部屋の隅でなった電子音を聞きつけ、すばやく飛びついてひっくり返す。
一瞬のうちに大きく膨らんだ期待は一瞬のうちにしぼんでしまった。携帯の小さなディスプレイに表示された名前は知らないアドレス……info@……とついている時点で、何かの宣伝メールだと分かる。
思いっきり壁に投げつけようとして振り上げた腕は、それでも次こそは本当に連絡が来るかもしれないという未練に引っ張られてポスッとベッドに落ちた。ブランケットの波に半分沈んだ携帯の側面浮かぶ、着信ランプから目が話せなくて、クラウドは額に手を当てた。
「どこで何してんだよ、あいつ……」
額に当てた手で顔をごしごしと擦った。
声が頼りなく震えて聞こえるのも、このブリザード吹き荒れる心中を映してのことだろう。
時計を見るとすでに午前一時二十分、寝なくてはいけないはずの時間をとうに超えているのだが、こればっかりは気になって眠れない。どうしたものか。
***
ザックスが田舎に顔を出してくると言い出したのはソルジャーサードからファーストまで100人規模で展開された大きなミッションが成功したすぐ後だった。
ザックス――クラウドの先輩、兄貴、親友、そして恋人。
神羅内でも有名なソルジャーの一人であるザックスとは身分もちがい、さえない一般兵であるクラウドが会える時間は、偶然ミッションが重なった短い時間や休憩時間であったけれど、一気に燃え上がるような恋をした。信じられない偶然にも、ザックスも同じ気持ちでいてくれたらしく、晴れて恋人同士になってから3か月、今が一番気持ちが盛り上がっている時期かもしれない。
生活サイクルすらもなかなか合わない二人は、短い休憩時間の合間にメールを送り、電話や密会をしていた。
なぜ会うことすら秘密にしなければならないかというと、神羅の体裁のために軍内での恋愛を禁止しているためだ。もともと男所帯である軍隊に同性愛は流行しやすいが、神羅の厳しいチェックの所為でここ数年、表ざたにはなったことがない。
世界を牛耳る神羅カンパニーとして成長していくには政治的にもカリスマ性が必要であり、その足掛かりとなるファンクラブなども公認、むしろ推奨している会社としては外聞の悪いことは極力避けたいのだろう。
そんなこともあって、当面二人は秘密の関係を続けていく必要ができたのだ。
いつまでも一般兵でくすぶっているクラウドと違って、小さな戦果を重ねていく毎にザックスは順調に昇進し、つい最近ファーストに昇格した。
地位や名誉にはあまり興味がなく、ある種、偶像としての「英雄」を目指していたザックスは、ファーストに昇進したところであまり嬉しくないなどと愚痴ってはいたが、やはり全く嬉しくないこともなかったのだろう。久々に実家に電話を入れている彼に気がついた時は、思わず微笑ましい光景に嬉しくなってしまった。
電話の向こうでも息子の昇進に喜んでくれたようだ。その日一日中ザックスは機嫌がよくて、どこか懐かしい味の郷土料理などを差し入れに作ってきてくれた。
そして、一応対外的に労働基準法にのっとっているはずの神羅が与えたミッション中の休みの振替休日を使って、二週間の予定でゴンガガに帰省する、それがザックスの予定のはずだった。
それが、もう3週間も前の話だ。
お土産期待しておけよと人懐っこそうな笑顔を見せてから22日。14日で帰ってくるはずの予定は大幅に超えている。あらかじめ聞いていたとおり、ゴンガガでは携帯が通じない。ラップトップを持っていったから電話線につなげばメールを送れるはずだが、一向に連絡はない。
約束を破るようなことは、まだされたことがなかった。忙しいときでも一週間に一度は顔を見せてくれるし、メールもこまめに帰ってくる。軍内部の評判では、ちょっとお調子者なところもあるけれど真面目にミッションをこなすとして定評を得ているザックスだ。
一体ザックスに何があったのか。それを考えると夜も眠れないクラウドだった。
***
ザックスが返ってこない理由が、ただ単に飛行機に乗り遅れたなどの理由ならいい。問題は、事故やトラブルにあってやしないかということなのだ。
ザックスのファンクラブなども最近出来てきて人気も知名度も上がっているとはいえ、ファーストの中でもエース級でないと殉職などは公表されない。この情報化の進んだ社会において、たった一人の大切な人の安否がすぐに知れないということは信じられないことであるが、現実なのだ。
カシカシと小さな鉄の粒を潰すような音をさせながら、携帯を弄る。
メールフォルダ、業務連絡C。念のためにフォルダ名ですら偽装している。その中の一つ一つを開きながら考える。なぜザックスは帰ってこないのか?
まずは落ち着いて考えてみようとクラウドは自分に言い聞かせる。
思いつく限りの理由を挙げ、カテゴリー分けして対処法を探す。軍で習った予想外の事態が起こったときの問題対処法だ。
落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせながら深呼吸する。冬の乾いた空気が喉を乾燥させ、ピリリとした痛みを生じさせる。風邪をひいたらしい。
『風邪ひかねえように』
髪をぐしゃぐしゃとかき回される大きな手を思い出した。
『ほら、ビタミン取っとけ』
あの時貰ったサプリメントの小瓶はまだ引き出しに入っている。半透明の六角形の小粒が詰まっていた。好きな人が、まさか自分の心配をしてくれているだなんて。胸がいっぱいになって、もったいなくて食べれなかったのだ。なんとなく照れくさくて、ちゃんとしたお礼も言えなかったけれど、帰ってきたらちゃんと言うから。いつも意地を張ってしまうけれど、今度こそ。
「早く帰ってこいよ」
呟いた声は、誰にも届かなかった。
無事でいる
―ゴンガガにいる
―自分の意思でいる
―帰るつもりがある
(1、滞在期間が延びているだけ)
―帰るつもりがない
(2、永住を決めた)
―自分の意思でない
―些細なアクシデント
(3、予定が狂っただけ)
―重大な病気・事故
(4、自分で連絡が取れない状況)
―ゴンガガ~ミッドガル間にいる
(5、足止めをくっている)
―ミッドガルにいる
―連絡したくない
(6、面倒になった)
(7、怒っている)
(8、浮気している)
(9、嫌いになった)
―連絡が取れない
(10、タイミングが悪い)
(11、体調不良など)
(12、第三者の関わり、例えば借金取りに追われているなど「)
無事でない
(13、自分では連絡不可能)
まずは一つ目の可能性、無事でいる。
ではどこにいるのか。ミッドガル、ゴンガガ、それともその二点をつないだ間のどこかだろう。
もう少し的を絞ってみることにする。
まずゴンガガにいた場合。自分の意思でいるのか、それとも他人の思惑でいるのか。
自分の意志の場合、帰るつもりがあるが用事、もしくは都合で帰れない可能性がある。
帰るつもりがあるのなら近々帰ってくるだろう。連絡がないのも、もしかしたらゴンガガが辺境の土地過ぎて連絡手段がないのかもしれない。電話連絡は出来ていたようだから不可能というわけじゃないだろうが、スケジュールが固定されてないクラウドの場合、万が一のことを考えると連絡は取れない。
この理由だった場合の対処法は簡単だ。ただ待っていればいい。単純なことだ。
厄介なのは、本人の意思で帰るつもりがない時だ。そんなこと万に一つもない……とは言い切れないのがザックスの不思議なところでもある。
あれで気まぐれで気分屋なことがあり、時折思いもよらない行動をすることがある。また、いつだったかソルジャー引退後はゴンガガに戻りたいとも聞いたことがあった。自然の多い場所で育ったからゴミゴミした都会の水は合わないこともあったのだろう。
しかしこの場合、なぜ連絡がないのだろうか。会社には辞めると連絡すればいいけれど、神羅が関係なくなればクラウドにも気兼ねなく連絡できるはずだ。いくらなんでも付き合っている人間に報告もせず田舎にひきこもることはないだろう。よって、この可能性はかなり低いと思われる。本当にやめたのだとしたら時期を見てこちらから連絡してみればいい。このケースの場合は性格的、人道的にいろいろと問題もあるが、一番シンプルに対処法を考えていくことにする。
次は自分の意思でなくゴンガガに残っている場合だ。
些細なアクシデントで残っている場合は、やはりそのままで大丈夫だろう。こちらから働き掛けるまでもなく帰ってくるだろうから心配しすぎずに待っていればいい。
重大な事故、事件などで残らざるを得ない場合は、こちらまで連絡が回ってくるケースはまずないと考えていいと思う。ソルジャーであるザックスが被害を受けるとなると、相当大きな事件でなければならない。テレビのニュースでもそこまで大きな事件があれば放送されるだろうが、全く目にしていないので大丈夫だとは思う。これに関してはインターネットを駆使することである程度の事故・事件を探せるので、一応ゴンガガに関して調べておいたほうがいい。
交通事故のように規模は小さいが個人の被害は大きい場合、最悪でも神羅のほうに連絡は行くはずだ。神羅関係者にそれとなく探りを入れておいたほうがいいかもしれない。
と、ここまではザックスがゴンガガにいる場合だ。
ゴンガガとミッドガルの間にいる場合は、途中で足止めをくっている可能性がある。陸海空どれで帰ってくるかまで詳しくは聞いていないが、向こうの大陸の交通網はきちんと整備されているとは限らない。一度アクシデントに会うと2,3日足止めをくうとの話も聞いたことがある。これも前項と同じく、連絡待ちでいいだろう。
次はミッドガルにいるのに連絡をしてきていない場合。これは厄介かもしれない。
最初の可能性は『連絡したくない』場合。秘密で通さなければならない関係が面倒になった為に連絡してこないとしたらどうだろう。
これはある意味、仕方ないと思う。ザックスだって堂々と女の子を連れて歩きたいときもあるだろうしクラウドに何か原因があるのかもしれない。
まさかとは思っていても、一度考えだしてしまえばその考えが頭から離れなくなってしまう。もしかして、ゴンガガに帰るということ自体が距離を置こうという意味だったのではないか。二週間連絡がつかなくなることで、その後も連絡しなくてもいいということにしてしまったのではないか。
簡単にいえば急に一方的に振られたというところか。……万が一の心構えをしておいたほうがいいかもしれない。
もしかしたら、何かに関して怒っているのかもしれない。突拍子もないように聞こえるかもしれないが、いまいち他人がどう思うのか測りきれないクラウドだ。何か無神経なことを言って怒らせてしまったのではないだろうか。二週間前、別れる間際に何を言っただろうか。心配しだすときりがないが、連絡がない以上確かめようもない。
ミッドガルに帰ってきてはいるが、誰かと浮気しているという可能性も無きにしもあらずだ。昔は――とはいっても数か月前の彼は、ということになるけれど――かなりの遊び人として有名だった男だ。ああ、今思い返してみれば浮気は許さないなど、宣言しておいたことはなかった。言わないからと言って浮気しても大丈夫などとは思わないだろうが、自分の常識がそのまま他人にも通用するとは限らない。
とても悲しい想像だったが――もしかして、もう帰ってきているのに他の誰かと一緒にいるから連絡してこないのだとしたら、一体どうすればいいのだろう。時間が経てば帰ってくるなどと達観した見方はまだできない。付き合って3か月目だ。むしろ男に走ったことのほうが、ザックスにしたら気の迷いだったのかもしれない。
言い方は似ているが、嫌いになったという可能性は軽視できない。前にも言ったとおり、他人の気持ちに鈍いところが色々とザックスを傷つけたりしていたかもしれない。浮気したとか飽きたなどの理由と違うところは、気持ちがマイナスまで行ってしまっているところだ。
ザックスに嫌われていたらどうしよう。
一番恐ろしい想像だった。胸が凍りつくようだ。
落ち込む前に項目の整理を先にしてしまおう。
次は連絡が取れない場合、通信手段の問題か、ザックスの問題か、第三者の問題かの場合がある。クラウドが原因である可能性もあるが、携帯が壊れたなどの異常もなければトラブルもなかった。ザックスが田舎に帰る前と同じだ。
今まで連絡がうまくいかず誤解が生じた事などもあったが、絶対に連絡が取れないということは、生きている限りないと思う。ミッドガルにいるのならなおさらだ。
数日、いや数週間連絡が遅れたとなっても仕方ないのかもしれない。恋人、という立場を利用して言わせてもらえば、なにはともあれ一番に連絡してほしいという気持ちは確かにある。理性的に考えれば仕事上の立場などの方が優先的に連絡すべきであるとは思うのだが……ここは少しだけ、我儘を言いたい。夜も眠れないほど心配している人間が一人いるということを。
最後に、無事でない場合――ソルジャーという職業柄、いつ命を失うことになってもおかしくはない。勿論休暇中にまで危険が及ぶとは考えにくいし、ザックスの強さも百も承知だ。
それでも未だにテロや報復の対象として、制服を着ていなければ見分けがつかない一般兵とは違って狙われやすい。まだまだ知られてないことが多いが、ソルジャーの青い瞳はかっこうの目印となるのだ。見る人が見れば一発で分かってしまう。
そういうことを踏まえると、休暇中に事件に巻き込まれ、そのまま……ということもあるかもしれない。
***
瞳に薄い涙の幕が張ってきたことに気がついて、クラウドは急いで上を向いて瞬きをした。不名誉な滴が零れおちないようにするためだ。
まだザックスに何かあったとは限らないのだが、可能性を考えれば考えるほど悪い想像が頭を占める。
ザックスに何かあったらどうしよう。胸がつぶれるほど思っているのに何もできない。手助けはおろか、行方すらしらない。噛みしめた唇から鉄の味がする。
秘密にしなければならない関係、それは外聞や社会的立場に響くので仕方がないこと。両者納得の上での付き合いだ。しかし、万が一のことがあっても知らせが行かないのは悲しい。本当は一番に連絡がほしいのに。
禁じられている関係、公にしたら非難の対象になるだろうこと、それでも。それでも、どうしても好きなのだ。誰に止められたってかまわない。夢である英雄セフィロスに軽蔑されたとしても、たった一人の母が泣いたとしても、これだけは言える。誰を目前にしたとしても、胸を張って言える。ザックスのことが好きだ。彼がいないと、悲しくて寂しくてどうにかなってしまいそうだ。心の奥がくっ付いてしまっているように、離れると胸が痛くてたまらない。
帰ってこない、帰りが遅れている、到着の報告がない、それだけのことだと笑われるかもしれない。それでも、クラウドにとっては生死にかかわるような重大な問題なのだ。一緒にいた時もわかっていたけれど、離れてみるともっとよくわかる。
ザックスがいないと、だめだ。
つい意地を張ってしまっていたかもしれないとか、あまり相手を思いやれなかったかもしれないなんて自己否定ばかり出てくる。自分でも嫌になるが、そういう人間なのだから仕方ない。もしも連絡したくないと思っているなら、いくらでも謝るから安否だけでも聞かせてほしい。
今すぐ会いたいなんて我儘は言わない。だから、一言でいいから――
その時、祈るように額に当てていた携帯が震えた。
ディスプレイには『Z』の文字。
「ザックス……!」
汗で滑る指でもどかしく携帯を開け、通話ボタンを押す。間違えて二度押してしまい、通話は切れてしまう。慌てて空で暗記しているボタンを押している最中、もう一度着信が鳴った。
「もしも……」
「おいあんた、いったいどこで何してたんだよ!連絡の一つもしないで!」
聞こえてくる声がいつも通りだったのに安堵して、泣き笑いしながら怒鳴った。先ほどまでの吹けば雨粒が落ちてきそうな雨雲気分はどこかへ行ってしまい、ただただ安堵だけが胸を占める。
指先の震えが止まるように左手を携帯を持つ右手に当て、ぎゅっと耳に押し付けた。目に見えない電波でつながった空間が、少しでもザックスに近付くように。
「連絡できなくでごめんな、急なミッションはいっちまって……っておい、泣いてんのか?」
「誰がだよバカ」
「本当、ごめんな」
「泣いてない」
「うん」
「……」
「……うん」
心配したんだ。ザックスから連絡が来なくなって初めて、こんなに必要不可欠な存在になっていたって気がついたんだ。
言いたいことはたくさんあったけれど……言葉にならなかった。でもきっと、次に話そう。人の運命なんていつどんなことが起こるか分からないし、いつ会えなくなってしまうかわからないんだから。
でもそれは、今日じゃなくて明日の話。今はただ、聞いていたい。大切な人の声を。
外では雨が降り出していた。滲んだサーチライトが白い帯を天に伸ばしていた。
2008.1.2.
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