「なあ、どう? うまい?」
こちらを伺うように見るその瞳は、期待と不安に揺れる。
「おいしい」
その言葉を聞いたとたんに微笑み、良かったと俺の頭を撫でた。
まさか独特で俺でも作れないニブルの故郷の味を、こんなにも上手く作ってしまうなんて。
本当に、器用なやつだと感心して眺めていたら、ニヤリと笑って惚れ直した? などと聞いてくる。
無視をして料理を無心に食べているように装ったら、少し悲しげに拗ねてみせる。
惚れ直してはいないけど見直したと言ってみたら、本当に嬉しそうに笑ったから、こっちまでつられて笑ってしまう。
くるくると変わるその表情は悔しいけれど魅力的で、つい見とれてしまう虹のようだった。
薄い薄いその花びらが着水するたび、耳には聞こえない美しい音がするのではないかと思う。
薄青に輝く静かな湖面に桃色の花びらが無数に浮かぶ。
桜のように散りたい、とは誰の言葉だっただろうか。
さぞかし、美しく散るのだろう。
さぞかし、潔く散るのだろう。
「どうした?」
頭に軽く置かれた手の感触に、ふと泣きたくなる。
もしかしたら、風景が美しいからだと上手く言い訳できるかも知れない。
振り返って肩口に頭を寄せたら、思いがけず強い力で抱き寄せられて驚いた。
「俺は死なない」
「俺は、お前を置いて死なない」
「潔くなんて散ってやるもんか。最後まで足掻いて、生き残ってやる」
なんでこんなにも理解してくれるのだろう。
今なら、泣いても許されるのだろうか。
不自然な人工物と称される、ソルジャーの瞳。
命の水から生まれたはずのそれは、
本来と違った所に押し込められた事に反論する様に
人を居竦ませ、原始的な恐怖を呼び起こし、総毛立たせる。
確かに低温に光るそれを怖いと思ってしまったこともある。
憧れながらも畏怖し、それを隠すために再び求める矛盾。
それでも。
何故か彼の瞳だけは好きなのだ。
暗闇の中でも光を失わない、強い瞳。
まるで彼の心の中の、澄んだ淡い空を覗いている様な。
きっと届く事はないだろう、高い高い綺麗な場所。
悔しいから絶対に教えてやらないけど。
ふと、黄昏に染められた部屋にいる気がした。
暖かな色に染められ、穏やかに収束していく時間。
柔らかな風が頬を撫で、藍色の夢をつれてくる……。
柔らかなソファーで、大切な人に寄りかかったまま止まる幸せな時間。
「寝てんの?」
遠慮がちに掛けられた声に目を開けると、優しい目がのぞき込んでいた。
空の色も、風も違ったけれど。
何故だろう、こんなにも満たされた気分になるのは。
寝ぼけたふりをして再びザックスのシャツに顔を埋めたのを、見抜かれただろうか。
ひんやりとした空気の中、頬を当てたその人の肩だけ温かい。
「大好き」
「俺も」
そんな短い言葉のやりとりが、心の中に暖かい灯を落としていく。
スローモーションの様に緩やかに飛び散り、再び小さなウォータークラウンを幾重にも作り出して。
雪のように降り注ぎ広がるそれは、やがて何か新しい物を作り出す様に輝く。
「流れ星」
その言葉に仰ぎ見れば、半分開いた頭上のカーテンの間から降るような星空が見えた。
心の中の灯は、形にすればこのように見えるのかも知れない。
抱き寄せられた胸が温かい。
大切だ。
この人が、大切で仕方がない。
配布元:水影楓花様
2005.8.25
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