『全て俺が原因だった』、その頃はそう思えば簡単に納得できるほど立て続けに起こった不幸に幼い心は傷ついていて疲れ果てていて、さらにティファの事件で村の人々から白い目を向けられるようになったこともあり、そうかそれならば誰も大切に思わなければ誰も不幸にはならないし自分も辛くないと気が付いた。
かわいそうだと哀れむのなら、哀れめばいい。愚かなと哂うのなら、哂ってもいい。だけど本当のことだ。自分だけは知っている。気がついている。それはそこにあった、それだけが真実で、世間一般の理論だの常識だのは関係ない。幽霊が見えないやつには、見えるやつの世界なんて一生わかりっこないし、他の何だってそうなんだ。誰かにとっての事実が誰にとっても事実であるなんて確証はない。みんな同じ場所に存在しているように見るだけで、本当は違う次元に生きていて他の人々も全員そこに存在しているかもしれない可能性なんて誰にもわからない。
とりあえず、だ。
何もかもから目をそらし心を閉ざして生きていくのはあまりにも簡単で、そして何の価値も見いだせない自分の事にも執着せずに生きていた。生きてきたなんて言い方は烏滸がましいかも知れない、それならただ息をしてきた。死なずにいた。流されてきた。そんなところだ。それでも無情に時間は流れる物で義務教育も残り半年。進学する気もないが、この性格の所為で過疎の村での仕事は見つからないだろうし特にやりたいことも思いつかない。ただ最低限生きてればいいだろうとは思ってもどこで暮らすも金がなければ生きてすらいけないだろう。世捨て人になって山に籠もれば金もかからないのかも知れないがニブルの冬は寒くてとてもじゃないが家無しにはやっていけない。まあ別に生にも執着してないし何時死んだって構わないとは思うけれど積極的に死ぬ気もない。そんな時ふと目にしたのが神羅の新聞広告、衣食住保証付きで村から出られる、実はそれしか考えてなかった。それも残りたった一人の大切だと思いこまないように努力中の人物、つまりは母親から離れて遠く誰も知らない街に行けば彼女の安全も保証されるわけだ、一石二鳥で即決、気が付けば既に資料請求の葉書を投函していた。
ただ一つ、そのとき初めて資料で見た世界中で話題の人物の存在が後々まで俺に一つの疑問を持たせた。現在戦争中のウータイと並び二強と呼ばれる神羅の軍隊、その中でもエリート集団であるソルジャーでもトップの実力を持つ男、英雄セフィロス。恐らくそれ以上ない位の力をもつ彼ならば、あの『ジンクス』を持っていたとしても周囲の人々を失ったりはしないのだろうか。もしかしたら――自分も彼のように強くなれば、病気などは防げなくとも事故や戦争で大切な人を失ったりすることはなくなるのかも知れない。もしかしたら全てが弱い自分のせいで――。もちろん、そんな儚い希望にすがろうと思った訳じゃない、それでも。それは、もしかしたらという何十万、何億万分の1かも知れない可能性だったが、たった一つ胸の中に暖かく灯った光でもあった。
巨大企業ってのはホント気前がいい、ミッドガルまでの交通費やら当面必要な物やらも配給されて、あっというまに名ばかりの採用試験も終えて6人部屋のベッドに倒れ込みながら俺は思った。
ただ一つ予想外だったのは義務教育までしか受けていないから事務ではなく兵士の方しか選択肢がなかったこと、何もやってきてないから体力面に不安はあるけど、それでも多分俺は良い兵士になるはずだ。だって何も執着してないヤツにぴったりの仕事じゃないか兵士なんて。それにもしかしたら、自分も強くなれるかも知れない。英雄にはなれなくとも、ソルジャーになったならば。なにか自分の未来が変わる気がした。深く先の見えない闇から、抜け出せるような気がしていた。
訓練はきつくて毎日血を吐く思いだった。走り込みに筋トレに軍事訓練、限界まで詰め込まれたスケジュールに周りの若いヤツを初め年上の新兵までかなりの人数が脱落して辞めていく中、性格は言うに及ばず最年少で目立つ容姿は悪影響をおよぼし、俺は訓練が終わった後も毎日のように喧嘩だかリンチだかに振り回されてボロボロの雑巾みたいになっていった。でも別に辞めたいとは思わなかった、だって他に行くところもないし忙しさに追われていれば誰かに執着することもなく大切に思うこともなく何も考えない機械のように生きていけたから。
アザが消えないうちに新しいアザが重なって顔も腕も足も変色したアザと傷に覆われてた。毎日ぼろぼろになって洗濯だってぜんぜん間に合わないし買いに行く暇もないから囚人みたいだった全員おそろいのダッサイ制服姿、ツヤも何もなくて自分で切ったから見栄も何もないような髪。そんな時に出会ったのに何が良いと思ったんだか知らないが、まあ人の好みもそれぞれなんだろうな、俺の運命をがらりと変えた、いや、言うならば今までの俺の努力を全て水の泡にしてくれたアイツに出会ったのが強制参加の新兵歓迎会。無駄に広い宴会会場で飲めや歌えやの大騒ぎ、断り切れずに初めて飲んだ酒に悪酔いして隣に座ってたヤツに何気なく俺の最悪のジンクスを教えてやった、それが始まり、だったと思う。思い切り笑い飛ばされて、お前そんなこと信じてるなんてバッカじゃねえのなんて散々言われて、まあ普通の人にあんなジンクスがあるなんて言ったらそういう反応が返ってくるのも分かるけど、飲んだ勢いで大議論に発展して、無謀にもソルジャー相手に暴れ回ったらしい。日頃のストレスでも溜まってたのかな、自分では殆ど覚えてないんだけど。で、一体どんな流れでそんなことになったのかは覚えてない。
……ウソ、全部覚えてる。最初は気まぐれだった。ジンクスを試すための売り言葉に買い言葉だった。お互いに嫌悪感が起きない程度の容姿の持ち主だったからか、なんて言ったら異性まで入るなんてずいぶんと広い守備範囲を持っていたもんだと笑われるかも知れないけど。
でも、本当は本気だったのかもしれない。わからない。何もわからない、だけど。――まあいいや、そんなこと。今考えたって仕方ないことだろ?
最初にあいつが言った事を総括すると、こうだ。
『もしも自分が俺の特別なヤツになって、それでも自分が死ななかったら自分の勝ち』
その場の勢い、売り言葉に買い言葉で承諾したことだった、最初は。しつこくてうるさくて、あーもーいいよお前マジ死ね呪いで死ねって、悔し紛れで、痛い目見ろよバカヤロウ、人のいうこと自分の常識だけに当てはめて馬鹿にしてんじゃねえよ、お前が死んだら絶対大声で笑ってやるさ『ほら見ろこのアホ、俺の言ったとおりだろ』って……言った気がする。多分、そうだった。おそらく一言一句間違えてないな語彙少ないし。――それで、それ聞いて、あいつはニヤッて笑った。人の悪い笑い方だった。罠にはまった獲物を余裕ぶって眺めるような笑いだった――最悪。
なあ、それまで人の温かみなんて知らなくて体中に針くっつけたハリネズミみたいだったやつがさ、暖かさ知って、初めて、知って、それでも意地張ってられるって、そう思うか?そこまで心を亡くした人間なんて、いるか?――まあ、要約すれば、そういうこと――。大切に思う奴を確実に不幸にするってジンクス持った奴が、それを証明するために大切な人だと思ってた『振り』をして、でもいつの間にか『振り』は本当になった。
だって、暖かかったんだ、とても。
なんていえばいいかわからない。安易に口にすれば、あっという間に陳腐な言葉になって汚してしまうような気がするから。
あいつも多分、同じだったんだと思う。俺たちはどこか似てた。だってあっという間に、これ以上ないくらいあっというまに、心に満ちた。姿かたちは違うけど、多分、心がおなじ形をしてた。違うな、ぴったり合う形をしてた。隙間をやわらかく塞いで、ゆっくり窒息してくんじゃないかて思うほど幸せな気持ちになった。自分に戸惑う隙もなかった。二人でどっかに流されてくみたいだった。どこに行くのかはわからないし、いつ岸に着くのかも、そもそも岸なんてもうないのかも、わからなかった。でも二人でいたら平気だと思った。どこでもよかった、どこに流れて行ってもよかった。二人で手をつないでいられるなら。それでも、そんなこと言えるはずなかったから秘密だった。
それで、どうなったかって?
ジンクスは、俺が思ってるよりずっとずっと酷かった。
あいつは後で笑いながら言ったことがある――ソルジャーは死なないんだってさ、って。もちろん不老不死なんて信じてるわけじゃないし、実際にソルジャーでもしょっちゅう戦死者が出ることくらい二人とも知ってた。だけどザックスが言うには、一般兵よりもずっと死亡率は低いし、最新設備の医療施設で定期点検も受けてるから病気でだって死なないだろうって。だから、俺の嫌な思い出も何もかも消してくれるって。
最初は、それだっていつかは、いや、近いうちに何か起こると思ってた。でも起こらなかったんだ、何も。
あいつは順調に昇格していってファーストになった。俺はまだ一般兵で、あいつに追いつくために必死に訓練に励んでた。それで――やっと、そんなジンクスがあったことも忘れて、俺はだんだん笑うようになって、賭けのことだって忘れて。
ある時、あいつと一緒にミッションに出ることになった。場所はよりによってニブルヘイム――故郷だった。ジンクスのことをいやがおうにも思い出して、行きのトラックは最悪に酔って大変だった。いやな思い出がフラッシュバックして吐きそうだった俺の手にあいつがちょっと触れた暖かさは今だって確かに覚えてる。
俺は、マスクを取らなかった。誰にも顔なんて見せられなくて、また石を投げられるんじゃないかって話すときまで怯えて。誰にも、母さんにも会いたくなくて逃げ回ってた俺をあいつは無理やり追い出した。後悔するから、母さんには会っとけって。取り付くしまもなくて、ごねる俺に冷たくするような態度をとってまで会いに行かせた。いい年してこんなこと言うなんて恥ずかしいけど、久しぶりに会う母さんは優しかった。いろいろ気遣ってくれた。そしてこういった。
「守れなくてごめんね」
それまで、自分の気持ちなんて大して話したことはなかったけど、初めて素直に話せた気がする。自分のトラウマのこと。村での生活のこと。母さんの事恨んでないこと。自分のトラウマだと思い込んでたこと。それから――さすがに付き合ってるだなんていえなかったけれど――あいつと友達になった、って。母さんがなくのをはじめて見た。
次の日のことだった。空が赤く染まってた。ふと不安になったのは、どこかでまた悪いことが起こるんじゃないかと気がついてたからかもしれない。でも逆に不安は衝動になって、初めて声に出して言った。
「大切に思ってるんだ」
あんたのこと、本当に、大切に――そう続けた言葉を留めるように、口をふさがれた。
油断してたんだろうと思う。いまや神羅のナンバー2といわれるあんたと。世界的に有名な、そして憧れてた英雄と。懐かしい故郷と、母さんと、初恋の人。
だれが一度に失うだなんて想像できる?
そうだ、俺の運命はそこから一気に崩れていく。大切なんだと、絶対に失いたくはないのだと自覚したあの日に、一気に。限界まで高めておいて突き落とす、だれがそんな意地悪いことを思いついたんだ?
おれは、神様なんて信じてない。天国も地獄も、なにもかもだ。ただ、自分が体験したことだけは本当だってわかる――俺は、呪われた運命にある、と。忘れようとしても忘れられない。どこに逃げたって、それは確実に追いかけてくる。そして大切なものを壊して、絶望に陥れて――次の獲物がかかるのを待ってる。
俺の大事な人はいなくなってしまった。今は遠い水の中、土の中、分解されて一粒一粒の原子にまで崩れて星のどこかをめぐってる。全てのものは手のひらから滑り落ちて消えていくけれど、俺にはそれをとめることはできない。
どこに、行けばいいのだろう。安住の、約束の地は、どこに。
俺には、まだ見つけることができないでいる。
2006.12.12
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