俺の仮住まいで、自殺騒ぎがあったらしい。 その日、俺はアイツと段取りの打ち合わせをしてたせいで留守だった。 なので情報は又聞き、幕府の人間が聞き込みに来た時は心臓が冷えたっての。 どうやら、俺と同じアパートに住んでいる奴が自殺者のクッションになってやったらしい。 …見ず知らずの人間のために、そこまで出来るなんて本当スゲーな。 世の中には世話になった恩を仇で返すような人間もいるってのに。 まあ、それに便乗してる俺達が言えた義理じゃねぇが。 「…後はタイミングだな」 黒の行方 アパートへと戻った俺は、隣からの騒音に悩まされていた。 さっきから、ガサガサだのバキバキだのバタバタだのうるさくて堪らない。 こっちは連日に渡って見たくもねぇヤツの顔を見て話を聞いて、その後に報告業務してるってのに。 今日は久々に休み取ったから寝るんだよ、趣味ねぇ俺が唯一気を紛らわせる時間なんだよ。 邪魔すんじゃねーよって怒鳴りたい気持ちはあるが、普通の人間は活動して当然な時間帯。 それに、仮住まい与えて貰えるだけ有り難いって思わねぇとな。 万斉様はともかく、俺は隠密の役職持ってっから用意されてるだけだし…。 考え事をしつつ布団の中でまどろんでいると、今度は思わず飛び起きるほどの破砕音がした。 「………………?」 な、何だ今の音…。 まるでゴミが片付かずに逆切れして、そこら辺にあった重い物を壁に投げつけたような。 とにかく、今のは注意していいレベルだよな? 寝てる時に限らず、んな音頻繁に出されたら気分悪いっての。 俺は眠い目を擦りながら普段着である紺色の着物に袖を通し、多少不機嫌になりながら隣へ向かった。 あれ…扉開けっ放しだぞ? とりあえずチャイムを押そうと腕を伸ばした瞬間、また破砕音が聞こえる。 けど微妙に音が違う、今度は何かが崩れてきたような…そんな感じ。 「あの…すいませーん」 反応は無い。 念のためもう一度呼びかけても、やはり反応は無い。 留守なんて絶対ありえない、留守でも居留守でも扉開けたまんまにしてたら馬鹿だろ。 ……まさか中で倒れてるとか無いよな? 大丈夫かと声を掛けても無反応、俺は少し悩んでからお邪魔しますと声を掛けて部屋に入った。 帰っても良かったがまた音出されたら二度手間だ、それに何かあったんなら見捨てんのも目覚めが悪い。 眠い目擦って訪ねてっから、今だって目覚めは悪いんだけど。 「あの…ッ…!?」 俺が見たのは、ゴミ屋敷の中でダンボールに埋もれている男だった。 周りの状況から察するに、どうやら積みすぎて雪崩の如く崩れてきたらしい。 脱出しようにも周りもゴミだらけで動けないようだ。 腕だけ出してもがいている男に俺は呆れて声も出ない、何をどうしたらここまでゴミ溜められんだよ…。 軽く頭痛がしてきて額を押さえてから、俺は男を助け出した。 「…大丈夫ですか?」 「バ、バカな…。何故バレてしまっ……」 会話が噛み合ってない、潰された衝撃で白昼夢でも見てんのか? 亀の甲羅のようなものをマスク代わりにして、随分と風変わりに見える。 俺が辺りのゴミを簡単に振り払うと、男は何故か観念したように正座した。 「あの、隣に住んでる者なんですが。さっきから物音うるさいんですけど」 「…俺もついに年貢の納め時というワケだな」 「アンタ俺の話聞いてる?」 「計画が露見してたうえに脱出は失敗、俺の末路は分かってる亀吉…」 「何にも分かってねーだろうが、何をどう聞いたらそんな結論になるんだよ!」 何言ってんのかよく分からない男から、俺は根気強く話を聞き出した。 どうやら近日ここから引っ越すために、部屋の整理をしていたらしい。 だがゴミ屋敷が一日二日で片付くはずもなく、ヤツ当たりしていたらダンボールの雪崩にやられたと言った。 そりゃそうだよな、手際良く掃除出来る奴はそもそもゴミ屋敷なんか作らない。 てか、これ聞き出すのに一時間掛かったんだけど! また厄介なのに関わっちまった、妄想癖激しすぎだからコイツ。 「とにかく、引越しの準備すりゃいいんですね?手伝いますから」 「……何?」 「ハッキリ言って迷惑なんですよ、アンタの片付け終わらないと俺が安眠出来なさそうですし」 俺は相手の返事も聞かずに、一旦自分の部屋に戻る。 それから燃えるゴミと燃えないゴミの袋をそれぞれ引っ張り出すと、相手の部屋に戻り分別を始めた。 相手にハサミを持ってくるよう言って、袋に入れたゴミを細かく切り刻むように指示を出した。 今のご時勢、ゴミ袋はとんでもなく高いし分別のチェックも厳しいから節約だ。 それに片づけが苦手な相手には、簡単に出来る指示を与えてやるのが一番いい。 ……鬼兵隊で雑用やってて身に付いた悲しい性だチクショー。 「早い…これはまさしく極限の状態で素早い判断を求められてきた、殺しのプロの仕事…」 「ワケ分かんねーこと言ってないで、ちゃんとゴミ細かくして下さいよ」 後ろで愕然と呟く男に声を掛けながら、俺は食器を洗い始めた。 てか何気に言ってる事間違ってねぇのが嫌だ、殺しのプロじゃねーけど。 手際良く確実に情報を見逃さず、食器洗いも隠密の仕事も基本的には同じ。 それに食器は確かに山のようだったが、鬼兵隊の一日分よりは少ないから苦じゃなかった。 ついでに俺と相手の洗濯機を使い服全部を洗い、その間に全てのゴミを片付けて掃除機もかけた。 何とか見られる部屋になり、洗濯物を干し終わったときには既に夜。 肩で息をしつつ我に返った俺は少し虚しくなった、折角の休日に何やってんだよ…。 「…あとはその辺のダンボールに、持ってく物入れたらいいですよ…っと!」 「………………!!」 帰ろうとした俺は何かに引っ掛かってバランスを崩してしまう。 それに掛けてあった布が落ちた瞬間、男の顔色が変わった。 現れたものは、スタンドに固定されている大きめな銃…らしきもの。 俺は物々しいそれを無言で見下ろした。 「こ…っ、これは――!」 「へぇーアンタあれだったんですか、今流行の銃オタクってやつ」 「え?」 「今時のモデルガンって本物そっくりなんですね」 俺は適当に話をしながら、大切なものに触ってすみませんと布を掛け直した。 ……成程、何でこの男が必要以上に怯えてたのかようやく分かった。 これはモデルガンなんかじゃねぇ、本物の…狙撃銃だ。 鬼兵隊で武器管理して、毎日本物の銃火器見てる俺には分かる。 今までの言動とか、挙動不審っぷりが全部繋がったぜ。 仕事終わったから引き上げって所だろう、関わりたくないから知らねぇ振りするけどな。 「じゃ、俺は帰りますんで」 「あ…ちょっと待て」 「はい?」 「感謝の印、受け取ってくれ」 男から渡されたのは、小亀だった。 そこの水槽にいる亀が産んだ卵から孵った一匹で、最近生まれたばかりらしい。 感謝と同時に、見ず知らずの相手に優しい俺なら大切にしてくれるハズだと熱弁された。 いや、でも俺家を空けること多いからペットなんて飼えねぇし。 家っつーか仮住まいだしねココ。 「俺、あんま家帰らないんで無理です」 「亀は多少放っておいても平気だ、餌だけは必要だけど」 「だから俺は――」 「今思い出したんだけど、お前隣でうなされてるだろ?」 「……え?」 「いや何かさ、夜中にいっつも来るなとかやめろとか人の名前?とか聞こえてたし」 「………………」 仮住まいなので、俺はここに僅かしか帰って来ていなかった。 それでも、何の交流も無かった隣の奴が気にするくらい俺の寝言は酷いらしい。 確かに自分の声で目覚めることは何度もあったが、まさか隣に筒抜けとはな…。 凄く恥ずかしいんだけど。 「飛び起きた時に、部屋に亀一匹いると違ったりするぜ?」 俺は否定できずに、何となく亀を受け取ってしまった。 その後水槽やら何やらを一緒に買いに行き、飼育書も購入して俺達は別れた。 水槽の中、岩の上でじっと動かない小さな亀。 ……何となく可愛く見えてきたんだけど、これが親バカってやつ? 俺はケイタイを取り出した。 『もしもし』 「長谷川、俺だ。ちょっと頼みあるんだけどいいか?」 『お、の兄ちゃんか。どうしたんだよ改まって』 「知り合いから亀貰ったんだよ。でも俺留守にすること多いから、その間だけ預けてもいいか?」 『ああいいぜ。どうせ暇だから任せとけよ』 「分かった、ありがとな。…今度出張だから近い内に頼む」 俺は長谷川と色々話してから通話を終わらせた。 あの仕事、場合によっちゃ永久出張になっちまう可能性高いしな。 どんなペットでも責任持って飼わねーと、これで俺が死んだ場合の引き取り先は確保できた。 甲羅に入ったまま、微動だにしない亀を眺めて俺は考える。 「……名前どうしようかな?」 大切なものがあったら戦場で迷いが生まれちまうってのに、何でペットなんか飼うんだよ俺…。 でも飼育から二時間も経ってねぇのに、この小亀が何故か可愛くて仕方がない。 犬や猫と違って全く動かないし愛想も振りまかないし、触っても何の反応も無い。 なのに可愛いんだよな、何となく可愛い。 水槽を眺めながら、俺はいつの間にか眠っていた。 珍しく悪夢を見なかったのは、もしかして亀のおかげなのか…? |