バヂンッ!! 「 ?!・・・・!!〜〜〜〜〜!! 」 「 あ!・・・・・ 」 めぐの唇がジュンの唇に重なるのではと思うほどに近付いた、まさにその時。 竹を割るような音と共にジュンの頭部が『 ガグンッ!! 』と揺れて ジュンのメガネのフレームに何かが割り刺さっていた。 それが何か気付いたジュンは声にならない叫びを上げ、 彼のメガネのフレームに刺さったそれをみて、めぐは何が起きたかすぐに理解していた。 バサッ・・・ 少しして羽音が聞こえ、続いて『 カツッ・・・ 』と硬いヒールの音が、開いたままだった窓枠から聞こえてきた。 「・・・めぐ、その子から離れなさぁい・・・」 少し怒気を含んだその声の主は、ローゼンメイデンドール第一女、水銀燈のものだった。 例えるなら眼前には雌狐、その先の視界には雌豹。 まるでジュンは獲物となっておびえる子ウサギそのものでしかなかった。 「お帰りなさい、天使さん♪」 めぐは緊張するジュンからそっと離れ、澄んだ声で嬉しそうに水銀燈にそう返答した。 そのめぐから開放されたジュンは、緊張しながらメガネのフレームに刺さった水銀燈の羽根を取っている。 「そう呼ぶなと・・・何度も言っているはずよ」 「今日も、戻ってきてくれたのね♪」 嬉しさを含んだめぐの言葉には答えず、水銀燈はジュンに冷ややかな言葉を静に投げかけた。 「昨日言ったはずよねぇ・・・あなたには関係無いって・・・ 一体どういうつもりかしらぁ、ジュン君・・・」 ようやく羽根を抜き終えたジュンに、ゾクリとした怖気が走る。 目の前の水銀燈は、以前夢の中で真紅と共に対峙した時と同じ感情だ。 だけどここで水銀燈の威圧に飲まれちゃいけない。 喉をゴクリと鳴らし、ジュンは思いもよらぬ行動に出た。 彼はパイプ椅子から立ち上がり、 「ごめんっ!僕はミーディアムとしてもっとしっかりしなくちゃいけないんだ! だからこれだけは聞いて欲しい!真紅がお前の事を思う気持ちに嘘は無い! 姉妹のお前への気持ちを本当に大事にしたいから、だから僕はここに来たんだ!」 いきなり頭を下げたかと思うと、水銀燈をまっすぐに見つめてそう喋っていた。 ジュンが何か仕掛けるだろうと身構えていた水銀燈は、虚をつかれていた。 それはすぐ側でベッドにいるめぐも同じだった。 「さ、最初は躊躇したけど、でも、真紅達の気持ちを届けなきゃって思って・・・」 最初の勢いが消え始め、彼の言葉がこもり出し 「ぼく、僕もその・・・お、お前のミーディアムが・・・し、 しんぱいになって・・・」 顔もうつむきだし、 「だ、だから・・・ ・・・だから、その・・・」 声がどんどんと小さくなる。 「こっ・・・これ! う、受け取ってくれ!!」 しかし、萎えそうな気持ちを振り絞り、顔を真っ赤にしながら、彼は水銀燈に包みを差し出す。 「 は? 」 顔を真っ赤にした、どちらかと言えば整った女顔を持つ少年が、 まっすぐな瞳で自分を、水銀燈自身を見つめてくる。 その瞳の奥には嘘の無い、必死で純粋な・・・水銀燈には眩しいとさえ感じるような心。 虚をつかれていた心に、いきなり飛び込んできたジュンの気持ち。 前まで敵として争っていた人物である、水銀燈自身の心にだ。 理解できない気持ちと、奇妙な感情、どこかで感じた記憶がある、心への暖かい波。 「な、・・・なによ・・・それ・・・」 何故か顔に熱が帯びてくるのを感じながら、 この奇妙な感情をどう表現していいか解らない水銀燈は、勢いの無い問いかけをした。 毒を抜かれたとはまさにこの事なのだろうなと、めぐは水銀燈の顔を見て、 真っ赤な顔で水銀燈に捧げ物を渡す少年の横顔を見つめた。 可笑しさがめぐの心にこみ上げてくる。 さっき初めてあった少年が、自分を心配したり、自分のちょっとしたからかいにドギマギとしたり、 今もまた争っていた筈の水銀燈に、何かを手渡そうと必死の思いで、 自分の目の前で、自分の存在を忘れたようにまっすぐに水銀燈を見つめている。 「うふふ・・・あはははははっ♪あははははは♪♪」 「 ?め め ぐ・・・? 」 「 !?あ、え?え? 」 この少年は不思議だ。 何か惹かれてしまうものがある。 そう思いながらめぐは、嬉しそうに、可笑しそうに、ケタケタ笑うのだった。 ――――――――――――――――――――――――― 「じゃあ あの時・・・」 「ええ、水銀燈がこの、ナースコールボタンを押してくれたみたいなの。 すぐに私意識失っちゃったみたいだから、殆ど覚えてないんだけどね」 昨日ジュンがどういう経緯(いきさつ)で、めぐのことを知ったか改めて話した上での会話。 あの時窓枠に腰掛けていた水銀燈は、めぐの歌を聴いていたらしい。 その歌が急に途絶え、胸を押さえ苦しみだしためぐの為に、 急いでナースコールボタンを押したと、めぐは笑顔で答えてくれていた。 それにしても笑顔でそんな事を言えるなんて、この柿崎めぐという女の子は開き直っていると言うか・・・ 常にそれだけ苦しんで来たから・・・死にたくても死ねないから・・・こんな風に振舞えるのか・・・ パイプ椅子に座るジュンはそう思い、何とも言えない気持ちで・・・ めぐと、ベッドの上で座る彼女の膝に抱かれた水銀燈を、形容しがたい難しい表情で見つめた。 「・・・なによぉ・・・私の事じっと見てぇ・・・そんなに抱かれてるのが可笑しいのかしらぁ?・・・」 ジュンのその視線に露骨にぶつかってしまった水銀燈が、そう仏頂面で答える。 明らかに不機嫌な声。しかしその声には嫌悪感や憎悪感と言った、負の感情は込められてはいない。 普通の少女が不機嫌そうに喋るのと何ら代わらず、 ジュンの知る、あの嘲り(あざけり)や侮蔑(ぶべつ)の込められた物言いをする水銀燈だとは到底思えなかった。 その水銀燈は、少しだけ顔を赤らめ、ジュンの視線から『 フンっ 』と居心地悪そうにそっぽを向いてしまった。 それと同時に彼女の背に生える、小さく縮んだ翼が『 ピコピコ 』と動き めぐのパジャマの腕に『 パスパス 』とリズミカルに当たっていた。 (・・・プッ・・・まるでネコみたいだな・・・水銀燈) 犬と同様、猫も感情や機嫌が尻尾に表れるのと同じ様に、水銀燈も言葉に表れない感情が翼に出るらしい。 機嫌のいいネコが尻尾をピンと立て、 愛する飼い主や仲間と触れ合う時に尻尾をピコピコと動かしたり、巻き付ける様な仕草をするが、 今めぐの膝に抱かれて無意識に翼を動かしている水銀燈は、ジュンにとって黒猫のイメージそのものだった。 その翼の羽ばたきから見るに、嫌そうな言葉とは裏腹に、水銀燈は機嫌を損ねてはいないらしい。 そう思ってみたものの、取り合えず謝ってみるジュン。自分でも何をしているのか信じられない面持ちだった。 「あ、ああ、いやその・・・な、何か僕の知ってる水銀燈じゃないみたいだなって思って・・・ご、ごめん」 「! な、何よ・・・何なら今羽ばたいてあなたの身体に羽根をつき立ててあげたっていいのよぉ!ムュゥ?」 「いいじゃない水銀燈、ジュン君きっと今のあなた、可愛いって思ってるんだから(ニコニコ)」 「ニ゙ャっ!?」 「ち、違っ!」 自分の膝から荒々しく立とうとした水銀燈を、覆いかぶさるように両腕で軽く押さえ込み、 相変わらず奥の読めない笑顔で、二人にとってギクッとさせられるような事を言うめぐ。 『 なっ!? 』と言うつもりが、めぐに押さえ込まれた為、それこそ猫のような声を出した水銀燈と、 案外心の奥にある図星を突かれたジュンは、瞬間的に頬を薄紅色に染め上げていた。 「〜〜〜〜〜!! もう帰れ! 帰りなさいよぉ! お前は真紅の所に居ればそれでいいのよぉーーー!!」 いくらめぐの手前大人しくしているとは言え、姉妹達にも決して見せなかった、 自分の隠された部分をジュンに見られた水銀燈は、めぐの手を跳ね除け声をあげた。 恥ずかしさと苛立ち。 さすがに焦ったジュンは 「わ、解った、ご、ごめん!で、でも待ってくれ、せめて持ってきた花だけでも生けさせてくれ!頼むよ!」 そう言ってパイプ椅子から立ち上がり、水銀燈とめぐから目を伏せながら 「かき、柿崎さん・・・花瓶・・・か、借りてもいい・・・?」 そう、おどおどと めぐに問いかけた。 「どうぞ♪」 ジュンとは裏腹に、いたって落ち着いためぐの弾んだ声。 水銀燈の導火線に本格的に火が入る前に逃げ出せたジュンは、 ドキドキしながら、洗面台に立てられていた、中身の無い花瓶を取ろうと手にした。 「・・・あれ?これ陶器じゃないんだ?何か・・・傷だらけだよ?・・・」 花瓶が陶磁器ではなくプラスティックらしき材質だと気付いたジュンは、 めぐの方に振り向いてそう言っていた。 気を落ち着かせたとは言え、相変わらず仏頂面をした水銀燈を抱いているめぐが、 「うん、前に私が床に叩きつけて割ったからそれの代わりらしいのよ、笑っちゃうわよね。(クスクス) そんなもの置いてたって、どうせ誰も花なんか挿してくれないし、また叩き割ってやるだけなのにね♪」 「・・・そ、そう なんだ・・・」 その笑顔と裏腹に、どれだけの苦しさと苛立ちが彼女の内面を蝕んでいるんだろう・・・ だからこうして物にあたる事で・・・その恐怖や苛立ちや・・・寂しさや悲しさから・・・ 目を背けようとしてるのかも知れない・・・ ジュンは、以前では考えもしなかった思いで、そっとめぐから目をそらし 苛立ちの代替となった傷だらけの花瓶に、水を注ぎ・・・翠星石と金糸雀が用意して手渡してくれた・・・ 可愛らしい色とりどりの花をそっと生けて・・・ 「でも、ほら・・・これからはこうして、この花瓶には花が咲いて、柿崎さんを」 めぐの方に差し出してみた。 その彼女は、先ほどとはうって変わって感情の消えた目で、ジュンを見つめ返す。 まるで死人のようなその目にゾクリとしたジュンは、言葉に詰まり、 「・・・その・・・見てくれる・・・と、思うんだ・・・ ・・・な、何言ってんだろな・・・僕 ・・・はは・・・は・・・」 逃げたしたくなる気持ちでうつむいてしまった。 「・・・ありがとう・・・」 「!? ・・・ぇ、えっと・・・」 うつむいたジュンの耳に、ささやく様にめぐの静かな声が届いてきた。 そっと見上げると、死人のような目をしためぐは既にそこにはおらず、 どことなしか安堵と・・・ともすれば泣いてしまいそうな表情の・・・ 薄い笑顔で・・・めぐはジュンを見つめていた。 そのめぐに抱かれている水銀燈が、やはりジュンを見つめている。 その視線に、ジュンは気付いてはいない。 (冴えなくて・・・情け無いだけの甘ったれたガキだと思ってたけど・・・) (真紅・・・やっぱりあなた・・・いい拾い物をしたのかもねぇ・・・) ・ ・ ・ 「じゃあ、僕そろそろ帰るよ、柿崎さんの身体の事もあるし・・・」 花瓶に花を生けて、その後どうと言うことの無い、 今の自分のドタバタとした身の周りの話をしたジュンは、 パイプ椅子からそっと立ち上がりながら、そうめぐに言葉をかけた。 「そう・・・」 彼女の柔らかく、薄い笑顔が、彼の視線を受け止める。 ベッドに座る彼女の横には、先程よりほんの少しだけ柔らかい表情をした水銀燈。 「それじゃ・・・」 軽く会釈をして病室の扉前まで足を運ぶジュン。 「待って・・・」 それを止める、めぐの柔らかい声。 彼女はベッドから身体を下ろしてガウンを羽織り直し、その場で立ち止まるジュンの元へと足を運んだ。 そして、そっとジュンの手を取ると・・・ 「わっ!また!!」 先ほどと同じ様に自分の手を重ね、彼の手を自分の胸へと導いていた。 まさかと直感したジュンが身構えるより早く、素早く、暖かで柔らかい胸に導かれた彼の手のひら。 先程よりもはっきりと、めぐの胸のくりっとした頂きと、その頂きの周りの丸い膨らみを感じる手の指先。 やっぱりこの人の行動は理解できない。 そうジュンの頭が感じるのとは裏腹に、抱いてはいけない気持ちに、心が早鐘の如く警鐘を鳴らす。 自分よりほんの少しだけ上の彼女の目線が、彼の瞳に入り込んでくる。 先程より更に感じる香り。 それは髪なのか、彼女自身なのか、ジュンの鼻の奥を刺激する甘酸っぱい鼻腔。 「また・・・来てくれるんでしょ・・・」 「ぁ あ あ う、・・・ぅん・・・」 顔が溶けて無くなってしまうのではないかと思うほどに上気し、 夕焼けよりも、ゆでだこよりも真っ赤な顔になったジュン。 気を失いそうな程に頭がグラグラする、根はまだまだ純情な彼。 そこにめぐの透き通るような柔らかい・・・願いを込めるような、優しい声。 「だったら、その時まで・・・忘れないで・・・この鼓動を・・・ 私も忘れないでおくわ・・・あなたの・・・この今の・・・」 めぐのもう片方の手のひらが、ジュンの胸にそっと舞い降りる。 彼の鼓動を確かめ、覚える為に、優しく舞い降りる。 ジュンの胸に・・・心臓に・・・めぐの手のひらの温かさが伝わってくる。 死にたいと願う自分は・・・今こうして確かな暖かさを持って・・・あなたを感じていると・・・ まるでそう言わんばかりに・・・ 「私を感じて・・・打ち続けてくれる鼓動を・・・」 ジュンの心に溶け込んでくる。 ――――――――――――――――――――――――― ・ ・ ・ ベッドの上で座る二人。 「うふふ・・・帰っちゃったね。・・・ねぇ・・・また来てくれると思う?・・・水銀燈」 「知らないわよ、そんな事ぉ。・・・それより、よくやるわねぇ・・・あんな事」 めぐの問い掛けに、それまでおとなしく引いていた水銀燈が呆れたように答えるのも当然だろう。 鈴の様に透き通る声でささやいたあの言葉の後、 真っ赤になってしどろもどろになっているジュンを柔らかく見つめたまま、 めぐが、「・・・揉んでみたい?」と爆弾発言を言ったからだ。 その瞬間のジュンを表現するならば、正に湯が沸いた瞬間のケトルそのものだった。 ケトルの笛が、水が沸騰し熱湯になったのを知らせる為にピーと鳴るように、 これ以上無いと言う程、ジュンの顔が紅蓮の様な赤に染まったのを見てクスクス笑うめぐに、 彼が「 ままま、また来るからっ!! 」と逃げる様に退室したのも、また当然だろう。 底の知れない彼女の誘い香にこれ以上絡め取られると、自分がどうなってしまうか判らないと言う ジュンの気持ちが辛うじて働いた上での、勇退だったと言ってよいのかも知れない。 「あ、やきもち焼いてくれてるの〜?・・・ゲホッ ゲホッ・・・ ハァ ハァ・・・あはは・・・」 少しだけ侮蔑の混じった視線の水銀燈からの返答に、めぐが苦しそうに咳き込みながら・・・ 彼女なりの触れ合いをこめた言葉を、水銀燈に返す。 「・・・別に。 あなたが誰と何をしようと 私には関係ない・・・」 咳き込む彼女を見て、僅かに・・・僅かに悲しそうな表情を覗かせ・・・ 何気ないようにめぐから視線をそらし、水銀燈はそう答えた。 「・・・ ・・・フフ・・・そうよね。 どうせまた一人ぼっち・・・あなたが居ないときは・・・いつもそう・・・私はもう・・・ 誰からも相手にされないジャンクだk『 ジャンクだと思うのなら、ジャンクなりに足掻いてみなさい! 』 「 ・・・水銀燈・・・ 」 「甘ったれてる暇があるのなら、ジャンクなりの努力を見せなさい! 私のミーディアムになった以上、しようともしない努力を放棄してそんな言葉を使うのは許さないわよ!」 「・・・そうよね・・・ごめんなさい・・・前にも言ってくれたわよね、そんな言葉使うものじゃ無いって・・・」 「 ・・・・・・・・・・ 」 「天使様のお告げは、守らなきゃ ね」 「・・・いい加減、その天使って言うのやめなさぁい・・・」 「じゃあ・・・はい、仲直りと、誓いの証し」 「 ・・・ 〜〜〜〜 ・・・ 」 「・・・水銀燈・・・?」 「〜〜〜・・・ふん、しょうが無いわねぇ・・・」 人を見下し己を誇示する事で、 自身のアイデンティティを保ち続ける水銀燈がめぐに見せた、自分以外への激。 自分の生い立ちと境遇があまりに似ている、めぐへの言葉。 自分を否定せず、差し込む光が僅かでもあるのなら、必死で受け取り立ち上がる努力を見せろという激。 思いもよらない水銀燈の言葉を、めぐは真摯に受け止めながら小さな声で言葉を返し、 仲直りと言葉して、整った顔を薄く苦笑させ、左手の小指を水銀燈にそっと差し出した。 それをみた水銀燈は、およそ彼女らしからぬ・・・おそらくめぐ意外誰も知らない・・・ 怒り顔と、苦笑と、優しさが入り混じったような微妙な表情をしつつ、 嫌そうでいながら、そうでもないと取れる風に、そっと、優しく、自分の小指をめぐの小指に絡ませていた。 そのめぐの薬指には、ミーディアムとなった証しの・・・契約の薔薇の指輪。 絡ませた互いの小指が・・・少し少し静かに、上下に揺れるたび・・・ 薄く・・・しかし、はっきりと輝いてゆく。それは命を吸い取る輝きではなく・・・命が結び合う・・・絆の眩やき。 ベッドに座る命。一つは小さく、もう一つはそれよりも小さい。 二人は指切りをしながら、座った身体をベッドに横たえる。 そして、窓から入る日の暖かさが・・・緩やかに二人を包みこんでゆく。 お互いを見つめる瞳。どちらの瞳にも、互いの姿が存在する。 「水銀燈・・・」 「なぁに・・・」 「あたたかいね・・・」 「・・・そぉね・・・」 その言葉の意味は、日の暖かさを意味しているのか・・・ それとも、絆の暖かさを指しているのか・・・ 二人はしばらく、そのままの状態で指切りを・・・ お互いの存在を確認しあっていた。 ――――――――――――――――――――――――― 「おそい! 遅いですっ! 一体チビ人間は何をやってやがるですかっ?」 桜田家のリビングのソファーで、ふくれっ面をした翠星石の甲高い声が響く。 「仕方ないかしら。行きや帰りにだって時間がかかるんだから」 そう言って金糸雀が、わめく翠星石をなだめていたりする。 「何のんきなこといってやがるですお前はっ! あの水銀燈や、水銀燈のミーディアムに、もし何かされてるのかと思うと翠星石は気がかりで気がか(ハッ?!)」 「へぇぇ〜〜〜・・・翠星石にもそういう気持ちがあったのねー♪以外かしらー♪」 「なっ!なななななな〜〜〜〜!!」 あながち間違っていない勘ぐりだったが、 妙な所で墓穴を掘った翠星石は、ニヤニヤした顔の金糸雀に突っ込みを入れられていた。 普段やり込めている金糸雀にからかわれた翠星石は、顔を赤くしながらワタワタして 「〜〜〜おっ、お前ちょっと顔貸せですぅ!焼き入れてやるデスっ!!」 隣に座っていた金糸雀の胸倉をむんずと掴んで脅していた。 ・・・とても薔薇乙女のする事ではない。 「ちょちょっ、ちょっと待つかしらーーー!そそっそんな事が無いようにピチカート達を行かせてるんじゃないぃいいーーーー!! しししし、真紅からも何か言ってやって欲しいのかしらぁぁーーー!!というか助けて欲しいかしらーーーー!!」 「翠星石」 「翠星石ちゃん!やめなさいっ」 真紅とのり、少し厳しい注意の言葉を聞いた翠星石はさすがに金糸雀を開放し、 涙目で訴えた金糸雀から、のりと共に紅茶をたしなんでいた真紅に視線を移して、こう言った。 「・・・いくらスイドリーム達を向こうに行かせてジュンの護衛をさせてるとは言え、真紅は心配じゃないのですか・・・?」 その問い掛けに、真紅はいたって静かな声で、 「大丈夫だわ。今のあの子は・・・水銀燈はもうそんな事はしない。だって、あの子にはミーディアムがいるのだもの」 うっすらと微笑を浮かべてそう答えていた。 二人の会話をのりは黙って聞いている。 「・・・矛盾してるです。だったら何でスィドリーム達をnのフィールドから向こうに行かせたりするです!」 「あら? 当然だわ、そんな事」 「はぁ?・・・言ってる意味が判らんです・・・」 「だって、ジュンは私と貴女の下僕よ?」 「ま、まぁ・・・そ、そうですけど(下僕じゃないです ミーディアムですぅ・・・)・・・??」 「だったら他所で粗相な行いをしていないかどうか、ちゃんと知る必要があると思わない?」 「え!?・・・ ・・・そ、それってジュンが水銀燈のミーディアムに何かしないか、監視する為・・・ってことですか?」 「そうよ」 「・・・はは・・・ぁははははは・・・はぁぁ〜〜〜〜〜〜〜・・・」 (この女の考えは・・・翠星石なんかよりよっぽどドライです、カラッカラですぅ・・・) (ジュンはお前の事が好きですのに、もう少し心配してやったらどうですか・・・) (どうせその裏で、ジュンの事心配してるくせに・・・もっと表に出してみろです・・・) (・・・絶対お前には負けんですよ、真紅っ!) 「?どうしたのかしら?? ってぇーーー!! いやぁーーーやめてぇぇ〜〜〜ーーー!! あはは! っく、くすぐっ! くすぐったい、く、あははははははぁあぁ〜〜〜ーーーーん♥!!!」 真紅の飄々(ひょうひょう)とした態度に諦めのため息をついた翠星石は、 心の内で改めて真紅への恋の対抗意識を燃やしつつ、再び声をかけてきた金糸雀をとッ捕まえて 腹いせとばかりに、イジワルな笑みを浮かべて彼女の体中をくすぐりまくるのだった。 悩ましい表情で苦しみながら笑わされる金糸雀を、マスターの草笛みつが見たら悶絶死するのは間違いないだろう。 その二人のじゃれあい(?)見ながら、のりと真紅が会話する。 「翠星石ちゃんもカナちゃんも、仲直りして嬉しそうね〜♪」 「・・・そう見えるの?」 「ええ♪」 「そ、・・・そう」 ああ、仲良き事は美しきカナ。 ――――――――――――――――――――――――― 有栖川大学病院。 「ねぇ・・・さっきのジュン君がくれたお見舞いのお菓子、食べよっか?」 ベッドに身体を横たえていためぐが、 やはり身を横たえ、彼女と小指同士を絡ませていた水銀燈にそうもちかけた。 ジュンが水銀燈に手渡した、あの見舞い菓子の事である。 水銀燈は絡ませていた小指をそっと離しながら身を起こし、 しかしめぐの問いには答えず・・・ 「メイメイ・・・」 洗面台の鏡に視線を移して、自分に仕える人工精霊の名を呼んでいた。 鏡面が薄く輝いて、逆映しの場景が波紋状に揺れたかと思うと、メイメイと呼ばれた小さな光が スイ〜〜――・・・と、やや疲れたようにゆっくりと水銀燈の方に近寄ってくる。 「ゎぁ・・・綺麗・・・」 身体を起こしためぐが感嘆して 「人魂って・・・見たの初めてだわ・・・やっぱり私を導いてくれるのね♪」 「・・・違うわよ・・・」 何か違う事を言い、それを聞いた水銀燈が疲れたように否定する。 人魂と言われた当のメイメイはひときわ強く輝き、左右に揺れながら激しく明滅を繰り返しだした。 「わ〜・・・踊ってる♪」 「あんたの言葉に怒ってるのよ・・・気にしなくていいわぁメイメイ・・・この子はこういう子だって知ってるでしょぉ。 それで?・・・そぉお・・・もうホーリエ達はいないのねぇ。良く頑張ったわぁ」 主人に諭されては仕方ないといった風に明滅させていた光を一定まで収縮させると、 今度は小刻みに小さな光を放ちながら、水銀燈に勤めの内容を報告していた。 争う訳ではなかったものの、やはり何かあった際には主人を、ミーディアムを守る義務がある。 水銀燈が病室にいない時、メイメイはフィールドのもう一つの入り口である、この洗面台の鏡面内でいつもめぐを見守っていた。 もしも何かあった場合にと、内心でジュンを心配した真紅が送り出したホーリエ達と、 メイメイは先ほどまで睨みあっていたという訳である。 「何 何?♪」とはしゃぐめぐに、水銀燈は煩わしそうにごまかす。 「どうでもいいでしょぉ、そんな事。 それよりあなた、何かするんじゃなかったのぉ?」 「あ、そうだったわね♪(クスクス)」 水銀燈にそう言われてめぐはベッドの横の、引き板と引き出しの付いた、 机の代わりの簡易台の上においてあった少し小ぶりな菓子包みを手に取った。 可愛い包装紙とリボンで飾られたそれを開けて、めぐは嬉しそうに小さな声をあげる。 「可愛い・・・それに・・・いいにおい・・・ほら、水銀燈 みて♪」 開けた包みを水銀燈に見せながらそう言うめぐと、その包みの中を見る水銀燈だったが 「そんなもの・・・私が食べるとでも思っているのぉ?・・・」 さも鬱陶しそうに、けだるそうに言いながら『 ぷいっ 』と横を向いてしまうのだった。 そのままいじける様に体育座りになる水銀燈。 めぐはそんな水銀燈からそっと視線を外し、 「うゎあー・・・これ美味しそう♪ いただきまぁ〜〜す♪」 と、手作りのお菓子をぱくっと食べだしたのだった。 「(カリッ…モクモク…)!おいしぃ・・・これおいしいわよ水銀燈!♪」 「・・・・・・ ・・・」 その声に少しだけ振り向く水銀燈。 しばらく見なかった、本当に嬉しそうな・・・本当のめぐが見せる笑顔。 めぐのその嬉しさと、美味しいと感じる心は確かに水銀燈に伝わってくる。 だけど素直にそんなものを認めて、真紅達の作った不確かな菓子など食べる素直な水銀燈でもない。 案の定、彼女はすぐに横を向いてしまう。 「(モグモグ)うんっ♪おいしい♪そんなに甘くないし、そこらで売ってる変なお菓子よりずっと美味しい♪」 「・・・・・・」 「あ、これなんか可愛い〜♪」 「 ・・・・・・ 」 「顔かしら これ?食べちゃおっと(パクッ!)」 「 ・・・・・・ ・・・ 」 「(カリカリ… モグモグ… …)あ〜・・・これシナモンの香りがすごいわ〜〜♪」 「 ・・・ ・・・〜〜 」 「・・・何これ?(ぷっ)・・・変なの♪・・・二枚あるから一枚食べちゃおっと(サクッ!)」 「 ・・・・・・ ・・・〜〜〜 」 「(モグモグ…ゴクンッ…)・・・なんだろ・・・変な形なのに・・・凄く・・・優しい味・・・」 「 〜〜〜〜〜〜〜〜 」 「全部食べちゃおっかな〜・・・誰かさんはいらないみたいだし♪」 「〜〜〜い、要らないなんて言ってないわよ・・・」 「ほら、水銀燈っ♪」 「 ?? 」 自分だけが美味しそうにパクパクと食べて、なおかつ食べないのなら自分が全部食べると言う、 意地悪で嬉しそうで、可笑しそうなめぐの声に、思わず振り向き本音を漏らした水銀燈の目の前に・・・ 一枚の大きな・・・水銀燈の顔ほどもある大きなクッキーが・・・ 水銀燈の目の前に出現していた。 「な・・・」 小首をかしげるようににっこりと微笑んだめぐの、細く綺麗な両指に収まる何だか良く分からない物。 甘い匂いを醸し出すそれは・・・あまりに水銀燈に近いので、何だか良く分からなかった。 水銀燈は顔をしかめながら少し退きつつ、それをしげしげと眺める。 「・・・ !? ・・・」 「(クスッ)可笑しいでしょ?・・・でも・・・誰かさんに似てると・・・思わない?」 ちょっと崩れた感じの、変な『 顔 』。 だけど・・・作り手の愛情が見て取れる顔。 それは、水銀燈の顔を模して作られたクッキー。 その顔は、クッキーになった水銀燈の顔は・・・笑っていた。 ちょっと不恰好だけど、嬉しそうに・・・笑っていた。 誰が作ったかなんて言わなくても、誰に教えてもらわなくても解る。 (( 私はお菓子以外に何も用意できないけれど・・・それで十分伝わるのだわ )) あの時以来・・・アリスゲームで薔薇水晶に打ち倒されて以来会っていない・・・ 四番目の妹、真紅の・・・手製のクッキーだった。 「私が食べたの、多分あれ・・・私の顔ね(クスクス)・・・ひどいのよ、ホント変な顔でー♪」 「・・・・・・」 「でも・・・すごく優しい味が・・・ したわ・・・」 (・・・真 紅・・・) 「だから・・・はいっ♪」 「!・・・ ・・・」 優しい味。 めぐは微笑んでそう言いながら、改めて水銀燈にそのクッキーを・・・ チョッピリ変だけど、笑顔がいっぱいの水銀燈のクッキーを・・・彼女の前に差し出した。 水銀燈はおそるおそるその大きなクッキーを手にとって、 「こんなもの・・・」 割り砕こうとしたものの・・・ (( し、真紅達が、お前の為にも作ったお菓子なんだ・・・柿崎さんと一緒に・・・食べてくれよ・・・ )) ジュンに手渡された時の言葉を思い出して、砕くのをやめた。 あの時以来微笑む事を捨てた自分。 愛情を注いでもらって、励まし続けられて、応援されて、裏切られた自分。 認めて貰いたかったのに、見下されていたと、同情で構ってもらっていたと、確信した自分。 あの子のブローチを砕いて、あの子の思いを踏みにじり、ジャンクと呼ばれた自分。 あの子の心の奥の奥で光る本当の想いと愛情に・・・気付けなかった自分。 (( ジャンクの癖に! )) 最も愛する妹なのに、最も憎い妹。 (( 貴女の事を、ジャンクなんて呼んで・・・)) (( 悪かったわ・・・ )) (( だから・・・ごめんなさい・・・ )) だけど、誰よりも解りあえるかも知れない・・・妹。 想いが水銀燈の脳裏を駆け巡る。 そして・・・水銀燈は自分でも知らずの内に、そのクッキーに口をつけていた。 サクッ・・・ 軽い・・・想いがこぼれるような音と 甘い・・・想いが溢れ出す様な香りが 水銀燈の心を刺激する・・・ 「美味しい??」 「・・・・・・ 不味ぅい ・・・・・・」 「♪ そう! よかったわね ♪」 美味しいかと問い掛け、 割合な間を置いて不味いと答えた水銀燈の態度に、めぐはさも嬉しそうな声を出す。 水銀燈はめぐからそっぽを向いて、体育座りのまま、 漆黒のドレスにクッキーの欠片がこぼれるのも気にせず・・・ 「 ・・・不味い・・・(モグモグ) ・・・不味いわぁ・・・(カリカリ) 」 と、時折言い訳じみた文句を交えて、顔ほどもある大きさの 自分の笑顔のクッキーをほおばり続けている・・・ めぐは、自分に背を向け無意識にパスパスと縮んだ翼を羽ばたかせる水銀燈を・・・ 愛しむ(いとおしむ)ような微笑で、ずっと見つめていた。 ――――――――――――――――――――――――― 夕方。 ジュンが自宅に辿り付いたのはそういう時刻で、 あれからそのまま帰ることをせず、図書館で多少の時間を潰してからの帰宅だった。 実は柏葉巴と図書館で会ったのだが、急ぐらしく多少の話をして彼女は先に帰ってしまった。 ジュンは自宅の小さなサッシ門をくぐり、玄関の扉を開けようとした。 しかしふと手が止まり、彼は昼の出来事を思い出してみる。 今日は色々な事があった。 本当に色々だ。 まともに向き合うことなんて無かった水銀燈と話をして、 まさかその水銀燈のミーディアムともあんな、あんな・・・刺激的な・・・ (ちがう、違うッ!!) ジュンは、あさっての方向に向かおうとした思考をブンブンと振り払い、 水銀燈のマスターでありミーディアムの、柿崎めぐの姿を思い出した。 儚い感じがして、消えてしまいそうで、しかしどこか水銀燈の様な雰囲気を感じさせ、 表向きは人を煙に巻くような明るさを見せ、だけど心はボロボロの・・・ 死に憧れ、死に近付こうと足掻いている、悲しい少女。 「ミーディアムと薔薇乙女は引き合う部分があるって、前に真紅が・・・言ってたよな」 ふと、独り言がジュンの口からこぼれた。 確かに柿崎めぐと水銀燈は、似てる部分や雰囲気があると思う。 自分の置かれてしまった立場や、心の奥に持つやり場の無い悲しみと怒り、 そして・・・人とは違ってしまった自分の身体の欠点。 それでもあの二人は、望まない自分の置かれてしまった立場を・・・曲がりなりにも受け止めている。 「ほんと・・・僕なんて、まだまだだよな・・・」 ようやく閉じこもっていた殻を割って、前を、外を見つめれたとは言え、やっと一歩を踏み出しているに過ぎない現状。 ジュンは自分の頬をパンパンと叩き、改めてもっと踏み出し歩き出す自分になろうと気合を入れるのだった。 「・・・でも、僕と真紅って・・・どこが似てるんだろうな? ・・・あれ?じゃあ翠星石なんて一体どうなるんだ? 僕の何と引き合ってるんだ?」 気合を入れても釈然としない部分に、ぶつぶつ言いながらジュンは玄関の戸を開けて、 「・・・ただいまぁ〜〜・・・」 と、早くも気の抜けた声を玄関に流し込んだ。 「遅いですぅッ!!」 「まったく・・・」 「どこで道草してたのかしらぁ?」 そうしたらいきなり目の前に、憤慨気味の乙女達が大きな声でお出迎えである。 「うわっ!?なな?何だよお前達?!」 「何だよじゃねぇです〜!人が見ていないと思って!」 「随分と水銀燈のミーディアムとお楽しみだったようね?」 「いくらジュンが男の子って言っても手が早すぎると思うのかしら〜!」 「な、なっ?!」 「押し倒さなかったのは許してやるですが」 「病弱のレディの胸を触って」 「あまつさえ揉もうとするなんて」 「!? え !? ちょ、何でお前ら?」 「「「 最っ低ぇーーーー〜〜〜ですぅ!だわっ!かしらぁ!」」」 「ぇぇええええええーーーーー?!! 違っ!? ちょ、ちょと待てッ! あれは僕がやった訳じゃ! ッて言うか何でお前らがそんな事知ってんだよ!!!」 大役お疲れ様と言われる訳が無いのは承知の上だが、 いきなり目の前に現れて、暴言&自分と柿崎めぐ(+水銀燈)しか知らない、偶然の成り行きから起きた秘め事を、 何でこの悪魔人形達は知っているんだと思いながら、顔を赤面させつつ乙女達の暴言に負けじとジュンは言い返す。 ジュンの当然の反論に、まずはぶすくれた翠星石が右手の人差し指を空にかざし 次いで冷ややかな表情の真紅と何故か陽気な金糸雀がそれに続き、三人が同時に人差し指で虚空を描いたかと思うと 薄く輝く翠(みどり)と紅(あか)と橙(だいだい)の光が呼び出され・・・ 「壁に耳あり・・・」 「障子に・・・」 「メアリーかしら♪」 “ ニヤ〜リ ” と嫌〜〜〜な笑みを浮かべてジュンを見上げてやり返した。 「・・・ど、どうしてそんな事・・・」 最後はメアリーじゃないぞ金糸雀、なんてつっこむ余裕など無いジュン。 まさに恐妻に浮気がばれたダメオヤジの様に冷や汗ダラダラ。 以前なら『 ふざけるなっ!何でお前らにとやかく言われなきゃいけないんだ! 』と言えただろうが、 悲しいかなアリスゲームを通じて絆が深まってしまったが故に、強く言えなかったりするのだった。 ジュンが怯えているのに満足(?)したのか、それとも可哀相と思ったのか、 打ち合わせをした様に幼子をあやす様な微笑みをジュンに見せながら やれやれと言う感じで、楽しそう話す三人。 「真紅がですね、ジュンの事を心配だからって」 「ちょっと翠星石!・・・ま、まぁ家来が他所でよからぬ事をしないか監視するのも主の務めだから・・・」 「っていうのは建前で、本音は真紅も翠星石もジュンの事が心配で心配で仕方が無いから、 ピチカート達をnのフィールドからジュンの護衛に行かせてたのよ♪」 「なっ!なに言いやがるですかっ、こっここここ・・・」 「かっか、金糸雀っ!ね、根も葉もない事を言うものじゃ・・・」 「もぉ〜〜〜う!! 二人とも もっと素直になるかしらぁー! 大体っ!カナがみっちゃん好きなように、あなた達もジュンが好きなら好きでいいじゃない! 精霊に導かれて、ミーディアムと出会って、わたし達のネジが巻かれたのは運命なのよ?! その時その時のミーディアムと親密になるのは、薔薇乙女として当然の成り行きかしら! カナは今みっちゃんと居られて凄く幸せなの!あなた達はその幸せを感じないのかしらぁ? ん?♪」 唖然とする薔薇乙女二人と、その二人のミーディアムであるジュン。 普段のピーチクパーチクした金糸雀の口から出てくる台詞とは思えない言葉。 まさに的を得た、ジュンの事を心の内で想っている二人には、何も言い返せない言葉。 台詞を終えかけた金糸雀は、三人の前に振り向いて、 ややかしげた小首に可愛らしい微笑みを浮かべて、人差し指を作った小さな片手を、 ふにっとした桃色の頬に添え、ウインクをしつつ “ ん?♪ ” と尋ね直すような仕草を見せるのであった。 「・・・な、なんでい、いきなりそんな事いいやがるですか・・・」 「だい、大体・・・な、何で私が、この真紅が・・・こんな・・・ジュ、・・・」 「 ・・・・・・ ・・・えっと・・・ 」 三者三様に頬を染め、文句を言い返そうにも、どうにもこうにも言い返せない三人。 そこに金糸雀が、翠星石の“そんな事”の問いに にこやかに、こう答えた。 「だって、カナは翠星石と真紅の、お姉さんなのよぁ〜〜♪解らない訳ないのかしらーーー♪」 三人はその台詞に目が点となり、思わず プー!!! と吹き出し、 乙女達の人工精霊も笑うようにピカピカと明滅を繰り返しているのであった。 「 笑うなぁ! かしらぁ〜〜ーーーーーーーーー!!! 」 ――――――――――――――――――――――――― 「おかえりなさい、ジュン君♪」 「意外と遅かったわねージュンジュン♪」 「・・・おかえりなさい」 「た、ただい ま・・・ど、どうも」 ジュンが薔薇乙女達と一緒に入ろうとしたリビングには、ジュンの姉の他に顔見知りの女性が居た。 一人は金糸雀のマスター、草笛みつ。 もう一人は、そう、ジュンの幼なじみ柏葉巴である。 草笛みつとは、金糸雀に強引な顔合わせをさせられてから、割と話が出来る仲にはなった。 仕事はパタンナーとかで、彼女からは何故か「ジュンジュン」と呼ばれてる。 元雛苺のミーディアムの柏葉ともちょくちょく顔を合わせるようになったから、彼女とも知り合いになった。 まぁそれはいい。金糸雀がここに居るんだから、草笛みつも休日出勤が終わってここに寄ったんだろう。 問題は巴だ。彼女は何か用があって自分より早く図書館から出て行った筈だ。 何かの用件が終わって家に来たとしても、時間的にここで落ち着いて居られるタイミングじゃ無いのに。 それにトランクで眠る雛苺に会いに来てくれたにしては、何かおかしい。 そんな瞬間的に流れるジュンの思考には大体横槍が入るもので、 翠星石がジュンのズボンに“わしッ”としがみつきながら“にょっ”と、扉の隙間から顔を出して 彼を見上げながら“ぷー”と顔を膨らまして文句を言いだした。 「なにボケボケつっ立ってるですか!私達が入れねぇですよー!」 「あ、いや・・・その何で柏葉と、みっちゃんさんが居るんだ?」 「玄関にパンプスと女性物のスポーツシューズがあれば、それぐらいの予測、ついて当然だわ。そんなことも判らないの?情けないわね・・・」 「いきなりお前らがワーワー玄関でわめいたんだから、そんな靴があったなんて判る訳ないだろ!」 「いかなる事態においても、冷静さを欠かないのが優秀な策士なのかしら、ジュン?」 「何の策士だよ、何のッ!?」 翠星石、真紅、金糸雀とジュンのやり取りに、それまで冷静的に振舞っていた巴が 「 プッ♪ 」 と吹き出し、次いで草笛みつこと、みっちゃんが 「ほんと、ジュンジュン達って仲イイワねぇ〜♪」 そう言って、からかいを入れた。 「何でだよ!」 そしてジュンは顔を赤くしてそれに反論する。 「玄関のあれ丸聞こえだったけど、ジュンジュンは一体何しに行ってたのかなぁ〜(ニヤニヤ)?」 「桜田君も・・・そういう事するんだ、そうだよね・・・男の子だもの」 「だーーー!!違うって!!あれは柿崎さんが無理やり触らせて」 「まぁジュン君!男の子なら自分の行為に責任は持たなくちゃ!」 「だから違うっての!!とにかくッ、僕は水銀燈と、そのミーディアムに会ってきただけなんだからなっ!! それになんで柏葉と、みっちゃんさんが居るんだよ姉ちゃん!」 「何でって、ジュン君・・・わざわざ来てくれたのよ、巴ちゃんもみつさんもジュン君の為に」 「はぁ?・・・なんで僕の為?」 そんなジュンの横を乙女達は“にゅっ”とすり抜けリビングに入りながら 「ホレ見るです、のり。 翠星石の言った通りですよ」 「・・・まったく、あなたがこんな情けない家来だとは思わなかったわ、ジュン」 「一生懸命頑張るのもいいけれど、もう少し自分を見つめてあげてもいいのかしら」 それぞれ好きなことをジュンに言い始めた。 「な、な 何だよ一体みんなして・・・?」 ジュンはみんなから何の話を言われているのか、さっぱり判らなかった。 ――――――――――――――――――――――――― 「ジュン、おめでとう」 「え、な 何が?」 柔らかく微笑みながら、おめでとうと言う真紅。 ジュンはますます分からないといった感じだ。 そこに翠星石がやれやれといった感じで、苦笑しながら 「お誕生日、おめでとうですジュン・・・」 優しくそう言ってあげた。 「あ・・・ああ、あ ありがと・・・」 そうか・・・今日は自分の誕生日だったんだ。 すっかり忘れていた、自分の誕生日なんて。 「取り合えず、こっちに来てお座りなさいな」 優しくそう言って、真紅がジュンに声をかけた。 みんなもにこやかな顔でジュンを促す。 「う、うん・・・」 リビングのテーブルには色とりどりのご馳走と、今朝のお菓子達が みんなと共にジュンを出迎えている。 (ああそうか・・・今朝あんなにたくさんお菓子作っていたのって・・・僕の為でもあったんだ・・・) 今だ目の前の光景が、自分の為の物だと実感できずにいるジュンを見て のりが静かにこう言ってあげた。 「去年はお姉ちゃんだけだったでしょ・・・お祝いできたのって・・・ だけど今年は、こうしてみんなに知ってもらって、一緒にお祝いしてもらおうと思ったんだけど・・・ やっぱり余計だったかな・・・ジュン君・・・」 「お姉ちゃん・・・」 去年。 そう・・・僕は・・・ 色んなプレッシャーに負けて公立の中学に入り・・・ 学校での自分の存在や、僕をバカにしたようなみんなの好奇の目に耐えられなくなって、 そして・・・家に引き篭もった時期だ。 あの時のお姉ちゃんは、ずっと僕を心配してくれて、色々と面倒を見てくれていたのに・・・ 僕はそれすらも疎ましくて、歯がゆくて、何も解らない癖にと・・・自分の殻に閉じこもり甘え続け・・・ 部屋の扉越しに一生懸命僕を励まし続けて、応援してくれて、誕生日のお祝いやプレゼントまでくれたのに・・・ 僕はそれを全て拒絶して・・・打ち壊してしまったんだ・・・ それなのに・・・ずっと僕を見続けてくれて・・・今もこうして・・・みんなと・・・ 僕っていう命が生まれた事を・・・僕って言うどうしようもない弟なんかのために・・・祝ってくれている・・・ お姉ちゃん・・・ 今まで自分が姉にしてきた過ちや甘えが、ジュンの脳裏に走馬灯の様に映し出されては消えて行く。 優しい姉。自分には過ぎた姉。たとえローゼンメイデンのドール達がこの家に来なかったとしても・・・ 自分を取り巻く環境にドール達と言う光が射さなかったとしても・・・ この姉はきっと僕を見捨てずに、僕を応援し続けてくれたんだろう・・・ (夢の中で言ってくれたあの言葉) (僕の頬を叩き、感情むき出しで涙ながらに訴えてくれたあの言葉) (僕はダメな弟だ) (だけどみんな笑おうと一生懸命なんだ) (その努力もせずに逃げ出すなんてお姉ちゃんは絶対にゆるさない) (僕を立ち直らせようと必死で、一生懸命で、いつも笑顔を絶やさない努力をしてくれていたお姉ちゃんの言葉) (あの言葉が・・・今の僕への・・・ターニングポイントだったんだよね・・・お姉ちゃん) 何気ない姉の、のりの『 余計だったかな・・・ 』と言う言葉の裏に、 どれだけ自分を想ってくれているかを汲み取ったジュン。 思わずうつむき黙り込んでしまう。 「ど・・・どうしたのかしら?」 「具合でも・・・悪くなったですか?」 「・・・ジュン?どうしたの?」 「・・・桜田 く ん?」 「おーいジュンジュ〜ン・・・どうしたのかな?」 「・・・ジュン くん ?」 心配そうなみんなの声が、姉の声が・・・ジュンの耳に聞こえる。 心なしかジュンの肩が震えているように見えたものの、彼はすぐに顔を上げ 「いやぁー・・・自分で自分の誕生日忘れちゃってるんだもんなぁ、情けないよホント。 ・・・ありがとうみんな。 さぁー食べるぞぉ〜〜ーーー!!」 何事も無かったように明るい笑顔をみんなに見せて、 迎えられたソファーに腰を下ろした。 「まったくぅー ビックリさせないでほしいかしら♪」 「ホントですよ、何事かとおもったです♪」 「これからはちゃんと自分の誕生日くらい、覚えておきなさい」 「くすっ♪ それだけ桜田君、頑張ってるんだものね」 「これだけ美女がジュンジュンをお祝いするんだから、忘れられない日になるわよ〜♪」 「 よかった・・・ 」 そう言ってみんなが口々に話し、ご馳走を取り分ける準備をしだす。 みんなは見た。 ジュンの泣き笑いのような笑顔を。 潤んだ瞳の端に僅かに滲んだ彼の涙を。 きっとこれからの彼は、何か人を魅了する才能を開花させる 素敵な少年になってゆくに違いないと、彼女達全員が思っただろう。 そして姉であるのりこそが、それを一番強く感じているに違いない。 「お姉ちゃん・・・」 「なに、ジュン君・・・」 「・・・ありがとう」 今、自分を見つめて、 みんなの前でこうしてはっきりと言葉出来る程に、自分を取り戻す事が出来たのだから。 「うんっ♪」 のりは満面の笑みを浮かべて、愛する弟の言葉を確かに受け止めたのだった。 ――――――――――――――――――――――――― 「今日はジュンの誕生日だったんですよ、蒼星石・・・雛苺・・・」 明かりを一段落としたジュンの部屋に、翠星石の静かな声が流れる。 豪奢な革張りに薔薇の紋章をあしらった二つのトランク。 それは、静かに眠る二人のローゼンメイデンの、安らぎのベッド。 開いた二つのトランクには、蒼星石と雛苺が静かに・・・本当に静かに眠っていた。 「巴に可愛がってもらえたですか・・・雛苺・・・」 目を細め、愛しい三番目の妹の頬を優しく撫でようと、静かに翠星石はそう語りかけた。 さっきまで雛苺と会っていた巴。 ジュンが巴の気持ちを配慮して会って来てほしいと頼んだから。 「・・・あ・・・」 雛苺の頬を撫でてすぐ、翠星石は雛苺の頬が濡れているのに気付いた。 巴の涙に違いない・・・ 翠星石の心に、チクリとした痛みと・・・少しの悲しさが見え始める。 しかし彼女はあえてそれを受け止めて・・・ だけどほんの少しの悲しさが混じった笑顔で、雛苺に静かに語りだした。 「お前は幸せですよ、雛苺。 ジュンと巴・・・二人のミーディアムに見守られているのですから。 安心するです・・・真紅や金糸雀、のりにジュン、それに・・・蒼星石と私も・・・いつも側にいるですからね・・・」 翠星石はそう言って、雛苺の頬に軽く・・・優しい口付けをした。 そしてそっと雛苺から離れると、蒼星石のトランクのそばに身体を移動し、 眠ったままの双子の妹の栗毛色の髪に、そっと手を添え愛おしく撫でながらささやく様に語りかける。 「蒼星石・・・お前は今、どんな夢をみているですか・・・ 雛苺にも言いましたけど、今日はジュンの誕生日だったんです・・・」 愛しい妹は目をつむったまま。何も話さない。 穏やかな表情で眠ったまま。動こうとはしない。 解っている。雛苺も眠り続けたままなのだから。 それでも構わない、今ここに、この場所に、ジュンと私達の側に、この子達は居続けてくれるのだから。 だけど・・・ もう慣れた筈なのに・・・やっぱり涙が出そうになる・・・ 自分の弱い気持ちを祓う(はらう)ように、翠星石は頭(かぶり)を振って笑顔を作り、 そこで部屋の扉が小さく静かに開くのを感じた。 「・・・真紅ですか・・・」 翠星石の声に応えるように、 扉の取っ手から桃色の色調が映えるステッキが静かに離れる。 「遅いから・・・見にきたのよ」 そう言って真紅は雛苺のトランク前にそっと座り、 柔らかくカールされた雛苺の綺麗な金髪を優しく撫でて 「巴には可愛がってもらえたかしら・・・雛苺?」 と、翠星石と同じ事を雛苺に尋ねた。 翠星石はそれが嬉しくもあり、可笑しくもあった。 「くすっ・・・」 「何?・・・」 「私と同じ事言ってるです」 「・・・姉妹だもの、当然だわ」 「・・・そうですね、そうですよね・・・」 姉妹。 その言葉に翠星石は少し寂しく微笑む。 そんな翠星石の肩に真紅はそっと手を添え、愛しみの表情で言葉した。 「大丈夫なのだわ、翠星石」 「え?・・・大丈夫って?・・・」 「私達にはジュンが・・・ミーディアムがいるわ」 「ジュンが・・・」 「そして貴女には・・・私と金糸雀がいつも一緒なのだわ」 「真紅・・・」 「大丈夫。ジュンと私・・・それに貴女がいるのだから・・・この子達は・・・」 そこで言葉を切った真紅が、雛苺と蒼星石に優しい視線を送り、再び言葉を続ける。 「きっと私達の元に帰ってくるわ」 「・・・・・・」 「だから・・・」 「 ! 」 真紅のしなやかで幼い腕が翠星石の背中に回り、優しく翠星石を抱きしめる。 翠星石は彼女の肩口に顔を埋める形になり・・・真紅の優しい香りに満たされる。 そして翠星石の耳元に、真紅の澄んだ、静かで柔らかいささやきが届く。 「心配しないで・・・たとえ遠く離れていても、私達姉妹は・・・いつも一緒なのだから」 この妹は・・・私の妹は・・・本当に・・・ なんでこんなに・・・優しいのだろうか・・・ 「・・・ずるいです・・・いつもいつも・・・」 「?・・・翠星石・・・」 「だからお返しですっ♪」 「?!きゃっ、すすっ す、すいせいせきっ!」 心優しい妹に抱きしめられて、甘えてばかりはいられない。 真紅の愛情と心遣いに感謝しつつも、翠星石なりの感謝の印と・・・ 少しばかりの意地悪を込めて、彼女は真紅の肌理(きめ)細やかな頬に“チュッ”と親愛の口付けを送った。 姉の突然の愛情に思わず背中に回した腕を放し、頬を染める真紅。 翠星石はそのままゆっくりと立ち上がり、目を細めて微笑みながら 「先に下りてるですよ、真紅♪ 雛苺と蒼星石よろしくです♪」 そう言って扉まで移動する。 「・・・ありがとうです・・・真紅」 そして顔を赤くしたままの真紅の方はあえて見ずに、その一言だけ言って翠星石は静かに扉を閉めた。 後に残されたのは、いまだ顔を赤らめまん丸にした目をパチクリさせた真紅と・・・ 心なしか微笑んだような表情の蒼星石と雛苺が、トランクで眠り続けているだけだった。 ――――――――――――――――――――――――― 「帰っちまったですねぇ・・・」 カチャカチャ 「そうねー・・・でも来てもらえて、本当に嬉しかった・・・」 ジャー キュッキュッ 「また来るのだわ・・・特に金糸雀は明日にでも・・・」 コクッ コクッ… 「〜〜〜クー… ク〜…スゥー〜…」 あれから少しして、みつと、半ば眠りにいざなわれた金糸雀、そして巴の三人は帰ってしまった。 のりの入れた紅茶を飲む真紅の隣には、ソファーで眠るジュンが居る。 ダイニングキッチンには食器を洗う翠星石とのり。 ソファー前には巴とみつがくれた、ジュンへのプレゼントが置いてあった。 男物のスニーカーと、似顔絵。そしてクッキー。 真紅には巴が送ったスニーカーの銘柄は判らなかったが、 とても素敵で格好のよい、ジュンに似合いそうな物で、みつが送った似顔絵はジュンの笑顔がとてもよく描かれていた。 そして、真紅が水銀燈に送ったものと同じ様に、金糸雀がジュンに送った笑顔のクッキー。 ジュンの特徴が出ていて、しかも可愛らしい笑顔で作られていた。 (( 気に入ってくれるかどうか・・・判らないけど・・・お誕生日おめでとう、桜田君 )) (( 君は笑った顔の方が、絶対素敵よ。だから私からは・・・はい♪ おめでとうジュンジュン )) (( えっと・・・カナはその・・・こんなのしかないけど・・・よ、よかったら食べて欲しいのかしら )) 普段のジュンからはあまり想像が付かない、ビックリしたような照れた顔で恥ずかしそうに贈り物を受け取っていたジュン。 あの時のジュンを見ているだけで、自然と顔がほころんできたのを思い出す真紅。 ついさっきの出来事なのに、なぜか遠い出来事のように感じてしまう。 そのジュンが、今、自分の隣で可愛らしい寝息を立てて、確かに存在している。 今日は普段よりも色々とあったからだろう。驚きと喜びと・・・新たな出会いがあったからだろう。 そして、みんなの暖かい気に囲まれて、自分の誕生日を祝ってもらえたからだろう。 気が付けば、ジュンは祝いの最中にうたた寝をしていたのだから。 そんなジュンを、真紅は愛しくてたまらないと感じて仕方なかった。 この気持ちがミーディアムとの絆から来るものなのか、 それとも母性と言われる物なのか、あるいは・・・純粋に・・・愛情と呼ばれる物なのか・・・それは判らない。 だけど今、真紅が確かに感じているこの気持ちは、ジュンを愛でたいと言う感情に違いはなかった。 (本当に良くなって、成長してきたわね・・・ジュン。 私の大切な・・・ミーディアム・・・) 真紅は紅茶を飲む手を止め、目を細めながらジュンの髪を・・・頬をそっと撫でた。 この少年と、今まで共に流れてきた時間。 今まで一緒に過ごしてきている時間は、自分達ローゼンメイデンにとって新たな思い出と、絆になる。 この少年がこれから先、どのように成長し、どのように自分達と過ごしてくれるのか・・・ どのように自分達の心の中で生き続けてくれるのか・・・ まだ見ぬ先の結末に、自分達はどうあるべきなのか・・・ それは・・・その流れ流れの現(うつつ)に従うべき事・・・ 今はこの少年と、ジュンと居られるのなら、この子と共にまだ見ぬ先の自分へと、いずれ変われる事ができるのなら・・・ 今、真紅の抱く心の内は、ジュンで一杯だった。 愛しさが込み上げてくる。 心の中に暖かい、綿毛のような、母性とよばれる様な感情と、愛情が込み上げてくる。 「 ジュン・・・ 」 小さく、小さくそうつぶやいて、真紅は目を瞑り、ジュンの頬にそっと優しく静かに口付けを送った。 ・・・ああ、自分が人間であるのなら、このままこの子を胸に抱いて、私の香りの中にうずもれさせてあげたい・・・ ・・・ああ、自分がこの子の母であるのなら、この子を抱いて乳をあげて、私の愛情を感じてもらいたい・・・ ・・・ああ、自分がこの少年の・・・ジュンの意中の人になれるのなら・・・私は貴方との永遠の絆を・・・誓いたい・・・ 「んっ! んんっ!! ・・・何やってるですか、し ん く 」 「 ! ヒッ ! 」 甘い、想いの感情も、案外咳払い一つで脆くも崩れ去る物で、 『 !びくっ! 』と身体を跳ねた真紅の少し後ろには、白〜〜い目で睨んでくる翠星石と、 それより後ろで苦笑いっぽく二人の様子を見る、のりの姿があった。 洗い物は終わったらしい。 いや、それ以前に、真紅が自分の世界に浸りすぎていた様である。 むっとしたまま、翠星石はつかつかと真紅の方に歩み寄ってくる。 「あ、あの・・・ち、違うのよ翠星石・・・こ、これは」 真紅の側まで来た翠星石に真紅が言葉にならない言い訳をするも、翠星石はそれを無視して 「抜け駆けは許さんと、前に言ったはずです」 手を上げようとした。 もう何の言い訳も出来ない。真紅は覚悟を決めて目を瞑った。 ・・・しかし何の反応も無い。おかしいと思って真紅が恐る恐る目を開けると・・・ 「!? すっ、すいせい せき・・・」 翠星石の上げた小さな手は、ジュンの頬に優しく撫でるように添えられ、 真紅とは逆のジュンの頬に・・・翠星石は目を瞑って愛しそうに口付けをしていた。 唖然とする真紅。 やられた・・・てっきり叩かれると思っていたのに・・・ 彼女の大胆かつ正当な応酬に真紅は呆気に取られるしかなかった。 やがて翠星石は静かに、名残惜しそうにジュンの頬から淡い桃色をした果実のような唇を離し 目をゆっくりと開けながら真紅に向かって、にやりとこう言った。 「・・・ふっふっふ・・・これで立場は同じですぅ〜〜♪」 姉のその正々堂々とした宣戦布告に、自分の行動を恥じるとともに 真紅の心に新たな対抗意識がメラメラと燃え上がるのだった。 「くすっ・・・そうね。そうなのだわ。 だけど私と貴女、どっちの愛が深いかを知ってもらうのは、これからなのだわ♪」 そして真紅が再びジュンの頬に優しい口づけを送る。 「ちょっ!? ・・・お前がそうくるなら私も負けんですよ、真紅っ!♪」 負けじとばかりに翠星石もジュンの頬に柔らかく口付けをする。 「・・・ぅ・・・ん・・・くすぐっ・・・ くぅ〜〜・・・」 (まったく・・・このアンポンタンは人の気も知らずに・・・幸せな寝顔しやがってですぅ・・・♪) (まったく・・・この子は・・・この真紅の口付けを・・・有りがたいと思いなさい・・・♪) ジュンの幸せそうな寝言に、翠星石と真紅、二人が顔を見合わせて柔らかく微笑み お互い再びジュンの頬に何回も口付けをプレゼントするのだった。 まさにジュンにとっては最高の誕生日プレゼントだろう。 性格はともかく・・・二人の美しく幼く可憐な薔薇乙女の、 薔薇の花弁のような唇のささやきを、何度もその頬に貰っているだから。 ただし・・・ジュン自身がこの出来事を知って、覚えていればであるが。(苦笑) 自分の存在を完全に無視した二人のあられもない大胆な愛情表現に、 ジュンの姉であるのりが、苦笑いしながら力無い声で講義するのだった。 「あのぉ〜 翠星石ちゃん・・・真紅ちゃん・・・そろそろ止めてくれると・・・お姉ちゃん安心するんだけどなぁ・・・(色んな意味で・・・)」 ――――――――――――――――――――――――― 「ふん・・・バカじゃないのぉ。 ほぉんと、おままごと丸出し・・・みっともなぁい・・・」 夜空。 大地を見守る母である月と共に、瞬く星が黒い蒼に染まった天空を照らす時間。 丁度、みつや巴が帰り始めた頃からだろうか・・・ 水銀燈は、夜空からカーテンの開いた桜田家のリビングをずっと見ていた。 当然、真紅と翠星石がまるで我が子に愛情を注ぐかのように、ジュンの頬に口付けをしている現場も・・・ しばらくしてそのリビングのガラス戸には、カーテンが引かれてしまった。 そろそろ妹の薔薇乙女達が眠りに付く時間が訪れるのだろう。 「・・・・・・ ・・・」 自分は一体こんな所で何をしているのだろう。 蒼星石と雛苺のローザミスティカが・・・二人の妹の魂が行方知れずだと言うのに。 もう自分からアリスゲームを仕掛ける意味も無ければ、 憎いあの真紅に、わざわざ顔を見せるような行動を取る必要すらないと言うのに。 本当に憎いのだろうか・・・ 本当に心から・・・ 真紅を憎んでいるのだろうか・・・ そうなのだろうか・・・ 「・・・まったく・・・なんでこの水銀燈が・・・こんな・・・」 やや自嘲気味な笑みを浮かべ、水銀燈は桜田家の小さな庭に降りて行った。 水銀燈が何をしているのか、夜空に瞬く星と、雲が覆ってしまった月の輝きだけでは・・・伺い知ることが出来なかった。 やがて事を終えたのだろう。 水銀燈の背に生える、縮んだ漆黒の翼が大きくゆっくりと開き、 優雅に、舞を始める様に彼女の身体を包んだかと思うと 『 バサッ 』と大胆かつ優美に羽ばたき、水銀燈の身体を天空に舞い上がらせていった。 「めぐに感謝するのねぇ・・・ジュン君・・・・・・有りがたいとおもいなさい・・・真紅。 ああ・・・そうそう、翠星石も居たわねぇ・・・うふふ・・・あははぁ・・・あっははははははははっ♪」 人目につかない上空まで自身の体を舞い上がらせた水銀燈は、 誰に聞かせるでもなく静かに喋り、楽しそうに、汚れ無き少女の鈴の音の声で笑い、 『 お ば か さぁ〜〜ん! 』 そして、捨て台詞を機嫌良く残して・・・飛び去るのだった。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「・・・〜〜〜・・・んん・・・〜〜う・・・ぅあ、う んん・・・ ・・・ お?」 早朝。 カーテンに、澄んだ朝日の眩ゆい光がうっすらと染み渡る時間。 その緩やかな光にジュンが目を覚ましたのは、一階リビングのソファーの上だった。 空調の暖房が効いている。 そしてジュンの身体には薄手の羽毛布団とタオルケットが かけられていた。 いまだ寝ぼけ眼(まなこ)で辺りをみまわすと・・・姉であるのりが、自分と反対のソファーで静かに眠っている。 そのソファーの近くには豪奢な薔薇乙女のトランクが二つ。 「あれ・・・? そうか、僕・・・あのまま寝ちゃったんだっけな・・・」 そう呟きながら、ジュンはソファー前のテーブルに置かれていた自分のメガネを顔にかけた。 「・・・姉ちゃんも真紅達も、部屋で寝ればいいのに」 少し苦笑しながらも、自分の身体にかけられていた布団に 改めて姉の愛情を感じつつ、一先ず洗面所に向かった。 顔を洗って歯を磨き終え、さっぱりとした面持ちでジュンがリビングに入ると、 丁度真紅と翠星石のトランクが開く所だった。 「・・・おはよう、真紅・・・翠星石」 「・・・おはよう、ジュン」 「・・・ふわぁぁ〜〜ぁふ・・・おぁよぅですぅ・・・」 いつも通りの真紅と、まだ少し眠そうな表情の翠星石がジュンの挨拶に答える。 起き立ちなのに相変わらずしっかりした目覚めの真紅と、 自分のあくびを手で隠し、少し恥ずかしそうにする翠星石が、ジュンに同時に話しかけた。 「ゆうべは良く眠れたかしら?」 「ゆうべは良く眠れたですか?」 そのあまりに綺麗なハーモニー(?)に 「ぷっ!・・・うん。 ありがとう昨日は。・・・お前達のお陰で、良く眠れたよ」 ジュンは少し吹きだしつつも、素直に感謝の言葉で返した。 「・・・そう。 よかったわね、ジュン」 「しゃーねぇ〜です、そう素直に言われちゃ今吹きだした事、許してやらない訳にはいかないですね♪」 そう言いながら二人の薔薇乙女は、まだ眠りの舟に心地よく乗せられている のりの優しげな寝顔に顔を向け、またすぐにジュンの方を見るのだった。 ジュンも二人が何を言いたいのかすぐに理解し、彼女達が納得したいだろう答えを送った。 「判ってるよ。柏葉や、みつさんに金糸雀、それに・・・お姉ちゃん・・・みんな僕の為に・・・僕なんかの為に祝ってくれたんだから」 「・・・・・・」 「・・・ ・・・」 「ありがとう・・・お姉ちゃん」 「・・・よく 言えたわ。 ジュン」 「・・・えらいです・・・ジュン」 眠っているとは言え、今まで言わなかった事を、言えなかった事を、 この少年は素直に心の言葉を真実の言葉として、今 自分達の前で改めて姉に伝えたのだ。 本当に・・・素直で優しい心を取り戻して成長したものだと、 二人の薔薇乙女は優しい微笑みを見せ、感謝の瞳で姉を見つめるジュンにそう言葉するのだった。 そしてそのジュンが自分達の方に向き、感謝の瞳と優しい微笑みを浮かべてこう言ってきた。 「・・・本当にありがとう・・・真紅 翠星石。君達の気持ち、僕は凄く嬉しかったよ」 「ぇあ っ・・・ ・・・」 「わっ ゎわたした ちはその・・・」 不意打ち。 まさに不意打ちだった。 彼女達の心に打ち込まれた、ミーディアムの、ジュンの『 想い 』と言う愛情。 愛情の眼差しで自分達をまっすぐ見つめ解き放ったその言葉に、 二人の薔薇乙女は顔を赤くして口ごもるしかなかった。 「 っ・・・そ、そうです!・・・とと・・・せっかく早起きしたんですから、さ、三人で朝日でも浴びるです!」 「そ・・・そうね、そうだわそれがいいのだわ!」 「なんだよそれ」 出会った頃のあの時ならともかく、ジュンとの絆と、内面で彼を想う愛情が深まっている今、 真紅と翠星石は照れを隠す為、大きくなりかけた声をおさえつつ、 のりを起こさない様にそっとカーテンとガラス戸を開けてジュンを誘うのだった。 『 お ば か 』 そして爽やかな朝の光の代わりに三人の目に飛び込んできたのは・・・ やや大きめな白い紙に でん! と大きく書かれた「おばか」の文字。 翠星石(と、のり)自慢の小さなガーデニングの真ん中に、 夏に出してしまい忘れていた蔦を絡ませさせる為の棒が ズン と突き刺さっており、 それにその お ば か の文字が書かれた紙は貼り付けられていた。 朝露に濡れる事も無く、随分な自己主張で笑うように緩やかに ヒラリ ヒラリ と、それは揺れている。 「むっ・・・か つ くですぅうーーーーーーーーーー!! あのカラスおんムガ!?」 「しっ!のりが起きてしまうのだわ」 「なんだ・・・あれ・・・?」 昨夜に訪れた水銀燈の仕業だと、ジュン以外は当然判っている訳で 真紅に口をふさがれた翠星石は、モガモガ言いながらも真紅の手を外して 「ぷはっ・・・ハ〜くるし・・・とにかく、あんなもん破いてやるです!ビリッビリにです!」 「もぅ・・・気にしてどうするの一々」 「え? なに?何だよ一体?」 タスッ、と庭に降りてその紙にズンズンと向かっていった。 真紅は半ば諦め気味でそれを見ていた。ジュンは何だか判らないままである。 「生意気に! 私より字が上手いからって厚手の紙なんか使うなです!」 翠星石がその紙に手をかけて引き破ろうとしたその時、 「!? ちょっと、ちょっとお待ちなさい翠星石! 破くのは待つのだわ!」 朝日がその紙を照らし、裏側に何かが描かれているのをうっすらと、本当にうっすらと映し出した。 それを見た真紅は急いで翠星石に待ったをかけて、自分もその紙の場所に向かっていった。 「もぅ、なんですか真紅、別に破いたところで水銀燈が紙から出て来る訳でも無いですのに」 「・・・見て御覧なさい、ほら・・・」 「あ!・・・これ・・・」 「・・・あの子・・・ ・・・相変わらず、素直じゃないのだわ・・・」 「何だよ二人だけで・・・ あ!・・・」 真紅がめくった紙の裏。 そこに描かれていたものは・・・似顔絵だった。 昨日ジュンが会いに行った柿崎めぐと水銀燈、二人の似顔絵。 二人のドールの側に来たジュンも、その絵を見て思わず黙り込んでしまう。 どうやらそれは、お互いがお互いを描いているらしかった。 「・・・もう・・・見られないかと思っていたわ・・・あの子のこんな顔・・・」 水銀燈の顔は笑っていた。 めぐの描いた水銀燈は凄く上手と言う訳ではなかったが・・・ しかし、かつて真紅が水銀燈と共に暮らした時に見せてくれた・・・ まさにあの時を思い出させてくれる・・・水銀燈の笑顔の象形画だった。 はたして水銀燈がめぐの前でこの表情をしたのか・・・それは真紅には分からない。 もしかしたら・・・めぐの心に写った水銀燈の本当の心を、写し描いただけなのかもしれない。 例えそうでないとしても・・・ 真紅には、めぐが水銀燈と確かに心を通わせる事が出来るミーディアムだと・・・ そう確信させられるだけの、光り輝いている笑顔だった。 「・・・ ・・・そういう顔が出来る時が・・・水銀燈にあったんですか・・・知らなかったです・・・」 「解る気が・・・するよ。 柿崎さんとならきっと・・・水銀燈もこういう顔をするんだって」 ジュンには めぐがどうして水銀燈を笑顔で描けたかが、解る気がしていた。 昨日の二人が自分に見せた外面以上に、お互いを深く信頼出来る仲になっているんだろう、と。 「それに引きかえ・・・水銀燈は相変わらずです・・・(クスッ)」 「・・・でも、あの子らしいわ・・・(クスッ)」 「そうだな・・・(クスッ)」 もう一つ・・・その水銀燈の似顔絵の隣には、水銀燈より小さなめぐの似顔絵が描かれている。 ただしこちらは ブスゥ〜ッ としたやぶ睨みの・・・ 言ってみれば昨日ジュンに見せた、水銀燈自身の様な顔だった。 その下には・・・ “私はこんな顔じゃありませんよぉ〜だ♥” と、めぐ自身の・・・いかにも今風の少女らしい字で注釈が書かれていて、それが三人には何故か微笑ましかった。 そして隅の方に、 また来てねジュン君♥ と、めぐのメッセージが小さく書かれていた。 翠星石がそれを見て、ジュンの方に問いかける。 「・・・で?・・・また行くですか?」 「ふふっ・・・いいじゃないの、行ってあげれば・・・また会ってあげればいいのだわ、ジュン」 「うん・・・そうだね・・・お前達が行ってもいいって言ってくれるなら・・・また会ってみたいよ・・・」 「ただし・・・です」 「今度は・・・」 「その女の胸なんか」 「触ったりしちゃ」 「「 だめなのだわ です 」」 にやっと笑いながら自分を見上げてそういう二人に苦笑しながら、ジュンは「判った、判ってるよ!」と言うのだった。 そしてそこに、 「どいてどいてかしらぁ〜〜ーーーー!!」 と甲高い少女の声が轟き、ジュンの顔に凄い勢いで “ゴン!” とぶつかってきた。 「いっ・・・たたた・・・」 「〜〜〜〜・・・ってぇ〜〜〜・・・ ・・・おっ・・・お前なーーーーー!!」 ご存知 ローゼンメイデン第二女の金糸雀が、朝も早くからジュンの顔めがけて日傘と共にダイビングである。 「ぉ、おはようかしら!! ごっ、ごきげんはいかがぁ?・・・か し ら・・・」 「ご機嫌も上機嫌もあるかっ! こんな朝早くから何僕の顔めがけて突っ込んでくるんだよっ!!」 「ちょっ、ちょっとした風向きのイタ、イタズラよ!? 気にしちゃダメかしら ジュン?♥(エヘ)」 「するわっ!! 大体昨日の今日でも来るのが早過ぎだっての!」 「ちょっ、ちょっと・・・そ、その手付きは何かしら・・・」 「ふっふっふ・・・覚悟しろ金糸雀・・・もう許さないからな!捕まえてくすぐりまくってやるーー!!」 「きゃーー♪ やめてかしらやめてかしらぁあーーー〜〜〜♥」 指をワキワキしながらわざとらしく金糸雀を追いかけるジュンと、 自分のちょっかいに乗ってくれて、相手にしてくれる事が嬉しい金糸雀がワザとらしく逃げる様を見ながら、 二人の薔薇乙女がそれを見守っている。 争うだけがアリスになる道ではない。 それを導き答えを出すのは 決して自分の力だけではない。 汚れのない薔薇乙女が 穢れすら知らない、一点の曇りすらないアリスへと孵化出来るのは 本当は一人だけである必要すら、ないのかもしれない。 この身体がやがて朽ち果て、器と言う枷から解き放たれ 永劫と思える刻(とき)の螺旋から解き放たれ 自分達の存在が魂と言う光に変わり、穢れを祓われるその時こそ 最も絆の深いミーディアムの魂と共に・・・アリスへと・・・ 人間へと転生できる・・・ それが今、導き出せるアリスの姿であり、容(かたち)なのかも知れない。 真紅は水銀燈とめぐの似顔絵を見て、金糸雀とじゃれあうジュンの姿を見て、そう思うのだった。 そして翠星石の方に顔を向け、こう言った。 「翠星石・・・貴女はお父様の声を・・・あの時・・・聞いたかしら・・・?」 「アリスゲームが終わった・・・あの時ですか・・・ もちろん・・・聞こえたですよ・・・」 「そう・・・ならいいわ(クスッ…)」 「まったく・・・真紅はおかしなやつです(クスクス…)」 二人は顔を見合わせ微笑み、相変わらず追いかけっこで親睦を深めあっているミーディアムと姉妹に声をかける。 「はいはい!お前らそろそろ終わりにするですー! カナカナはこんなとっぱちから来たのですから、朝食作るの手伝えです♪」 「のぇええぇ〜〜ーーー?!」 「たまには のりに楽をさせてあげなさい、ジュン」 「ぼっ、僕もかよ?!」 「安心なさい、私も手伝ってあげるのだわ」 「いやっ! そ、それは・・・ だっ大丈夫だよ真紅、翠星石と金糸雀と一緒に頑張るから、君には僕の淹れた紅茶を飲んでいて欲しい!」 「そそっ!そーですそ〜ですぅ!真紅は紅茶を飲んでのりの寝顔でも見てるデスっ!」 「それがいいかしらそれがいいかしらっ!!」 「そ・・・そう? それなら遠慮なくそうさせて貰うわ・・・??」 パタパタと、しかしのりを起こさないように静かに家の中に入る三人の後に続く、 真紅の小さくすべやかな両手には・・・水銀燈が残していった置き土産が柔らかく握られている。 争うだけがアリスになる道ではない。 それを導き答えを出すのは 決して自分の力だけではない。 ( また貴女の淹れてくれた紅茶を頂きながら…共に楽しい話ができる時が来るのを…私は信じているわ…水銀燈 ) 自分の手に握られた水銀燈の笑顔にそう心で問い掛けながら、 愛する姉妹達の今の幸せを願いながら、 「ジュン・・・早速だけど・・・貴方の紅茶が飲みたいのだわ・・・(ニコッ)」 翠星石と自身のミーディアムである、ジュンとの更なる深い絆を求めるようにそう言い、 二人が想いを寄せるミーディアム・・・ジュンは・・・ 翠星石と金糸雀・・・そして真紅に優しい瞳を向けて、それに答えるのだった。 「ああ・・・待ってろ・・・お前達に・・・真紅の為に、とびきり美味い紅茶を淹れるからな♪」 【 おわり 】 ――――――――――――――――――――――――― これにて終劇です。 今まで贔屓下さった方々、レス下さった方々、大変感謝しています。 スレ目一杯使ってごめんなさいでした。 でわ、また機会があれば。