ミッドガルの怖い話 健康診断編

会社組織ならどこでも、健康診断の時期という物があるらしい。
特に軍隊など体が資本の仕事の場合なおさら念入りであり、更に年齢別の追加診断もあった。何故かというと、募集年齢が14歳からということもあるため、年齢別の予防接種があるからだ。

今回は丁度その予防接種の年に当たったクラウドは、通常の健康診断の前に足取り重く別室へ向かった。
これでも軍人の端くれとして、注射が怖いなんて口が裂けても言えない。それでもどうしてもあの痛みを思い出すと身がすくんでしまう。訓練中の切り傷や打ち身なら平気なのだが、なぜわざわざ針など刺されなくてはいけないのかと溜息が出る。同じ痛さでも、広範囲の弱い痛みよりも一点の強い痛みの方が辛いのは何故だろう。注射用の麻酔があればいいのに、などと詮無いことを考えているうちにとうとう予防接種の待合室まで着いてしまい、クラウドは恐る恐る扉を開いた。

室内には同い年の少年達が暗い顔で椅子に腰掛けていた。
やっぱりみんな嫌なもんなんだろうなとおもいながら、受付で貰ったシートに目を落とす。
予防注射の必要性、受ける時期、注意事項などが書かれた紙と共に、アレルギーや病歴を調べるための問診票が二枚。
そう言えば故郷のニブルヘイムでも風邪を引いて病院に行った時に書いたな、などと懐かしくなりながら、一つ一つ質問の答えを書き留めていた時だった。

「……はぁ?」
不審げな声が漏れてしまったのは、仕方がなかったかも知れない。
しかし声を出してしまったことすら気が付かないほど、クラウドの思考はピタリと止まってしまっていた。

万が一の時のため、今までの予防注射歴、アレルギーや家族のものを含めた病歴を書かされるのは分かる。かなり細かいことまで書かなければならないため、一枚半に渡って項目は続いていた。
だが、その次の質問項目は、あまりにプライバシーに関わる質問なのではないだろうかと思われる物で……何というか、文字で読むだけでグラリと倒れてしまいそうになったのだが……直接的に言えば、性に関する質問だったのだ。
あなたは男ですか女ですか、それだけなら分かる。が、なぜ初体験の年齢を聞かれなければならないのか。質問の隣にある回答欄があまりに大きく見えて、情けないけれど少し涙さえ滲みそうになった。

隠さずに言ってしまえば、そういう経験はあった。しかもつい最近の話。
クラウドがあまり付き合っている等を公言するのが好きではないので、おそらく友人達ですら知らないけれど、ザックスと付き合いだしてからすでに半年。
軍隊という特殊な環境のために珍しいことではないが、そういうことを抜きにしても成り行きや中途半端な気持ちではなく、きちんと人間同士、本気で真面目な関係だと思っている。
だから健康診断で隠すことではない、堂々としていていいことなんだ……そうは思っても、すれていない思春期のクラウドにこの質問はきつすぎた。

問診票とは、絶対に書かなければならない物なのだろうか。逃げ道を探してみるも、最後に組織名や署名欄まである、簡単ではあるが正式な書類に嘘は書けない。どうしよう、と、背中にうっすらと汗が滲んできた。
しかし迷っている時間はない。まだ裏面全部、白紙状態なのだ。時間内に埋めることを考えたら、ここで思考停止せず後回しにするしかないだろうと判断して、クラウドは次の質問を読んだが……更に撃沈するはめになった。

『避妊はしていますか?方法は?』
……こんな質問に、答えなければならない羽目になるなんて。思わず白目を剥いてしまいそうになった。多分一瞬剥いただろう。
これは、はっきり言ってさっきの質問よりやっかいだ。クラウドも男女の場合なら避妊は絶対必要なことだということは分かっている。
しかし、事情は更に複雑なわけだ。避妊しなくても妊娠する事はないのだから。
必要がないから、避妊はしていない。かといって、NOと書くと……もしかして、後で医者に避妊はしてくださいねなど指導されるはめになっては困る。いや困りはしないが恥ずかし過ぎる。
しかし妊娠はしないとはいえ、避妊していると答えれば次の質問で避妊方法を答えなければならないのだ。

どうしよう、どうしようとパニックに陥りながらも、更に次の問に目を走らせ……思わず問診票を破りそうになった。
『あなたはセックスに対してアクティブな方ですか?』
何なんだアクティブな方って!クラウドの困惑はだんだんと怒りに変わってきた。
何を聞いてるんだ何を!っていうか、アクティブって何だよ!積極的かどうかって事か?!曖昧すぎてよく分から無い表現を使うなよ全く、っていうかこの解釈はあっているのか?ああもう。
最後の裏面だけ埋まらない問診票を握りしめて、クラウドは心から途方に暮れた。
そうだ、最初から経験無しということにしてしまえば、全て答えなくてすむじゃないか。名案が浮かんだが、予防接種の後には通常の予防診断が控えている。もしかして、検査するとそういうことの有無まで分かるものなのだろうか?ふとクラウドはそんな疑問に襲われた。
そういえば、昔ザックスに健康診断では性病の有無まで調べると聞いた気がする。……そうすると、分かるんだろうか。嘘を書いてしまうと。

理解を超えた質問に思考停止し、もう疲れ果てたとぼんやり鉛筆を握りしめていたクラウドの耳に、小さな電子音が聞こえてきた。
待合室の中の誰かの携帯が鳴ったらしい。
……携帯が鳴った?そうだ、どうやって答えればいいかザックスに携帯で聞けばいいんだ!名案に安堵しながら、いそいそと携帯を取りだしてザックスの番号を表示させたところでクラウドは気が付いた。
聞くのは良いとして。……なんと聞けばいいんだ?

さらなるハードルである。
しかも、今までの物と同じくらい高い。
なにしろ相手はあのザックスなのだ。ウブだのなんだの、絶対に面白がるに決まっている。それに、質問事項を伝えなければ聞けないが、とてもじゃないが恥ずかしすぎて、クラウドは口に出して言う事は出来ない。

ならば、受付の人か、周りの人に聞いてみようか。絶対に全項目答えなければならないかどうか。いや、この問診票の内容を知っているのならば、きっとどの質問に答えたくないのか気が付くだろう。しかも、静かな待合室にいる人間全員に聞こえてしまうはずだ。
ザックスに聞くのなら外に出て聞けばいいのだから全員に聞かれることはない。しかし、しばらくはからかわれることを覚悟しなければならないだろう。
そう考えると、旅の恥はかきすてと同様、関係ない人に知られる方がまだマシ……だろうか。しかし人数が。でも後々のことを考えると……。

究極の選択に迷っているうちに、予防接種の順番はどんどん近づいてきてしまっていた。
結局、残されたいくつかの質問、性病の有無や2人以上のセックスパートナーの有無については「あるはずないだろ!」と大きくNOにチェックをし、裏面の残りは無記入でタイムアウト。

今までのどんな訓練より長く辛く感じた時間は過ぎ去ったが、もしかして後になってから無記入があったなどと呼び出されたらどうしようなどと落ち込んでいる間に、一番憂鬱だったはずの予防接種は済んでしまった。

「予防接種平気だったか?」
朝から憂鬱そうに出て行ったクラウドの様子を覚えていたのか、部屋に帰るなり気遣うように聞いてきたザックスを見たクラウドは……。
「……全部お前のせいだ!!」
思い切り殴りかかり、盛大に暴れ回ったとかなんとか。
そしてしばらくの間、問診票のことで呼び出されるのではないかとビクビクし続け、結局何で俺に怒ったんだとザックスに問いつめられて全ての事情を話す羽目になり、案の定大笑いされて激怒したとか。
クラウドが健康診断も予防注射も大嫌いになってしまったのは、仕方がないことだったかもしれない。

End

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2005.11.27
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