「犯人はこの中にいる!」 

蒼星石の声が、リビングに高らかに響き渡る。 
その場にいた全員の体に緊張が走り、リビングは重苦しい静寂に包まれた……。 

| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| 
|   ィ/~~~' 、  |  ┌- 、,. -┐  |     ___     | 
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| ,》@ i(从_从)) . |  ノ イ从|从)、  |   |l |ノノイハ)) ..| 
|   ||ヽ|| ゚ -゚ノ| || .|  |ミ|ミ!゚ ヮ゚ノミ!|  .|   |l |リ゚ ー゚ノl|   .| 
| ̄ ̄真 ̄紅 ̄ ̄| ̄ ̄雛 ̄苺 ̄ ̄| ̄翠 ̄星 ̄石 ̄| 
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| 
|  ┌──┐  .|              |    ,, ,,_     | 
|   i二ニニ二i   .|    , ⌒⌒ヽ   |  i´ヽヘヘヽノ   ..| 
|  i´ノノノヽ))) . |   リノ`ヽ卯)   .|  (l |ノノ^^ノ))  ..| 
|   Wリ゚ -゚ノリ  .|   ,9、゚ ヮ゚ノミ  .| £lc○ヮ○l)ヽ..| 
| ̄蒼 ̄星 ̄石 ̄| ̄金 ̄糸 ̄雀 ̄| ̄桜田 ̄のり ̄.| 
. ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄. ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄. ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
ごくり。 何を言ってるんだ。 ここにいるのは、いつもお馴染みの面々じゃないか。 
この中に。 この中に、蒼星石を殺した犯人がいるってのか? 

一人一人の顔を見回す。 真紅。 雛苺。 翠星石。 金糸雀。 姉ちゃん。 知らない顔は一つも無い。 
この中に、殺人……もとい、殺人形犯がいる? ……信じられない。 僕は促されるままに、手元のメモを読み上げた。 

【 被害者   】 蒼星石(ローゼンメイデン第4ドール) 
【 犯行現場 】 桜田家・のりの部屋 
【 犯行時刻 】 n月m日(土) 14:30〜15:00ごろ 
【 死因    】 鋭い刃物で背後から刺殺。 被害者は振り向く間もなく絶命。 

「蒼星石。 ここまでの事に間違いは無いな?」 
「完璧だよ。 流石だね、ジュンくん。」 
「……ねぇジュンくぅん。 本当の本当に、それ……その人が蒼星石ちゃんなのぅ?」 

もう何度同じ事を聞かれただろう。 姉ちゃんはどうしても納得がいかないらしい。 
僕だって信じられない。 僕がいま会話してるのは、翠星石が手に持った1杯のそうめんなのだから……。 

最初に蒼星石の遺体を発見したのは、雛苺だった。 
時間は午後3時、おやつの時間。 姉ちゃんに頼まれて、皆を呼んで回ったそうだ。 

「最初はおねんねしてると思ったの……。」 
雛苺の勘違いも無理は無いだろう。 ドールに出血がある筈も無く、現場に凶器は残されていなかった。 
だが、どんなに揺すぶっても叩いても、蒼星石の瞳は固く閉じたまま。 
雛苺は得体の知れない恐怖に駆られたらしく、泣きながらリビングまで下りてきたのだ。 

雛苺の恐慌を見て、真紅は只ならぬ何かを感じ取ったらしい。 
次に部屋に行ったのは、他でもない僕と真紅だった。 
あの時の真紅の固い声を思い出す。 ローザミスティカが……失われているわ。 

ローザミスティカ。 それはローゼンメイデンの魂。 彼女達のレゾンデートル。 アリスに至る7つの欠片。 
僕が最初に思ったのは、蒼星石はアリスゲームに敗北したのでは?という事だった。 
その考えを口にすると、真紅はキッパリ否定した。 

「貴方が考えている犯人は、おそらく水銀燈でしょう。 違って? 
 でも、のりの部屋に『入口』は無いわ。 金糸雀も含め、この家には5人もローゼンメイデンがいたのよ。 
 もし一撃で蒼星石が倒れなかったら? nのフィールドから断絶された部屋で、もし5人に囲まれたら? リスクが高すぎる。 
 私が水銀燈だったら。 必ず『nのフィールドに出入りできる場所』で勝負を賭けるわ。 鏡の部屋のような、ね。」 

うっ……。 一理ある。 でも、まずは事実ありきじゃないか? 
現実に蒼星石は一突きで倒されているのだ。 誰かが蒼星石を倒し、ローザミスティカを奪ったのだ。 
水銀燈じゃなかったら、誰だって言うんだ……? 

「……そうね、貴方の言う事はもっともだわ。 でも、水銀燈ほど打算的な子が、こんな危険な橋を渡るとは思えない。」 
「そう。 それならば結論は一つしかない。」 
突然の声に振り向くと、そこには翠星石が立っていた。 でも、何かがおかしかった。 この喋り方はまるで……。 

「蒼星石……?」 
真紅が呟く。 そう。 蒼星石そっくりだ。 この光景を見て取り乱さないのも、翠星石らしからぬ行動に思えた。 

「私が喋ったのではないのですぅ……。」 
戸惑う僕に、これまた困惑顔で翠星石が告げる。 へ? どういう事だ? 意味ありげにチラチラと視線を振る翠星石。 
その視線を追うと。 彼女は手にそうめんの入ったお椀を持っていた……。 

「まずは事実ありき、か……。」 

そうめんを横目に、げんなりと呟く僕。 例えどんなに異常で信じがたい事だろうと。 
目の前に展開されている以上、それは紛れも無い事実なのだ。 
このそうめんが蒼星石。 言うなればそうめん石か。 ……受け容れなければ、現実を……。 

気を取り直し、そうめん石の供述を書き取ったメモを見直す。 
被害者自身が体験を元に述べたのだ。 おかげで一気に犯行状況が明確化された。 

犯行現場は姉ちゃんの部屋で確定。 犯行時刻は……特定できなかった。 
蒼星石は姉ちゃんの部屋で「アリスゲーム」について考えていたらしく、時計を見たのは14:30が最後との事だった。 
つまり、犯行は14:30〜15:00の間。 そして、残念ながら蒼星石は犯人の顔を見ていなかった。 

今分かるのはこんな所か……。 そうめん石は僕らをリビングに集めると、その場を仕切って語り出した。 

「もう充分お分かりかと思うけど、改めて言うよ。 このそうめんが今の僕。 僕の体は……殺されたんだ。」 

翠星石が抱えるそうめんが蒼星石。 シュールすぎる発言に、一瞬微妙な空気が流れかける。 
しかし、そうめん石の真剣な語り口調と「殺された」という言葉の響きは、とても笑えるようなものではなかった。 

「で、でも、そのおそうめんが蒼星石だとして、一体誰に殺されたって言うのかしら〜?」 
金糸雀が当然の疑問を口にする。 うんうん頷いて同意を示す姉ちゃんと雛苺。 

「僕の体からはローザミスティカが抜き取られていた。」 
「えっ! ローザミスティカが!? じゃ、じゃあ犯人は……水銀燈?」 
「普段の彼女の素行からすると、当然そう思うだろうね。 でも、これは外部ドールの犯行では有り得ないんだ。」 
真紅の方をちらりと見る僕。 あいつも似たような事を言ってたっけ。 

「??? え〜っとぉぅ……つまりどういう事なのかしら。 私ったら、ほんと馬鹿でやんなっちゃう。」 
姉ちゃんが首を捻る。 馬鹿という点には大いに同意したい所だが、雛苺や金糸雀の表情も似たようなもんだった。 

「こういう事さ。 事件当時、桜田家には外部の来訪者はいなかった。 にも関わらず僕は殺された。 ……つまり。」 
そうめん石が言葉を切る。 今や、彼女の言わんとする所は全員に伝わっていた。 

「犯人はこの中にいる!」 

「かっ……カナはやってないのかしらー!!」 
「ヒナでもないのよー!」 
小っこいの二人が猛然と潔白を主張し始めた。 僕だって、こいつらにそんな事ができるとは思えない。 
でも……じゃあ、誰ならできるっていうんだ? 容疑者なんて数える程しかいないじゃないか。 

「……どうやら、みんなにアリバイを聞く必要があるね。 このままじゃ犯人は特定できない。 
 みんなが等しく『容疑者』なんだ。 14:30から15:00までの間、どこで何をしてたか。 ……聞かせて貰えるかな。」 

===== 容疑者その1 ===== <真紅> 
「14:30から15:00の間なら、私はリビングに居たわ。 くんくんのビデオを見るためにね。 
 私だけじゃなく、翠星石も、雛苺も、金糸雀も、要するにみんな。 それはのりも知ってると思うけれど。」 

姉ちゃんがこくりと頷く。 僕は少しだけ安堵した。 言うまでもなく、真紅は容疑者の最右翼だからだ。 
ちびっこコンビや、蒼星石を溺愛していた翠星石。 この誰かが、蒼星石の隙を付いて殺傷? ちょっとイメージが湧かない。 
その点真紅ならば、行動力・知力・判断力、全てにおいて申し分が無い。 
この犯行を実行するに足るか?と問われたら、イエスと答えざるを得ない資質の持ち主なのだ。 

「30分間、一度も席を外したりはしなかったのかい?」 
「ええ……初めて見るエピソードだったから。 もっとも一度だけ再生停止して、お菓子を取りに行ったけれど。」 
それは気が付かなかったわぁ、と言う姉ちゃん。 まぁ、そんなのいちいち覚えちゃいないよな。 

===== 容疑者その2 ===== <金糸雀> 
「確かに再生停止されたのは覚えてるかしら。 全く、なんて横暴なのと思ったかし……むぐぐ。」 
真紅に頬を抓られる金糸雀。 口は災いの元だ。 

「うぅ……。 だけど真紅はすぐに戻ってきたかしら。 たぶん、1分かそこらで。 
 1分の内に2階に行って、蒼星石を一突きして戻ってくる……ちょっと無理があると思うのかしら。」 
確かに。 真紅だったら、犯行に最低でも5分は見積もるはずだ。 

「そう言えば、金糸雀は10分くらいどっかに行っちゃってたのよ〜。」 
「なっ…何を言うかしら!? ほんの5・6分かしら! 今後の事を考えて、コッソリ侵入経路を調べてただけかしら! 
 1階は歩き回ったけど、2階には1秒だって行ってないかしら! 滅多な事を言わないでくれるかしら!!」 

どうやら、その間のアリバイは証明できないようだ。 いつ、何分席を立ったのか、正確な所が分からない。 
7〜8分とすると、犯行は充分可能だけど。 果たしてコイツが何もしくじらずに目的達成できるものか? 僕には分からなかった。 

===== 容疑者その3 ===== <翠星石> 
「私は最初の15分くらいはリビングにはいなかったです。 おやつをせしめるために下に行ったのですぅ。」 
「……ん? お前今、下って言ったよな。 つまり、それまでは2階にいたって事か?」 

言うまでもなく、犯行現場は2階だ。 他の連中が1階にいたのなら、俄然犯人である可能性が高くなってくる。 
でも……正直、僕はこいつだけは有り得ないと思う。 そんな僕に向けて、にやらと笑う翠星石。 

「はいです。 誰かさんを観察してたのですぅ。 いやぁ、いいですねぇ、シークレットブーツ。 20cmですもんねぇ、20せ・ん・ち。」 
「なっ……こっ、こいつ、この性悪人形! 隠れて見てたのか! 趣味が悪いにも程があるぞ!」 
くっそー、僕にプライバシーは無いのか! あんまり毎日チビだチビだ言われるもんだから、つい見ちゃったんだよ! 

「ジュンくん、怒らないであげて。 どうせ照れ隠しの口実なんだから。」 
「なっ……何を言うですか蒼星石!? 口実も何も、言ったままの意味なのです!」 
そうめん石がとりなしてきた。 口実? 照れ隠し? さっきのセリフのどこに口実や照れ隠しがあるんだよ、まったく。 
だけどこのやり取りを聞く限り、翠星石が犯人だなんて思えないのは確かだ……。 

===== 容疑者その4 ===== <雛苺> 
「ヒナはねーぇ、真紅たちと一緒にずうっとくんくんを見てたの。 
 のりにジュンと蒼星石を呼んで来てって言われるまで、いっぺんも立ったり座ったりしなかったのよー。」 

いや、座ったりはしただろ……。 ともかく、こいつの証言は一見何の問題も無さそうだ。 
でも。 遺体の第一発見者は誰だったか? そう、雛苺だったのだ。 それを度外視する訳にはいかない。 
蒼星石を呼びに行く、その時。 それは犯行のチャンスでもあったのだ。 
って、雛苺が犯行……? 「蒼星石、御免!なのよー!」とか叫んで、一発でバレそうな気がするなぁ……。 

===== 容疑者その5 ===== <桜田のり> 
「え? 私? う〜ん、私はおやつの用意でずっとお台所にいたけどぅ。 
 真紅ちゃん達、みんなテレビに夢中だったから、証明するのはちょっと難しいかしらねぇ……。」 

意外にも、姉ちゃんは自分のアリバイのあやふやさを理解していた。 そう、姉ちゃんは僕らの「心理的死角」に成り得る人間だ。 
土曜日、午後3時前、桜田家。 その時間、「桜田のり」は台所にいるのが当たり前。 誰もそれを疑わない。 

移動に時間がかかるドールと違い、姉ちゃんなら1・2分あれば犯行を終えて帰ってこれるだろう。 
加えて、犯行現場は姉ちゃんの部屋。  出入りしたとしても、誰が気に留めるだろうか。 
ただ、ローザミスティカの事がある。 僕らには、これっぽっちも用が無い代物だ。 姉ちゃんには「動機」が無い……。 

===== 容疑者その6 ===== <桜田ジュン> 
「僕は、雛苺がドアをドンドン叩くまでずっと部屋にいた。 証明する方法は……」 
気付いて、青ざめる。 僕はずっと一人だった。 翠星石の証言から14:45までは裏が取れるが、その後は無理だ。 
なんてこった! 僕が一番アリバイが怪しいじゃないか! 

「無い、か。 参ったね。 犯人はジュンくんかい? 動機は……真紅のためにローザミスティカ収集、ってとこかな。」 
「な!?な!な!!!」 
そうめん石の言葉に一気に体温が下がった気がする。 違う! 僕じゃない! 

「蒼星石。 ジュンには昼間に危険を冒す必然性が無いわ。 夜中になれば、幾らでもチャンスはあるんですもの。」 
真紅! 気付けば、彼女が僕とそうめん石の間に立ち塞がっていた。 

「でも、夜中だと犯人はジュンくんでほぼ確定してしまうよね。 僕なら昼間、容疑者の多い時に実行するな。」 
睨み合う(?)真紅とそうめん石。 只ならぬ緊張感が迸る。 

「……なんてね。 もし犯人がジュン君で僕に不意打ちするなら、身長差から考えても『上から振り下ろす』のが自然。 
 『背中に刺し傷』が出来たのは、犯人も同じくらいの身長だから。 つまり、ドールって事になる。 
 ふふっ……ごめん、ジュンくん。 あんまり青い顔してたもんだから、つい……ね。」 

…………。 ほぁ〜〜〜〜〜っ。 僕はどでかい溜息をついた。 じょ、冗談かよ……。 
でも言い返せなかった。 たかがそうめんに追い詰められたというのに、言い返せる材料が、僕には全く無かったのだ。 
冤罪。 僕はその可能性に、今更ながら気付かされた……。 

「でもそうなると、僕と姉ちゃんの線は消えるな。 ……そう言えば、今気付いたんだけど、複数犯の可能性って無いのか?」 
例えば複数犯だったら、今まで聞いたアリバイも違った意味を持つのではないだろうか。 

「うーん………無い、だろうね。 いいかいジュンくん。 複数犯という事は、『計画的な犯罪』という事だ。 
 前もって計画したなら、必ずアリバイの相互補強をする。 さっき聞いたアリバイに、相互補強になりそうな物があったかい?」 

「まず、ジュンくんと翠星石は2階に居た時点でアウト。 なんでわざわざみんなが1階にいる時間に犯行に及ぶんだい? 
 単独犯ならともかく、複数犯としては有り得ない。 じゃあ1階にいた連中はと言うと、相互補強なんてまるで無し。 
 例えば金糸雀。 真紅の補強はしたけれど、自分のアリバイはボロボロじゃないか。 雛苺に至っては、共犯者なんて邪魔なだけだ。」 

まぁ、言われてみるとそうかもしれない。 犯人はドール、そして単独犯という事か……。 

現時点での容疑者は4人。 真紅、雛苺、翠星石、金糸雀だ。 この中で省けそうなのは……。 

「真紅……はないよな、蒼星石? 真紅の空白時間はたった1分。 犯行は不可能だ。」 

単独犯である以上、金糸雀にアリバイが保証された真紅はシロだろう。 
人工精霊を使ったのかとも思ったが、人工精霊は物体には触れなかったはず。 刺殺は無理だ。 

「雛苺でもないだろうね。 雛苺の前に金糸雀が離席している。 もしその時に金糸雀が僕を呼んだら? 
 もしくは、生きている僕の姿を見てたとしたら? 雛苺が犯人だとした場合、『計画的犯罪では有り得ない』事になる。」 

「雛苺が衝動的に僕を刺突したとしよう。  じゃあ、『凶器』はどこから持ってきたんだい? 
 計画的犯罪でなかったなら、凶器は即興で用意したはず。 でも、のりさんの部屋は綺麗なものだった。 
 僕の覚えてる限り、凶器になるようなものは何処にも転がっていなかったよ。 
 ジュンくんの部屋で探した? あの部屋で衝動的に凶器を探したなら。 最初に目に付くのは『僕らのカバン』だと思うけどね!」 

ほぁーと感心したようにそうめん石を見つめる雛苺。 確かに。 僕の部屋にある刃物なんて、先の丸いハサミと裁縫道具くらいだ。 
そんな物を使うくらいなら、カバンで殴り付けた方が遥かに強力に決まってる。 

「更に言うなら、雛苺はドアノブに背が届かない。 閉まってる部屋から武器を調達するのも無理だろうね。」 
なるほど。 そう言えば雛苺が僕を呼びに来た時、ドアをドンドン叩いて「おやつっ、いちごっ」とか言ってた気がする。 

「となると。 残ってるのは…………。」 
「す……翠星石はやってないですぅ! 動機は何ですか? 翠星石が、蒼星石を傷付ける訳がありませんです!」 

動機。 それが翠星石の一番の強みではないだろうか。 
彼女が双子の妹に向ける偽りない愛情は、僕らも良く知る所だ。 ……可愛さ余って憎さ百倍って奴だろうか? 
私見だけど。 彼女の気持ちは、そんなちっぽけなものじゃない気がする。 
仮に、双子が血肉を賭けて争わなければならないとしたら。 彼女は笑って、蒼星石に斬られる方を選ぶだろう。 

「そっ、そんな事言うなら、カナだってやってないかしら! 何かしら! そんな目で見ないでくれるかしら? 
 フンだ! シークレットブーツに背の伸びる薬。 そんなみみっちい発想だから、カナが悪者に見えるのかしら!」 
待て! なんでお前までそれを! ……?  待て。 確かに待て。 なんで、金糸雀まで、それを? 

「金糸雀……シークレットブーツは分かる。 でも、なんで『背の伸びる薬』の事まで知ってるんだ?」 
金糸雀も自分の発言の意味に気付いたのか。 見る見る内に血の気が引いていった……。 

そう。 僕はシークレットブーツだけでなく、背の伸びる薬の通販サイトも見ていたのだ。 
でも、さっきの翠星石の発言からは、背の伸びる薬の事は分からないはず。 
ガックリと膝を突く金糸雀。 間違い無い。 中座した数分を使って、金糸雀は2階に来たのだ。 

「……確かにカナは2階に行ったかしら。 言える訳無いかしら! カナは犯人じゃないもの! 
 2階を歩き回って、ジュンの部屋を覗いたけれど。 それだけかしら! 蒼星石なんて、一度も見なかったのかしら!」 
「そ、そぉよぅ、何かの間違いよぅ〜。 カナちゃんにそんな事できる訳無いものぉぅ……。」 

姉ちゃんのフォローが虚しく響く。 僕は金糸雀の顔を直視できなかった。 けれど、事実は変わらない。 
2階を歩き回ったのなら、蒼星石を一度も見なかったなんて有り得ないんだ。 

? そこで、ふと僕は思い当たった。 一度も見なかった? ……なんだろう。 何かが気になる。 

「……なぁ、金糸雀。 正直に答えてくれるか。 お前は『僕の部屋は覗いた』けれど『蒼星石は一度も見なかった』のか?」 
「だからさっきからそう言ってるかしら! カナは犯人じゃ……」 
「落ち着いてくれって! なぁ、これは凄く大切な事だから、よく思い出してくれ。 なんで『僕の部屋は覗けた』んだ?」 
「??? ……ぐすん。 言ってる意味が、良く分からないかしら……。」 

「つまりさ。 ひょっとして、お前が蒼星石を見なかったのは『部屋のドアが閉まっていた』からじゃないか?」 
「あっ……! 確かにそうなのかしら! でも、何でそんな事が分かったのかしら?」 

「……なるほど、ジュンくん。 金糸雀と……雛苺のアリバイから生じるギャップ、だね?」 
そうめん石も気付いたようだ。 その通り。 僕は覚えている。 雛苺が僕を呼んだ時。 

「雛苺が僕を呼んだ時、こいつは部屋のドアをドンドン叩いた。 なんでか? 『ドアが閉まっていた』からだ。 
 一方で、金糸雀は『僕の部屋を覗いた』って言ってる。 なんでか? 『ドアが開いていた』からだ。 
 金糸雀の身長は雛苺と変わらない。 『自分でドアは開けられない』んだ。 つまり、『ドアは最初から開いてた』事になる。 

 ……これと同じ考えが、そのまま姉ちゃんの部屋にも当てはまる。 
 雛苺は『何をしても蒼星石が起きなかった』。 金糸雀は『蒼星石なんて一度も見なかった』。 これはどういう事か?」 
  
「『金糸雀が訪れた時はのりの部屋のドアは閉まっていたけど、雛苺が来た時には開いていた』……という事ね、ジュン。」 

「その通り。 ……そして。 あの時、あの場で、一人だけ。 自分でドアを開け閉めして、部屋を出入りできたドールがいる。」 
ガタン! 僕が言い終わるか否か。 立ち上がってこちらを睨み付けたのは、翠星石に他ならなかった……。 

「……くんくん気取りでいいご身分ですねぇ、チビ人間。 なんか、私が犯人って言ってるように聞こえましたけどぉー。 
 穴が分かりませんか? 物的証拠は一つも無いです。 お前が並べ立ててるのは、状況証拠ばっかりですぅ!」 

あぁ。 頭がクラクラする。 この口調に秘められた響きで、僕は確信してしまった。 こいつが犯人なのだ。 
……ただ、こいつの言う通りだ。 この事件には物的証拠が無い。 出血も、指紋も、ドールには無い。 
こいつの口から釈明を聞きたいのに、問い詰める最後の武器が無い……! 

可能性があるとするなら。 奪われたローザミスティカだ。 ローザミスティカは意思を持つ魂の欠片らしい。 
蒼星石の意思。 蒼星石が拒否さえすれば、奪われたローザミスティカの在処なんて、すぐ分かるんじゃないのか? 
それなのに。 今、翠星石の手元に抱えられた彼女は、沈黙を保ったままだった。 

「近寄らないで貰えますかぁ? このままだと私が犯人にされそうですぅ。 よりにもよって、双子の姉の私が! 
 私はこのまま逃げさせて貰うです。 おかしな真似はするんじゃねぇですよ? 一歩でも近寄ったら……このお椀をブチ割るですぅ!」 

なっ!? なんだって? ただでさえ、この状況に対処できないでいるというのに。 
僕は自分の耳が信じられなかった。 ……あの翠星石が。 蒼星石に、そんな真似をする素振りを見せるなんて。 
いや。 それを言うなら。 翠星石は、既に一度蒼星石を葬っているのだ。 まさか二度も? 最愛のはずだった妹を……? 
現実が悪夢にしか思えない。 じりじりと後退する翠星石を前に、僕らは誰一人動けずにいた。 

「勝手に割ればいいのだわ。」 
ずいっ。 え? 気付けば真紅が一歩踏み出していた。 お、おい! そんな事したら、そうめん石は……! 

「な、何してやがるですか!? お前には血も涙もねぇーのですか? 動くなです! それ以上動けば本当に……」 
「 茶 番 は お し ま い に す る の だ わ ! ! ! 」 
ビリビリビリ。 真紅の怒声が響き渡る。 しん……。 静まり返ったリビングに、真紅の声が響く。 

「ジュン。 先程の推理、なかなか頑張ったようね。 でも、貴方はやっぱりくんくんには程遠いのだわ。 
 一見正しい方向に進んでいるように見えたけれど。 あれはまやかし。 貴方は、間違った前提の元に推理を進めていたのよ。」 
「へ!? ど、どういう事だよ……?」 

真紅はその問いに答えずおもむろに食器棚へ向かうと、お椀を取り出して、妙なモノマネを始めた。 
「コンニチハじゅんクン! ワタシしんく! コーチャヲイレテチョーダイ! コーチャヲイレテチョーダイ!」 

「………………。 何やってるんだ、お前。 アホにしか見えないぞ。」 
真紅はそんな僕の答えに、満足そうに微笑んだ。 

「Gut。 それが正しい反応なのだわ、ジュン。 ……ねぇ、ジュン。 翠星石がしたのはこれと全く同じ事なのよ。」 
えっ。 最初、僕はその言葉が何を示しているのか分からなかった。 
やがて理解する。 そうめん石の事を言ってるのか? そうめん石なんて……「まやかし」である、と。 

「でも、実際の貴方の反応はどうだったかしら? 『蒼星石が生き返った』という戯言を真に受けたのだわ。 
 いいえ、貴方だけじゃないわね。 『死人は喋らない』。 そんな当たり前の事を、なぜ全員が看過したのかしら? 

 理由は簡単。 翠星石の演技が、あまりに、一分の隙も無く『完璧』だったからなのだわ。 
 彼女は『蒼星石』と『翠星石』を完璧に使い分けた。 ジュン、貴方も言ったわね。 『まず事実ありき』。 
 あまりに完璧な『事実』の前に、『常識』は頭の片隅に追いやられ、『非常識』が『常識』になった。 
 『彼女たちはローゼンメイデンの双子だ……そんな事もあるかもしれない』。 誰もがこう思い込まされてしまったのだわ。」 

つまり。 つまり、こういう事か。 ……最初からこの場には『蒼星石なんていなかった』。 全て『翠星石の一人芝居』だった、と。 

「ちょ、ちょぉぉぉぉーっと待つかしら! 何かが致命的におかしいかしら!? これが、もし翠星石のお芝居だったとするなら。 
 なんで『最終的に翠星石が追い詰められるシナリオ』になってるかしら? 普通なら。 自分以外の誰かに嫌疑をかけるかしら!」 

金糸雀の頭は早くも事態を把握したらしい……生意気な。 しかし、もっともな疑問だ。 なんでわざわざ『自分に嫌疑をかける』んだ? 

「そうね……こう考えては駄目かしら。 『犯人は翠星石ではなかった』と。」 
「「「「え゛?」」」」 
僕、姉ちゃん、金糸雀、雛苺。 四人の声が見事にハモる。 

「いいえ。 それよりもまず。 大前提が間違っていたのだわ。 ……被害者は。 本当に『蒼星石』だったのかしら?」 
真紅の言葉が、ゆっくり頭に浸透していく。 そして、唐突に気付かされた。 真実に。 

「最初からおかしかったのよ。 私はこの事件を『水銀燈のやらかすタイプ』の事件ではないと思った。 
 同じように『雛苺のタイプ』でも『金糸雀のタイプ』でも……そして、『翠星石のタイプ』でもないと思った。 
 この3人には、この事件を破綻なく進めるだけの「冷徹さ」が足りないのだわ。 ……では、一体誰なら相応しいのかしら?」 

「正確に一撃で相手を仕留められるのは誰? 鋭利な刃物を持っているのは誰? 被害者と二人きりになれるのは誰? 
 腹話術で『彼女』になりきれるのは誰? ローザミスティカに拒まれないのは誰? ……もう答えはお分かりね。」 

「死人に口無し。 じゃあ語っていたのは誰? 自分の都合のいいように、捜査状況をコントロールしていたのは誰? 
 『犯人』に決まっているのだわ! ……そう! 『犯人』も『探偵』も! 『被害者』すら同一人物だった! 
 『 一 人 三 役 』!! それこそがこの事件の本当のトリックだったのだわ!!! 

 この事件の真犯人は…… 貴 女 な の だ わ !! 『 蒼 星 石 』!!!」 

…………。 こいつは、翠星石じゃなくて、蒼星石? 蒼星石が、翠星石を刺した? 
遺体を見て取り乱さなかったのは、事切れてると知ってたから。 
お椀を割ると脅しつけたのは、それが単なるお椀にすぎないと知ってたから。 
奪われたはずのローザミスティカが、拒否反応を示さなかったのは。 ……斬られて、なお。 妹を許したから。 

「こっ、この子が……蒼星石ちゃん? ……翠星石ちゃんを? そっ、そっ、そんな……。 
 ででででもぉぅ。 髪の毛は私のエクステでどうにかできるとしてぇ……目はどうなってるのぅ? カラーコンタクトぉ?」 
目。 そうだ。 赤の右目、緑の左目。 それは蒼星石ではなく。 翠星石の証のはずだ。 

「人間ならば、デリケートな扱いが必要なのでしょうね。 でも、私達は人形。 ……雛苺。」 
真紅が雛苺に耳打ちする。 雛苺はこくんと頷いて部屋から出て行くと、少しの間を置いて戻ってきた。 
その手にあるのは……折り紙? あっ。 違う。 あれは、色セロファンだ。 真紅はセロファンを鮮やかに丸く切り抜いた。 

「そう。 私達は人形。 難しい事は無いのだわ。 電灯にセロファンを貼って色を変えるように。 こうして、瞳に、ぺたり。」 
息を呑む。 真紅の双眸は、瞬間的に青から赤へと色を変えていた。 知らされてみれば、なんと簡単なトリックなのだろう。 

「……悪い事はするものじゃないね。 結局こうして……必ず、白日の下に晒されてしまう。 お見事だよ、真紅。」 
「捜査に必要なのはどんな小さなことも見落とさない観察力。 ……くんくんの口癖よ。」 
ぱさりと落ちる髪。 目から取り出したものは、色セロファン。 現れたのは、紛う事なき蒼星石だった。 

「……貴女なのね、蒼星石。 翠星石の背中を刺し。 髪を切り。 服を替え。 『被害者・蒼星石』を作り上げたのは。 
 凶器は、言うまでもなく庭師の鋏。 のりの部屋なら、邪魔が入らない事も分かっていた。 
 のりはお台所。 ドールはドアノブに手が届かない。 ジュンが勝手に入るはずもない。 そして、外部犯の可能性も無い。 
 『犯人・翠星石』を演出するにはうってつけの部屋だったという訳ね。」 

「そうだね。 『翠星石』に孤立してもらう事が重要だった。 いつまでも彼女のフリはし通せないし。 
 いずれ、ふとした拍子に『蒼星石』が戻ってきて、『翠星石』が戻らなくなった時。 
 『殺害犯人・翠星石』だったら、戻らなくても惜しまれない。 今回の事がバレる危険性を減らせると思って、ね。」 

……なんだ。 なんだ、この言い草は? お前は、命を奪ったんだぞ。 誰よりも、お前の事を愛してた、姉の。 
くそっ。 くそっ。 くそっ! こんなの、許せない。 許せる訳が無い! 

「ジュンくん……。」 
いつの間にか、姉ちゃんが僕の横にいた。 僕の手を不安そうに握る。 そうだよ。 これが、本当の姉弟じゃないか。 
僕は、姉ちゃんがそこにいる事を確かめるように、小さな手を握り返した……。 

「君達の尺度で計らないでくれるかな。 これは悲劇なんかじゃない。 後悔なんて全く無い。 
 僕と翠星石は、二人で一人なんだ。 今までも、これからも。 
 二つに一つだったんだ。 彼女が僕の中に生きるか。 僕が彼女の中に生きるか。 
 ……それが、アリスゲームなんだ。 ………彼女は………僕を、抱きしめて………笑って………逝ったんだ。」 

今にも膝からくず折れてしまいそうだった。 不意打ちではなかったのだ。 翠星石は『誰に殺されるのか』を知っていたのだ。 
間違っていなかった。 彼女は。 翠星石は。 笑って、斬られる事を、選んだのだ。 

「馬鹿な事を言わないで頂戴、蒼星石! ……後悔なんて全く無いですって? なら、なぜ貴女は泣いているの。」 
「え?」 

そうだ。 泣いている。 蒼星石の瞳からは、とめどなく涙が溢れていた。 蒼星石だけじゃない。 
僕も。 姉ちゃんも。 真紅も、雛苺も、金糸雀も。 みんなが泣いていた。 
こんなのがアリスゲームだって言うなら。 ローゼンなんて、くたばっちまえばいいんだ。 

僕ら全員が命の危機に瀕している事も、アリスゲームの功罪も、もうどうでも良かった。 
僕らは無心に泣き続けた。 ただ、ただ、翠星石の事を想って。 
どれくらいの時が経ったのだろう。 ふと顔を上げた時。 蒼星石の姿はどこかに消えていた……。 

その晩。 僕らは、翠星石の霊を弔っていた。 蒼星石は結局戻って来なかった。 これからも、会えない気がする。 
それとも、時が来ればお互いの意思に関わらずまみえる事になるのだろうか。 アリスゲームの名の下に。 
昨日まで仲睦まじく暮らしていたのに、なぜ急に心変わりしたのか。 今となっては、蒼星石にしか分からない事だった。 

「やりきれない事件だったな……。」 
短くなってしまった翠星石の髪を撫で付ける。 思えば、こいつとは喧嘩してばっかりで、ちっとも構ってやらなかったように感じる。 
ひとしきり拗ねた後の、はにかんだような笑顔を思い出して、何だか無性に悲しくなった。 

「それにしても……大胆なトリックだったな。 なぁ、真紅。 一体いつから入れ替わりを疑ってたんだ?」 
「言ったでしょ。 最初からよ。 あの子が戸口に姿を現した瞬間に、もう分かっていたのだわ。」 

何だって? いや、確かに僕も違和感を感じはしたけれど。 それにしたって、姿を現した瞬間だなんて。 
少し見栄っ張りが過ぎやしないか? 僕は、意地悪く聞き返してやる事にした。 

「そりゃあちょっと言い過ぎじゃないですか、名探偵さん? 私めにも分かるよう、筋道だった説明をお願いしたいもんですねぇ。」 

真紅は心底哀れんだ目で僕を見ると、溜息混じりに言ったのだった。 
「本当に本気で言ってるのかしら? あのね、ジュンくん。 そうめんは喋ったりしないのよ。」 
                                                             <完> 

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