ジュンがヒキコモリを克服し、元通り学校に通う様になった。
そしてその表情も何処か明るい。しかし、対照的に真紅が悲しげな顔をするようになった。
確かに皆で一緒にいる時は気丈に振舞ってはいる。だが、ジュンと二人きりになると
途端に悲しげな顔でジュンの方を見つめるようになった。ジュンが学校に行く時も
玄関まで見送りに来てくれるようにもなったが、やはりその時も心なしか悲しげな顔を
するようになった。無論それに気付かないジュンでは無い。
「何だ?どうしたんだ真紅?」
「何?何かおかしい事でも?」
「お前、何か最近おかしいぞ。何でそんな悲しい顔をするんだ?」
「そんな事無いわ。いつも通りよ。」
ジュンに問い掛けられた真紅は必死に平静を装っていたが、焦っている事は目に見えていた。
「あのな・・・そんな隠したって僕にはお見通しだぞ。付き合い長いからないい加減。」
「・・・。」
真紅は目を閉じてやや微笑んだ。
「全く、口が過ぎる下僕ね。まあ良いわ。正直に答えてあげるのだわ・・・。」
すると今度は途端に悲しげな表情でジュンを見つめだした。
「ジュン・・・明日も外に出かけるの?」
「ハ?」
「ハ?じゃないのだわ。ちゃんと答えなさい。明日も外に出かけるの?」
「そりゃぁ明日も今まで学校に行ってなかった分を取り戻す為に図書館で勉強しなきゃならないからな。」
「じゃあ帰って来るの?」
「そりゃ帰って来るさ。ここは僕の家だぞ。」
真紅の質問にジュンは半ば呆れていたが、真紅の質問はまだ続いた。
「じゃあジュン・・・貴方は私を置いて何処かへ去って行ったりはしないのね?ずっと、一緒にいてくれるのね?」
「今更何言ってるんだ真紅・・・。僕達は家族だろ?お前を置いて何処かに行ってしまうワケ無いじゃないか。
そりゃ確かに毎日学校に行ったりはするけど、きちんと夕方には帰ってきてるだろ?」
「家族・・・。」
「そうだ。そりゃ確かに最初は嫌な奴だと思ったさ。でも、もうお前達は僕達にとって無くては
ならない存在になったんだ。と言うか、何故そんな分かりきった質問をするんだ?」
「そう・・・私の取り越し苦労だったみたいね・・・。」
すると真紅の表情が心なしかほっとした物に変わっていた。
「本当は私・・・怖かったのだわ。ジュンがあのドアから外に出たっきり、
もう二度と帰ってこないんじゃないか?って毎日思ってしまうのだわ。」
「何でそんな事考えるんだ?ちゃんと帰ってきてるじゃないか。」
「そう、ジュンは出かけてもちゃんと帰ってきてる。でも・・・何となくそう思ってしまうのだわ。
ジュンが出かけるたびに・・・。今度こそ本当に二度と帰ってこないんじゃないかと、
ジュンが私から去ってしまうんじゃないかと、そう考えてしまうのよ。
事実、私は貴方にそういう考えを起こさせる程の事をしてきてるから・・・。」
「(自覚してたのか・・・今までのお前の所業・・・)大丈夫だよ。そんな事はしないよ。だから安心しろ。」
ジュンは少し呆れながらも、また悲しげな表情に戻った真紅をあやそうとしていた。
「ジュン・・・私は以前貴方に教えてあげたわね。私が怖いと思っている物。」
「ああ・・・暗いのとか猫とかだろ?」
「そう・・・。でも、本当に一番怖いのは孤独・・・。一人ぼっちが一番怖いのだわ・・・。」
その時の真紅はいっそう悲しげに見えた。真紅の精神年齢は高い。だから悲しい事があっても
雛苺などのように安易に泣き喚いたりはせず、心の底に隠してしまう。だが、それが余計に
悲壮感を増幅させてしまう結果になるのである。そして真紅がジュンを含め、マスターを下僕にして
こき使ったりする行為も、真紅が抱いている孤独に対する恐怖心を覆い隠す為の苦肉の策だったのかもしれない。
「大丈夫だよ。勝手に何処かへ行ったりする様な事は無いから。いい加減泣き止めよ。」
ジュンは真紅を抱え挙げて抱いた。これが何時もなら真紅に勝手に触れるなと言われて叩かれる。
しかし、その時の真紅にはそれが心地よい物に感じた。
「でも真紅、もし僕が本当に帰ってこなかったら・・・どうする?」
「そんな事は許さないのだわ。ジュンは一生涯私の側に仕えるのよ。でも、それでも本当に
帰ってこないと言うのなら・・・、私が迎えに行くわ。そして引っ張ってでも連れて帰るのだわ。
でも、私にそんな労力を使わせては駄目。ちゃんと帰ってきなさい。」
「ハイハイ分かったよ。」
「ハイは一度まででしょ。」
それから、真紅の顔に微笑が戻った。その代わり何時ものようにジュンをあれこれこき使うようになったが、
ジュンは分かっていた。それだけ真紅がジュンを信頼している証拠なのだと・・・
おしまい