それは桜田ジュンが復学を目指す為に、
市の図書館で勉強をした帰り道から始まった。
夕暮れも過ぎ、街燈と月の明かりが辺りを灯し始めた夜。
コンビニの前を通りかかろうとした時、
見知った学校の生徒がたむろしているのに気付いたジュンは
(・・・やだな・・・向こうの道から帰るか・・・)
と、普段殆ど通らない道へと方向を変えた。
(はぁ・・・とっとと帰りゃよかった・・・2人くらいならともかく、あんな大勢居たんじゃ通れないっての)
ある程度出歩けるようになったとは言え、精神的に負った傷はまだまだ癒えていないジュン。
少しブルーな気持ちになりながらとぼとぼ歩いていると、目の前にヒラヒラと何かが落ちてきた。
なんだろうと思ってそれを手にするジュン。
「黒い羽根? カラス? カラスって夜目が効いたっけ?・・・」
そう独り言を言いながら月の夜空を見上げるジュンの目に映ったのは、
羽らしいものが生えた人の形をした影だった。
「あ!あれ!ゃば・・・」
でかかった声を反射的に殺して電柱の陰に隠れるジュン。
どうやらあれは彼が見知った、ローゼンメイデン第一ドールの水銀燈らしい。
水銀燈の方は彼に気付く様子もなく、ゆっくりと夜空を飛行している。
比較的低空を飛びつつどこかに向かっているようだ。
(どこにいくんだ、あいつ・・・)
アリスゲームも一先ず終わり、蒼星石と雛苺が眠りにつき、その二人のローザミスティカも行方が知れない今、
残った姉妹達と無理に争う理由もないだろうとは言え、いつまた真紅達を狙うかもしれない水銀燈。
その彼女の動向が気にかかるジュンは、つけられるだけの後をつけてみることにした。
偶然なのかそれとも必然なのか、見失うこともなく、道をさえぎられることもなく、ジュンは水銀燈の後を追えていた。
やがて水銀燈はある建物にたどり着くと、その数階上の開いた窓枠に降り立っていく。
「ハァ… ハァ… ここ、病院じゃないか。 有栖川・・・大学病院・・・! もしかして水銀燈の・・・」
以前、ジュンは水銀燈のローザミスティカを一度受け入れた真紅から、
彼女のミーディアムの存在を聞いた事があった。
(水銀燈にも、叶えたい思いと・・・守りたい者が・・・いたのだわ)
あの水銀燈がなぁ〜、と信じがたい思いと、あいつにも優しさはあるんだなという思いで、
しばらく病院の窓辺を街路の木陰から見ていたジュンだった。
そろそろ帰るかと思い始めた時、ジュンは水銀燈の様子がおかしいのに気付いた。
今まで窓枠に腰掛けて何かに聞き入るようにしていた彼女が、突然病室に入っていったからだ。
「?・・・なんだ?何かあったのか・・・?」
そう思った矢先、水銀燈が翼を広げ窓枠から飛び立ったかと思うと、
暗かった病室に明かりが灯り、やおら慌しさと緊張感のようなものが沸き立ってきた。
その直後、看護士の手で窓が締められカーテンが引かれる。
(あの子のミーディアムは、重い病気にかかっているらしいのよ)
「まさか!?」
ジュンにも緊張が走ると同時に、飛び去ろうとしてた水銀燈と目があった。
「水銀燈!!」
彼は思わず声に出して水銀燈の名を叫んでいた。
自分の名を呼ばれた水銀燈は反射的に反応し、声のする場所を探した。
「!・・・ ・・・」
ジュンの姿を確認した水銀燈はどうやら驚いている様子だったが、
彼にはその表情は確認出来ないでいた。
「何があったんだ!」
自分でも信じられない行動をとっていると思いながらも、ジュンは聞かずにはいられなかった。
しかし水銀燈はそれに答えようとせず、ジュンを見下ろしたまま
「あなたには関係ないでしょ・・・さっさとお馬鹿な真紅の所に帰るのねぇ」
そう言い放ちどこかに飛び去っていった。
「 ・・・・・・ 」
・
・
・
「それで・・・ノコノコ帰ってきやがったですか、おまえわ」
ここは桜田家。
食事をしながらそう毒々しく言い放ったのは、ローゼンメイデン第三ドールの翠星石だった。
「じゃあどうしろって言うんだよおまえわっ!」
「ジャンプして水銀燈をとッ捕まえて、あのカラスみたいな羽根をむしりとってやるくらいの根性見せてみるですよ!」
「十数メートルもジャンプできる人間なんているかっっ!!」
二人の痴話げんかのような会話の後に、姉のりとローゼンメイデン第五ドールの真紅の会話が入る。
「でも気がかりねぇ、その水銀燈ちゃんのミーディアムさん・・・」
「命に別状はないでしょうけれど、いい気持ちはしないわね」
「・・・うん、水銀燈の事情を知ったから 尚更、ちょっとな・・・」
「・・・ふぅ〜〜〜ん デス」
「まぁ・・・」
「ジュン・・・」
「!! な、何だよみんなして僕の方見て?!何か変なこと言ったか?!」
「言ったデス」
「ジュン君、やっぱり優しいのねぇ」
「いい子ね、ジュン」
顔を赤くしたジュンに各々(おのおの)が意見を言う。
確かに以前のジュンなら絶対にそんな事を言わなかっただろう。
彼の人間的成長に、のりと真紅は素直に喜び、翠星石はやきもちっぽくふてくされた。
「だったらお見舞いに行けばいいんじゃないのかしら〜?」
そう言い放ったのは、
いつの間にかお邪魔していたローゼンメイデン第二ドール、金糸雀だった。
「何勝手に上がり込んで盗み聞きしてるですか、このカナ文!」
「あら?カナちゃん?」
「ディナー中への入室は失礼と言うものよ、金糸雀」
「だーーーーれがカナ文かしらぁあーー!
大体、さっきからインターホンで呼んでるのに誰も出てきてくれないし、
先にピチカートに言伝頼んだら はたき落とされたって泣きながら帰ってきたし、
しょうがないからこっそり進入してみれば、信じられないほどうまくいったのかしら〜♪」
「だから何しに来たんだよおまえわ・・・」
「あれ、ピーちゃんだったのねぇ・・・お姉ちゃんてっきり光る変な虫だと思ってつい・・・」
桜田姉弟のきつい一言に 「うぅ〜〜・・・」
と涙しながらも、金糸雀が差し出したのは、比較的大きな菓子包みだった。
普段色々と金糸雀が厄介かけてるだろうからと、彼女のマスター、草笛みつが持たせた手土産と言う訳らしい。
「せっかくみっちゃんとカナが作ったお菓子持ってきたのに・・・」
「ああああ!ご、ごめんなさいカナちゃん!さ、さぁみんなありがた〜く頂きましょ、ね、ね??」
半べそをかいた金糸雀に焦ったのりであった。
真紅が当然の様にジュンに紅茶の用意をさせ、
ムスりながらも用意をしたジュンの紅茶で全員が食後のティータイムとしゃれ込んだ。
金糸雀の持ってきた手作りクッキーはそれはそれは美味しく、
お菓子作りに一日の長がある筈の翠星石をも脅かす出来栄えであった。
「美味しいかしら、ジュン?」
「あ、ああ、(モグモグ)ん、美味しいよ・・・ほんとにこれお前が?」
「えっへっへ〜〜♥ みっちゃんのと区別付かないでしょ〜♪」
「同じ材料で作れば(ムグムグ)・・・同じ出来になるのは 当 た り 前 (ゴク ゴク) 偉そうに言うなデス」
「あら、そうかしら?(フキフキ)・・・金糸雀・・・今度、私にもその・・・お、おしえ・・・」
「お姉ちゃんも、みつさんに教わろうかしら・・・それはそうとカナちゃん、さっき言っていたお見舞いって?」
待ってましたとばかりに金糸雀の瞳がキランと光り、
ビッ! とジュンを指差してこう言い放つのだった。
「これはマスターであるジュンのお仕事よ!
明日カナと翠星石、みんなでお菓子を作ってあげるから、水銀燈のマスターに会いに行ってくるのかしら!」
「は? 何で僕 ガブッ?!」
両脇に座っていた、翠星石と真紅のカミソリフックを顔面に喰らって轟沈するジュン。
それはいい考えね♪ と祈るように両手を胸の前で組み、目を輝かせるのり。
ちっ!しゃーねーですぅ と舌打ちしながら頭をポリポリかく翠星石。
水銀燈にこの真紅の味を覚えさせるのだわ と不敵に微笑む真紅。
と、各々(おのおの)の思惑を言葉に馳せながら、
金糸雀の意見に同意する女性陣。
「それじゃあ明日、みんなでお菓子作りをして」
「それをジュンに持たせてですね」
「水銀燈のミーディアムに引き合わせてあげるのかしら〜」
「そういう訳だから・・・ちょっと聞いてるの、ジュン」
消え行く意識の中、何を勝手な事を言うんだと思いつつ
どこかで見たうさぎ耳のタキシード仮面っぽい何かが見えた気がしたジュンであった。
翌日。
休日と言うこともあり、朝早くから女性達の声がキッチンに響き渡る。
慣れた手付きで卵を割り小麦粉と混ぜ合わせる翠星石。
あーでなしこーでなしと材料をこねる真紅。
オーブンの取っ手を開き、にこやかな顔で焼きあがったスポンジを確かめるのり。
その横で果物を煮詰めジャムを作る金糸雀。
それをリビングからなんとも言えない顔で見ているジュン。
「なぁ・・・いくら何でも多いだろ・・・その量と種類。
それに持っていったって、もし食事制限されてる病気だったら無駄じゃないか。
まだ花とかの方が良くないか・・・?」
キッ!!!!
「・・・何でもないです・・・はい」
女性陣のひと睨みにすくむジュンであった。
男子厨房に入るべからずといった雰囲気なので手伝うことも出来ないジュンは、
さっきから腰をフリフリジャムを作る金糸雀を見つめていた。
(翠星石はともかく・・・金糸雀がお菓子作るの得意だなんてなぁ・・・)
人差し指で出来上がったジャムをすくってぺろりと味見をし、
うんっ♪と頷き満面の笑顔で、スライスされたケーキのスポンジにのりと一緒に塗っていく金糸雀。
ひよこ柄の小さなエプロンが妙に似合っているのと、本当に嬉しそうな笑顔。
純粋に可愛いと思えてつい、
「なぁ・・・金糸雀って・・・彼氏とかいないの?・・・・」
「ふぇ? うぇえ!?」
何気につぶやいたジュンだが、はっ!?と我に帰るも間に合わず、
物凄い勢いでボウルと計量カップが飛んできて彼の頭と顔面にクリティカルヒットをかます。
「おまえわ何を言ってやがるですかーーー! この翠星石の前でよくそんなタワケかませるですねぇえええええーーーー!!」
「まったく・・・私達の設定を忘れたとは言わせないわよ、ジュン!! 金糸雀にそんな存在いるはず無いじゃないの!!」
「ジュン君ったら、カナちゃんがいくら可愛いからって、そんな交際申し込みみたいな質問しちゃメッメよっ!」
「ぐ、ご・・・ごめん、なに言ってるんだ僕・・・ゴメン金糸雀、僕どうかしてたから・・・その、えっと・・・」
「え、あ、あの・・・い、いいの、そんなあの、き、気にしないから謝らないで・・・かしら・・・」
ダメージを受けつつも顔を赤くしながら謝るジュンと、
ジュン以上に顔を赤くしてモジモジとモゴる金糸雀。
そして響き渡る翠星石と真紅の怒号。
「えぇえええーーーーーーーーーーい うぅっとぉおおしぃいいいいぃい〜〜ーーーーー!!」
「いい加減さっさとこっちに来て手伝うのだわ金糸雀ーーーーーー!!!」
・
・
・
そうこうしつつ、女性達は出来上がった大量のお菓子から手ごろな品を数点
包装紙でラッピングし、別に用意していたらしい花束と一緒にジュンに手渡した。
「花束用意してたんだ・・・でもどっから出してきたんだよこれ?」
「それ、カナちゃんと翠星石ちゃんが用意してくれたのよ、ジュン君」
「庭で育ててる花達ですよ。水銀燈の事を許した訳じゃないですけど、まぁ情けみたいなもんですー」
「カナは、みっちゃんと育ててた花を持ってきたの。水銀燈は苦手だけど、ミーディアムに罪は無いかしら〜」
「私はお菓子以外に何も用意できないけれど・・・それで十分伝わるのだわ」
「そっか・・・じゃあ行って来るよ・・・」
なんだかんだ言って
みんな水銀燈の事を思っているんだなと考えながら、
ジュンは家の玄関を開け、有栖川病院に出かけて行った。
有栖川大学病院前。
休日を楽しむ学校の生徒に、いつ出くわすか判らない危険を避けながら
どうにかジュンは病院前までたどり着いていた。
念のために被ってきた帽子を目深に被りなおして、ジュンは正面玄関の大きな自動ドアをくぐった。
昨日の夜、何階にそのミーディアムの病室があるのか把握できていたとは言え、
実際、顔も名字すらも知らない相手に会おうと言うのだから、
ジュンは自分でもどうかしていると感じて仕方なかった。
しかし不思議と逃げ帰ろうとかの気持ちは湧いて来ず、
むしろ会って見たいという気持ちが、逃げるといった気持ちを掻き消してしまっていた。
それでも大勢が利用するエレベーターに乗るのはやはり気が進まないらしく、
ジュンは階段を使って目的の階を目指していた。
階段を上りながら、彼は真紅から手渡された何かが描かれている紙を、
眉をひそめつつしげしげと見つめている。
(それにしたって真紅のヤツ・・・めぐって名前だけで判るかよ・・・)
(それにこんな・・・どっかの呪いのビデオ画面から這い出てきそうな女の子・・・)
(ほんとにこんな顔してたら・・・いや、真紅はあのくんくんすらまともに描けないんだから・・・)
そこにはサイコスリラーやホラー映画に出てきそうな・・・
幼児が描く『 こわいおんなのひとのオバケ 』としか表現できない絵と『 めぐ 』という
ちょっとヨタヨタしているひらがなが描かれていた。
真紅が水銀燈のローザミスティカから感じたのは、めぐという名前の
肌が白く、長い黒髪の、少し儚さ(はかなさ)を漂わせる、整った顔立ちの少女だったらしい。
「それがなんで・・・こんな風になるんだ・・・」
少しウンザリした気分になるジュンだった。
やがてジュンは目的の階まで到着すると、弾んだ息を整えた。
「ハァ ハァ… はぁ〜 ・・・ほんと運動不足だよなぁ・・・」
真紅の謎の才能(?)に翻弄されても仕方が無いので
看護師の詰め所で、めぐという女の子が入院していないか尋ねたジュン。
普段誰も面会や見舞いに来ないのか、看護師の一人は怪訝そうな顔をしたが、
ジュンの持つ花束とお見舞いの品、遠縁の知り合いと言う、
ウソと本当の間のような微妙な面会理由に何となく納得したのか、
「ああ、それなら柿崎めぐちゃんの事ね。そこをまっすぐ行った316号室がそうですよ。
名札がかかってるからすぐ判ると思うわ」
と、意外とあっさりと教えてもらえた。
実際はこんな簡単に他人が面会出来る筈もないだろうが、
ジュンにはありがたい事であった。
「面会謝絶になる時もあるので、あまり無理はさせないで下さいね」
「あ、は、はい・・・」
看護師の言葉に少し躊躇心が芽生えたジュンであった。
「佐原さん?まだ検温の時間には早いんじゃないの?」
それが、ジュンが柿崎めぐの病室のドアをノックして帰ってきた答えだった。
「あ、えっと・・・その・・・」
「・・・誰?・・・」
ドアの向こうからは、警戒心がこもる声がジュンを誰だと問いかけてくる。
聞き覚えのない少年の声がドアの外から聞こえてくれば、警戒した答えが返ってくるのは当然だった。
ジュンは意を決して答えた。
「そ、その・・・僕・・・桜田ジュンって言います・・・」
「・・・・・・」
返答はない。
このままだと何をしに来たの分からない。
ジュンは思い切って昨日の事を話そうと、水銀燈の名を出してみた。
「き、昨日の夜・・・す、・・・水銀燈を見かけて・・・それで・・・あの・・・」
「・・・入って・・・」
嫌な汗が出たものの、第一関門がクリア出来たジュンは
柿崎めぐの承諾を得て入室した。
「しつ、失礼・・・します」
帽子を脱いで伏目がちに入室したジュンだったが、そのままと言う訳にもいかない。
彼は恐る恐る顔を上げて病室の奥を見ようとして、
まっすぐ自分を見つめる、線の細い、華奢な美しい少女の瞳と視線がぶつかっていた。
「! ああ あの、は、初め・・・初めまして・・・ぼ、僕・・・」
「・・・桜田 ジュン・・・君 でしょ。さっき言ってくれたわよね」
水銀燈の角(かど)を取って、穏便な表情をさせるとこういう顔になるのかも知れない。
柿崎めぐは、水銀燈の印象を柔和にして黒髪にさせた様な、
ともすれば消えてしまいそうな雰囲気を漂わせた・・・
端整な顔立ちの、ジュンより少し年上の美少女だった。
当たり前だが真紅の描いた顔とは似ても似つかない。
「と・・・突然・・・ごめんなさい・・・その・・・僕・・・」
「ミーディアム・・・なのよね、君も」
「は、はい!」
「まさか、会いに来てくれるなんて思わなかったわ」
めぐの瞳が、まっすぐジュンの瞳を見つめてくる。
のりや幼なじみの柏葉巴、ドールズといった、今までの女性とは雰囲気が明らかに違う。
まるで飲み込まれてしまいそうな雰囲気に、ジュンは
「こ、これっ!!」
「 え? 」
顔を赤くして、持参した花束をめぐの方に掲げた。
はたしてその行動が可笑しかったのか、やや驚いていためぐはケタケタと笑い出した。
「 え? 」
今度はジュンが驚く番である。
「いきなり何、それ?」
「え、あ、あの・・・」
バカにされている? そう思ったジュンの心が曇りだす。
(やっぱりこんな事になるんだ・・・来るんじゃなかった・・・)
(水銀燈のミーディアムなんて・・・水銀燈と同じじゃないか・・・)
「ご、ごめんなさい(クスクス) 告白されたのかと思っちゃってぇ〜ウフフフ♪」
「 へ? え? 」
「初めまして、桜田ジュン君。 私は柿崎めぐ、よろしくね♪」
そう言って柿崎めぐは、嬉しそうな微笑みをジュンに見せていた。
「そう・・・見られちゃったんだ、昨日のあれ・・・」
ベッドに上体を起こし、ガウンを羽織っためぐがそう答えた。
ジュンはパイプ椅子を借りてめぐのベッドの側に座り、昨夜の事を話していたが、
何で人の心配なんてしているんだろうと、自分の変化に驚いていた。
「うん・・・大丈夫なんですか・・・その、身体の方・・・」
先に看護師から聞いていた、面会謝絶という言葉が彼の脳裏をよぎる。
そこにめぐから答えが返ってきた。
「・・・死ぬ事って考えた事ある、ジュン君?」
「死ぬ・・・こと・・・」
考えた事はある。何度も何度も。
こんな世界から居なくなりたいと。自分を知らない者達だけの世界へ行きたいと。
だけどそれは、所詮甘えから来る・・・自分への都合のいい理想の世界。
しかし・・・ズタズタに傷ついた精神が、その精神で動かなければならない肉体が、安らげるだろう世界。
ジュンは素直に答えた。
「ある・・・少し前まで・・・何度も何度も死ねればいいと思ってた・・・」
「でも、君は生きてる。生きて私に会いに来てくれた」
「・・・・・・」
「死ぬのにもね、公平不公平ってあるのよ?(クスクス)」
「? なに・・・それ?」
「死ぬはずなのに死ねなくて、そのくせ生きようとすると、死んだ方がいい位の苦しさを味合わなきゃいけないの」
「・・・昨日みたいな・・・事・・・?」
「私はね、欠陥品なの。だから何度も何度も死にそうになるけど、何度も何度も死ねないのよ」
「・・・・・・」
「ずるいよね、神様って。痛みも苦しさも感じなくて、いつの間にか死んじゃう人も居るのに(クスクス)」
「そんな・・・そんな事言わない方がいいよ・・・」
「そう?私は死にたいって願ってたわ・・・だからほら♪」
「 ぃ ?」
明るい声でめぐがジュンに見せたのは・・・俗に言われるリストカットの・・・あまりにも痛々しい無数の傷。
頭がグラグラして吐き気がしてくる。ジュンにはそれだけ生々しく痛々しい光景であった。
「ぅぷ・・・」
「あははは♪看護師達にナイフ類は取り上げられたから、今は出来なくなっちゃったけれどね。
酷い事言うようだけど・・・ジュン君の死への憧れと自分への開放って、所詮そんなものよ(クスクス)」
ジュンは何も言い返せなかった。
真紅が初めて家に来た時に、自分を狙ってやってきたピエロの人形に襲われた時も、
死にたくないとわめいて真紅と契約を結んだ位の・・・中途半端な人間でしかないのだから。
「中途半端だけど素直よね、君って♪(ウフフ)」
「〜〜〜〜〜・・・」
めぐは、何も言えずにうつむいるジュンの顔を覗き込んで、嬉しそうに微笑んでいる。
からかわれていると解っていても、このめぐという年上の少女に
どういう態度を取っていいのかジュンには判らなかった。
そんなジュンを見て、
「でも私はほら・・・もっと中途半端」
「!?! わわっ !??」
めぐがいきなり彼の手を取り、自分の胸の中央につけさせた。
そしてそのまま自分の手のひらでジュンの手を包み込む。
下着を着けていないらしいパジャマ越しからジュンの手のひらに当たる、暖かくて柔らかい感触。
何がどうしてこうなっているのか判らず、ジュンは顔を真っ赤にしてめぐを見ると、
めぐは動ずる事もなく優しい顔で、ジュンの瞳を見返してきた。
「判る? 私の・・・心臓の音・・・」
そしてめぐは、ジュンの胸の心臓辺りに自分のもう片方の手をあて
「君の心臓のような強さはないの・・・
今の君くらいの鼓動の強さになると、私は昨日みたいになっちゃうの・・・
だから恋も出来ないし、愛なんてもってのほか・・・かな・・・ウフフ
だったらいい加減死なせてくれてもいいと・・・思わない?」
その端整で儚げな美しい笑顔を、彼に近づけてきた。
「良く見ると可愛い顔してるわね・・・ジュン君(クスクス)」
「ぃ いや・・・ ぁ ぁ あの・・・そ の、ああ あの・・・あのぉ・・・」
もうジュンはどうしていいか全く判らず、顔をゆでだこの様にして焦りまくっているだけだった。
めぐの瞳はジュンのメガネ越しの瞳を見つめたまま・・・
涼しげな微笑みを湛えたままで・・・
どんどんと近付いてくる・・・