保守も兼ねて、とりあえず投下

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 桜田ジュンはとても不機嫌だった。
 理由は膝の上に座っている彼女にある。
 彼女の名は翠星石。今夜も寝る前に本を読んでもらっているのだ。
 ジュンが本を読む声に聞き入っている彼女は、とても素直で可愛げもある。
 だが、昼の彼女はまるで別人だ。
 ジュンを平然と「チビ」と呼び、憎まれ口を次々と連発する。
 今日も酷い言葉で罵られたジュンは、今の状況が納得できない。
 どうして、こんな奴のために毎晩本を読んでやらなければならないのか。
 特に悪く言われた日には、こんなふうに思えて仕方がない。
 ジュンの我慢も限界を超えようとしていた。

「ジュン、どうしたです? 続きを読むです」
 朗読が途切れた事に文句を言う翠星石。
 ジュンの気持ちを知らない彼女は、遠慮無しに先を促す。
 無性に頭に来た彼は、ささやかながら復讐する事を決心した。
「これから話す事は、嘘みたいだけど本当にあった話です」
「え? そんなの本のどこにも書いてないですよ」
「いいから聞け。今日はとっておきの話をしてやる」
「おもしろそうですぅ。せっかくだから聞いてやるですぅっ」
 ジュンを信用しきっている翠星石は、期待に瞳を輝かせる。
 これから眠れない夜が訪れるのことも知らずに……。

「も、もうやめるですぅっ。聞きたくないですぅ……!!」
「――テレビの電源がひとりでに入り、砂嵐の画面が徐々に井戸のある風景に変わっていく」
 翠星石が身を縮こまらせながら、涙声でジュンの話を止めようとする。
 怖がりすぎているせいか、鞄に逃げもできないし、耳も塞げなくなっていた。
 もうお解かりだと思うが、彼がしている話は怪談物だ。
 翠星石がかわいそうになるほど怯えているのだが、ジュンに話を中断する気配は見えない。
 これは彼女へのおしおきだ。それに、話し手として、これ以上嬉しい反応はない。
 ジュンはやや調子に乗りながら、話を最後まで続けた。

 話し終えて一時間後、今度は逆にジュンが困り果てていた。
「おーい、もう話はないから寝ろよ」
 膝の上の翠星石は何も答えない。彼女は怖くて、ずっとジュンにしがみついていた。
 何度も鞄で寝かそうとしたが、ぎゅっと彼の服を握って絶対に離れない。
 効き目がありすぎるのも困りものだ。ジュンは溜め息を吐いて同じ言葉を繰り返す。
「もう寝ろよ」
 返事はない。
 まだ駄目だと思った時、蚊の鳴くような声がする。
「……寝れるわけないですぅ」
 返ってきたのは震えた声だが、やっと会話ができたことに少し安心する。
 そして、声が出るようになった翠星石は、真っ先に批難する。
「どうして、あんな話をするですか。やめてと言ってもやめないですし……!」
「いや、あの、いつもあんまり僕を馬鹿にするから、おしおきにと……」
 やりすぎたと自覚しているジュンも、だんだん声が小さくなる。
 その理由にショックを受けた翠星石は、涙目でジュンを見上げる。
「それにしても酷すぎるです。ジュンは翠星石が嫌いですぅ……?」
「悪かったよ。もうしないから……」
 この後、ジュンはひたすら頭を下げ続けた。

 夜も更け、そろそろジュンも睡魔に負けそうになっていた。
「なあ、離れてくれないか?」
「ムリですぅ! 独りになんてなれないですぅ」
 いまだに翠星石はジュンの胸から離れられないでいた。
 ジュンが引き剥がそうとすると、とたんに泣き出しそうになる。
 まだまだ眠れそうになかった。

 翠星石は夢を見ていた。
 お日様の暖かい日差しが降り注ぐ庭で、花や木の手入れに勤しむ。
 木は青々と茂り、花は色鮮やかに咲き誇る。蝶は華麗に舞い、鳥が美声を囀る。
 こんな楽園のような庭は見たことがない。
 庭師の翠星石は、まさに夢のような時間を過ごした。

「うぅ……朝ですかぁ……?」
 窓から入る朝日に目が刺激され、穏やかな覚醒を迎える。
 鞄の外で目覚めるのはいつ以来だろうか。
 そんな事を考えている翠星石だが、目に映っているものを理解して、はっと息を呑む。
「ジュ、ジュンと寝てたですか……!?」
 目前にはジュンのかわいい寝顔が。
 彼に抱かれるように寄り添って寝ていた。
 昨晩、眠気に負けたジュンは、怖がる翠星石と一緒にそのまま眠ってしまったのだ。
 いきなりな状況に驚いていた彼女だが、それもすぐ落ち着いた。
 ジュンの緩やかな呼吸と心地良い体温が、翠星石を安心させる。
「素敵な庭を手入れできたのは、ジュンのおかげかもですぅ」
 彼女は甘えるように彼の広くない胸に頬を着ける。
 ジュンの鼓動を子守唄に、素敵な庭を目指して夢の世界へ旅立った。

 朝から桜田家は賑やかだった。
「翠星石ずる〜い。ヒナもジュンとねんねするのぉ」
「ジュン、見損なったわ」
 雛苺がジュンにまとわりつき、真紅が怖い顔をする。
 翠星石が二度寝をしたので、いつもの時間に起きた残りの人形達に現場を見られてしまったのだ。
 仲良くベッドで寝入っている姿は、相当な衝撃を与えたらしい。
「僕は何もしてない!」
「翠星石、あなたもはしたないわよ」
「こ、これは不可抗力ですぅ! 誤解するなです!」
 ジュンと翠星石は揃って弁解しようと必死になる。それが庇いあっているようで、真紅を余計に苛立たせる。
 怒りっぱなしの真紅に、雛苺が不思議に思って尋ねる。
「真紅はジュンとねんねしたくないの?」
「私だって……」
「だって?」
 ぽろっと出てしまった言葉を雛苺がオウム返しする。
「うるさいわね。早く朝食を食べましょ。のりが待ってるのだわ」
 怒りではなく廉恥に顔を染めた真紅は、そう言ってドアノブにステッキを掛ける。
 真紅も内心は雛苺と同じで、翠星石が羨ましかったのだった。

 あっという間に昇った日が沈み、時刻は人形達が眠りに就く頃になっていた。
 翠星石は今夜はベッドでジュンを待つ。
「ジュン、本を読むですぅ」
「今いく」
 急かされたジュンは、少し意外に思いながらベッドに座る。昨晩、あれほど怖い目に遭わせたのにこれだ。
 翠星石が嬉しそうに膝に登るので、意地悪かもしれないが聞いてみる。
「よく懲りないな。昨日、あれだけ怖がっていたのに……」
 昨晩の恐怖を思い出し、翠星石が一瞬肩を震わせる。
 しかし、次には何かを期待した目でジュンを見る。
「怖い話……してもいいですよ? その代わり、今日も一緒に寝ることになるですぅ」
 反省の色が見えない様子に、おしおきの効果がなかったのをジュンは思い知る。
 彼は苦笑しながら手元の本を開く。
「じゃ、読むぞ」
「はいですぅっ」
 二人だけの大切な夜が始まる。
 だが、彼らは知らない。二つの鞄がわずかに開いていることを……。


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