夢日記

最近あまりにも夢見が悪くて、寝ても寝ても余計疲れるばっかりだったから、試しにどれくらい嫌な夢を見るのか夢日記を付けてみることにした。

一日目:午後五時

台所のパントリーを開けたら、ぎゅうぎゅう詰めに甘い物が詰め込まれていた。ポッキーとかアイス(ほら、凍らせてさ、半分に折って食べるやつ……チューペット、だっけ?)とか、雪見だいふくとか。凍ってないチューペットはともかく雪見だいふくは溶けて大変なことになるぞと思ったけど、犯人らしいユフィは見あたらなくて、コッソリ食べてしまおうかと思ったらシドが来たから牛乳を飲みに来たふりしてごまかした。

最近食べかけのバナナを放置するやつが多すぎる、とシドは一人で怒っている。一人で怒っていると思っていたが、ダイニングには俺とシドしかいないのだから俺が犯人だと思われているのかも知れない。「俺じゃない」と言ったけど、シドは「おう」と言ったきり、まだ怒り続けている。
ほらこれ見ろよ、後ほんのちょっとだけ残してあるんだぜ、大体八分の一だ。こんなんな、主婦にとっちゃゼロに等しいんだ。さっさと捨てろ!とまだ呟いている。主婦かアンタは、そんなツッコミも流して、シドが取り出したのはほとんど皮だけのバナナの山。確かに多すぎる。よく見たら一本三百円の値札が付いていた。何時の時代だ。

夕飯を何にしようかとパントリーを漁っていると、電話がかかってきた。驚いたことにザックスだった。近くに引っ越してきたんだといわれて、すごく嬉しかった。久しぶりだった。何年も会ってなかったんだ。そう言うことは早く教えろって言って、急いで会いに行った。
引っ越してきたばかりって言ってたけど、部屋の中は片づいていた。会ったら泣くかと思ったけど、ザックスが普通の事みたいに笑ってるから、何だかやっぱり何年も会ってなかったなんて思い違いだったような気がした。外は寒かったけど家の中は暖かくて、居心地が良かった。まるでクリスマスみたいな飾り付けがしてあった。

一緒に夕飯のパスタを食べて、沢山話をした。引っ越してきたばっかりで買い物する店とかよく分かんなくてさ、って言われて、それなら明日仕事が終わったら近くを案内するって約束をした。沢山色んな店、知ってるんだ。あんたがいなくてもちゃんと頑張って暮らしてたんだ。
ザックスに教えられることがあるのが、すごく嬉しかった。本当は、また一緒に暮らしたいと、思った。毎日自然に顔を合わせて、一緒に食事をして、会えない相手のことを心配に思う必要がない距離にいたいと思ったけど、やっぱり急にそういうこと言うのは悪いかも知れないと思って言い出せなかった。でも、こんなに近くに住むんなら毎日だって会えるんだし、もう寂しくない。
明日の仕事は一時半に終わるから、二時頃から出かける約束をした。自分でここまで来るの面倒だから、あんた迎えに来いよなって我が儘言っても、いつも通り、仕方ないなって笑ってくれた。

帰りがけに買い物に行った。用途の分からない不思議な品物の間に、一つの額縁を見つけた。本物の星の砂と、小さく干からびた蟹が入っているそれを眺めている内に、目が覚めてしまった。

部屋の中は明るかった。
昼寝を、していたんだった。
慌てて時計を見ると午後四時五分前。
遅れたと一瞬慌てたけど、約束も夢の中だったことに気が付いた。

家の中には、誰もいない。
パントリーに甘い物も詰まっていないし、食べかけのバナナもなかった。
ザックスも、勿論いなかった。

二日目:朝八時

風邪を引いた、夢を見た。
どうしても調子が悪くて、ザックスの所に行ったんだ。
……本当は会いに行く口実が出来て嬉しかったんだと、思う。
おいおい、大丈夫か?って額に手を当てられて、病院に連れてって貰った。
色々面倒を見て貰ってる内に気が付いた。ザックスは、体調の心配しかしてないんだ、って。
きっと良くなったら家まで送っていってくれる……それで、普通に言うんじゃないのか?「じゃあな」って。
髪を撫でられながら、思った。
寂しい。
一緒にいるのに、寂しい。
急に腹が立ってきて、髪を撫でる手を振り払って帰ってきてしまった。

 

目が覚めてから、気が付いた。
一緒にいるのも寂しかったけど、一人でいるのはもっと寂しい。

なんで夢なのに、遠慮したんだろう。
ちゃんと夢だって、分かってたのに。
思いっきり甘えれば良かった。

三日目:午前四時

みんなが騒いでた。
誰も彼も慌ただしく動き回ってた。
テレビもラジオも新聞もめちゃくちゃなことを言ってて、意味が分からなかった。
ザックスが車に色んな荷物を運んでて、お前も手伝えって言われて寝袋だの食料だの大量に詰め込む。
「なあ、何でみんなこんな事してるわけ?何があったんだ?」
って聞くと、ザックスは困ったように笑った。
「俺もあんまり情報把握してないんだ。ただ何かが起こるから避難した方が良いんだってさ」
って言われて、手を引かれて二人で車に乗り込んだ。
多分ザックスは知ってる。何が起こるのか。

駅前まで来ると車の渋滞が激しくて進めなくなった。酷い事故が起こったらしくて、半壊したトラックが内面に塗りたくられた赤を晒していた。
「今日はこれ以上進めなそうだから、ここ行ってろ」
って渡された券は、駅前のホテルの名前があった。もう部屋は取ってあるみたいだ。
持てる荷物だけ持ったら車から降ろされて、先に部屋に行ってろって車から降ろされる。
逆の道路は気持ち悪いくらい空いていて、夜までにもう一度荷物取ってくるからとザックスは行ってしまった。

空は歪んだような橙に染められていた。
ホテルのフロントは酷く狭くて、オレンジと白のストライプの壁紙が寂れた公園のクレープ屋の屋台みたいに安っぽい雰囲気だった。
壁の変色したポスターのキャラクターが不似合いで無神経な笑顔を浮かべているのが無性に神経を苛立たせる。

俺はいつの間にか、もうすぐ街が大地震に襲われるだろう事を悟っていた。
きっとめちゃくちゃになる。
ビルが崩れてモノレールの線路が落ちてきて沢山の人が亡くなるだろう。
地面が割れて空が溶けて世界が崩れる。

飲み込まれそうな不安の中に一人立ちつくす。
溢れかえっていた車も人影も消え失せ、歪んだような世界に圧迫される。
飲み込まれていく。

四日目:午前二時半

夢日記なんてつけるのはもうやめた。いくら書いたって嫌な夢はなくならないし、余計に忘れられなくなるばっかりだ。

手元に目を落とす。
淡く光を発しているボタンに親指を乗せ、放す。もう一度。
電話機が半分はずれたマークは白々しい緑色に光っている。まだ誰も押したことないみたいにピカピカの新品色のプッシュホンは、実はもう5年も使われている年代もの……量産型で見た目の割りに安かったから中古屋で買ったものだ。ちょうど引っ越して新しいのが必要になったから、ザックスと買いに行った覚えがある。何でも屋を始めたころだったから2年前。

この時間では寝ているだろうと思う。あいつは一人でミディールに仕事で行っている。もう半月会ってない。二年前より半月のほうがずっと前に感じるから不思議だ。
あいつは多分でない、と思う。
寝ている間にかかってくる電話はいつも取らないから。
――でも。

少し指先に力を込めると、かちりと振動がしてコールが始まった。
電子音が受話器よりずっと奥から鳴っている。10センチ、25センチ、いや、もっと奥から。
切ってしまおうか、後一度だけ鳴らそうか……薄紙一枚はさんだような音に迷いながらも、切れず続く呼び出し音。

コールが5回目で止まって、眠たそうな声が聞こえた。

『……クラウド?』
「……」
聞きたくて仕方なかった声。
仕事だからと、この十数日間話すことさえ出来なかった声を聞いて、ひどく動揺した。電話したのは、自分なのに。ただ、少し話をしたかっただけなのに言葉が出てこなくて、震えた手で咽を押さえた。

『クラウドだろ?……どうした、何かあったか?』
いつものように適度な距離をもって発せられる言葉にようやく呼吸が少し落ち着く。

「……ごめん」
『ん?夜中に電話した事?』
「ん……」
『良いって。気にすんなよ。俺だって夜遅く電話掛けることあるだろ?』
「……ああ」
『どうした?俺がいなくて寂しくなった?』

「部屋に」
『うん』
「ゴキブリが出たんだ……」
『ゴキブリぃ?そりゃー災難だったな。始末できたのか?』
「ザックスが、水が弱点だからって……」
『んん?』

「本棚の後ろに隠れたやつに、水掛けたんだ。だから本がびしょびしょになった。それから、ザックスが素手でそいつ捕まえたんだけど、変身して逃げようとするんだ。最後は窓から放り投げたら、超合金の鎧みたいなのに変身して、どっかに飛んでった」
一息で言い切って、大きく息を吸う。
「それから、あんたがこっちに遊びに来る夢も見た。いきなり街の中であって、遊びに来たって。でもそれは三日目で、後二日したらミッドガルに帰るって。その後、一緒に野球見に行って、帰ろうとしたらあんたが先にバスに乗って、俺のこと置いてった」
低く咽で笑うような声が受話器越しに聞こえる。暖かく、安心させるような。子供をあやすような笑い方だ。
『夢、見たのか。俺は間違っても置いてったりしねえから安心しろよ』
「……知ってる」
『俺いなくて、そんなに寂しかったかー?』
からかい半分に嬉しそうな声を出した相手に、一人縮こまって受話器を握りしめる自分の姿が見えてしまったような気がして、慌てて背筋を伸ばす。
「大丈夫だよ。全然寂しかったとか、ないし」
『はは、そっか』
ふと壁の時計を見ると、すでに2時45分を周っていた。
「……もう、寝ないと。明日早いし」
『そうか。頑張れよ』
「うん」
『明日、また電話するから。あ、日付変わってるから今日か』
「うん」
目頭の辺りがツンとした。目を閉じると、痛みは血管に沿うように眼窩のほうへ広がる。眼精疲労というやつだろうか。じんわりとした痛みによって染み出した涙が、角膜に薄く広がっていく。
『……』
「……」
息苦しい気がして、パジャマ代わりのシャツのボタンを一つあける。鎖骨の下にあったそれの所為とは思えないし、効果も勿論無い。
同時にズン、と重石でも乗せられたかのように胸が重くなった。
『それじゃ、な」
「……ザックス」
のどが酸素を求めてヒュン、と悲鳴を上げる。
『ん?』
「……苦しい」
心臓が痛かった。違う、違う。分かっている、これは心臓じゃなくて「胸」だ。胸が痛むのだ。自覚したとたんに、ぎりぎりで我慢していた涙が零れ落ちてしまった。意思に反して縮む気管が痛む。大きく息をつけば、きっとしゃくりあげてしまうのではないだろうか。

「――大丈夫か? おい?!クラウド?!――」

足元に転がった受話器からはあわてたザックスの声が聞こえてくる。

そうだ、今までの夢全部。
たった一言のために、ずいぶんと遠回りをしたものだ。
「あんた、俺の夢に出て来すぎだ。ひとつ残らず出てきて、皆勤賞でも狙ってんのかよ。そうやって、いつもいつも……」

一緒にいて。
支えてくれて。
楽しくさせてくれて。

「寂しい。あんたがそばにいないと、苦しいんだ」
クラウドの言葉に驚いたように、ザックスは息を呑んだ。
「俺も、クラウドがいないと、寂しい。一時だって離れてたくねぇよ」
たった一言でこんなにも全身が反応する。自分の自律神経は全部、あいつが握ってるとしか思えないと考え、そんな発想にあきれ半分、納得半分したクラウドだ。
涙はぼろぼろと流れ続けているが、胸の痛みのほうはじんわりと収まっていく。
『今すぐ、会いに行きてぇな」
「来いよ」
『うん、本当に、行きたい』
それが不可能なことは知っていた。それでも、言葉にせずにはいられなかった。願わずにはいられなかった。

続くしばしの柔らかい沈黙に、クラウドは瞳を閉じた。出来るだけ同じ所にいようとする二人には珍しい時間だけれど、電話を通したときだけの優しい沈黙。相手が今どんな表情でいるのか、クラウドには分かる。多分、いやきっと、ザックスも自分がどんな安らいだ表情をしているか分かっている。
もっと話したい。もっと近くに行きたい。電話を通したときだけの、幸せな願いだ。だって、それはすぐに叶うことが分かっているのだから―――。

今晩の夢も、明日の晩の夢もあいつが出てくるのは分かってる。それで、自分を悲しくさせたり嬉しくさせたりするんだろう。
でも、次からは大丈夫なはずだ。だって怖い夢を見たって、隣にはあいつが寝てるんだから。そうだろ?ザックス。

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2007.7.26.
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