それでは、一本投下します
「日曜夕方のブルー」を少しでも癒して頂ければ幸いです
では、SS「みっちゃんはね♪」、どうぞ
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「ハァ・・・」
ローゼン・メイデン第二ドール金糸雀のマスター、みっちゃんはため息をついていた
みっちゃんは・・・綺麗な服で着飾った可愛い女のコが好きだった、そんな写真を撮るのが夢だった
カメラマンを目指し、写真学校に入った、親の反対を押し切った手前、学費は自分でバイトして稼いだ
学校ではいい成績を維持した、卒業制作で出した東欧の少女達の写真はプロの間でも高い評価を受けた
在学中から憧れていた売れっ子カメラマンの仕事場にバイトで入り込み、卒業後はそのまま師事した
お師匠はブツ撮り、風景、何でも来いの女性カメラマンで、特に人物を撮らせれば右に出る者無しだった
生意気な新入りのみっちゃんに、自分が撮った写真が実際に媒体になるまでのすべての工程に係らせた
最初は便利屋扱いに反発したけど、対等の友人として接してくれるお師匠とは次第に打ち解けていった
キツい助手時代を数年過ごした頃、お師匠は突然、高給を貰える広告代理店の専属カメラマンをやめた
「今撮っておかなきゃいけないひとが居る」といって、カメラ片手にイラクまで飛んで行ってしまった
助手時代から、お師匠が色々な分野の撮影仕事を均等に回してくれたおかげで、その頃のみっちゃんは
何でも撮れる小器用なカメラマンになっていた、みっちゃんへの名指しでの仕事も入りつつあったので
その広告代理店からのお師匠の後釜へのお誘いを丁重に断り、このご時世に大変な独立の道を選んだ
綺麗な服で着飾った、可愛い女のコを撮りたい、みっちゃんは夢に向かって動き出した
そして・・・・
今日の仕事は、大手スーパーのチラシに使われる商品写真の撮影、ギャラは笑っちゃうほど安い
今日のモデルはマグロの刺身だった、実際に特売で店頭に並ぶマグロよりずっと上等な代物に
さらに脂の照りを出すためにサラダ油をハケで塗り、ライトで生温くなったマグロの機嫌を伺う仕事
みっちゃんはため息をついていた、独立をしたみたはいいものの、来る仕事はつまらない仕事ばかり
夢とはほど遠い生活と、どうにも増えない残高、元より自分の写真の腕には絶対の自信を持っていた
仕事場である広告、出版業界でも、「みっちゃんに任せればいい写真撮ってくれる」との評価を得ていた
でも、いい写真を撮る人材は毎年多く吐き出されて来るが、それに回ってくる予算は年々渋くなる一方
結局、代理店時代のコネで手の届く仕事を入れてはこなすしかなかった、何でも撮ってた助手時代の
経験は役に立ったが、みっちゃんは嬉しくなかった、夢みてた未来、夢にほど遠い今、不満の多い生活
お師匠の下で広告代理店に籍を置いていた頃は、年収相当額の買い物でもすんなりローンが通った
独立した途端にガソリンスタンドや量販店のクレカ付き会員カードを作る時も審査で難癖をつけられる
「フリー・カメラマン」という職業がすでに、信販会社のブラックリストに載っているらしい
「はぁ・・・フリーでやってくのががこんなに大変なんてねぇ・・・」
みっちゃんは、またため息をついた、みっちゃんの横で、彼女のドール、金糸雀が心配そうに見る
最初に金糸雀に会ったのは、独立してすぐの頃だった、営業下手でこなせない仕事、減りつづける貯金
何かの幻覚かと思った、幻覚なら付き合ってやれと、訳のわからないまま「まきます」に丸をつけた
あの後カナが突然やってこなかったら、多分私はろくでもない男にでも騙されてたとみっちゃんは思った
「みっちゃん・・・何か・・・疲れてるみたいかしら・・・みっちゃん・・・だいじょう・・・ぶ・・・?」
横で見つめるカナ、この感情を持つ不思議なドールの表情に気づき、みっちゃんは笑った、無理に笑った
「ハァ・・・ごめんね、カナ・・・こんな甲斐性無しのマスターで、・・・でも安心して・・・
カナには絶対、綺麗なお洋服着せてあげるし、おいしい物もいくらでも買ってあげるから・・・」
みっちゃんは決めてた、カナには決して仕事の愚痴は言わない、カナには絶対、不自由な思いをさせない
でも・・・・
みっちゃんは傍らに居るドール、端正で汚れ無き、命宿るドールを見て、もう一度・・・・繰り返した
「カナ・・・・ごめんね・・・こんな・・・私で・・・カナには・・・きっと・・・もっといいマスターが・・」
金糸雀はみっちゃんの言葉に俯いた、悩むマスター、無力なドール、金糸雀にとってみっちゃんは
ただのミーディアムではなかった、共に目覚め、眠り、一緒に生きる大切な人、たったひとりのひと
みっちゃん以外の誰かが自分に触れ、ネジを巻くなんて・・・みっちゃんと引き裂かれるなんて・・・
金糸雀は俯いたまま叫んだ、みっちゃんに見られたくない瞳を隠しながら・・・ぽたっ・・・ぽたっ・・・
「みっちゃん!わたしはみっちゃんが・・・夢を持って生きているみっちゃんが好き・・・・こんなわたしの
・・・わたしのネジを巻いてくれたから・・・・ぐ・・・・ぐすっ・・・ひっぐ・・・ひっぐ・・・」
金糸雀はみっちゃんの横で、握った手を震わせて、涙をこぼしながらみっちゃんを見た、
「わたし・・・綺麗なお洋服もいらない、ピザ屋さんのアップルパイも・・・うぅっ・・・い、いらないかしらぁ!
みっちゃん!・・・・わたしは・・・・ムシロをまとってでもみっちゃんについていくかしら!」
金糸雀はみっちゃんの胸に飛び込んだ、綺麗な服に皺が寄り、涙で汚れるのも気にせず胸に抱きついた
いつも可愛い服を着せてくれるみっちゃんの服が、地味でくたびれたダンガリーって事に気づいて
また泣き出した
「いや・・・イヤぁ・・・みっちゃんと離れたくないの・・・・カナはみっちゃんがいいのかしらぁ〜」
「カナ・・・わたしも!わたしもカナと一緒に居たい!・・・ごめんね、カナ、わたし、こんなに幸せなのに
わたし、カナと一緒に居られる・・・こんな幸せな事に気づかないなんて・・・ごめんね・・・」
金糸雀はみっちゃんの胸で大声を上げて泣いた、落ちて来るみっちゃんの涙が自分に滴るのが嬉しかった
カナはみっちゃんの胸から体を起こすと、ぐいと涙をふき、まだ赤い目のまま胸を張り、逞しく笑った
「もしみっちゃんがカメラマンでおかね貰えなくなっても、安心して!このわたしが
辻のバイオリン弾きでもやって、みっちゃんひとりくらい食べさせてあげるかしらぁ!」
みっちゃんは涙をぬぐいながら笑い出した、カナも笑った、二人で床に座り込んだまま笑った、二人で・・・
「ありがと・・・・カナ・・・・・でも私は欲張りなのよ♪カナとの暮らし、カメラの仕事、両方とも欲しいの!
ローゼン・メイデン一の頭脳派のカナリアさん、欲張りなわたしが突っ走っても、ついてこれるかしら?」
「任せてみっちゃん!カナに出来ることがあったら何でも言って!炊事洗濯用心棒、洗車に録画予約
何でも来いかしら!最もアリスになるに相応しい、この金糸雀の辞書には不可能は無いかしらぁ!」
「じゃあ・・・わたしの小さなバイオリン弾きさん・・・弾いてくれるかしら・・・・・『ニーベルングの指輪』を」
「よしきた!」
カナが生まれた時お父さまに与えられたバイオリンが、壮麗な曲の第一章「ラインの黄金」を奏で始めた
ワグナーの調べが、二人を優しく包んでいく
優しい夜が、二人を包んで流れていく
「さぁて!明日はヒラメでも撮ってくるかぁ!」
生まれ変わる事は出来ないけれど
変わっていくことは出来るから
みっちゃんは変わっていった、少しづつ・・・少しづつ・・・
最近は仕切りを任されるようになった写真の現場では、まず時間に対して正確無比である事を心がけた
唯一、食事の時間は進行中の作業を止めてでも確保した、現場の皆で食べる「同じ釜の飯」を大切にした
本来の仕事である撮影だけでなく何でもやった、助手にやらせてた機材準備や掃除で一緒に汗を流し
スタイリストやメイクの仕事を積極的に手伝い、畑違いの構成や写植、コピーや記事書きの技術も学び
欠員は自ら補った、当然彼らの領分とプライドを尊重し、たとえ非能率的でも彼らの流儀に従った
自分の写真のクオリティは決して落とさなかった、ただ、そのために他の工程を圧迫する真似は慎んだ
それは決して難しくない事だと知った、自分の才能を発揮しながら「広く見る事」を意識すること
自分の係る作品が世に出るまでの全ての流れを広い視線で見た、全てに責任を持った
好きで集めていたロモ、希少なライカ、今の自分の仕事には高スペック過ぎるニコンのカメラ
みっちゃんの部屋には数十機のカメラがあった、それなりに使ってる物も、埃を被ってる物もあった
仕事で必要な銀塩カメラとデジカメ、ムービー各2台と、遊びには一台づつと決めて厳選した物を残し
他の物は、本当に役立ててくれる人、「腕」はあるが「武器」の無い後輩達に捨て値で譲った
金糸雀との生活も変わった
一緒に早起きをするようになった、カナと二人で毎朝6時半のラジオ体操なんて物を始めた、
出前とテイクアウトの食生活を改め、毎日ご飯を炊いた、貧乏写真学生の頃に立ち戻って自炊した
金糸雀には毎朝作ったお弁当を持たせた、カナの体の事を第一に考え、心をこめたお弁当
、
宅配のピザを頼むより、週末の夜に二人でおめかしして、石窯で焼いたピザを食べに行く生活
休日にはカナと思い切り遊んだ、温泉や旧跡に行った、部屋でDVDじゃなく本物の芝居を見に行った
今までやらなかった海のスポーツや雪スポーツ、登山や禅寺修行にも、カナと二人で挑戦したりした
「カメラマンズ・ワゴン」の響きに憧れ、助手時代にローンで買ったアウディ・アヴァントは売り払い
替わりに機材が積めてスタジオや現場の狭いスペースにも停められるジムニーを一括で買った
どこへでも駆けつけられるジムニーの月間走行距離は、アウディの時よりずっと多かった
色々な場所に出かけた記憶、カナと二人の思い出を、たくさん、たくさん、刻んだ
ローゼン・メイデン達ともよく遊んだ、カナほどは人懐っこくない、気難しい姉妹達だったけれど
服が目当てだお茶が目当てだと言いながらも、入れ替わり立ちかわり部屋まで遊びに来てくれる
無愛想な黒いドールが突然やってきて、一番いい服をよこしなさいと言って来た時は傑作だった
問い詰めると彼女は顔を赤らめ「メ・・・メグのご両親が会いに来るのよ!・・・悪い?」と怒鳴り散らした
みっちゃんはひとしきり大笑いした後、うんと上等で清楚なローラ・アシュレイを見立ててあげた
その黒いドールは後でクリーニングした服を黙って置いてった・・・「ご対面」はどうなった事やら
浮いた噂と縁遠い状態は当分変わりそうにない、どうも男の心について鈍感なのは昔からの性根らしい
でも・・・花の愛好家雑誌の仕事で知り合った、やたら無愛想な初老の資産家、結菱さんって名前だったか
あの人の事は何故か頭に残った「貴女はきっと、私と同じ秘密、素敵な秘密を持っている」という言葉
何かの洒落のセリフにしては、そのひとはあまりにも透明で無垢な瞳をしていた、ドールのような瞳
その仕事の後でみっちゃんの元に届いたお誘いの手紙、古めかしい蝋封付きの便箋に綴られた夕食の招待
どうしようかと考えてると、ふふっ、と顔がほころんでしまう、でも・・・きっとまだ、早いだろう
デートのお誘いを執事とやらに任せるようでは、きっと私にはまだ早い・・・「まだ早いゾ?お坊ちゃん」
でも・・・カナとの出会いで信じられるようになった「無限の未来の可能性」の中では・・・ひょっとして・・・
みっちゃんは未来を楽しみにしていた、毎日、明日を楽しみに、仕事に遊びに生きていた
みっちゃんは生きていた、カナとふたり、生きていた
その仕事っぷり、最初は便利に使われるだけだったが、その内周囲のみっちゃんへの評価が変わってきた
「みっちゃんはいい写真を撮る」から「みっちゃんに任せれば限られた状況での最善の物が出来上がる」
無理な納期でも間に合わせるみっちゃんの仕事は、上の人間の信頼を得はじめ
無茶な納期を押し付けるクライアントを怒鳴りつける姿に、下の人間は慕いはじめた
仕事を頼む人達も、仕事を受ける人達も、「みっちゃんなら大丈夫」と口を揃えて噂した
みっちゃんの撮影の腕は、自分でも気づかない位ゆっくりとだけど、磨かれ、冴え渡ってきた
笑顔のプロである子役モデルも、緊張で固まってる素人も、チラシ写真の鯵フライやホウレンソウさえも
みっちゃんがファインダー越しにラブコールを送ると、蕾が花開くような笑顔を浮かべた
今でもカードやローンの限度額にため息をつく事はあるけれど、みっちゃんの名前と評判を聞き
個人的な裁量で、マニュアルにある職業別限度額を大幅に越えたローンを通してくれる知人も増えた
信販会社からは限度額アップのお誘いが来るけど、どちらにしてもローンはあまり使わなくなった
仕事の出費も大きい買い物も、信用の出来ない銀行融資より自分の口座からの持ち出しで賄う事が増えた
それまで「経費」で乗せていたカナを着飾る高価なお洋服の支出を税務署に少々疑われたのには困ったが
来年明けの申告の時はこの「扶養家族」を机にドンと置いて税吏を引っくり返らせてやろうか、と思った
みっちゃんの成長に歩幅を合わせるように、金糸雀も少しづつ変わっていった
アリスゲームでいつも遅れを取っていたカナは、色々な物を見、聞き、触れ、成長と成熟を重ねていった
真紅が読書を重ねて知った心理学は、みっちゃんがカナを後学のために連れてってくれた永田町の取材で
「ひとの心理が剥き出しになる瞬間」を見た時に、カナが背中で感じた戦慄には及ばなかった
翠星石と蒼星石がnのフィールドで育んでいた巨木の自慢話も、みっちゃんと行った屋久島で
数千年の刻の輪を重ねた杉の幹に二人で抱きついた時に感じた、流れ続ける命の実感には敵わなかった
ドールのカナが宿す無限の命、人間のみっちゃんが営む老いていく命、それは全て同じ流れに在るもの
姉妹の悩みを引き受けるのは相変わらず姉御肌の真紅だったけど、彼女には経験の堆積が足りなかった
時に真紅にも裁ききれない問題が生じた時、彼女はいつも金糸雀が耳打ちしてくれる言葉に頼った
ドールのマスター達も、唯一の勤め人マスターであるみっちゃんと話す事で、多くの悩みを解きほぐした
「いつか究極の少女、アリスになる」というカナの長らくの夢は変わり始めた、カナの夢見る未来
「誰がアリスになろうと、皆でお茶して遊んで、そんな皆を誰一人犠牲にしない、誰も失わない」
ドール達の新しい未来を開こうとするカナの姿を見て、姉妹達は少しづつ変わり始めた
みっちゃんとカナは変わっていった、ある日突然ってわけにはいかないけど、少しづつ・・・少しづつ・・・
生まれ変わる事は出来ないけれど
変わっていくことは出来るから
以前よりずっと忙しく、とても時間の流れの早い日々を送ってたある日、お師匠から手紙が届いた
なぜかベラルーシ共和国の消印の押されたエアメール、中には一枚のチラシが入ってた
郊外の大手子供服量販店の新聞折込チラシ、これでも一応は、綺麗な服を着た可愛い女のコの写真
みっちゃんが撮影だけでなく衣装、コピー、レイアウト、印刷、頒布、その他、全ての進行に係った作品
渋い予算とトラブルの連続、妥協の産物だった、でも、その状況でみっちゃんは自分の全てを発揮した
神奈川県内で配布したチラシがなぜかお師匠の手元にあり、赤いマジックで大きな花丸が書いてあった
みっちゃんは自分の写真の腕に自信を持っていた、作品を生み出すたびに顧客や同業者が誉め称えるのは
当たり前だと思っていた・・・みっちゃんは今、初めて自分が認められた気がした、初めて・・・誉められた
チラシの間に挟まっていた一枚の紙、ホテルの便箋の走り書きを見た時、みっちゃんの目に涙が溢れた
らしくあれ
神はあなたがあなたらしく生きることしか望んでいないんです
p.s 今度あなたの小さなお友達にも会わせてね
わたしは・・・・・すぐそばで見つめてくれてるひとが居る・・・・・・・・離れていても見つめてくれるひとがいる
そのひとたちに・・・見て欲しい・・・わたしを・・・わたしの夢を・・・・・そして・・・夢に向かう、今のわたしを
遠くで見つめてくれるひと、すぐそばに居てくれるひと・・・今日もみっちゃんの横には、カナが居る
「カナ・・・ありがとう・・・・わたし・・・すべてに感謝してる・・・カナ・・・・カメラマンの仕事・・・
お師匠・・・・生んでくれたママやパパ・・・あなたを創った人形師さんや素敵な姉妹にも・・・ありがとう・・・」
「わたしの小さなバイオリン弾きさん、弾いてくれるかしら・・・・・『To love you more』を」
「まかせて!」
金糸雀のバイオリンが葉加瀬太郎のストリング・パートを誇らしく奏で始めた
みっちゃんの声が、セリーヌ・ディオンのヴォーカル・パートを静かに歌い始める
二人の旋律はいつまでも流れつづけた、二人を乗せて、未来に向かって流れつづけた
二人は、未来を信じていた
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あとがき
アニメやコミックでは一番ひどい扱いwの金糸雀には、逆に無限の可能性を感じます
唯一の勤め人マスターであるみっちゃんには、つい感情移入してしまいます
JUMもメグも結菱サンも不労者だし、柴崎爺ちゃんは自営で半隠居だし
不明な部分を思い切り俺補正してしまいましたが、まぁ10マソの服をポンと買える経済力ですから
では