梅岡はネクタイの結び目を緩めながら、深い溜息をついた。
この道は何度も通った道であるが、最初のころに比べて足取りは重い。
彼の家へ訊ねるのは久しぶりだ。
しかし前回のことを考えると、今回も進展を望むことは出来ないだろう。
何故なら彼が自分に見せる態度は明らかな敵意と拒絶。
心を開くどころか、二人の間に横たわる溝は、数を重ねるごとにその大きさを増している。
――このままじゃ学校復帰は、当分先になりそうかな。
苦笑して、梅岡は十字路の角を曲がった。
何ヶ月、何年かかってもいい。少しづつ心の距離を縮めていけばいい。
時間はいくらでもあるのだ。その長い期間も、彼がまた学校に来れるようになるのならば惜しくはない。
初赴任して間もないが、梅岡は胸に情熱を秘めた生徒思いの教師であった。
……若さ故に、その懸命さが逆効果になっていることに気づくことはなかったが。
桜田家の門前に立つころには、すっかりいつもの調子を取り戻していた梅岡は、自らを奮い立たせるように両頬を叩く。
「よし!」
気合の一声を出し、おもむろにインターホンの呼び鈴へと手を伸ばした。
独特の音が鳴り響いたあと、静寂が辺りを包み込む。
数十秒ほど待ったが呼び鈴に応答はない。
留守なのだろうか。思いついたその可能性を、すぐさま頭から振り払う。
これまでだって自分が出向けば彼は必ず家にいた。
どこかへ出掛けたとも考えられるが、彼の性格からしてそれはない。
梅岡は思考を張り巡らせながらも、もう一度、呼び鈴を鳴らすことにした。
これで応答がなければ、彼が自分に会いたくないという意思表示なのだろう。
それならばそれで、また後日、訪ねればいいだけのこと。
先延べにしていくことが彼にとって負になることはない。
ジュンとの対面を諦めかけていた梅岡は、半ば強引に自分にそう言い聞かせると、おもむろにインターホンに手を伸ばす。
案の定、応答はなかった。
小さく溜め息をつき、彼の部屋があるであろう二階を見上げる。
「また今度来るよ、桜田」
聞こえてはいないだろうが、梅岡の生真面目さが別れの挨拶を自然と促した。
そして踵を返すと、ゆっくりと駅の方へと歩き始めた。
このとき、彼はまだ周囲の異変に気づいていなかった。
気づいていたとしても、理解することはできなかっただろう。
呼び鈴を鳴らしたその瞬間から、別世界への入り口が梅岡を飲み込んでいたのだ。
現実世界によく似た外観を持ち合わせた、まったく別の世界。誰かはそこを52341世界と呼んだ。
そしてその名を知るものは、この空間には一体しかいない。
中空に浮かぶ白い少女は迷い込んだ人間を眼下に、婉然とした微笑みを浮かべた。
「紡ぎましょう。 創めましょう。 愉しい愉しい泡沫の夢物語を――」
梅岡の失踪。
怪異はその事件を契機に、幕をあげる。
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とりあえず序盤だけ投下して反応をみるよ。
エロが絶対いるならば、ジュンときらきーのを途中でいれるよ。