「ねぇ、桜田きゅん。」 

噛んだ。 めっちゃ噛んだ。 やってしまった。 クールで売ってるこの私が。 
何よ、きゅん、って。 物凄く頭悪そう。 

違うのよ。 違うって。 桜田くん、って言うつもりだったんだってば。 
ちらりと桜田くんに目線を投げる。 

うっわー、ムカつく顔。 もうすんごいニヤニヤしてる。 
何かを期待してるかのようなソワソワ感を漂わせてるのが、一層ムカつきに拍車をかける。 

「ぷっ。 だっせ。」 

くらぁ! 誰よ今の! 振り返れば、雛苺が顔を背けて明後日の方向を向いている。 
うぬぬ……。 ま、まさか今のは雛苺が。 

いえ。 きっと幻聴ね。 雛苺が私に向かってそんな事言うわけないもの。 取り乱してるんだわ、私……。 
気を取り直して桜田くんに言い訳するべく体を反転する私。 

「マジだっせ。 話になんね。」 
「ぬがぁ!!!」 

タイミングを測ったように背中に罵声。 マッハで振り返ると、天井を見上げながら口笛を吹く雛苺。 
怪しい! 露骨に怪しいわ! 

「そんなに取り乱さなくてもいいよ。 僕なら気にしてないから。」 

気遣わしげな桜田くんの声が背中にかかる。 さ、桜田くん。 そうよね。 今の状況、私一人が動転してるだけだわ。 
笑顔を取り繕って向き直れば、桜田くんは相変わらずのニヤケ面。 イラッ。 

「それにしても驚いたな。 トゥモエたんがこっちサイドの人間だったなんて……。」 
「ぱんち!」 

それ以上言ったらぶん殴るわよ! と言おうと思ったけど、もう既に私の右拳は桜田くんの鼻骨を砕いていた。 
半泣きで転げまわる桜田くん。 だ、だって凄くキモい笑顔だったんだもの……。 
それに桜田くんに同類と思われるなんて、私、耐えられない。 

「ちょっと! 鼻血で床が汚れるじゃないの! ジュンを痛めつけるなら首から下になさい!」 

ご、ごめんなさい。 真紅に叱られてしまった。 もっともな意見だわ。 
めくれた裾から見える桜田くんのおなかに、ちらりと視線を走らせる。 ぶち抜きやすそうなボディね。 

「うぉおお……い、痛い…………けど、それがまた気持ちイイようでもあり……ぐぁあああ……。」 

彼の言動がすべからくキモい。 致命傷を与えたはずなのに、けっこう元気ね……。 

あ、いけない。 この感情は、フォローの達人である私のキャラに合わないわ。 
えーっと、どうしよ。 あ、そうそう。 桜田くんは、いい意味でキモい。 よしっ。 今日も完璧にフォロー完了! 

と言うか、なんでちょっとセリフを噛んだだけでこんな珍奇な事態になるのよ。 
そもそも私、一体何を言おうとしてたんだっけ。 

うーんと……。 うーんと……。 あ。 思い出した。 

「さっき言おうと思った事なんだけど。 桜田くんってメガネ外すと、俳優の中村俊介に似てるよね。」 

「あら、それ本当?」 
「もし本当だったらすっごい大発見なのよー。」 
「見せて見せてですぅー!」 

途端にきゃいきゃいと色めきたつドールたち。 うふふ。 人形とはいえ、やっぱり女の子ね。 
ハンサムな男の人の話題には、やっぱり目が無いみたい。 

「どれどれ……。」 

ぐったりと動かなくなった桜田くんのお顔を拝見。 

半分閉じた瞼から、うつろで焦点の定まらない瞳が覗いている。 
鼻は炎症を起こして赤く大きく腫れ上がり、熟れきったパプリカのよう。 
締りなく開いた口は、パクパク無機的に開閉を繰り返している。 

「あんまり似てないのだわ。」 
「うゅー、残念なの〜。」 
「うーん。 巴は知り合いを芸能人に当てはめるセンスは無いみたいですねぇー。」 

がっくり。 ついさっきまでは似てると思ってたんだけどなぁ。 
誰かに殴られたとかで、短時間で桜田くんの顔が激変でもしたんじゃないかしら。 

肩を落とした私の様子を見兼ねたのか。 真紅が優しい声音でうそぶいた。 

「秋。 恋の季節ね。 でもやっぱり、そうそう旨い話は転がっていないものなのだわ。 
 私たち、こんなに可愛いけど、どうやらもう少しシングルのままのようね。」 

「……ぷっ。 よっく言うですぅー。」 
「じゃあ、それまでは食欲の秋を楽しむとするのよー!」 

くすり。 あはははは。 乙女たちの笑い声が、優しく室内に響く。 
桜田くんの遺骸も笑い声に合わせてピクピク痙攣する。 

そうね。 私たちは女の子。 

いつだって恋の季節なんだわ。 
                             − お ☆ し ☆ ま ☆ い − 

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