人魚

低く響く機械音と自分の吐きだす息の音が、まるで違う所から聞こえてくるかのような錯覚。現実感がなく、まるで録画された偽物の映像を見せられているかのように思うけれど、これは紛れもない現実だ。

青、なのだろうか。
それとも碧。
どちらとも着かぬその色を、星の色、と形容した人がいたことを頭の隅で思い出す。
不思議な色をした水槽の中で揺らぐ体が一つ。
微かな水流を受けて靡く、柔らかな薄絹のような尾鰭。
薄く中から半円を描きながら複雑に混ざった虹色を反射する鱗。
色を無くすように腹から続く上半身は、まるで人も魚も未完成であり、全てはこの姿に収束されるために存在していたのではないかと思わせるほどに自然。
腰骨を覆う薄い皮膚が続き、曲線は平らな胸、浮き出た鎖骨、細い首、腕、そして顔へといたる。
ゆらりゆらりと光か形を取ったかのような長めの髪が揺れ、表情は見えない。

恐ろしいと、思った。
こんなにも綺麗な物が存在するのだと思うと同時に、果てない恐怖に襲われた。
しかしそれとは裏腹に、一歩一歩進んでいく軍靴に包まれた足を止めることが出来ない。
金属音の混じる足音がタイムリミットを告げる。
三歩、二歩、一歩……。

無意識に上げた手の平が、冷たい水槽に触れる。
いけないと、思っているのに。
逃げなければと、思っているのに。
目が離せない。
瞬きすら出来ない。

いつの間にか、髪の間から紫がかった青い眼が、こちらをじっと見据えていた。

ガラスを挟んで、二つの視線が合った。
微かに金のかかった髪の間からのぞくその容は幼子のように無垢だったが、どこか漂白されたような色があった。
色素など存在していないかのような白い肌、その中で僅かに赤みがかった目の縁。
すっきりと通った鼻筋、その下の赤い唇が僅かに笑みの形を取ったよう。

ふいに、それは大きく尾鰭を動かして浮き上がり、ずるりと音がしそうな緩慢な動作でそれは水槽の縁に手を掛けると、まるで外へ流れ出すように機材の蓋の上に這い降りた。
大きな尾が力無く横たわる上に、上半身を起こしたそれがいる。
「ここで見たことは」
目を、細めるようにして唇から言葉が零れ落ちた。
「決して、他言するなよ」

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2006.5.8
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