「どうしますか?」 『…お通殿に危害を加えられる事態は避けたい。 ぬしが奴らの動向を探り、真選組が使い物にならぬ場合は動け』 「分かりました、様子を見てみます」 ケイタイの通話を切った俺は、倒れている男を見下ろした。 刀を使わず倒したのは好都合だった、おかげでスムーズに仕事が運ぶ。 男はピクリとも動かないが、血は一滴も流れていない。 (上手く決まって助かった…) ――男が一撃を加えようとした瞬間、俺はその攻撃をかわしてスプレー缶を取り出したのだ。 それを相手の顔に掛けた、正確には顔じゃなくて鼻と口を狙ってだけど。 ただそれだけで相手は白目を向いて昏倒、戦いは終わり今に至る。 そう…普通の催涙ガスなんかじゃない、これは睡眠誘発剤だ。 顔の布なんか何の防衛にもならない強力な気体だ、鬼兵隊の財力ナメんなよ。 それにしても…。 「もっと強くならねぇとな」 刀での峰打ちによる気絶は高等技術、俺には使えない。 これが出来るようになったら、同時に刀の腕が達人級になった証となる。 俺はもっと強くなりたい、強くなって役に立ちたい。 また誰かに手合わせしてもらって、実戦で使える隊士を目指そう。 そんな事を考えながら、俺は相手の着物や笠など下着以外の全てを奪う。 笠は被り着物や数珠などは腕に掛けるようにして持つと、俺は路地裏を出て現場に向かう。 「………………」 なるべく人目に付かないように駆け抜けつつ、再びケイタイを取り出し弄った。 電話は掛けずある画面を呼び出して、常備してあるイヤホンを接続する。 ボタンを押して懐に仕舞い、片耳にだけイヤホンを引っ掛け耳を澄ました。 雑音混じりの音声が流れ出る。 『寺門通さん並びに婦女誘拐事件の犯行声明は、異菩寺からだという情報が入り――』 思った通りだったが、大して感慨は無い。 あの男達は真選組に関係ある人質を取るようにしていた、それはつまり…国に対する脅迫だ。 幕府に対しての要求を通すための誘拐が起きた場合、テレビに犯行声明を送る場合が多い。 だから俺はケイタイのラジオ機能を使い、電波を拾ってみた。 結果はビンゴ、不祥事ネタにマスコミが飛びつかないはずがないしな。 何にせよ情報は助かる、表立った動きを知らないと裏で動くのはまず無理だ。 「さて…どうしたモンか」 次々と流れてくる情報を整理し、俺は顔を顰めた。 俺が優先すべきは寺門通だが、犯人にとっても彼女は最大の切り札だ。 この着物を使って変装したとしても、そう簡単に隙なんか作れないだろう。 寺門通を単独救出するより、事件そのものを解決する方が安全だ。 …真選組の動向でも待ってみるか? 「そこのお前、何してるんだ」 後ろからの気配に顔を向ける、気付かれた事に対する動揺はあまり無い。 いたのは男だった、多分。 多分っていうのは格好に難があったからだ。 明らかに女物である着物を身に纏い、頬と口に紅まで差している。 体型的に女に見えなくもないが、やっぱり男だろうコレは。 まあ普通のヤツなら騙せんだろうけど、声でアウトだ。 「何だよ不審者取締りか?だったら鏡見てみろよ、即刻逮捕出来るぜ」 「それは言わないでほしいんだけど!俺だって好きでこんな格好してんじゃないし」 「……もしかして真選組か?」 態度は落ち着いてるが、かなりマズイ状況だ。 様子見をする気ではいたが、直接的に接触するなんていいワケがない。 ラジオの情報では、犯人グループは真選組との交渉を望んでいるらしい。 だったらこの男は俺と同業、偵察部隊の一員か? それにしても俺が気付かなかったとはな、どんだけ気配消すの上手いんだ。 まるで空気と一体化するようなその存在感、密偵の仕事には欠かせない。 「もしそうなら俺に構ってる暇無いんじゃねぇ?大変なことになってんだけど」 「そうだけどお前は放っておけない」 真選組が俺を指差す、正確には俺の持っている着物を指差す。 俺がさっき犯人グループの一人から奪ってきたそれを。 あれ、これって犯人に間違われてるって事か? うーわ最悪だ、しかも状況が状況で言い訳無理だろ。 どうする?ホントどうする? ……もう怪しい印象は変えられない、だったら利用するか。 「これはな、そこに落ちてたんだよ。そう…落ちてたんだ」 わざと意味深な口調で繰り返し、ダメ押しとばかりに笑みを広げる。 当然相手は疑う、疑念に満ちた目で俺を見遣る。 よし、とりあえずは狙い通りだ。 「落ちてた?着物一式に笠に数珠、そんなモンが綺麗に落ちてたって?」 「……あの建物にはな、俺の妹がいるんだよ」 俺は鋭い目で犯人グループ…ラジオじゃ天狗党って言ってたか? とにかく、その天狗党が立て篭っている異菩寺を見上げる。 真選組であろう男がハッと息を呑んで、建物に視線を移してから俺を改めて見た。 ちなみに全部嘘だから、俺には妹どころか親すらいないし。 「目の前で寺門通拉致された、お前らの助けなんか期待してねぇ」 「………………」 「だから奴らの着物剥ぎ取ったんだよ、俺が自分で助けに行くために」 地味な真選組は黙り込んだ、拳が震えてる。 怒りで震えてんのか責任感じてんのか、そこまでは分からねーけど。 何となく後者な気がすんな、コイツは幕府の犬らしいが利権で動いてるように見えねぇ。 金やら地位やらで動いてる奴の目は、こんなに澄んでない。 それだけは分かる、歪んだ奴らの目の色は夢に見るほど覚えてっから。 「……すまない」 どうやら俺の言い訳は通用したようです。 妹捕まったから違法行為や危険犯してでも救おうとする、兄の鏡なんだぜ俺は!的なヤツ。 自分でも滅茶苦茶だと思うし、信じるワケないって思ってたのに。 これは純粋だからいいの?それとも頭を武装しろ、みたいなツッコミ待ち? てか時間無いな、信じたんなら次の作戦行くか。 「アンタ、俺に強力してくれねぇか?」 「え?」 「正直困ってたんだ。変装して中に入っても妹だけ助けるワケにもいかねーし」 「駄目だって!一般人を巻き込む事は出来――」 「アンタだって、このままじゃ潜入すらままならないだろ?」 コイツが女装してんのは、多分人質に紛れて天狗党の隙を窺うためだ。 けど犯人が既に準備を始めてる以上、今更紛れることは不可能。 ノコノコ現れて人質希望です!なんて言っても怪しまれて終わりだ。 だけどもし、俺が奴らの仲間の振りをしてコイツが人質の振りをしたら? お互いが単独で動くよりも、潜入成功率は格段に高くなる。 「アンタが言うように俺は一般人だ、だから俺はアンタを置いてすぐに立ち去る」 「………………」 「お互い利害は一致してんだろ。モタモタしてたら本当に取り返しつかなくなるぜ?」 ラジオによると、真選組の奴らはまだ到着していないらしい。 真選組が解散しようが、攘夷志士が解放されようが俺にはどうでもいい。 ただ万斉様の意向として、寺門通だけは無傷で保護しなければならなかった。 それをやるのは真選組が一番望ましい、俺が動くのはあくまで最後の手段だ。 これ以上渋るようなら一人で乗り込むつもりだけどな。 「分かった、けど一つ違う。俺が真選組として君に協力をお願いするよ」 「了解。じゃあ早速行くか」 「その法被からして、奴らの仲間ってワケじゃなさそうだしな」 そう言って男は小さく笑う。 俺はようやく気が付いた、寺門通親衛隊の法被を着用したままだという事を。 うわ、これ妹云々が嘘だってバレたな。確実にバレてる。 まあ寺門通助けたいと願う熱烈ファンだろうが、妹助けたいと願う兄の鏡だろうが同じか。 要は俺が鬼兵隊の密偵だとバレずに、寺門通を救い出す手引きが出来ればいい。 法被を脱ぎ捨て手早く着替えた俺は、拘束された振りをした真選組と一緒に異菩寺に向かった。 「オイ、人質連れてきたぞ」 「はぁ?今更連れてきて何なんだよ、つーかどこ行ってたんだお前」 入り口の見張りは、やっぱり疑わしそうに俺達を見遣る。 けど俺が変装だとは気付いてない、何故なら人数が一人欠けてるからだ。 俺が昏倒させた男と俺が入れ替わっているので、決して増えたわけじゃない。 ならこれで奴らの人数はプラスマイナスのゼロ、仲間が遅く帰ってきたように見えるだけ。 後はどれだけ不自然じゃない理由をつけるかだな…。 「真選組がここに集まってる間に、更に人質連れてきたらもっと評判落ちんだろ?」 「おお、そう言やそうだな!」 「後でテレビにでも宣伝したら、真選組の無能説はもっと指示されて要求通りやすくなると思ったんだよ」 「よしよし、よくやった。俺は頭に報告してくるわ」 「分かった、俺は更に人質取れっか確認してくる」 「頼むぜ!」 俺は見張りに真選組の男を引き渡す。 二階に行く際、俺にこっそりと目配せしてきた。 俺は小さく頷いて背を向ける、そして異菩寺から離れて法被を脱いだ場所に戻った。 そして変装を解く、顔バレ防止のため笠はそのまま借りることにするが。 ……やっぱこの着物だな、他の色はしっくり来ない。 「もしもしです」 『状況はどうでござるか?』 「真選組を人質の中に紛れ込ませる手引きをしました、これで駄目なら動きます」 『ふむ、それだけ出来れば充分でござろう。…顔は?』 「笠で防御はしましたが多少は見られてると思います。しかも俺と同業者かもしれません」 万斉様は少しの間考え込んだようだったが、そのまま俺に密偵を続けるように指示を出した。 そして再びイヤホンでラジオを聴き、しばらくして異菩寺が爆発する。 ……本当、滅茶苦茶なヤツっているんだな。 ラジオから興奮気味に天狗党の確保、そして寺門通含む人質全員の無事が伝えられる。 俺は笠を被り直しながら、崩壊した異菩寺とパトカーのサイレンを背に現場を後にした。 利権で動かない幕府の犬は確かにいる、けどそんな奴は下っ端の一握り。 それじゃ希望なんか持てない、だから俺は…やっぱりこの世界が大嫌いだ。 |