転海屋の件があってから、俺は少し荒れた。

仕事に支障が出ないように気を配るも、やっぱり普段通りにはいかない。

毎回仕事が終わったら、必ず酒を飲みに行くようにもなった。

ある時は一人で屋台に、ある時は仮住まいで、ある時は長谷川を付き合わせて。

だが行きつけの屋台の姿が一時的に見えなくなり、それを期に俺は連日の酒はやめた。

オヤジさんに注意されたのもあるけどよ、ヤケ酒し過ぎだって。

ところで…。



「オヤジさん、どこであんな怪我したんだろうな?」











黒の行方








「いらっしゃい。…ああ、旦那ですか」

「久しぶりだなオヤジさん、怪我の具合はどうだ?」

「もう充分でさァ、心配掛けちまいましたねェ」



鬼兵隊での仕事が終わり、俺はオヤジさんのいる屋台に顔を出した。

他に客は無く、俺は真ん中に腰を下ろす。

おでんが煮えるいい匂いがして、俺は誘われるままにビールを頼んだ。

出てきたのは焼酎だったが。



の旦那、酒はもう程々にしときなせェ」

「心配すんなって、今日はこれ一杯でやめるつもりだ」

「そいつぁ良かった。あっしとしちゃ、商売あがったりですがね」

「代わりにおでん食ってくからいいだろ?大根とはんぺん頼む」

「へい」



言葉通り、俺は酒を飲みに来たワケじゃない。

ただオヤジさんの怪我の具合が心配で、顔を出しただけだ。

オヤジさんは、おもひで酒という名前で屋台を出していたが…ここしばらく姿が見えなかった。

まあそのおかげで、俺のヤケ酒断ちは成功したんだが。

で、しばらく探してたら名前を変えて屋台を営業してたってワケだ。

怪我から回復して心機一転を考え、そしておでんを始めようと思い改名したらしい。

俺は前の名前の方が好きだったけどな、そこは経営者の判断だから何も言えないけど。



「うん、やっぱオヤジさんは料理上手だな。美味ぇよコレ」

「そいつぁ良かった、何せ客が少なくて評判が分からないんでさァ」



俺は大根を口に入れながら感想を伝える、オヤジさんは煙管をふかしながら笑った。

…オヤジさんの怪我の理由を俺は知らないし、聞くつもりもない。

何故なら俺が蔵場当馬の件で荒れてた時、オヤジさんは何も聞かなかったからだ。

戦で応急手当をしてきた俺には分かる、あの怪我は日常生活で負う部類じゃなかった。

特に火傷、あれは相当大きな火に全身を炙られなければ出来ない。

ここ最近で火事が起きた事件といえば…いや、これ以上の詮索は無用か。

オヤジさんが何をしてたとしても、俺にとってオヤジさんはオヤジさんだから。



「ところでオヤジさん、最近世の中物騒だよな」

「そうですかィ?」

「エイリアン騒動にゴキブリだろ、江戸壊滅未遂とか笑えねーよ」

「そういや、過激派の攘夷志士が一騒動起こそうとしてたなんて噂もありましたねェ」

「……そうかもしれねぇな」



不意に鬼兵隊のことを持ち出され、俺は気まずく目を逸らした。

確かに俺達も江戸を滅ぼそうとしているが、それとこれとは別だ。

ここ最近は世の中が不安定過ぎる気がした、こんな短い時期に二度も江戸が壊滅しかけている。

多分、天人との摩擦で国のバランスが崩れ始めてるせいだろう。

エイリアン騒動もゴキブリも騒動も、みんな他の星から持ち出された外来種による事件。

俺達は上空から高みの見物を決め込んでいたが。

…もうこの星は終わるんだろう、天人と共生なんて出来るはずがない。

終わるんなら勝手に終わればいい、俺にとってこの世界は…もう何の価値も無いからな。

だが出来る事なら天人の手じゃなくて、俺達の手で…晋助様の手で終わらせたい。

アイツの…の価値を俺が証明して、思い知らせてからこの国を潰す。

ただそれだけ、俺の望みはただそれだけで…そのために這い蹲って生きてる。



……」

「ん?」

「旦那…確か名前はでしたか?」

「ああ、そうだけど…それがどうしたんだ?」



オヤジさんは煙管を持ったまま、何かを真剣に考えているようだった。

俺はよく分からずに内心首を傾げる。



「いや…すまねェ旦那、独り言なんで気にしないで下せェ」



オヤジさんはそれ以上何も言わなかった。

俺が追加注文をした、こんにゃくとタマゴを黙々と皿に乗せる。

――オヤジさんが何を言いたかったのか、俺には分かった。

きっとオヤジさんは覚えてんだな、京で起こったあの事件。

だから俺の名前に反応した、あっと言う間に葬られた事件だが知っててもおかしくはねぇ。



「オヤジさん、俺はただの客だ。それに…ここは江戸だろ?」

「…ええ、その通りでした」



ああ、やっぱり知ってんだな…。

差し出された皿に乗ったこんにゃくを食べていると、オヤジさんが奢りだと言ってくれる。

礼をしようと口を開いた瞬間、辺りの暗さにようやく気がついた。

周りにある店の明かりが全く点いていない、どうやら停電のようだ。

この屋台は電気使用じゃないから無事だが。



「オヤジさん、停電みたいだな」

「本当だ、すぐ復旧すりゃいいんですが」



懐に入れてあるケイタイが震える。

俺はオヤジさんに断ってから通話ボタンを押し、耳に当てた。



「もしもし」

の兄ちゃん!頼む、助けてくれ!!』

「は、長谷川か?…どうしたんだよ」

『銀さんに電話しても繋がらな…ギャアァァァ!!』



受話器越しに物凄い破砕音が聞こえ、そのまま長谷川の声は聞こえなくなった。

俺は何度か長谷川に声を掛けるも、応答はまるで無い。

発信音すら聞こえなかった、これは…冗談抜きでマズイかもしれねぇな。



「旦那、危ねェ!!」

「………!?」



オヤジさんの警告と共に振り向いた俺が見たものは、モップを振り上げるメイドだった。

お掃除ですのー、と間延びした声と顔は意外と可愛いが行動は可愛くねぇ。

間一髪で一撃をかわした俺は、腰掛けから地面に転がりつつ懐の刀を抜き体勢を立て直す。

これは…機械メイドか?人間そっくりだが微妙に機械音がする、なら遠慮はいらねぇな。

鞘から抜いて刺突を繰り出す、と同時に屋台からも刃が伸びていた。

俺の刀は機械の胴を、屋台の刀は顔を貫いている。



「オヤジさん、アンタ…」

の旦那、ここはあっしに任せて行って下せェ」

「任せるって……」



オヤジさんの太刀筋は俺よりも鋭かった。

強い、あの動きは相当の腕前だと言う証拠。

だが機械メイドは難なく立ち上がった、機械配線がショートする音と共に。

…核を壊さねぇと駄目か、首飛んでも動いてそうなタイプだな。



「この間、ある客からツケ払ってもらったんですがね…全部落としちまったィ」

「………………」

「だから屋台は火の車、早急に金が必要でね」

「………………」

「あっしはその場で金払ってくれる貴重なお客さん、簡単に逃したくないんでさァ」



屋台の外に出たオヤジさんは、軽い身のこなしで機械メイドと対峙する。

それなりに年だってのに凄ぇな、しかもハードボイルドだし。

俺は覚悟を決めて刀を納めた、逆に俺がいた方が邪魔になりそうだ。



「…オヤジさん、明日全額払いに来るからな」



俺はそれだけ言うと、背を向けて走り去った。

ここから長谷川のアパートはそれほど遠くない、だが近所ってワケでもねぇ。

明かりが消えて真っ暗な町を、俺は一人で走り抜ける。

広い通りに出ると逃げ惑う人々と、機械を止めようとする奉行所の人間が大勢いた。

それ以上に多い機械メイドの集団が一列に行進を続け、不気味な事この上ない。

俺は密偵時と同じように、機械と人目につかないよう裏道を利用してアパートへ向かう。

現在の位置を見失いそうになるが、ケイタイの照明機能で道の看板を確認しているので問題は無い。



ただひたすら、長谷川を探すために駆けた。







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