、優しい方です……でも……。」

ヒュウガはうつむいたままだった。

だが、ラムサスはうつむき加減のそのヒュウガの頬が少し上気しているのを見て取るとふっと笑いながら答えた。

「お前がいまさら俺に言えた義理か……。それに、俺がわからないとでも思っているのか?さっき、お前達が二人で入ってきたときにかすかに感じた気配を………。」

「…………。」

ヒュウガの頬がさらに上気する。

「…………もう昔のようなわけにはいかない……それに……俺は今は『かまけてる』暇はないんだ……。」

「カール……。」

ヒュウガは悲しそうな瞳でラムサスを見つめる。

「ヒュウガ……自分で巻い種は自分でかりとるんだな。」

その視線を無視してラムサスはそう言い捨てると再び歩き始めた。

取り残されたヒュウガはただそこに立ちつくすだけだった。

続く?

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