昔々、まだ日本が戦国時代だった頃、一人の戦国武将のもとに一つの鞄が送られていた。
「ほぉ。これが南蛮の物入れと申すか?全く変わった形をしておるのぉ。」
その戦国武将は海外の事柄に興味を持ち、当時日本と交易を行っていた南蛮の物品を良く集めていた。
その中にこの鞄が紛れ込まれていてもなんらおかしい事では無かった。
「よし。サル!この物入れを開けてみい。」
武将はサル顔の家臣に命令し、鞄を開けさせる。その中に入っていたのは翠色のドレスに身を包んだ
西洋人形だった。
「人形・・・か。流石南蛮渡来の品だのう。日本の物とは出来が違う。」
武将はその人形を気に入った様子であった。そして色々調べているウチにネジの存在に気付く。
「ほお。これを背中に刺して回せと言う事か。」
するとどうした事か、人形が独りでに動き出したではないか。
「おお動いたぞ。流石は南蛮渡来の品じゃ。日本の物とは出来が違うわ!」
「お前が私のネジを巻きやがったですかぁ?何か変な髪形の変な親父ですぅ?」
「うぉ。口を聞きおったぞ。南蛮渡来の人形はみんなこうなのか!?」
「何を言っているですかこの変な髪形の人間!私はローゼンメイデン第三ドールの翠星石ですぅ。
そんじょそこらの人形とは違うですぅ。全くここは変な所ですぅ。部屋も人間もまったく
変なのばっかですぅ。まあいいですぅ。こら人間、さっさと契約するですぅ。
この翠星石がお前を下僕にしてやってもいいですぅ。」
そう言って、翠星石と名乗る人形が武将に手を差し出そうとした時だった。それ以上の速さで
武将が腰に差していた刀を抜き、翠星石の首元に当てたのである。それには翠星石も真っ青になった。
「い・・・。」
「うぬが我の下僕となるのじゃ。口答えは許さぬ。」
「は・・・はいぃぃ・・・ですぅ・・・。」
翠星石は素直にこう答えるしか無かった。彼女は元来他人の命令にあっさりと従うような
性格では無いのだが、今目の前にいる武将にだけは従わなければならないと言う雰囲気を放っていたのだ。
「それにしても口を聞く南蛮渡来の人形か。面白い奴よ。貴様、翠星石と言ったな?」
「は・・・はいぃ・・・ですぅ・・・。」
武将は恐ろしい雰囲気を放ちながらニヤリと微笑んだ。その時の顔は翠星石にとって
鬼や悪魔の類の様にさえ感じられた。
「我の名は織田信長。第六天魔王、織田信長じゃ。」
「は・・・はいぃ・・・ですぅ・・・。」
下僕にされてしまう所か逆に下僕にされてしまった翠星石、しかし、相手が相手だけに
翠星石は全く逆らう事が出来なかった。
「サルよ。この事は農には秘密にするのじゃぞ。」
それからしばらくの時が流れ、織田信長の率いる軍は延暦寺や本願寺を
中心とした一揆衆と戦っていた。そこで織田軍は思わぬ苦戦を強いられる事になる。
一揆衆側に恐ろしい秘密兵器の存在があったからだ。
「うわぁぁ!仏像が動いたぁ!!」
一人の足軽が叫んだ。呼んで字のごとく、仏像が動いていたのだ。
「ハッハッハ!御仏を恐れぬ輩に天誅を下してくれるわ!」
何という事か、仏の力は仏像を動かす事さえ可能にしていたのだ。そして仏像の前に
織田軍の士気は低下していた。ただ動くだけではない。様々な摩訶不思議な力で
鉄砲等、当時の近代装備を持つ織田軍を翻弄していたのである。
「一揆衆に動く仏像が出現!前線は大混乱であります!」
「ほぉ。動く仏像とな。面白い事をする。」
最悪の状況でありながら信長は笑っていた。そして信長の手にはあの例の鞄が握られていた。
「目には目を、人形には人形じゃ。さあ翠星石よ。あの仏像を倒して来い!」
「無理無理無理無理ですぅ!と言うかあれ何で動いてるんですぅ!?」
いきなりの無理難題に翠星石は狼狽しながら首を高速で左右に振る。
だが、そんな翠星石の首元に信長の刀が当てられた。
「我の命令が聞けぬと申すか?第一得体の知れなさはお前も同じであろう?」
「い・・・行ってきます・・・ですぅ・・・。」
翠星石は鞄を片手に泣く泣く前線に出るしかなかった。
そして最前線で仏像と向かい合う翠星石の姿があった。
「ほお。アレが噂に聞く南蛮渡来の人形と言う奴かのう。だが、それで御仏に対抗しようとは片腹痛い!」
遥か後方では何十人と言う僧のお経が響き渡る。彼等の力が仏像を動かしていた。
ローザミスティカによって稼動するローゼンメイデンとは全く異なる存在である。
そして仏像が剣を持ち、翠星石目掛けて振り下ろす。だが、翠星石も庭師の如雨露でそれを
受け止めていた。
「ひぃぃ〜怖いですぅ〜重いですぅ〜。」
「如雨露で剣撃を受け止めるとは何と非常識な。これだから南蛮渡来と言う奴は。」
遥か後方で仏像を操作する高僧は思わずグチをたれていた。
「怖いですぅ〜死ぬぅ〜ですぅ〜誰か助けろ〜です〜!信長の馬鹿野郎〜ですぅ〜!」
「この!ちょこまかと・・・これだから南蛮渡来は・・・。」
泣きながら逃げる翠星石と仏像の追いかけっこが始まった。仏像はひたすら翠星石を追い駆ける。
そして翠星石は必死に逃げる事しかしなかった。だが、それで十分だった。
翠星石が仏像の目を反らしているウチに本隊が一揆衆本陣に接近、一網打尽にしてしまったからである。
織田信長が翠色の南蛮人形を持っていたと言う事実はわずかな伝承のみに残るだけであり、
明確な記録の類は残されていない。そして伝承によると信長が本能寺の変で亡くなった後、
翠色の南蛮人形はこつぜんと姿を消したと言う・・・。だが、それで全てが終わったワケでは無かった。
「始めまして。僕は蒼星石と言います。」
「おお、信長様が持っていた南蛮人形にそっくりじゃのう。まあ近うよれ。」
豊臣秀吉が蒼色の南蛮人形を持っていたと言う記録は無い。
(以下中略)
「あ〜らぁ。貴方が私のネジを巻いたのぉ?何か太ってて冴えない親父ねぇ〜。」
「おお、信長殿や秀吉殿が持っていた人形そっくりじゃ。」
徳川家康が銀髪の人形を持っていたと言う記録は(以下中略)
終わり