番外編〜子供にとって全体に見たくないもの〜 
 ジュンの部屋がある廊下のつきあたりで、長女は震えていた。 
(あの優しい父様が、母様を泣かせているなんて……) 
 扉の隙間から見える部屋の中では、まさしくジュンが蒼星石を“鳴かせて”いた。 
『あ! ジュンくん! 僕、もう……!』 
『ダメだ。まだイカせない』 
『そんあ、酷いよ……!』 
 ここからではよく見えないが、身体を強く叩かれている音がする。長女は、これを暴力を振っていると思っているらしい。 
「ああ……。父様と母様はあんなに仲がいいのにどうして」 
「仲がいいからよ」 
 いつに間にか、くんくんがとなりにいた。悲鳴を上げようとする長女の口をさっと塞ぐ。なかなかシュールな光景である。 
「あなたにはまだ分からないでしょうけど、真に愛し合うと、ああいうことをするのよ」 
「そうだったんですか」 
「そう。あなたもいつか愛する人ができたらするでしょうね」 
 長女はここで疑問に思った。 
「どうすればいいんですか?」 
「そうね。最初は男の人にやってもらうといいわ。経験をつんだら、逆に攻めてもいい。お姉さまも三回に一回くらいそうしているし」 
「母様も……」 
 少女の頭の中では、ジュンにビンタを張る蒼星石が想像された。 
「あなた、好きな人はいる?」 
「父様も母様もくんくんも……みんな好きだよ」 
「そうじゃないわ。そう、男の人で大事にしてもらいたい、好きになってほしい人……そういう人ができたら、いずれ……」 
 彼女の中で、色々なことが浮かんでは消える。最終的に残ったのは、ジュンだった。 
 父様に自分のことをもっと好きなってほしい。可愛がってほしい。 
 愛してほしい…… 
「今日はもう寝なさい。寝不足は身体に毒だから」 
「うん……。おやすみ、くんくん」 
「おやすみなさい」 
 夢見心地で部屋に戻る長女を見送ってから、くんくんはため息を吐いた。 
(どうして私が性教育をしなければならないのかしら) 
 そもそもあの二人がいけないのだ。毎晩していては、いずれバレるだろう。声を抑える気もなさそうだし。 
(ジュンはお姉さま一筋で相手にしてくれないし……。まあ、私は実体ないから子供産めないんだけどね) 
『蒼星石、出すぞ!』 
『ああっ!』 
 くんくんはもう一度ため息を吐いて、扉を静かに閉めた。 
 翌日―― 
(怖いけど、でも父様なら……) 
 ある思いを胸に秘め、長女は裁縫をしている父の元へ来た。 
「ん? どうした?」 
 針を操る手を止めず、ジュンは問う。娘は何度も深呼吸し―― 
 言ってしまった。 
「父様、私もぶってください!」 
 縫い針が指を深く突き刺した。 
「は?」 
「母様のように、私もぶってください!」 
「そ、蒼星石〜!? 娘が! 娘がぁ!」 
 血が噴出していることも構わず、ジュンは妻の元へ走った。 
 残されたのは、呆然とする娘と、裁縫を見ていたくんくんだけだ。 
 くんくんが長女の肩をぽむっと叩く。 
「それは別の趣味」 
 少女がその真意を知るのは、ずっと先のことである。 




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