今桜田家は、一匹の部外者が台所を占領していた
色は血を思い浮かばせる真っ赤な皮膚に覆われ
何本もの触手で台所の床を我が物顔で伸し歩いている
「た、たぁぁ〜」
そんな侵入者に、桜田家の防衛ラインのりが果敢にも立ち向かう
両手で包丁を高く掲げて、屁っ放り腰で敵に向かっていく、だが
ギロリ
黄色い眼球がのりを睨み付ける
恐怖で背筋に寒気が走り、後ろから尻餅を突いてしまう
「ひ、ひぃぃ」
敵の触手がこちらに伸びる
のりは慌てて後退り
そのまま後ろで見ている弟の背中に一目散に逃げ込む
「ジュンくぅ〜ん、お姉ちゃんどうしよう〜」
「さ、刺さるだろ」
包丁を持ったまま背中にくっ付いてしまった
慌てて包丁をテーブルの上に置き、また背中に隠れ込む
「ご、ごめんねぇー」
「だいたい、何でこんな物買ってきたんだよ」
弟の背中から前方の赤い物体を覗き込み、また隠れる
「だって、食べたかったんだもの・・・」
「それなら刺身で買ってくればいいだろ」
背中でくっ付く姉に煩わしさを感じながら
ジュンも目を奴に傾ける
文句は垂れる物の、自分も少しだけ怖い
「だって、だって、大きい方がいっぱい食べれるでしょ〜」
「どうやってこんなの調理するんだよ、お前わかって買ってきたのか?」
「だってぇ・・・わ、またにょろって!お姉ちゃん怖いよ〜」
弟の背中を手の平で叩き、押された拍子に体制が前に崩れてる
「ちょ、ちょっと待て」
ギロリ
「う゛・・・」
前に押されて、赤い物体がジュンを睨み付ける
目が合い少し恐怖が過ぎるが
後ろの姉に格好悪い姿を晒すわけにはいかない
「な、なんだよ」
負けじと言葉で反発する
だが、赤い物体は触手を伸ばし、吸盤を床に吸い付かせながら近付いてくる
「や、やるかこの〜」
腕を前に構えるが、表情は明らかに強張っている
床を這う物体が、どんどん迫ってくる
「まったくどうしたの、そろそろお昼の時間よ、お腹が空いたわ」
そんな中で、クンクンを見終わった真紅が歩み寄って来た
「し、真紅ちゃ〜ん、助けてー」
台所でしゃがみ込んだままの、のりからの悲痛の声が聞こえてくる
真紅はのりを通り過ぎ、赤い物体と葛藤しているミーディアムの元へ向かう
「・・・真紅、何しにきたんだよ」
「お茶の一つでも注いでるのかと思ったら、まったく、本当に使えない家来ね」
後ろから浴びせられる小言に、ジュンは振り返り鬱陶しそうな目で睨み付ける
真紅は溜め息を一つ付いた後に、前の物体に目線を移す
「それで、この子はなんなの?」
「・・・タコだよ」
自分の訴えを全く無視され、心の中にもやもやを残したまま
仕方なく答える
真紅は赤い物体を見回すと、顔から自然と笑みがこぼれる
「そう、中々個性的な子ね」
「どこがだよ、気持ち悪いだけだろ」
「猫よりはいいわよ」
・・・そうなのか?
ジュンを他所に、真紅はさらに赤い物体に近付いていく
足を進める度に、風に煽られ左右のツインテールを靡かせる
にょろん
突然、赤い物体が2本の触手を前に上げ
それから意味も触手を揺らし出した
なにしてるんだ?威嚇のつまりか?
ジュンが首を傾げ、ふと真紅に目線を移すと、その場でなぜか固まっている
「・・・真紅?」
ジュンの問い掛けにも、彼女は全く首を振り返ろうとしない
ネジでも切れたのだろうか、ジュンは様子を見に足を動かそうとしたが
「こないでっ!」
大声で一喝され、慌てて立ち止まる
ジュンはただ見ている事しか出来なかった、これだけ真剣な真紅は今まで見た事がない
かと思ったその時、今度はツインテールの先を軸にくるくると回し出した、器用な物だ
くるくる
それに続き、タコも上げている触手を回し出す
真紅の目から何かが込み上げ
しばらくして、頬で何かがキラリと光っていた、涙!?
腕で瞳から溢れてくる涙を拭い、真紅はさらに足を進める
タコも全てを受け入れるかの様に、上目遣いで彼女を見詰め、真紅はタコの足元まで近付くと
片膝を屈めてタコと目線を合わせる
宙に上げている触手に、自分の手を伸ばしゆっくりと交あわせる
握手!
「私を解ってくれるのは・・・貴方だけよ」
こうして、今一つの愛が実を結んだのであった
「本当に行っちゃうのね」
真紅はタコを両手で抱えて、桜田家の玄関に立っている
「えぇ、今までお世話になったわね」
「元気でな、真紅」
「ジュン、貴方は最高のミーディアムだったわ、貴方も頑張って」
シュンとのりが、そんな真紅とタコを見送りに暖かい目で見つめている
寂しい気持ちもあるけれど、笑顔で見送るためにその気持ちを押し潰す
「これからどうするの?行く宛がないんだったら、これからも私達と、一緒に・・・」
そこで言葉を留める、のりに問い掛けられ、真紅は腕に抱いている彼(タコ)の体に身を傾ける
彼(タコ)の体温が、私の胸に伝わってくる
「ごめんなさい、彼(タコ)が帰りたがっているの
私は彼(タコ)の故郷で、一緒に暮らすつもりよ」
真紅の決意に、のりもこれ以上引き止める事が出来なかった
胸に寄り添う彼(タコ)が、真紅に振り向いた
彼(タコ)の大きな筒状の口が、物欲しそうに私を見詰めてくる
「もうやだ、貴方(タコ)ったら・・・♪」
真紅は少し顔を赤らめ、ゆっくりと瞳を閉じ、唇を彼(タコ)に合わせ
「ん〜・・・」
「ぶしゅーーー」
彼(タコ)の口から黒い墨が噴出し、赤らめた真紅の顔にぶち当たった
真紅は目を開けると、しばらく彼(タコ)を抱えたまま固まってしまう
顔が墨で真っ黒に染まり、墨が滴となってポタポタと滴り落ちる
真紅の心の中に、急速に熱い物がこみ上げて来る!
「すい・・・」
「水銀燈色はいやぁぁぁ!」
絆パンチ!
拳が彼(タコ)の頬を殴り
玄関の外に勢い良く飛ばされて、勢い良く魂が空へと召される
こうして、桜田家のお昼はタコのお刺身
真紅達は美味しく召し上がったのでした