DELUSION3 桜田家の居候(後編) 

〜〜〜前編のあらすじ〜〜〜 
   めぐがいなくなりました。 

「あははは……めぐぅ……何処に行ったのぉ……アハハハ」 
「水銀燈が壊れたですぅ!」 
「元々壊れてるかしら〜」 
生けてある菊の花。 
意味はおそらく、いや、確実にアレだろう。 
このまま水銀燈を放っておくべきかどうかジュンは判断しかねた。 
指示を仰ぐために真紅の方を振り向くが何処にもいない。 
「逃げやがったな……」 
となると、この中で一番の良識派の蒼星石と相談すべきだ。 
彼女も例のごとく病室内にいなかった。賢い奴は行動が速い。 
さて、どうするべきか。 
どうすれば自然にこの場から去ることが出来る? 
ジュンはひたすら考えた。こんなに考えたのは久しぶりかもしれない。 
だが、その思案が命取りだった。 
「ねぇ……じゅ〜ん〜……」 
水銀燈の方から接近してきた。 
「ここはお悔やみの一つでも言って逃げ――うおわぁ!」 
ジュンが気付いたときには水銀燈はジュンの胸倉をつかんでいた。 
ジュンより水銀燈の方が背が高い。 
それでも水銀燈が立て膝を付いているのでジュンの太股の辺りに彼女の顔があった。 
「私はぁどうしたらいいと思うぅ?じゅん……」 
水銀燈の顔が見る見るうちに曇ってきた。大雨注意報だ。 
下から半泣きの表情で迫られるのはかなり怖い。ゲームなんてものは所詮仮想現実なんだとジュンは思い知った。 
「おい……」 
ジュンは水銀燈と目線を合わせるべく少し屈んだ。 
「助けられたかもしれないのに。初めてあんな気持ちになったのに……」 
「落ち着け水銀燈。まずは深呼吸しろ」 
「なんで?私がジャンクだから?誰のせい?私のせい?」 
このままでは発狂してしまうんじゃないか? 
ジュンの脳裏にいつぞやの時計屋の人が思い浮かんだ。大切な存在を失うショックは、かくも大きいものか。 
「絆チョップ!!」 
「あぐっ……」 
「ああ! ジュンが傷心の乙女に手を上げたですぅ!」 
真紅の真似をしてみたが、効果は抜群のようだ。首筋に一撃を受けた水銀燈はあっさりと気絶した。ちょっと力が強すぎたかもしれないが気にしない。 
「さて、帰ろうか」 
「ジュン、責任とってお前が水銀燈を運べですぅ」 
「ヒナ、お腹すいたの〜」 
「……私は寄るところがあるかしら」 
金糸雀はそう告げるとさっさと出て行った。 
「さあ、キリキリ働けですぅ」 
「どうやって運べばいいんだよ」 
ジュンは気絶した水銀燈を見下ろして呟いた。 

水銀燈を背負ったジュンはnのフィールド経由でようやく家にたどり着いた。途中水銀燈が気絶状態にも関わらず、寝言のように狂った笑い声を上げていたが一向は無視を決め込んだ。 
「重い〜疲れた〜」 
「力仕事は男の特権ですぅ」 
「ジュン、あいとあいとー」 
「あら、遅かったわね」 
優雅に紅茶を飲んでいる逃亡犯(赤)と逃亡犯(蒼)を発見。 
ジュン探検隊はついでに、のりも発見した 
「おかえり。みんな」 
「イッタイ、オマエタチハ、ナニヲ、シテイルノデスカ?」 
「お茶を飲んでるのよ。見て分からないかしら?」 
ジュンの怒りメーターが振り切れた。 
「何様のつもりだ貴様―!! よくも逃げやがったなこの逃亡者Aめ!!」 
「黙りなさい」 
縦横無尽に動くツインテールが横殴りに飛んできた。しかし、ジュンはとっさの判断で下に屈む。 
回避成功のようだ。 
「真紅ツインテール破れたり!」 
「甘いわね」 
ツインテールは弧を描くように急に軌道を変えた。ジュンを上から叩きのめすべく襲い掛かる。 
いい音がした。 
「あべし!」 
「まだまだね。それに私と蒼星石は逃げたのではないわよ。人聞きの悪い」 
「戦略的撤退とか?」 
「……もう一度叩かれたいのかしら?」 
ジュンは、ものすごい勢いで土下座した。 
「よろしい。ちょっと調査をしてたのだわ」 
「要するに聞き込みだね」 
「水銀燈は何処?」 
ジュンは黙って部屋の隅を指差す。 
いつの間に目が覚めたのか、水銀燈が壁に向かって体操座りをしてブツブツと呪詛のように何かを言っている。完全に鬱銀燈になってしまっていた。 
「水銀燈」 
「なぁにぃ真紅ぅ〜。ウフフフフ。惨めなジャンクにぃ何か用?」 

「貴女のミーディアムは死んでいない」 

時間が止まった。 
一番初めに動き出したのは水銀灯だった。 
「なぁにそれぇ。気休めのつもりぃ?無駄よ無駄。めぐは確かにあの病室にいたもの」 
「調査結果を。蒼星石」 
「はい、これ」 
蒼星石は大き目の茶封筒を差し出した。 
水銀燈が興味なさげに中身を引っ張り出す。ジュン達も中身を覗いてみた。 
「病院内での聞き込み結果と最近の入院患者のリストよ。入院した人、退院した人、亡くなった人、全部載ってるわ」 
「思いっきり個人情報入ってないか?これ。どうやって調べたんだ?」 
「秘密よ」 
真紅が即答した。 

「しいていうなら、世の中便利になったものだよね」 
今度は蒼星石がやけに笑顔で答えた。爽やか過ぎる笑顔の裏には一体……? 
「おっと、これ以上は聞かないでね」 
笑顔の蒼星石の手には家庭用鋏が握られていた。 
ジュンはこれ以上の追及を諦めた。 
「嘘よ……」 
水銀燈が資料を捲りながら呟く。心なしか声が震えている。 
「めぐの名前が無いなんて……間違えるはずが無いわ。あの病院で、あの病室で私はめぐと一緒にいたのに……ありえない……」 
入院患者のリストには『柿崎めぐ』という名前は無かった。 
「私たちが人間になったことだってありえないわ。それとね」 
「な…なによぉ」 
「大切なものを失う気持ちは分かった?」 
「!」 
水銀燈には色々と前科があった。今、この場にいる誰もが知っている。 
それを知っての上での真紅の一言は場に響いた。 
「今後どうすればいいか考えなさい。これはお父様が貴女に与えた課題なのかもしれないわね」 
「…………」 
水銀燈は資料を片手に黙りこくってしまった。 
真紅は踵を返して立ち去ろうとした。 
「何処にいくですぅ?」 
「非常にまずいわ…緊急事態よ」 
「どうしたんだ。いきなり」 
「今日、私達は何処で寝ればいいの?」 
「あーーーー……」 
確かに緊急事態だった。 

時間は少し遡る。 
病院を飛び出してきた金糸雀は、道路の端をせっせと走っていた。 
ゴールはみっちゃん宅。もう少しで到着するだろう。 
「まさか、みっちゃんが居なくなるなんてことは無いと思うけど」 
金糸雀は心配した。 
「確認ぐらいは取っておいたほうが良いかしら」 
かの、人形好きなみっちゃんも居なくなってしまうのではないかと。 
金糸雀はひた走る。走れ金糸雀。 
「nのフィールド使えばすぐだったかしら〜」 
アパートの階段を大急ぎで駆け上る。息を切らせてようやくゴールにたどり着いた。 
「と……到着かしら……」 
肩で息をしつつ、ドアノブに手をかけ、回す。 
開かない。 
もう一度回して手前に引いてみる。やっぱり開かない。 
「きっと出かけてるのかしら! すぐ帰ってくるかし…ら?」 
ドアの下に挟まっている手紙が目に入った。 
引き抜いて読んでみる。 
「みっちゃんの字。え〜と、なになに」 

「おじゃまするかしら〜」 
桜田家では大掃除の真っ最中だった。そこらじゅうで忙しく人が出入りしている。 
「何事かしら!?」 
「あ、神奈川が帰ってきたの〜」 
三角巾にマスクにエプロン、チリトリ装備の雛苺が現れた。 
「カナリアかしら!! 何故、こんな時期に大掃除なんて」 
「寝る場所を確保するためよ。こんな体では鞄で眠れないわ」 
お掃除セットで重装備の真紅がのしのしとやって来た。頭の三角巾にはクモの巣のおまけ付き。 
想像できない姿に金糸雀は思わず噴き出した。 
「笑っていられるのも今の内だわ。貴女も手伝いなさい」 
「状況がつかめないのだけど」 
「後で説明するわ。とにかくこれ」 
真紅は持っていた雑巾入りバケツを手渡した。 
中の水はそうとう汚い。 
「拒否権はないのかしら?」 
「あるはずが無いでしょう。それの水を入れ替えて二階に来なさい」 
掃除は夕方まで及んだ。 

「あー終わった終わった」 
居間でジュンは大きく伸びていた。腕を上に伸ばし手を組み、上半身を左右に振りつつ動き回る。 
「なんか見たことある動きだね」 
「……正直、目障りですぅ」 
「ヒナもやるの〜」 
「カナも負けないかしら」 
ジュンの後に雛苺、金糸雀と続いて同じ動きでついてまわる。動きが全く同じリズムの奇怪な行列が出来上がった。 
「バッチコーイかしら〜」 
「セイセイなの〜」 
なんか間違っていた。 
しかし、突っ込むものは誰もいない。ある者はテーブルに突っ伏し、ある者は紅茶を入れ、またある者は見向きもしなかった。 
「ここで重要な話があるのだわ」 
何事も無かったかのように真紅が切り出した。 
「人間になって大きくなった私達はもう鞄で寝られないし、ちゃんと人間らしい生活を始めなければならないのだわ。」 
皆が動きを止め、真紅のスピーチを聞き入った。 
「お父様の意思なのだからしょうがないけれど、衣住食の確保は難しいもの。」 
「住むところなら、今まで通りここに住めばいいじゃない」 
のりが提案した。何気なく話の腰を折ったのは賞賛すべきかもしれない。 
「ありがとう、のり。でも、全て今まで通りにするわけにもいかないの」 

「それがお父様の意思、だからか?」 
「話の腰を折らないで、黙って聞いてなさい」 
真紅が眉を吊り上げて糾弾した。 
このやるせなさは何でしょう、とジュンは床に両手を付いて落ち込んだ。 
「“住”は今まで通りにするとしても……“衣”、“食”については極力自分達でしていかなければならないのだわ。問題なのは、お金ね」 
先立つものはやはり金だった。場に重い雰囲気が流れる。 
真紅は苦虫をつぶしたような顔をしたまま、何も言わない。 
「……皆の意見を聞きたいのだわ」 
ようやく言った言葉はそれだった。 
つまり、真紅でも具体的にどうすればいいのか分からないらしい。 
「アルバイトなんてどうだろう?」 
「私達は戸籍が無いのよ?年齢不詳、出身地不明、過去経歴無し」 
「そんな怪しい奴をぉ雇う合法的な所なんて、今の御時世あるのかしらねぇ」 
真紅と水銀燈の連携ツッコミが炸裂した。さすが姉妹。 
「障害は多いわね」 
真紅がため息をつく。 
「できるだけ早急に策を練らなければね。このままだと人間になった意味が無いわ」 
会議はこれにて終了のようだ。真紅はかぶりを振って部屋から出て行った。 
「食費に関しては人形だった時からバクバク食ってるから問題無い……」 
髪の毛鞭が飛んできた。如雨露も飛んできた。とどめに鋏が飛んできた。 
全段命中。ジュンは動かなくなった。 
「ねぇ、黒の服着てる人と黄色の服を着ている人」 
何事も無かったかのようにのりが尋ねる。 
「貴女達の名前は?」 
水銀燈はチラとのりを一瞥し、さも面倒臭そうに、 
「水銀燈……」 
端的に呟いた。 
一方で金糸雀は 
「ローゼンメイデン一の策士、金糸雀かしら!」 
元気に自己紹介。 
「へぇ〜水銀燈ちゃんに金糸雀ちゃんね。貴女達も此処に住まない?」 
さっきまでピクリとも動かなかったジュンの指が突如動いた。 
ガバッ! とジュン復活。 
「まるでゾンビですぅ」 
「ゴルァ洗濯のり!! どういう事だ!」 
「え……だって、一緒に暮らした方が賑やかかな〜って」 
「是非ともお願いするのかしら!」 
金糸雀が土下座した。 
「お前はミーディアムが居たんじゃないのか」 
「みっちゃんは……」 
「うぐっ」 
ジュンは水銀灯のミーディアムがどうなったかを思い出した。 
もしかして、コイツも…… 
「とにかく、ここに住まわせて欲しいのかしら!!」 
「賑やかになるわねぇ。よろしくね、二人とも」 
「私はまだ何も言ってないわよぉ」 
「さて、夕御飯の準備をしなくちゃ。何人分?ひぃふぅみぃ…… 
のりは指を折りながら台所に消えていった。 
「あの……ちょっと?もしもーし」 
水銀燈の声は、のりに届くことは無かった。 

その日の夕食は、賑やかなものとなった。 
一つのテーブルに総勢八人で食べる夕食である。それぞれが話す会話、食器の触れある音、桜田家の食卓には色々な音が溢れていた。 
奏でるその旋律は楽しそうだが、どこか物悲しかった。 

結局、真紅達は人間になっても、「寝るのは九時」ルールを守ることにしたようだ。が、 
「この部屋にあったものは何処にいった!!」 
彼女らが寝るのは鏡があった部屋。物置だったはずだが、いつの間にかきれいさっぱり整理されていた。物が無い部屋のなんと広いことか。 
「必要な物は別の部屋よ。物置にもあるわ」 
「物置?家にあったかそんなの」 
「nのフィールドに置く案もあったけど、却下したのだわ。結局、貴方の通販グッズを使ったわよ」 
「“中でこっくりさんをしたら幸せになれる簡易物置”ってやつだよ」 
「そんなの買ったっけな……」 
「組み立て式のチャチでインチキな物置ですぅ。翠星石と蒼星石が作ったんですよぅ」 
ジュンは凄まじい速度で庭に出た。 
小さい物置が、あたかも十年前からそこに在りました、と自己主張するかのように、悠然と立っていた。 
「僕の知らないところで自分の家が変わっていく〜〜」 
夜は更ける。 

そろそろ、お化けが出始める丑満つ時。 
時間にして午前二時。辺りはすっかり静まり返っていた。 
「…………」 
水銀燈は屋根の淵に腰掛け、じっと夜空を眺めていた。 
「一体、どうすれば良いのかしらね……」 
めぐは、いなくなった。今までと同じ、ただ水銀燈の力となるだけのミーディアムだと切り捨てられない、大切な存在がいなくなった。 
失くしてから、大切さが身に染みた。 
「なにやら鬱オーラ出しまくりかしら」 
「何しに来たのよぉ」 
いつの間にか金糸雀が後ろに立っていた。しかし、水銀燈は驚くようなそぶりを全く見せず、振り返りもしない。 
「これで今日から晴れて鬱銀燈かしら〜。やーい鬱銀とーう」 
水銀燈のこめかみに青筋が走った。 
「……それは宣戦布告と見なしていいのぉ……」 
「あらあら怖い怖い。でも鬱銀燈には、戦う気力なんてこれっぽっちも残ってはいないのかしら」 
「うぐ……」 
「カナなら、待つかしら」 

「大好きなマスターがもし居なくなったら、カナならずっと待つわ。みっちゃんはきっと帰ってくる。そう信じて、いつまでもいつまでも待つかしら」 
「ふぅん……なんかどこかの犬みたいねぇ」 
「うるさいかしら!」 
ビシっと、金糸雀は水銀燈に指を突きつける。 
「とにかく、いつまでもウダウダしてないで、カナみたいにどうするかはっきり決めるかしら! 鬱オーラ出されてると、こっちまで気が滅入るかしら!」 
水銀燈は俯いてプルプル震えている。拳を握り締め、背中からは黒い羽が湧き出すように生えてきた。 
ゆっくりと金糸雀の方に振り返る。 
「言いたいことはそれだけぇ……ふざけたこと言ってんじゃないわよ!!」 
怒号と共に羽が大きく広がった。瞬く間に黒い壁が出来上がる。 
「ひぃぃぃ撤退かしら〜」 
金糸雀は回れ右して、物凄いスピードで逃げ出した。掛けてあった梯子をスルスルと降りていく。水銀燈は逃げる金糸雀を胡乱な目つきで見ていた。 
「何よ何よ何よ。絶対私の事、馬鹿にしてるわぁ。どうせ真紅の差し金だろうし……うー腹立つぅ」 
「お腹が無いのに何をぬかしてるのかしら〜」 
まだ庭の方に居たようだ。ボディブローのような指摘に、思わず水銀燈は仰け反った。 
「黙りなさい! これが見えないのコレが!」 
服をたくし上げ、腹部を下に向かって見せた。服の構造上、服をたくし上げると下着まで見えてしまうのだが、頭に血が上った水銀燈は気が付かない。 
しかし金糸雀は、すでに庭に居なかった。夜風が水銀燈の体に吹き付ける。 
「なんか私、丸っきりお馬鹿さんじゃないのよぉ……なんか、落ちるトコまで落ちましたって感じぃ……」 
また、夜風が吹く。 
「うう、寒い寒い」 
ひょいと水銀燈は屋根から下の屋根に跳んだ。 
手近な窓から侵入を試みる。鍵は掛かっていなかった。 
音も無く窓を開け、窓縁に足を掛ける。泥棒のような動き方だ。 
「あらぁ」 
ジュンの部屋だった。窓際のベットの中では、部屋の主が気持ち良さそうに、寝息を立てている。 
「人が悩んで、寒い思いをしている時に、こんな姿見せられるのは何かむかつくわぁ」 
水銀燈はジロジロとジュンの寝顔を眺める。ぶるっと水銀燈が身震いした。 
「……暖かそうねぇ」 
するりと水銀燈はジュンの布団の中に潜入した。布団の中から手だけ出して窓を閉める。 
「あー……急に眠気が……」 
布団に入って数秒で、水銀燈は眠りの世界へ足を踏み入れた。 

翌朝、 
「ちーびにーんげーん、あーさですぅー」 
翠星石がフライパンと、おたまを持ってやってきた。 
「とっとと起きないと騒音攻撃……」 
フライパンとおたまが床に落ち、派手な音を立てた。 

「違う! 僕は無実だ!」 
「しらばっくれんじゃねぇですぅジュン!!」 
「他になにか言い残すことはあるかい?」 
「無実だ〜〜〜〜」 
ジュンは椅子に縛りつけられ、尋問を受けていた。 
現在、朝食を取らずに行われている。 
「何で水銀燈と絡み合って寝てるですか!」 
「ジュン君も大人になったのねぇ……」 
「あーんなことや、こーんなことしたんじゃ……」 
「Hなの〜」 
「違う〜〜〜〜僕は何も知ら〜〜ん!」 
「水銀燈」 
「なぁにぃ?真紅ぅ」 
「……貴女からも何か弁明が欲しいのだわ」 
「うふふ。何度も言わせないで。私は欲しいものは全て自分から手に入れる……待つことなんてしないわぁ」 
「そう……元気になったようで何よりだけど……色々な意味で取れるわね。その言葉」 
「さあねぇ」 
水銀燈は笑いながら朝食のパンを齧った。 

「あの後、大変だったな〜」 
頬杖を付きながら、ジュンはしみじみと呟いた。 
「へ〜ぇ、何が大変だったのぉ?」 
「!?」 
恐る恐るジュンが視線を上げるとそこには仁王立ちの英語教師が立っていた。 
流れるような銀色の髪。白い肌。 
腕組みをした水銀燈が頬をひくつかせながら立っていた。 
「私の授業そっちのけで、な〜に自分の世界に入ってるのよ」 
ぐわしと片腕で顔面を掴まれた。必殺アイアンクローだ。 
クラスメイト全員が桜田ジュンの冥福を祈り、合掌した。 
「イっちゃいなさぁい」 
「ぐあぁぁぁぁぁ」 
悲鳴が響いた。 

      終わり 

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 DELUSION4 復活 

「痛い……」 
 ジュンは机に突っ伏していた。 
 居眠りがあろう事に、「魔女」の二つ名を持つ英語教師、水銀燈にばれた代償は大きかった。 
「頭が、みしみしって言ってたもん。絶対やり過ぎだって」 
 一分間にも渡るアイアンクローと、“連帯責任”として出されたいつもより多めの課題はジュンの体と精神を完膚なきまで叩きのめした。 
さらには、クラスメイトからの視線も何処かしら冷たい。 
「マジで死ぬかもしれん」 
「死ねたら楽だろうねぃ」 
 前の席の男子生徒が椅子を跨ぐようにして振り返り、合いの手を出した。 
「人間、死にたいと思ってる時はなかなか死ねないもんだぜぃ」 
「知ったような口を利くよなぁ。全く」 
「人生色々あるんですたい」 
 男子生徒は何故か遠い目をしている。 
 彼の名は杉浦拓也。ジュンの高校での話し相手第一号だ。ひょろりとしてはいるが、あまり背は高くない。口調がやや変である。 
ジュンのことを会ったその日に「ジャム」と呼んだり、軽いといえば軽い人柄だ。 
 しかし、ジュンにとっては重要な人物の一人である。 
「ところでさ、気ぃ付けとけよジャム」 
「今回は?」 
「今回は水銀党絡みじゃない。が、似たようなもんか……ウチの新聞部がなー」 
 この学校には様々な部活、同好会が存在する。その中でもジュンにとって最も厄介なのは「水銀党」と「新聞部」の存在であった。 
 読んで字の如し、水銀党とは水銀燈を崇め奉る同好会なのだが、規模が半端では無い。なぜなら、構成要員が生徒だけではないからだ。この学校の生徒を初めとして、この辺一帯の学校の生徒、さらには一般の人まで合わせると100人は楽に越えると言われている。 
「水銀燈の敵は水銀党の敵」だの「水銀燈を守るためなら武力行使も辞さず」だのというかなり危険なキャッチフレーズの元、日々活動しているのだが、ジュンにとってはたまったものではない。 
 今までに幾度となく水銀燈との関係について尋問や拷問を受けてきた。 
 もう一つの厄介の種は新聞部。 
 いつもは適当な記事しか載せず、むしろ四コマ漫画に力を入れているのだが、スクープと呼べるような事態が起きたとなると凄まじい機動力を駆使して 
情報収集をするという、どこかの諜報機関のような部であった。最近は水銀燈絡みの記事が比較的多く、常に水銀燈の周りには記者が一人か二人、隠密のごとく付いて回る有様である。 
 ジュンは以前、桜田家の庭で水銀燈に抱きつかれたところを新聞部にすっぱ抜かれ、危うく水銀党に拉致されそうになった苦い思い出がある。 
 その時は新聞部員である杉浦が、事前に記事内容をジュンに伝えていたため逃げることに成功した。ジュンにとって杉浦は水銀党と新聞部の魔手から逃れるための貴重な情報源なのだ。見返りとして何かと働かされているが。 
「とまぁ報告終わり。つーことで今日は正門から帰るなよ」 
「へいへい」 
「なんか素っ気ないぜぃ。もういい加減に慣れたかにゃー?」 
「……疲れ果てて気力が出ないよ。ロリコン大尉」 
「んなぁ!?き、貴様今なんとぉ?」 
 杉浦にとって、その言葉はNGワード第一指定である。 
「なんでもございません」 
 なにやら喚いている杉浦をほっといて、ジュンは自分の腕時計に目を落とす。 
 次の授業まで時間がある。ジュンは惰眠をむさぼることにした。 

――「人間」らしい生活を送る。 
 真紅はまず、そう言った。 
 例えば? と、皆が聞いた。 
 真紅は、 
「とりあえず生きていくことだわ」 
 と、適当に言い放った。 

「世の中って理不尽だよな」 
「そう? 自分にとって都合の悪いことが起こったのなら、素直に受け入れるべきだと思うけどね」 
「そんな理不尽なことを乗り越えて、少年は大人になっていくんだよな」 
「目の前の現実を認めなさい、ジュン。これは紛れも無い“事実”なのだわ」 
「納得いかねぇぇぇぇーーーー!! これは夢だ! 幻だ!」 
 ジュンは頭を抱えてのた打ち回った。 
 テーブルの上には書類が一つ。 
「見てるんだろ、ローゼン!! 僕はお前を呪ってやる!!」 
「お父様の事を悪く言わないで頂戴」 
 居間には居候している者も含めて八人が神妙に書類を見ていた。その中で唯一、ジュンだけが騒いでいる。 
 今朝、桜田家に封筒が届けられた。「重要書類在中」だの「二ツ折リ厳禁」だのと、書かれてあることから、大切な物だということが分かる。 
 中身は住民票とジュン宛の手紙だった。 
手紙はドイツ語で書かれており、解読した真紅曰く「手回しはあらかた終わっている。我が愛しの娘達を頼む。なお、生活資金その他は君の銀行口座に随時振り込む。が、おそらく足りないので残りはそっちで何とかしてくれ」とのことだ。 
 追い討ちとばかりに、ジュンの両親から「知り合いの子を預かることになったから仲良くしてくれ」という電話が掛かってきた。 
 ジュンがまた絶叫する。 
「認めない! 僕は断じて認めない!! 桜田家は僕と姉ちゃんとママとパパだけだァーーッ!!」 
「家族が増えたわね〜皆よろしくね」 
「黙れ洗濯のり! あっさり認めるなよ!」 
「ちょっとぉ、ギャーギャーうるさいわよぉ」 
「うるさいうるさいうるさい!!」 
「ジュンがメロンパンが欲しいって暴れてるの〜」 
「ちょっと、雛苺。あまりそういうことを言ってはダメだよ」 
「うゆ〜」 
「まぁ、これで戸籍の心配は無いですぅ」 

「でも、アルバイトってどうやって申し込むのかしら」 

 真紅の何気ない一言で場が静まり返った。 
 この中で正式に働いたことのある者が、皆無だったからである。 
 どうすればいいのか分かない。経験者が一人も居ないのは痛手だ。 
「とりあえず求人情報紙でも見てみるか……?」 
「てゆーか、私達って年、大丈夫な訳ぇ?」 
 ガバッっと身を乗り出して金糸雀が住民票を見た。 
「一部はオーケーみたいかしら。私と、翠星石と、蒼星石が同い年で15、雛と真紅が一つ下で14」 
「うげ、僕は完全に年下なのか?」 
「そうなるかしら。でもでも、ジュンだけ遅生まれよね。じゃあ、ジュンと真紅達は同期ということになるのかしら〜」 
「私は何歳ってことになってるのぉ」 
「えーと……三十歳かしら〜」 
 居間にいる水銀燈を除く全員が一斉に吹き出した。 
「ねぇ、私の目にはどう計算しても三十にならないのだけれど」 
「冗談かしら☆」 
「そう、そんなにジャンクにされたいの。貴女は」 
 水銀燈が恐ろしいぐらい平坦な声で呟いた。いつのまにか右手には、いつぞやの剣が握られている。はらり、はらりと黒い羽がどこからともなく落ちてきた。 
「ひぃぃぃ! 許してほしいかしら〜!!」 
 水銀燈は笑顔で、そしてゆっくりと剣をゆっくりと上に上げた。 
「選ばせてあげるぅ。楽に死にたい? 苦しんで死にたい?」 
「どっちを選んでも殺されちゃうかしら!」 
「何気にそうとう力を使っているけれど、大丈夫なの? 水銀燈」 
「これぐらいたいしたことないわぁ。さて、金糸雀。言い残したいことはあるぅ?」 
「あわわわ……」 
「待ちなさい、貴女は人間よ。人が人を傷つければ法律で罰せられるわ」 
「ばれなきゃ良いのよ、そんなの」 
 ジュンがこれ見よがしに、今に据えてある電話の所まで歩いていった。 
 水銀燈は舌打ちし、剣を手放した。パキン、と澄んだ音がして剣が掻き消える。 
「まぁいいわぁ、覚えてなさいね。いつか、誰も見てないところで後ろから刺し殺してあげるぅ」 
「まっぴら御免かしら!」 
 年齢偽装事件は、一応の終結を見せたようだ。 
 求人紙をぴらぴらとめくっていたのりが提案する。 
「皆で考えましょうか。三人よれば文殊の知恵っていうし、これだけ賢いお人形さん……じゃなくて、人達がいればきっと名案が浮かぶわ」 
 しかし、結局案が出ず、その日は解散となった。 

 ジュンの朝は遅い。今日はいつもより遅く、昼頃に目が覚めた。 
 下がなにやら騒がしい。物音で目が覚めたのだろうか。 
 もぞもぞとベッドから這い出し、下に向かう。 
「うるさいな。何してん……」 
 ジュンは自分の目を疑った。とりあえず擦ってみる。頬をつねってみる。一度強く頭を壁にぶつけてみた。 
 それでも、玄関先にいる人物が消えてくれない。夢ではない。 
「世の中って理不尽だよな」 
 ジュンは疲れたように呟いた。 
 アリスゲームを始めた張本人達。そしてローゼンの手によってnのフィールドに送られたはずの二人。 
 槐と、人間となった薔薇水晶がそこにいた。 

「帰れ、っていうか僕の視界から消え去れ」 
「久しぶりに会ったというのにご挨拶だな」 
「…………」 

 敵意をあらわに睨みつけるジュン。 
 無表情、むしろ涼しげな表情の槐。 
 じっとジュンを見つめる薔薇水晶。 
 三者はお互いを睨みつけたまま(?)動かない。 
「ジュンくーん。お客さんー?」 
「ああ、救い主が来た…姉ちゃん、不審者がいるぞー警察をー」 
「あらあら、槐さん。これからよろしく」 
「こちらこそ。バイト先に関してはお任せください」 
 ……………………………………あれ? 
「なんか猛烈に嫌な予感がしてきたぞ」 
「その予感はきっと的中するわね」 
 ジュンの隣に、真紅がいつの間にか立っていた。 
 眉をしかめ、苦い顔で放つ言葉は、 
「ジュン。これも運命よ。彼女らも、“貴方のお父様の知り合いの子”なのだわ」 
「いぃやだぁぁぁぁぁぁぁぁ」 
 バタッ 
「ああっ!! ジュン君!?」 
 桜田家に新たな住居人が増えたと同時に、ジュンは九秒前の白送りとなった。 

「さて……無理に連れ戻す方法か、穏便に済ます方法か、どちらが良いと思う?」 
「どちらでも良いから、早くジュンを連れ戻しなさい」 

「ぬふぅ」 
 ジュンは覚醒した。 
 しかし、そこは見慣れた桜田家ではない。教室だった。 
「寝たんだっけ……もう授業か?」 
「起りーつ」 
「うわわわわぁ」 
 ジュンは反射的に立ち上がった。 
「ふふっ桜田くんったら」 
「ってあれ?」 
 腕時計を見てみる。次の授業にはまだ時間がある。教室を見回す。まだ休み時間ムードだ。 
 寝起きで回っていないジュンの脳が、遅まきながら結論を導き出す。 
「くだらん悪戯をしおってからに、柏葉」 
「引っかかるとは思わなかったから」 
 柏葉巴。 
 ジュンと中学からの同期であり、復学後のジュンを支えた陰の立役者。しかし、それは今となっては誰にも知られざる歴史である。 
 今では、こうしてジュンとたわいも無いお喋りをするだけの仲だが、それでも彼女はそれなりに幸せだった。 
「ねぇ、ジュン君」 
「なんだよ」 
 柏葉が後ろ手に何か持っている。 
「私…言いたいことは何も言えないけれど…」 
 ジュンは何気ない顔で教科書を机の中から出し始める。 
 しかし、心臓はドキドキと脈打ち、くんくんが何故かリンボーダンスをしているビジョンが頭によぎるほど混乱していた。 
(いきなりなんだこれはまたトラブルか僕のせいなのか担任からの呼び出しか) 
「あのね、これ」 
(おちつけもちつけ兎だよラプラスだよとにかく冷静を保て僕!) 
 手渡されたのは、小さな手鏡だった。 
「これで、顔を見たら分かると思うから」 
 柏葉はそれだけ言うと、すぃっと自分の席まで戻っていった。 
「はて?」 
 ジュンは手鏡を覗き込んだ。何もおかしいところは――あった。 
 額に貼られた、何か文字が書いてある粘着テープ。 
 鏡文字だが、なんとか読み取れる。“水銀燈は俺の嫁”。杉浦の字に非常に良く似ていた。 
「ッ!!」 
 慌てて剥がし、丸めて放り投げる。これをつけたまま学校をうろついたら、水銀党による半強制的な任意同行が待っていたことだろう。 
 ありがとう、柏葉。僕は君の事を忘れない。 
 そして杉浦、僕はお前を許さないぃぃ!! 
 ジュンは決意を新たに拳を握り締めた。 

 放課後、正門から脱兎のごとく逃げる杉浦を追いかけたジュンは、張り込んでいた新聞部に捕まり、インタビューという名の尋問を延々と行われ、開放された時には辺りが真っ暗になっていたというのはまた別のお話。 

          終わり 

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