星祭り

満天の星空が広がって、体の奥まで澄み渡りそうに冷たく心地の良い夜。
気まぐれにバイクに二人乗りして、ミッドガル付近に広がる草原の真ん中で夜空を見上げた。
都会から数十分離れたその場所は、正に暗闇に塗りつぶされ、人工灯の代わりに降るような星と月の灯りに照らされている。
背の高い草が揺れ、囁きのような波のような音をたてる。
黒い流線型のバイクに寄りかかって夜空を見上げていると、自分という境目が無くなって、何もかもと解け合って無になってしまいそうだ。
いつもはうるさく喋るザックスも黙り込んでいて、ただ音と光の欠片しか存在しない世界。

ふと、『ここにいる』事が怖くなる。
ここに存在している、ここに生きて、呼吸をして、血を巡らせ、考えていることが……全て夢で、幻のように簡単に消え去ってしまうような気がして。

身を竦めたのを寒がっていると勘違いしたのか、ザックスが上着を肩に掛けてくれた。
少し肌寒いけど、上着を貸して貰うほど寒い事はない。そう言って返そうとしたが、彼の体温を移した上着は予想外なほど暖かくて……ぎゅっと、胸の前で握りしめていた。
肩を包む温度が、竦み上がった心を柔らかく溶かしていく。
毛を逆立てて警戒していた獣を、宥めるように。
言葉にはならない、穏やかな安息を渡されたようだ。
まるで、抱きしめられたときのように。

「まだ寒いか?」
周りには誰もいないけれど、まるで風や草や星に見られているかのように、耳元で小さく音にされた言葉。
「ううん……ただ」
考えていたことを言葉にしようとクラウドは瞬時頭を巡らせて……しかし、自分の感覚は言葉で説明できるものではないと、すぐに諦めた。
「ただ……なんとなく」
心の中に浮かんだぼんやりと輪郭を持たぬ想いまで、すべて上手く伝えられればいいのだけれど。どうしても言葉は咽にひっかかり、結局外に出てはくれない。考えれば考えるほど、それ自体の実態を見失い霧散してしまう。
もっと、上手く言葉を伝えられたら。
考えを伝えられたら。

少し落ち込んだクラウドに何を思ったか、ザックスは一度強く抱きしめてから手を離し、走り出した。
バイクで走ってきた道を離れ、彼の腰ほどの高さしかない草の海を泳ぐようにザックスは進む。
縁だけ銀に反射するシルエットが獣のように足音もなく滑っていく。
小さな丘の上に上がり、クラウドを瞬時振り返ると、また走って向こう側へ降りていってしまった。
とうとう黒い影も見えなくなり、静寂がもどる。
草をかき分ける力強い音も、風の音に紛れて消えてしまった。

風が吹く。
濃紺に塗りつぶされた風景と、
銀の光だけの存在する場所に。

「……ザックス?」
答えはない。
ただなすすべもなく立ちつくしていたクラウドは、恐ろしい疑問に襲われた。
彼は、ザックスは、ここに存在していたのだろうか。
もしかしたら、自分はここに一人で来たのではないだろうか。
たった一人の大切な人は……自分の心が作り上げた幻ではないと、どうすれば証明できるのか。
硬いブーツに包まれているはずの足下さえ、不安定に揺れた気がした。
しかし、背に当たった質量のあるバイクと大きな上着が、確かにクラウドを支える。

ここに、ある。
ここに、いる。

「ザックスー!」
クラウドは駆けだした。
ザックスの消えた丘に向かって。
「ザックスー!」
丘の頂上まで登ると、地平線まで延々と続く広い草原が見えた。
広い。
こんなに広く見える風景でさえ、大きなこの星の、ほんの一部分でしかないのだ。
自分も、彼も、神羅も、ミッドガルも。
あまりにも小さくて、あまりにも無力だ。

ザックスの姿は見えない。
いくら名前を呼んでも答えない。
どこへ、行ってしまったのだろうか。
自分はあまりに小さくて、あまりにも無力に思えた。
それでも。
「ザックスー!出てこいよ!!」

ゼロではないのだ。
自分がここにいる、彼もここにいる。
何か少しでも足掻き続ければ、何か一つくらいは変えられるものがあるのかもしれない。

「ザックスーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「わっ!」
「うわっ!」
急に後ろから押し倒されて、クラウドは本気で悲鳴を上げた。
押しつぶされた草の匂いが息苦しいほど。
いつの間に体勢を入れ替えたのか、目の前に星空が広がっていることで自分が仰向けに転がっていた事に気が付く。
腹の上には黒い影が乗り、笑い声を上げていた。ザックスだ。
「なーなー、ビックリした?」
冷たい星の光はザックスの瞳に反射することで、不思議と和らいで悪戯な色に見えた。
「……するに決まってるだろ。脅かしやがって」
不機嫌に返された言葉を気にする様子もなく笑い続けるザックスを、思い切り体をよじってバランスを崩させると、ぎゃっと叫んで坂道を少し転がっていった。
「そのまま転がり落ちてけ!」
「んじゃあクラウドも道連れな」
がしっとクラウドを抱え込むと、本当にごろごろとザックスは坂を転がり降り始めてしまう。

天地がグルグルと入れ替わり、光が流れる感覚に、思わずクラウドは目の前の体にしがみついた。
勢いよく転がり落ちているのに、それでも頭や肩を打ち付けないのは、怪我をしないように、押しつぶさないように大きな手が覆ってくれているから。
あたたかい。
先ほどまで取り付かれていた風景は消え去って、今は目の前の暖かさだけ。

坂の下まで転がり落ちて、仰向けに転がる。
さっきから隣でザックスが嬉しそうに笑っているのが気に入らなくて、何度か蹴っ飛ばしてみた。
「面白かったな」
「……酔った。気持ち悪い」
「ん?今ので?」
心持ち心配そうな表情で額に手が当てられた。
その手に自分の手を重ねて目を閉じる。
自分の物ではない、体温。
その温かさが、道標となるようで……暗闇の中なのに、安心できた。

へへへ、とザックスは嬉しそうに笑う。
「笑う所じゃない」
「知ってる」
表情は見えないけれど、どんな表情をしているか簡単に予想がつく。
「おまえ、いつでも一人で大丈夫、みたいな顔してるからさ……さっき、ちゃんと探しに来てくれて嬉しかったなーって」
横を見たら、ザックスの瞳に星の光が反射していた。
「もっとさ、思ったこと言えよ。何だって良いんだからさ」
そう言われて、瞬時迷う。
伝えたい。
言葉に、したい。
それでも上手くできなくて。
伝わるように、上手く表現できなくて。
また考え込んでしまったクラウドに、ザックスは口を尖らせて言った。
「考える前に言う!」
「……さっき」
「んー?」
「星が、すごく、て」
「ああ」
「存在が、押しつぶされるみたいな気がしたんだ……意味、分からないかも知れないけど」
「良いんだよ。分かる所は伝わるし、分かんなけりゃもっと言い足せば良いだろ?」
「……うん」

涼しい風が、通り過ぎていった。
手を伸ばすと、まるで水の中に浸したような気がした。
目の前に広がる闇は大きい。
全てを視界に納めるのは不可能だ。
そこで、何万、何億という星が揺らめく。

「置いていくなよ」
「行かないって。すぐ出てきたろ?」
「今の話じゃ、なくって」
「これからも置いてったりしないよ。俺はトモダチを見捨てたりしないぞ?」
「分かってる。分かってる……けど」
流れ星が尾を引いて滑っていった。
「怖い」

ザックスが体を起こして、視線を合わせた。
「ゴメンな、おどかしすぎた。もうしないから安心しろよ」
頭を乱暴に撫でられたが、嫌ではなかった。
「姿が見えなくってもさ、ちゃんと呼んでくれれば答えるから。安心しろよ、な?」

うん、と返事をしながら、それでもクラウドの不安は消えなかった。
ごろごろと、胸の中に石でも入っているかのように引っかかり、存在を消し去ることが出来ない。
星が、流れる。

ザックスの背に両腕を回すと、強く抱き返された。
みちしるべ。
置いて行かれないように、クラウドは強くしがみついた。


END.

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2005.11.6
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