「犯人はこの中にいる!」
蒼星石の声が、リビングに高らかに響き渡る。
その場にいた全員の体に緊張が走り、リビングは重苦しい静寂に包まれた……。
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| ィ/~~~' 、 | ┌- 、,. -┐ | ___ |
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| ||ヽ|| ゚ -゚ノ| || .| |ミ|ミ!゚ ヮ゚ノミ!| .| |l |リ゚ ー゚ノl| .|
| ̄ ̄真 ̄紅 ̄ ̄| ̄ ̄雛 ̄苺 ̄ ̄| ̄翠 ̄星 ̄石 ̄|
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| ┌──┐ .| | ,, ,,_ |
| i二ニニ二i .| , ⌒⌒ヽ | i´ヽヘヘヽノ ..|
| i´ノノノヽ))) . | リノ`ヽ卯) .| (l |ノノ^^ノ)) ..|
| Wリ゚ -゚ノリ .| ,9、゚ ヮ゚ノミ .| £lc○ヮ○l)ヽ..|
| ̄蒼 ̄星 ̄石 ̄| ̄金 ̄糸 ̄雀 ̄| ̄桜田 ̄のり ̄.|
. ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄. ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄. ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ごくり。 何を言ってるんだ。 ここにいるのは、いつもお馴染みの面々じゃないか。
この中に。 この中に、蒼星石を殺した犯人がいるってのか?
一人一人の顔を見回す。 真紅。 雛苺。 翠星石。 金糸雀。 姉ちゃん。 知らない顔は一つも無い。
この中に、殺人……もとい、殺人形犯がいる? ……信じられない。 僕は促されるままに、手元のメモを読み上げた。
【 被害者 】 蒼星石(ローゼンメイデン第4ドール)
【 犯行現場 】 桜田家・のりの部屋
【 犯行時刻 】 n月m日(土) 14:30〜15:00ごろ
【 死因 】 鋭い刃物で背後から刺殺。 被害者は振り向く間もなく絶命。
「蒼星石。 ここまでの事に間違いは無いな?」
「完璧だよ。 流石だね、ジュンくん。」
「……ねぇジュンくぅん。 本当の本当に、それ……その人が蒼星石ちゃんなのぅ?」
もう何度同じ事を聞かれただろう。 姉ちゃんはどうしても納得がいかないらしい。
僕だって信じられない。 僕がいま会話してるのは、翠星石が手に持った1杯のそうめんなのだから……。
最初に蒼星石の遺体を発見したのは、雛苺だった。
時間は午後3時、おやつの時間。 姉ちゃんに頼まれて、皆を呼んで回ったそうだ。
「最初はおねんねしてると思ったの……。」
雛苺の勘違いも無理は無いだろう。 ドールに出血がある筈も無く、現場に凶器は残されていなかった。
だが、どんなに揺すぶっても叩いても、蒼星石の瞳は固く閉じたまま。
雛苺は得体の知れない恐怖に駆られたらしく、泣きながらリビングまで下りてきたのだ。
雛苺の恐慌を見て、真紅は只ならぬ何かを感じ取ったらしい。
次に部屋に行ったのは、他でもない僕と真紅だった。
あの時の真紅の固い声を思い出す。 ローザミスティカが……失われているわ。
ローザミスティカ。 それはローゼンメイデンの魂。 彼女達のレゾンデートル。 アリスに至る7つの欠片。
僕が最初に思ったのは、蒼星石はアリスゲームに敗北したのでは?という事だった。
その考えを口にすると、真紅はキッパリ否定した。
「貴方が考えている犯人は、おそらく水銀燈でしょう。 違って?
でも、のりの部屋に『入口』は無いわ。 金糸雀も含め、この家には5人もローゼンメイデンがいたのよ。
もし一撃で蒼星石が倒れなかったら? nのフィールドから断絶された部屋で、もし5人に囲まれたら? リスクが高すぎる。
私が水銀燈だったら。 必ず『nのフィールドに出入りできる場所』で勝負を賭けるわ。 鏡の部屋のような、ね。」
うっ……。 一理ある。 でも、まずは事実ありきじゃないか?
現実に蒼星石は一突きで倒されているのだ。 誰かが蒼星石を倒し、ローザミスティカを奪ったのだ。
水銀燈じゃなかったら、誰だって言うんだ……?
「……そうね、貴方の言う事はもっともだわ。 でも、水銀燈ほど打算的な子が、こんな危険な橋を渡るとは思えない。」
「そう。 それならば結論は一つしかない。」
突然の声に振り向くと、そこには翠星石が立っていた。 でも、何かがおかしかった。 この喋り方はまるで……。
「蒼星石……?」
真紅が呟く。 そう。 蒼星石そっくりだ。 この光景を見て取り乱さないのも、翠星石らしからぬ行動に思えた。
「私が喋ったのではないのですぅ……。」
戸惑う僕に、これまた困惑顔で翠星石が告げる。 へ? どういう事だ? 意味ありげにチラチラと視線を振る翠星石。
その視線を追うと。 彼女は手にそうめんの入ったお椀を持っていた……。
「まずは事実ありき、か……。」
そうめんを横目に、げんなりと呟く僕。 例えどんなに異常で信じがたい事だろうと。
目の前に展開されている以上、それは紛れも無い事実なのだ。
このそうめんが蒼星石。 言うなればそうめん石か。 ……受け容れなければ、現実を……。
気を取り直し、そうめん石の供述を書き取ったメモを見直す。
被害者自身が体験を元に述べたのだ。 おかげで一気に犯行状況が明確化された。
犯行現場は姉ちゃんの部屋で確定。 犯行時刻は……特定できなかった。
蒼星石は姉ちゃんの部屋で「アリスゲーム」について考えていたらしく、時計を見たのは14:30が最後との事だった。
つまり、犯行は14:30〜15:00の間。 そして、残念ながら蒼星石は犯人の顔を見ていなかった。
今分かるのはこんな所か……。 そうめん石は僕らをリビングに集めると、その場を仕切って語り出した。
「もう充分お分かりかと思うけど、改めて言うよ。 このそうめんが今の僕。 僕の体は……殺されたんだ。」
翠星石が抱えるそうめんが蒼星石。 シュールすぎる発言に、一瞬微妙な空気が流れかける。
しかし、そうめん石の真剣な語り口調と「殺された」という言葉の響きは、とても笑えるようなものではなかった。
「で、でも、そのおそうめんが蒼星石だとして、一体誰に殺されたって言うのかしら〜?」
金糸雀が当然の疑問を口にする。 うんうん頷いて同意を示す姉ちゃんと雛苺。
「僕の体からはローザミスティカが抜き取られていた。」
「えっ! ローザミスティカが!? じゃ、じゃあ犯人は……水銀燈?」
「普段の彼女の素行からすると、当然そう思うだろうね。 でも、これは外部ドールの犯行では有り得ないんだ。」
真紅の方をちらりと見る僕。 あいつも似たような事を言ってたっけ。
「??? え〜っとぉぅ……つまりどういう事なのかしら。 私ったら、ほんと馬鹿でやんなっちゃう。」
姉ちゃんが首を捻る。 馬鹿という点には大いに同意したい所だが、雛苺や金糸雀の表情も似たようなもんだった。
「こういう事さ。 事件当時、桜田家には外部の来訪者はいなかった。 にも関わらず僕は殺された。 ……つまり。」
そうめん石が言葉を切る。 今や、彼女の言わんとする所は全員に伝わっていた。
「犯人はこの中にいる!」
「かっ……カナはやってないのかしらー!!」
「ヒナでもないのよー!」
小っこいの二人が猛然と潔白を主張し始めた。 僕だって、こいつらにそんな事ができるとは思えない。
でも……じゃあ、誰ならできるっていうんだ? 容疑者なんて数える程しかいないじゃないか。
「……どうやら、みんなにアリバイを聞く必要があるね。 このままじゃ犯人は特定できない。
みんなが等しく『容疑者』なんだ。 14:30から15:00までの間、どこで何をしてたか。 ……聞かせて貰えるかな。」
===== 容疑者その1 ===== <真紅>
「14:30から15:00の間なら、私はリビングに居たわ。 くんくんのビデオを見るためにね。
私だけじゃなく、翠星石も、雛苺も、金糸雀も、要するにみんな。 それはのりも知ってると思うけれど。」
姉ちゃんがこくりと頷く。 僕は少しだけ安堵した。 言うまでもなく、真紅は容疑者の最右翼だからだ。
ちびっこコンビや、蒼星石を溺愛していた翠星石。 この誰かが、蒼星石の隙を付いて殺傷? ちょっとイメージが湧かない。
その点真紅ならば、行動力・知力・判断力、全てにおいて申し分が無い。
この犯行を実行するに足るか?と問われたら、イエスと答えざるを得ない資質の持ち主なのだ。
「30分間、一度も席を外したりはしなかったのかい?」
「ええ……初めて見るエピソードだったから。 もっとも一度だけ再生停止して、お菓子を取りに行ったけれど。」
それは気が付かなかったわぁ、と言う姉ちゃん。 まぁ、そんなのいちいち覚えちゃいないよな。
===== 容疑者その2 ===== <金糸雀>
「確かに再生停止されたのは覚えてるかしら。 全く、なんて横暴なのと思ったかし……むぐぐ。」
真紅に頬を抓られる金糸雀。 口は災いの元だ。
「うぅ……。 だけど真紅はすぐに戻ってきたかしら。 たぶん、1分かそこらで。
1分の内に2階に行って、蒼星石を一突きして戻ってくる……ちょっと無理があると思うのかしら。」
確かに。 真紅だったら、犯行に最低でも5分は見積もるはずだ。
「そう言えば、金糸雀は10分くらいどっかに行っちゃってたのよ〜。」
「なっ…何を言うかしら!? ほんの5・6分かしら! 今後の事を考えて、コッソリ侵入経路を調べてただけかしら!
1階は歩き回ったけど、2階には1秒だって行ってないかしら! 滅多な事を言わないでくれるかしら!!」
どうやら、その間のアリバイは証明できないようだ。 いつ、何分席を立ったのか、正確な所が分からない。
7〜8分とすると、犯行は充分可能だけど。 果たしてコイツが何もしくじらずに目的達成できるものか? 僕には分からなかった。
===== 容疑者その3 ===== <翠星石>
「私は最初の15分くらいはリビングにはいなかったです。 おやつをせしめるために下に行ったのですぅ。」
「……ん? お前今、下って言ったよな。 つまり、それまでは2階にいたって事か?」
言うまでもなく、犯行現場は2階だ。 他の連中が1階にいたのなら、俄然犯人である可能性が高くなってくる。
でも……正直、僕はこいつだけは有り得ないと思う。 そんな僕に向けて、にやらと笑う翠星石。
「はいです。 誰かさんを観察してたのですぅ。 いやぁ、いいですねぇ、シークレットブーツ。 20cmですもんねぇ、20せ・ん・ち。」
「なっ……こっ、こいつ、この性悪人形! 隠れて見てたのか! 趣味が悪いにも程があるぞ!」
くっそー、僕にプライバシーは無いのか! あんまり毎日チビだチビだ言われるもんだから、つい見ちゃったんだよ!
「ジュンくん、怒らないであげて。 どうせ照れ隠しの口実なんだから。」
「なっ……何を言うですか蒼星石!? 口実も何も、言ったままの意味なのです!」
そうめん石がとりなしてきた。 口実? 照れ隠し? さっきのセリフのどこに口実や照れ隠しがあるんだよ、まったく。
だけどこのやり取りを聞く限り、翠星石が犯人だなんて思えないのは確かだ……。
===== 容疑者その4 ===== <雛苺>
「ヒナはねーぇ、真紅たちと一緒にずうっとくんくんを見てたの。
のりにジュンと蒼星石を呼んで来てって言われるまで、いっぺんも立ったり座ったりしなかったのよー。」
いや、座ったりはしただろ……。 ともかく、こいつの証言は一見何の問題も無さそうだ。
でも。 遺体の第一発見者は誰だったか? そう、雛苺だったのだ。 それを度外視する訳にはいかない。
蒼星石を呼びに行く、その時。 それは犯行のチャンスでもあったのだ。
って、雛苺が犯行……? 「蒼星石、御免!なのよー!」とか叫んで、一発でバレそうな気がするなぁ……。
===== 容疑者その5 ===== <桜田のり>
「え? 私? う〜ん、私はおやつの用意でずっとお台所にいたけどぅ。
真紅ちゃん達、みんなテレビに夢中だったから、証明するのはちょっと難しいかしらねぇ……。」
意外にも、姉ちゃんは自分のアリバイのあやふやさを理解していた。 そう、姉ちゃんは僕らの「心理的死角」に成り得る人間だ。
土曜日、午後3時前、桜田家。 その時間、「桜田のり」は台所にいるのが当たり前。 誰もそれを疑わない。
移動に時間がかかるドールと違い、姉ちゃんなら1・2分あれば犯行を終えて帰ってこれるだろう。
加えて、犯行現場は姉ちゃんの部屋。 出入りしたとしても、誰が気に留めるだろうか。
ただ、ローザミスティカの事がある。 僕らには、これっぽっちも用が無い代物だ。 姉ちゃんには「動機」が無い……。
===== 容疑者その6 ===== <桜田ジュン>
「僕は、雛苺がドアをドンドン叩くまでずっと部屋にいた。 証明する方法は……」
気付いて、青ざめる。 僕はずっと一人だった。 翠星石の証言から14:45までは裏が取れるが、その後は無理だ。
なんてこった! 僕が一番アリバイが怪しいじゃないか!
「無い、か。 参ったね。 犯人はジュンくんかい? 動機は……真紅のためにローザミスティカ収集、ってとこかな。」
「な!?な!な!!!」
そうめん石の言葉に一気に体温が下がった気がする。 違う! 僕じゃない!
「蒼星石。 ジュンには昼間に危険を冒す必然性が無いわ。 夜中になれば、幾らでもチャンスはあるんですもの。」
真紅! 気付けば、彼女が僕とそうめん石の間に立ち塞がっていた。
「でも、夜中だと犯人はジュンくんでほぼ確定してしまうよね。 僕なら昼間、容疑者の多い時に実行するな。」
睨み合う(?)真紅とそうめん石。 只ならぬ緊張感が迸る。
「……なんてね。 もし犯人がジュン君で僕に不意打ちするなら、身長差から考えても『上から振り下ろす』のが自然。
『背中に刺し傷』が出来たのは、犯人も同じくらいの身長だから。 つまり、ドールって事になる。
ふふっ……ごめん、ジュンくん。 あんまり青い顔してたもんだから、つい……ね。」
…………。 ほぁ〜〜〜〜〜っ。 僕はどでかい溜息をついた。 じょ、冗談かよ……。
でも言い返せなかった。 たかがそうめんに追い詰められたというのに、言い返せる材料が、僕には全く無かったのだ。
冤罪。 僕はその可能性に、今更ながら気付かされた……。
「でもそうなると、僕と姉ちゃんの線は消えるな。 ……そう言えば、今気付いたんだけど、複数犯の可能性って無いのか?」
例えば複数犯だったら、今まで聞いたアリバイも違った意味を持つのではないだろうか。
「うーん………無い、だろうね。 いいかいジュンくん。 複数犯という事は、『計画的な犯罪』という事だ。
前もって計画したなら、必ずアリバイの相互補強をする。 さっき聞いたアリバイに、相互補強になりそうな物があったかい?」
「まず、ジュンくんと翠星石は2階に居た時点でアウト。 なんでわざわざみんなが1階にいる時間に犯行に及ぶんだい?
単独犯ならともかく、複数犯としては有り得ない。 じゃあ1階にいた連中はと言うと、相互補強なんてまるで無し。
例えば金糸雀。 真紅の補強はしたけれど、自分のアリバイはボロボロじゃないか。 雛苺に至っては、共犯者なんて邪魔なだけだ。」
まぁ、言われてみるとそうかもしれない。 犯人はドール、そして単独犯という事か……。
現時点での容疑者は4人。 真紅、雛苺、翠星石、金糸雀だ。 この中で省けそうなのは……。
「真紅……はないよな、蒼星石? 真紅の空白時間はたった1分。 犯行は不可能だ。」
単独犯である以上、金糸雀にアリバイが保証された真紅はシロだろう。
人工精霊を使ったのかとも思ったが、人工精霊は物体には触れなかったはず。 刺殺は無理だ。
「雛苺でもないだろうね。 雛苺の前に金糸雀が離席している。 もしその時に金糸雀が僕を呼んだら?
もしくは、生きている僕の姿を見てたとしたら? 雛苺が犯人だとした場合、『計画的犯罪では有り得ない』事になる。」
「雛苺が衝動的に僕を刺突したとしよう。 じゃあ、『凶器』はどこから持ってきたんだい?
計画的犯罪でなかったなら、凶器は即興で用意したはず。 でも、のりさんの部屋は綺麗なものだった。
僕の覚えてる限り、凶器になるようなものは何処にも転がっていなかったよ。
ジュンくんの部屋で探した? あの部屋で衝動的に凶器を探したなら。 最初に目に付くのは『僕らのカバン』だと思うけどね!」
ほぁーと感心したようにそうめん石を見つめる雛苺。 確かに。 僕の部屋にある刃物なんて、先の丸いハサミと裁縫道具くらいだ。
そんな物を使うくらいなら、カバンで殴り付けた方が遥かに強力に決まってる。
「更に言うなら、雛苺はドアノブに背が届かない。 閉まってる部屋から武器を調達するのも無理だろうね。」
なるほど。 そう言えば雛苺が僕を呼びに来た時、ドアをドンドン叩いて「おやつっ、いちごっ」とか言ってた気がする。
「となると。 残ってるのは…………。」
「す……翠星石はやってないですぅ! 動機は何ですか? 翠星石が、蒼星石を傷付ける訳がありませんです!」
動機。 それが翠星石の一番の強みではないだろうか。
彼女が双子の妹に向ける偽りない愛情は、僕らも良く知る所だ。 ……可愛さ余って憎さ百倍って奴だろうか?
私見だけど。 彼女の気持ちは、そんなちっぽけなものじゃない気がする。
仮に、双子が血肉を賭けて争わなければならないとしたら。 彼女は笑って、蒼星石に斬られる方を選ぶだろう。
「そっ、そんな事言うなら、カナだってやってないかしら! 何かしら! そんな目で見ないでくれるかしら?
フンだ! シークレットブーツに背の伸びる薬。 そんなみみっちい発想だから、カナが悪者に見えるのかしら!」
待て! なんでお前までそれを! ……? 待て。 確かに待て。 なんで、金糸雀まで、それを?
「金糸雀……シークレットブーツは分かる。 でも、なんで『背の伸びる薬』の事まで知ってるんだ?」
金糸雀も自分の発言の意味に気付いたのか。 見る見る内に血の気が引いていった……。
そう。 僕はシークレットブーツだけでなく、背の伸びる薬の通販サイトも見ていたのだ。
でも、さっきの翠星石の発言からは、背の伸びる薬の事は分からないはず。
ガックリと膝を突く金糸雀。 間違い無い。 中座した数分を使って、金糸雀は2階に来たのだ。
「……確かにカナは2階に行ったかしら。 言える訳無いかしら! カナは犯人じゃないもの!
2階を歩き回って、ジュンの部屋を覗いたけれど。 それだけかしら! 蒼星石なんて、一度も見なかったのかしら!」
「そ、そぉよぅ、何かの間違いよぅ〜。 カナちゃんにそんな事できる訳無いものぉぅ……。」
姉ちゃんのフォローが虚しく響く。 僕は金糸雀の顔を直視できなかった。 けれど、事実は変わらない。
2階を歩き回ったのなら、蒼星石を一度も見なかったなんて有り得ないんだ。
? そこで、ふと僕は思い当たった。 一度も見なかった? ……なんだろう。 何かが気になる。
「……なぁ、金糸雀。 正直に答えてくれるか。 お前は『僕の部屋は覗いた』けれど『蒼星石は一度も見なかった』のか?」
「だからさっきからそう言ってるかしら! カナは犯人じゃ……」
「落ち着いてくれって! なぁ、これは凄く大切な事だから、よく思い出してくれ。 なんで『僕の部屋は覗けた』んだ?」
「??? ……ぐすん。 言ってる意味が、良く分からないかしら……。」
「つまりさ。 ひょっとして、お前が蒼星石を見なかったのは『部屋のドアが閉まっていた』からじゃないか?」
「あっ……! 確かにそうなのかしら! でも、何でそんな事が分かったのかしら?」
「……なるほど、ジュンくん。 金糸雀と……雛苺のアリバイから生じるギャップ、だね?」
そうめん石も気付いたようだ。 その通り。 僕は覚えている。 雛苺が僕を呼んだ時。
「雛苺が僕を呼んだ時、こいつは部屋のドアをドンドン叩いた。 なんでか? 『ドアが閉まっていた』からだ。
一方で、金糸雀は『僕の部屋を覗いた』って言ってる。 なんでか? 『ドアが開いていた』からだ。
金糸雀の身長は雛苺と変わらない。 『自分でドアは開けられない』んだ。 つまり、『ドアは最初から開いてた』事になる。
……これと同じ考えが、そのまま姉ちゃんの部屋にも当てはまる。
雛苺は『何をしても蒼星石が起きなかった』。 金糸雀は『蒼星石なんて一度も見なかった』。 これはどういう事か?」
「『金糸雀が訪れた時はのりの部屋のドアは閉まっていたけど、雛苺が来た時には開いていた』……という事ね、ジュン。」
「その通り。 ……そして。 あの時、あの場で、一人だけ。 自分でドアを開け閉めして、部屋を出入りできたドールがいる。」
ガタン! 僕が言い終わるか否か。 立ち上がってこちらを睨み付けたのは、翠星石に他ならなかった……。
「……くんくん気取りでいいご身分ですねぇ、チビ人間。 なんか、私が犯人って言ってるように聞こえましたけどぉー。
穴が分かりませんか? 物的証拠は一つも無いです。 お前が並べ立ててるのは、状況証拠ばっかりですぅ!」
あぁ。 頭がクラクラする。 この口調に秘められた響きで、僕は確信してしまった。 こいつが犯人なのだ。
……ただ、こいつの言う通りだ。 この事件には物的証拠が無い。 出血も、指紋も、ドールには無い。
こいつの口から釈明を聞きたいのに、問い詰める最後の武器が無い……!
可能性があるとするなら。 奪われたローザミスティカだ。 ローザミスティカは意思を持つ魂の欠片らしい。
蒼星石の意思。 蒼星石が拒否さえすれば、奪われたローザミスティカの在処なんて、すぐ分かるんじゃないのか?
それなのに。 今、翠星石の手元に抱えられた彼女は、沈黙を保ったままだった。
「近寄らないで貰えますかぁ? このままだと私が犯人にされそうですぅ。 よりにもよって、双子の姉の私が!
私はこのまま逃げさせて貰うです。 おかしな真似はするんじゃねぇですよ? 一歩でも近寄ったら……このお椀をブチ割るですぅ!」
なっ!? なんだって? ただでさえ、この状況に対処できないでいるというのに。
僕は自分の耳が信じられなかった。 ……あの翠星石が。 蒼星石に、そんな真似をする素振りを見せるなんて。
いや。 それを言うなら。 翠星石は、既に一度蒼星石を葬っているのだ。 まさか二度も? 最愛のはずだった妹を……?
現実が悪夢にしか思えない。 じりじりと後退する翠星石を前に、僕らは誰一人動けずにいた。
「勝手に割ればいいのだわ。」
ずいっ。 え? 気付けば真紅が一歩踏み出していた。 お、おい! そんな事したら、そうめん石は……!
「な、何してやがるですか!? お前には血も涙もねぇーのですか? 動くなです! それ以上動けば本当に……」
「 茶 番 は お し ま い に す る の だ わ ! ! ! 」
ビリビリビリ。 真紅の怒声が響き渡る。 しん……。 静まり返ったリビングに、真紅の声が響く。
「ジュン。 先程の推理、なかなか頑張ったようね。 でも、貴方はやっぱりくんくんには程遠いのだわ。
一見正しい方向に進んでいるように見えたけれど。 あれはまやかし。 貴方は、間違った前提の元に推理を進めていたのよ。」
「へ!? ど、どういう事だよ……?」
真紅はその問いに答えずおもむろに食器棚へ向かうと、お椀を取り出して、妙なモノマネを始めた。
「コンニチハじゅんクン! ワタシしんく! コーチャヲイレテチョーダイ! コーチャヲイレテチョーダイ!」
「………………。 何やってるんだ、お前。 アホにしか見えないぞ。」
真紅はそんな僕の答えに、満足そうに微笑んだ。
「Gut。 それが正しい反応なのだわ、ジュン。 ……ねぇ、ジュン。 翠星石がしたのはこれと全く同じ事なのよ。」
えっ。 最初、僕はその言葉が何を示しているのか分からなかった。
やがて理解する。 そうめん石の事を言ってるのか? そうめん石なんて……「まやかし」である、と。
「でも、実際の貴方の反応はどうだったかしら? 『蒼星石が生き返った』という戯言を真に受けたのだわ。
いいえ、貴方だけじゃないわね。 『死人は喋らない』。 そんな当たり前の事を、なぜ全員が看過したのかしら?
理由は簡単。 翠星石の演技が、あまりに、一分の隙も無く『完璧』だったからなのだわ。
彼女は『蒼星石』と『翠星石』を完璧に使い分けた。 ジュン、貴方も言ったわね。 『まず事実ありき』。
あまりに完璧な『事実』の前に、『常識』は頭の片隅に追いやられ、『非常識』が『常識』になった。
『彼女たちはローゼンメイデンの双子だ……そんな事もあるかもしれない』。 誰もがこう思い込まされてしまったのだわ。」
つまり。 つまり、こういう事か。 ……最初からこの場には『蒼星石なんていなかった』。 全て『翠星石の一人芝居』だった、と。
「ちょ、ちょぉぉぉぉーっと待つかしら! 何かが致命的におかしいかしら!? これが、もし翠星石のお芝居だったとするなら。
なんで『最終的に翠星石が追い詰められるシナリオ』になってるかしら? 普通なら。 自分以外の誰かに嫌疑をかけるかしら!」
金糸雀の頭は早くも事態を把握したらしい……生意気な。 しかし、もっともな疑問だ。 なんでわざわざ『自分に嫌疑をかける』んだ?
「そうね……こう考えては駄目かしら。 『犯人は翠星石ではなかった』と。」
「「「「え゛?」」」」
僕、姉ちゃん、金糸雀、雛苺。 四人の声が見事にハモる。
「いいえ。 それよりもまず。 大前提が間違っていたのだわ。 ……被害者は。 本当に『蒼星石』だったのかしら?」
真紅の言葉が、ゆっくり頭に浸透していく。 そして、唐突に気付かされた。 真実に。
「最初からおかしかったのよ。 私はこの事件を『水銀燈のやらかすタイプ』の事件ではないと思った。
同じように『雛苺のタイプ』でも『金糸雀のタイプ』でも……そして、『翠星石のタイプ』でもないと思った。
この3人には、この事件を破綻なく進めるだけの「冷徹さ」が足りないのだわ。 ……では、一体誰なら相応しいのかしら?」
「正確に一撃で相手を仕留められるのは誰? 鋭利な刃物を持っているのは誰? 被害者と二人きりになれるのは誰?
腹話術で『彼女』になりきれるのは誰? ローザミスティカに拒まれないのは誰? ……もう答えはお分かりね。」
「死人に口無し。 じゃあ語っていたのは誰? 自分の都合のいいように、捜査状況をコントロールしていたのは誰?
『犯人』に決まっているのだわ! ……そう! 『犯人』も『探偵』も! 『被害者』すら同一人物だった!
『 一 人 三 役 』!! それこそがこの事件の本当のトリックだったのだわ!!!
この事件の真犯人は…… 貴 女 な の だ わ !! 『 蒼 星 石 』!!!」
…………。 こいつは、翠星石じゃなくて、蒼星石? 蒼星石が、翠星石を刺した?
遺体を見て取り乱さなかったのは、事切れてると知ってたから。
お椀を割ると脅しつけたのは、それが単なるお椀にすぎないと知ってたから。
奪われたはずのローザミスティカが、拒否反応を示さなかったのは。 ……斬られて、なお。 妹を許したから。
「こっ、この子が……蒼星石ちゃん? ……翠星石ちゃんを? そっ、そっ、そんな……。
ででででもぉぅ。 髪の毛は私のエクステでどうにかできるとしてぇ……目はどうなってるのぅ? カラーコンタクトぉ?」
目。 そうだ。 赤の右目、緑の左目。 それは蒼星石ではなく。 翠星石の証のはずだ。
「人間ならば、デリケートな扱いが必要なのでしょうね。 でも、私達は人形。 ……雛苺。」
真紅が雛苺に耳打ちする。 雛苺はこくんと頷いて部屋から出て行くと、少しの間を置いて戻ってきた。
その手にあるのは……折り紙? あっ。 違う。 あれは、色セロファンだ。 真紅はセロファンを鮮やかに丸く切り抜いた。
「そう。 私達は人形。 難しい事は無いのだわ。 電灯にセロファンを貼って色を変えるように。 こうして、瞳に、ぺたり。」
息を呑む。 真紅の双眸は、瞬間的に青から赤へと色を変えていた。 知らされてみれば、なんと簡単なトリックなのだろう。
「……悪い事はするものじゃないね。 結局こうして……必ず、白日の下に晒されてしまう。 お見事だよ、真紅。」
「捜査に必要なのはどんな小さなことも見落とさない観察力。 ……くんくんの口癖よ。」
ぱさりと落ちる髪。 目から取り出したものは、色セロファン。 現れたのは、紛う事なき蒼星石だった。
「……貴女なのね、蒼星石。 翠星石の背中を刺し。 髪を切り。 服を替え。 『被害者・蒼星石』を作り上げたのは。
凶器は、言うまでもなく庭師の鋏。 のりの部屋なら、邪魔が入らない事も分かっていた。
のりはお台所。 ドールはドアノブに手が届かない。 ジュンが勝手に入るはずもない。 そして、外部犯の可能性も無い。
『犯人・翠星石』を演出するにはうってつけの部屋だったという訳ね。」
「そうだね。 『翠星石』に孤立してもらう事が重要だった。 いつまでも彼女のフリはし通せないし。
いずれ、ふとした拍子に『蒼星石』が戻ってきて、『翠星石』が戻らなくなった時。
『殺害犯人・翠星石』だったら、戻らなくても惜しまれない。 今回の事がバレる危険性を減らせると思って、ね。」
……なんだ。 なんだ、この言い草は? お前は、命を奪ったんだぞ。 誰よりも、お前の事を愛してた、姉の。
くそっ。 くそっ。 くそっ! こんなの、許せない。 許せる訳が無い!
「ジュンくん……。」
いつの間にか、姉ちゃんが僕の横にいた。 僕の手を不安そうに握る。 そうだよ。 これが、本当の姉弟じゃないか。
僕は、姉ちゃんがそこにいる事を確かめるように、小さな手を握り返した……。
「君達の尺度で計らないでくれるかな。 これは悲劇なんかじゃない。 後悔なんて全く無い。
僕と翠星石は、二人で一人なんだ。 今までも、これからも。
二つに一つだったんだ。 彼女が僕の中に生きるか。 僕が彼女の中に生きるか。
……それが、アリスゲームなんだ。 ………彼女は………僕を、抱きしめて………笑って………逝ったんだ。」
今にも膝からくず折れてしまいそうだった。 不意打ちではなかったのだ。 翠星石は『誰に殺されるのか』を知っていたのだ。
間違っていなかった。 彼女は。 翠星石は。 笑って、斬られる事を、選んだのだ。
「馬鹿な事を言わないで頂戴、蒼星石! ……後悔なんて全く無いですって? なら、なぜ貴女は泣いているの。」
「え?」
そうだ。 泣いている。 蒼星石の瞳からは、とめどなく涙が溢れていた。 蒼星石だけじゃない。
僕も。 姉ちゃんも。 真紅も、雛苺も、金糸雀も。 みんなが泣いていた。
こんなのがアリスゲームだって言うなら。 ローゼンなんて、くたばっちまえばいいんだ。
僕ら全員が命の危機に瀕している事も、アリスゲームの功罪も、もうどうでも良かった。
僕らは無心に泣き続けた。 ただ、ただ、翠星石の事を想って。
どれくらいの時が経ったのだろう。 ふと顔を上げた時。 蒼星石の姿はどこかに消えていた……。
その晩。 僕らは、翠星石の霊を弔っていた。 蒼星石は結局戻って来なかった。 これからも、会えない気がする。
それとも、時が来ればお互いの意思に関わらずまみえる事になるのだろうか。 アリスゲームの名の下に。
昨日まで仲睦まじく暮らしていたのに、なぜ急に心変わりしたのか。 今となっては、蒼星石にしか分からない事だった。
「やりきれない事件だったな……。」
短くなってしまった翠星石の髪を撫で付ける。 思えば、こいつとは喧嘩してばっかりで、ちっとも構ってやらなかったように感じる。
ひとしきり拗ねた後の、はにかんだような笑顔を思い出して、何だか無性に悲しくなった。
「それにしても……大胆なトリックだったな。 なぁ、真紅。 一体いつから入れ替わりを疑ってたんだ?」
「言ったでしょ。 最初からよ。 あの子が戸口に姿を現した瞬間に、もう分かっていたのだわ。」
何だって? いや、確かに僕も違和感を感じはしたけれど。 それにしたって、姿を現した瞬間だなんて。
少し見栄っ張りが過ぎやしないか? 僕は、意地悪く聞き返してやる事にした。
「そりゃあちょっと言い過ぎじゃないですか、名探偵さん? 私めにも分かるよう、筋道だった説明をお願いしたいもんですねぇ。」
真紅は心底哀れんだ目で僕を見ると、溜息混じりに言ったのだった。
「本当に本気で言ってるのかしら? あのね、ジュンくん。 そうめんは喋ったりしないのよ。」
<完>