闇夜の虫は光に集う。

砂漠の兎は水を求める。

世界を否定し光に焦がれ、篝火に向かう小さな闇。

篝火に向かう小さな闇に、血という水を見出す兎。

これは、闇と兎が一瞬だけ邂逅する話。








砂漠の兎と闇の絆








月が太陽の代替となって輝く深夜、万斉は人の気配が無い夜道を歩いていた。

河上万斉。その通称は人斬り万斉。

黒い髪、黒いサングラス、黒いコート。

そして自身に纏う黒、万斉にとって闇は己の住む世界そのものだった。

冷たく理不尽な場所で運良く見つけた、たった一つの光。

万斉はそのために己の力を使う、今もその帰り道だ。

世界を破滅させるために、世界を活気出させるものを作るとはなんと言う皮肉。

だが構わない、表の世界では自分が作る曲は高値で売れる。

これを資金源に出来るのならば、利用しない手はないのだから。

万斉には才があった、音に関しての才が。

そしてその才能の前では、例えどんなに気配を消したところで無意味。

万斉が足を止める。



「…何用でござるか?」



先程から複数の“音”が聴こえていた。

夜闇に溶けた声に答えて三人程の男が姿を現す。

手には鞘から抜き放たれた刀、どうやらどこかの浪人らしい。

脅し文句を一言も発さずにこちらに来る様子からして、狙いは金ではなく命だろう。

決して心地良いとは言えないそれを、これ以上捨て置くのも時間の無駄だ。

彼らが付きまとってくる以上、自分は鬼兵隊には帰れないのだから。



「………………」



相手からの太刀を軽いバックステップでかわす。

着地する一瞬の間に三味線に仕込んである刀を抜いた万斉は、隙が出来た男を容赦無く斬った。

手応えと出血量が男の命を確実に奪ったと実感させる。

それについて特に感慨も持たない万斉は、次いで横から襲い掛かってきた男の刀も余裕を持って避けた。

今度は後方へではない。

闇に紛れるように気配を一瞬で断ち切り、男の死角…背後へと回ったのだ。

足音を立てず気配も息遣いも感じさせない、そんな状態で男が反応出来るはずがなかった。

振り返る猶予すら与えずに、万斉は背中を縦に切り裂く。

崩れ落ちて絶命する男は、自分が何に命を奪われたかすら認識出来ずに息絶えただろう。

最後の男は、叫んで逃亡した。

万斉は特に追わなかったが、直後に遠くで鈍い音が響く。



「…もう一度尋ねるが、先程から拙者に何用でござるか?」

「へぇ、やっぱりバレてたんだ」



闇の中からこちらへと近づいてくる姿。

その手には、血塗れになっているたった今逃亡した浪士がいた。

ズルズルと引き摺られアスファルトに赤く太い線を残している男は、もう生きてはいないだろう。

まあ、どうでもいいことだが。



「ちょっとお兄さんに興味があったんだ」

「ぬしは興味がある人間に不逞の輩を差し向けるのか、大した趣味でござる」

「違う。俺はお兄さんが強いのか試したかっただけだよ」



顔に巻かれた包帯のような布のせいで表情は分からない。

確実なのは声からして男だという事、三つ編にされている髪、右手の番傘、そして…。

万斉は仕込み刀の柄を握る手に力を込めた。



「俺はね、この星の侍って種族に興味があるんだ。お兄さんも侍でしょ?」

「侍は種族ではない、役職でござる」

「どうでもいいよそんな事。…銀のお侍さんの次に見つけたのが、黒のお侍さんなんて面白いね」



上機嫌で笑いながら、男は顔の包帯を解く。

する、する、と地面に落ちていく白い布の下から現れたのは青年の顔だった。

三つ編みの青年は笑顔を浮かべたまま、手に付いた男の血を舐め取る。

万斉は表情を決して変える事はなかったが、内心で冷や汗を掻いていた。

この男は危険だ…と。



「拙者はぬしになど興味はござらん」

「じゃあ俺と戦ってよ」

「…何がじゃあ、なのか検討も付かぬ。論法を間違えているのではないか?」



呆れ混じりに溜め息を吐こうとした、吐くはずだった。

突如間合いを詰めて来た相手の速さに、万斉は溜め息を詰める。

視界の端に見えた何かを咄嗟に刀で受け止め直撃を防いだ。

鈍い衝撃と共に手が痺れる、両手を使っていなければ刀も己も弾き飛ばされている威力。

正体は番傘、体格からは想像も出来ないような重い一撃に万斉は戦慄した。



「……ッ…!」



流れに決して逆らわず相手の力を利用して、万斉はその方向へと自ら跳んだ。

しかし勢いを殺しきれずに靴底と地面とが擦れ合い、バランスも崩れてやむなく手を付く。

顔を上げた時、青年は既に半分まで間合いを詰めていた。

振り上げられた番傘に、万斉はやむなく刀身に手を添えて頭を庇う。

次の瞬間、腕を中心に全身の骨が軋むほどの衝撃が襲い思わず歯を食いしばった。

そしてほぼ同時に相手の足が動く気配、避けられる術など無い。

腹部への一撃により万斉の身体は吹っ飛び、壁を砕く勢いで叩きつけられ止まる。



「…ぐ…ぅッ…!」



腹筋に力を入れていなければ、更にダメージは酷かっただろう。

唇が切れ血が滴り落ちる。

あの時、あの男にも腹部にダメージを与えられた事があったが桁が違う。

靴音を響かせながら近寄ってくる男は、笑顔を全く崩そうとしない。



「もう終わり?もっと追い詰めないと駄目なのかな」

「……か…」

「ん?」

「その肌に番傘、戦闘能力…。ぬしは夜兎の種族でござるか…」

「そうだよ、暇だったからまた地球に来てみたんだ」



勝てない、この男には決して勝てない。

悲観でもなく恐怖でもなく、ただ事実として万斉は思った。

自分は腕に覚えがあった、だからこそ相手の力量をハッキリと感じてしまう。

相手は戦闘種族、しかも相当の実戦慣れがあり、最悪な事に現在は夜なのだ。

それにこの男、恐らくはかなりの手加減をしている。

本気を出したらいつでも自分など瞬殺出来るのだ、けど何故かそれをやらない。

ならば…状況を打破するには、それに付け込むしかない。

万斉は軋む体を叱咤して立ち上がった。



「…っ……!!」



隙の無い相手に隙を作らせるためには、こちらから攻撃を加えればいい。

刀を横薙ぎに振り抜くも、それはアッサリと避けられてしまう。

だが万斉も予測済みだったのか、地を蹴って軽業師のように舞った。

左手で外しておいた弦を相手の腕に絡ませ、素早く間合いを取る。

本当は四肢全てを封じたかったが、あれほどの動きをする相手に贅沢は言えない。

腕一本でも絡め取る事が出来れば絶賛ものだろう。



「……これ何?」

「特製の弦でござる、ぬし程のスピードで動けば腕が千切れ飛ぶであろう」

「ふーん」



夜兎の男は全く気にした様子も無く、その場で弦を引っ張って遊んでいた。

外そうとする動きも見られず、万斉はその余裕に対し逆に口元を引き締める。

たとえ夜兎族と言えど、この弦を無理矢理に引き千切れば確実に腕が胴体から離れるだろう。

こうして捕らえた以上、こちらは圧倒的に有利なはずなのだ。

なのにこの余裕は一体…。



「この攻撃ってさ、今の状況じゃ意味無いよね」

「………………?」

「だってこれ、弦が緩まないように間合いを取らなきゃお仕舞いでしょ?
 俺も動けないけどお兄さんも動けないから、仲間がいない限り襲われる心配はないよ」



何でもない事のようにアッサリと口にする夜兎の男。

やはりこの男は相当に実戦慣れしている、戦場で生き抜いてきた夜兎そのものだ。

万斉は何が起きてもいいように、全身に緊張を走らせる。

すると、青年が持っていた番傘をこちらに向けて持ち上げた。

最早耳慣れてしまった音が響き、先端から連続して銃弾が発射される。



「…………!?」



三味線を前に抱えたまま、万斉は何とか銃撃をかわす。

だが銃弾を避けながら、尚且つ適度な間合いを取るなど不可能だった。

その隙を突かれ、或いはとうに隙だらけだったのか相手が地を蹴り突っ込んでくる。

スピードは今までの中で一番、万斉は殆ど反応できない。

突き出された番傘は真っ直ぐ三味線を狙い、それを粉々に打ち砕き…。

万斉の鳩尾を突いて、冷たいアスファルトに縫い付けた。

そのまま脚の動きを封じるように上に跨ると、鳩尾を抉っている番傘に力を込める。



「…ッ…、ぐ…!」

「はい終了。もう少し頑張ってほしかったんだけど」

「…っ…ァ…!」



傘の先端を動かされるだけで、激痛が走り声を上げてしまう。

思ったように呼吸が出来ず、万斉は左腕で傘を掴むがピクリとも動かなかった。

圧倒的だ、どんなに戦っても決して勝てない圧倒的な力の差が存在する。

……脳裏に一人の男の顔が浮かんだ。

死ねない、自分はまだ死ぬわけにはいかないのだ。

人斬りが死に場所など選べないことなど分かっている、他者の命を奪う者が命乞いをするなど恥知らずだ。

だが、それでも生きなければならない。ここで殺されるわけにはいかない。

嬲るような動きをする傘と痛みに翻弄されながらも、万斉はひたすら耐えた。

そして、サングラスの奥にある瞳に力が入る。



「……ねぇ、何でお兄さんは足掻くの?」

「帰る…ためでござる」

「どこに?」

「拙者の…宿り木、ただ一つだけの居場所に……!」



万斉の刀から血が伝い落ちた。

右手に持った刀の先端は、狙い違わず夜兎の男の腹部を抉っている。

だが、それでも男は笑みを崩さなかったし傘に込める力を緩めもしなかった。

笑顔を浮かべたまま後ろに下がって刃を抜き、笑顔を浮かべたまま番傘を振り。

笑顔を浮かべたまま万斉の刀を弾き飛ばし、笑顔を浮かべたまま万斉の身体を殴り飛ばした。



「油断しちゃったな、やっぱりどんな時でも武器は弾くべきだよね」

「……ッ…ぅ…!」



何度か地面に叩きつけられる際に受け身は取ったものの、万斉は立ち上がることが出来なかった。

うつ伏せに倒れた状態で、両腕を使って何とか身体を起こそうと力を入れる。

しかし自分で起きる前に、男に髪を掴まれて無理矢理顔を上げさせられた。



「黒のお侍さん、俺…君に凄く興味が湧いてきたんだ」



サングラスに手を伸ばされ、抵抗虚しく奪い取られる。

ヘッドフォンも引っ張られ、音楽プレーヤーごと投げ捨てられる。

防ぐ事すら出来ずに傷と痛みだけが増えた。

自ら目に掛けていた黒が無くなった事で、少しだけ鮮明になった闇の世界で男が笑う。





「ちょっと余興に付き合ってよ」










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