蛇口から勢い良く跳ねる水。 狭い室内に水の音が木霊する。 
立ち上る靄が、柔らかな熱気を教える。 

私はシャワーが好きだった。 なぜかは自分でも分からない。 
湯船に浸かっているより、ずっとずっと心が安らぐのだ。 
はらり。 はらり。 一枚。 また一枚。 自分を隠す鎧を脱ぎ捨てて、裸の私に近付いていく。 

白く薄い布地に指をかけ、足元まで引きおろす。 足首を軽く上げて、下着を足から引き抜いた。 
これで全部。 ぶるっ。 夜気に晒された体が心もとない。 浴室に足を踏み入れて、私はかちりと鍵をかけた。 

レバーを捻って、出水をシャワーに切り替える。 
頭より更に高い位置から雨のように降りかかる水滴が、一日の疲れを洗い落としてくれる。 
髪の毛の隙間が少しずつ湿り気を帯びていく。 
私は目を瞑り、暫しの間、ただ水滴の音に耳を傾けていた。 

「ふぅ……。」 

薄い胸を水滴がつたい落ちていく。 
運動で細く引き締まった体は、白い肌と相まって繊細なガラス細工のようだ。 

ボディソープを原液のまま手に塗りたくり、そのまま首筋に指を這わせる。 
柔らかな肌を指先でこすり、薄くボディソープを引き延ばす。 

うなじから喉元へ。 喉から鎖骨へ。 鎖骨からなだらかに膨らむ胸元へ。 
ゆっくりと指を滑らせていく。 胸の先に指をかけたまま、吐息。 

思春期の少年とはあまりに違う、この体。 時間がこの体つきを変えてしまった。 
それは喜ばしいことなのかもしれない。 それでも、今はなぜかそれが無性に悲しくて。 
湿気と熱気がこもり、湯気に包まれた私の体は、ひどく曖昧なものに思えた。 

「桜田くん……。」 
無意識に口からこぼれ出た、名前。 彼こそ思春期の少年そのものだ。 
っふ。 知らず指先が滑り、また吐息。 最近の私は、なんだか妙に彼を意識している。 それも当然か。 
彼は、酷く私の心を掻き乱す。 私の世界を不完全なものにしてしまう。 

指先を下げ、そのまま腹へとなぞる。 ぁは。 溜息が出た。 
おなかを少し摘んでみる。 ……少し、脂肪がついてしまったかもしれない。 

軽く首を振る。 仕方が無い。 当然の変化なのだ。 年と共に、誰もが変化していく。 
昔はみな等しく子供だったとしても。 いつまでも同じではいられない。 一人一人が自分の居場所を見つけていく。 

……でも。 彼には見つけられなかった。 迷子になってしまった。 
桜田くん。 最後に彼の笑顔を見たのはいつだったろう。 
彼が抱える傷口の深さに思いを馳せる。 私には分からない。 しくりと胸が痛んだ。 

体を折り曲げて、今度は足首から上の方へ、上の方へ、ボディソープを塗り付けていく。 
均整の取れたふくらはぎから、締まった太股へ。 太股からお尻の方へ。 

やがて、私の指が傷口へと到達する。 桜田くんには無い、私だけの傷口。 
私と彼は違う生き物。 分かり合えるはずの生き物。 なのに分かり合えない生き物。 

「んっ……。」 

声が漏れた。 疼く。 傷口が、疼いている。 神経が過敏になっているのかもしれない。 
……いや。 違った。 そうじゃなかった。 過敏になっているのは心だ。 桜田くん。 桜田くん。 桜田くん。 
それでも私はわざと、傷口にシャワーを当て続けた。 刺激に耐えられなくなるまで、ずぅっと。 

シャワールームから出て、タオルを取る。 濡れて額に掛かった髪をかきあげて、鏡と向かい合う。 
短く切りそろえた髪を手で撫で付けて、余計な水分を、ぎゅっ。 ショートヘアはこういう時に楽でいい。 

新しく出した下着に足を通す。 白い布地が、お尻のお肉を引き上げる。 
その間も、鏡の中の私は私を見つめ続けている。 
笑顔を作ってみる。 私は私でいられているだろうか。 この笑顔は私のものなのだろうか。 

ふっ。 ふと鏡の中の私が微笑んだ。 悪い癖が出ていた。 そうだ。 もう私は子供でいるのは止めたのだった。 
一人で思い悩むのはやめよう。 もう迷子だった頃の私ではないから。 
会いに行けばいいのだ。 桜田くんに。 会いたいと思った時に。 精一杯の私で。 

だから私は服を着る。 髪の毛を乾かして、綺麗に櫛を通す。 ぴかぴかの靴を履いて、彼の家の前に立つ。 
インターホンの前で、ちょっとだけ覚悟を決めて。 彼の顔を見つめて。 
私の一番いい笑顔を見せよう。 一番いい声で挨拶しよう。 ほら。 そしたら、きっと分かり合えるから。 

「久し振りだね桜田くん! 担任の梅岡だよ!」 

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