浅い眠り

まるで生暖かい泥沼のような浅い眠りから覚醒して、クラウドは深く息を吐いた。
ゆっくりと目を開いたが、目を閉じている時とたいして違わない様な闇にしばらく目をこらす。壁や天上にはブラインドの隙間から忍び込んだオレンジの光が無機質に走り、まるで見慣れぬ場所の様だった。
何か有機的な物を感じさせる、ザラリとした壁の表面を見ていると、咽が圧迫されている錯覚に陥る。ここにいたくない。

隣の存在に気が付かれぬ様にそっと体勢を変えると、静かに布団の隙間から這い出てバスルームへと向かう。冷たさを伝える自分の足が妙に嘘くさくて嫌だった。

手探りで中にはいるとすぐさまドアを閉め、しゃがみ込む。電気はつけたくなかった。見たくないを見なければならないだろうから。見なければまだ、現実として受け入れなくて済むかも知れない。そうは思っても、節々に痛みを覚える自分の体全体が現実を見ろと責め立てる様だった。
夢だ夢だ夢だ。思いこめたらどんなにか楽だろう、だが意識と裏腹に、絶望的なほど現実感は増すばかり。

なんで、こんな事になってしまったのだろう。
ぼんやりとするばかりで頭が働かない。
分かるのはただ、ザックスに裏切られたということだけ。
親友だと思っていたのに。
名前を思い浮かべるだけで、いや、その最初の音ですら考えたくないほどの失望、絶望。

 

一番信じていた人に、暴行された。

 

小さな頃から思い描いていた理想は、ことごとく壊れた。自分に失望し、親に失望し、進路に失望し。最後に残しておいた大切な物まで、夕べザックスに叩き壊された。

クラウドがこんなに苦しんでいるのに、『その原因』は静かに眠っているだけ。人の人生を壊しておいて。

クラウドは立ち上がると、ザックスの元へと向かった。まるで黒い霧に飲まれた様に、どろりとした憎しみが渦を巻く。一歩進むごとに真っ黒い血を振りまいているのではないかと思うほど。
お前も苦しめばいい。同じように人生を壊されろ。

ザックスの寝息は規則正しく、クラウドが起きたという事に気づいてもいない。
クラウドはそっとザックスの首に手をかけると、一気に力を入れた。途中で更に力を込めるために馬乗りになって、全体重をかける。いくら握力が弱いクラウドでも、全体重をかけながら首を絞めれば殺すことも不可能ではない。
ぐっ、と短い息がザックスの咽から押し出される。クラウドは一瞬驚くが、手の力は弱めない。ザックスの頬が紅潮してきたのが、薄暗がりの中でも分かる。数時間前は絶対的に叶わない存在として有った物が、こんなにも簡単に壊れようとしている。
暴れられるかと思ったが、意外にもザックスは苦しげに身じろぎするだけだった。瞳が薄く開き、発光ダイオードのように輝く蒼がクラウドを捕らえる。だが、それだけだ。ザックスの力ならば、今からでも逃れる術はあるだろう。殺されてもかまわないということか。それとも、クラウドには殺せるはずがないと思っているのか。最後の手まで見透かされた様な様子に急に興味が失せ、クラウドは手を離してしまった。

なぜ?
分からない、何も。
力を入れすぎた所為で小刻みに震える手が、誰か他の人の物のよう。

魂が抜けた様に停止したクラウドを上からどかし、ザックスはゆっくりと抱き寄せた。
冷えた肩に布団を掛け、友人であった時よりも近い位置で。

憎い。
苦しい。
辛い。
痛い。
心臓が、壊れる。
息が、詰まる。

言葉は何も発さなかったけれど、ザックスの心臓の音にクラウドは懐かしさを覚えた。そして、広い肩に安心感を覚える。涙が溢れ、今更になって嗚咽を漏らすクラウドを、ザックスはただただ抱きしめる。

悲しくて仕方がないのに、何故かその中に安堵も含まれていることをクラウドは自覚した。
いや、最初から分かっていたのだ。

静かで広い夜の片隅。
まるで、世界にたった二人だけの様な暗がりで。

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2008.1.5.
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