布団から半身起こしたまま原因を探すクラウドの目に、きらりと小さな光が飛び込む。枕元のボードの上に乗っていた、小さなクロスの付いたネックレスが光を反射していたらしい。
「これか……」
違和感の原因。
そのクロスは、いつもならクラウドの机上のコルクボードに無造作に引っ掛けてあったはずだ。それが勝手に移動していた事にも驚いたが、そんな些細な違いに気が付いた自分にもクラウドは少し驚いた。
これやるよ、と数ヶ月前に友人のザックスから渡されたそれは、ザックスには秘密だったがクラウドの宝物だった。ひねくれて天邪鬼なクラウドは、ありがとうさえ言えなかったけれど。実はザックスが初めての友達だし、家族以外からプレゼントなんて貰ったのも初めてだった。
ザックスは同じ神羅に在籍するソルジャーだ。まだ訓練生であるクラウドとは階級も違うが、ひょんなことから知り合いになった。なかなか人見知りが激しいクラウドだったが、人懐っこいザックスは遠慮なく話しかけたり構ったりして、最近では部屋にも気軽に遊びに来るくらいに仲良くなった。
それにしても、何でこんなとこに置いてあるんだろう。銀色に輝くそれを眺めながらクラウドは首をひねった。
寝るときは無かったから、夜中か、もしくは出勤前の早朝にザックスが部屋に来たのだろうか。未だに友人の少ないクラウドだからザックス以外でそんな事をするやつがいるとは思えないし、自分で動かした覚えは無い。
しかし、わざわざクラウドが寝ている間にそんな事をしたというのが不思議で仕方ない。それならいつも通り遠慮なく起こせば良いのに。そういえば夕べ、ザックスの夢を見た……気もする。というか、いや、きっとザックスが来たからザックスの夢を見たのだろうとクラウドは勝手に結論付けた。
そんな事を考えながらクロスに手を伸ばしたクラウドだったが、それは小さな金属音をさせながらベッドと窓のあいだに消えてしまった。数センチしかない隙間に落ちてしまったらしい。
「なんなんだよ……ザックスのあほ」
彼の所為では無いのにそんな愚痴がでてしまうのは、ザックスが今日から長期ミッションに行ってしまったせいか。
あいつが居ないと静かで良いからな、などと呟いても寂しいのはやっぱり変わらない。居ると居るでうっとおしい気もするが、居ないと居ないでやはり寂しいのが本音だ。
埃だらけの隙間に手を入れてクロスを探すクラウドの手に、何かが当たった。クロスではない。なにか堅い、プラスチックの板ような物……。手では無理だと判断して、わざわざ長い物差しで引っ張り出してみると、クロスと共に出て来たそれは一枚のCDだった。しかもケースすらなく、むき出しのまま。
几帳面なクラウドの物じゃないだろう……とすると、ザックスの物。
「何でこんなとこに……?」
変な事ばかりの朝だが、一日オフで構ってくれるやつも今日は居ないクラウドは、コーヒーなど飲みながらゆっくり考えてみる事にした。なんか探偵みたいだな、なんて悦に入る推理物好きなクラウドだったが、あまり犯人などは当てられたためしは無い。コーヒーもミルクと砂糖を入れすぎて、むしろコーヒー牛乳じゃないかというほど。
「えーと、ヒントは……」
甘いコーヒーを飲みながら、とりあえずCDに何が入っているか等のメモでも書いてないかと引っくり返してみるが、何も無い。メーカーも見たこと無い名前だし、小さくアルファベットが並んでいるが、意味も分からない。ただ12hと書いてあるのは12時間、という事だろうか。だが12時間分も録音できるCDなど聞いたことが無い。結局降参したクラウドは、諦めて再生してみる事にした。
小さなノイズが数秒流れ、響いてきたザックスの声。
『あー……えっと、クラウド、だよな?聞かれるか聞かれねぇか分かんねえけど。ってか、これを聞いてるって事は見つけて聞いてくれてるって事だよな?ってか、よく見つけたなー?まあいいや。はは、何言ってんのか自分でもわかんねぇ』
そのあと数秒入った、ぎゃはははというザックスの笑い声にクラウドは眉をしかめた。酔ってる。この調子は、絶対酔ってる。録音したのは夕べザックスが来た事から考えてその直前ではないだろうか。
ミッションの前にこんなに酔うまで飲むやつがいるかよ。馬鹿じゃないのか、あいつ。思わず止めてやろうかと思ったが、思いとどまって最後まで聞くことにする。
『まあいいや。何が言いてえのかってと……何から言えばいいんかな……あー、言い難かったから言わなかったけど、今回のミッションは結構やばいらしいんだ。詳しくは言えねえけど、まあ、帰れる可能性は五分五分か…ちいっと低いくらい、かな。で、俺らは決めたわけだ。あ、俺らってのは、ミッション一緒に行くやつらな。今一緒に飲んでんだー』
また、ぎゃははは、という馬鹿笑い。だが今度は笑えなかった。生存率五分五分のミッションに、ザックスが?目の前が真っ暗になった気がした。貧血でも起こったのかもしれない。思わず椅子の背もたれをぎゅっと掴んだ。
『あ、そうそう。で、何決めたかってと、言いたい事は全部言ってから行こうってさ。俺らもこんなギリギリなミッション、初めてなわけよ。でも夜中に起こしても悪いから、これに入れようと思って。はは。これな、最近開発されたCDでよー。ニュースとかで知ってるかもしんねえけど、開封してから決まった時間しか再生できないやつなんだよな。これは12時間、って事はー……明日の昼くらいまでしか再生できねえ。その後はただのプラスチックのごみになっちまう。ま、それは置いといて……』
ザックスが、大きく息を吸う音が聞こえる。この向こうにザックスが居る気がする。真っ黒い、スピーカーの中に。だが、本当のザックスは今戦場で戦っているのだ。それが、なんだかクラウドには夢のように思えた。悪い夢のように。
後もう少しすれば、訓練生のクラウドもミッションに行く事になるだろう。だが、未だ訓練だけで実戦を経験していないクラウドは、ザックスがどんな所に行っているのか想像も付かなかった。
どんな気分で、これを録音したのだろうか。もう少しで消えてしまうかもしれない自分の命を、笑って話せるくらいにザックスは慣れているのだ。クラウドが想像できないくらい、遠くに居る……。
『もしも、お前がこれを聞いてたら返事が欲しい。きっと、俺はそのために帰ってくるから。無理にとはいわねぇ。こんなの見つけるの無理だろうってとこに俺は置いとくから、見つけられなくても良いし、返事できないなら返事しないでも良い。でも、俺はこれをお前が聞いてることを望む。……俺は、お前が好きだ。クラウドの事が、好きだ。友達としても大好きだけど、それ以上に……愛してる、と思う。すげぇ好き。この世で一番好き。誰にも渡したくねぇし、渡さねぇ。だから、俺のになって。俺は、きっと答え聞きに帰ってくるから!待っててくれよ!』
ザックスの半ば叫ぶような声を最後に、CDは切れた。時計を見ると、そろそろ昼の12時近くなっている。きっと、ぎりぎりで再生し終わったのだろう。だがそんな事が気にならないほどクラウドは……ショックを受けていた。CDの内容は、それほどクラウドにとって重いものだった。
いつだって焦がれてた、太陽みたいな存在。
手が届くはずないって、決めつけて考えない様に逃げていたけど。
どれだけ心を占めている存在か。
どれだけクラウドにとって重要な存在なのか。
考えるまもなく答えは決まってる。決まってるじゃないか。
白い頬を滑り落ちた涙が、クロスを濡らす。袖で乱暴に拭いて、クラウドは初めてそれを着けた。
大丈夫。あいつは帰ってくる。きっと。
End
2005.8.8
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