(真紅に対して)
「これは狭義のゴスロリ…ゴシックロリータではない!
ゴシックを冠する以上文学的かつ退廃的ムードがなくてはいかんのだ。
色調的にもこの人形がゴスとは私は認めん!!」≪ねね子の個人的主観≫『DearS』コミックス7巻113ページより
>>146の続き……というより前スレ682と>>146の続きってところか。投下。
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「ジュ〜ン、さっさと来やがれです〜」
かくして時は冒頭へと舞い戻るわけだ。
時刻は正午過ぎあたり。
僕に荷物を押し付けて軽やかに坂道を駆け上がる翠星石を恨めしく思いながら、じとり、と隣に視線を移す。
……僕より背の高い黒天使がばさばさ低空飛行していた。
「なんでお前まで人間になったんだろうな。ていうかその姿で飛ぶな」
「それを調べに来た矢先にこうなったんだからわかるわけないでしょぉ?」
後半のセリフは無視し、水銀燈がこちらの首へと絡みつく。……今の僕にはいつも以上の毒であるとわかった上で。畜生。
風呂場での核戦争の後、いきなり翠星石はすのこの上に倒れこんだ。
失神寸前だった僕の意識は引き戻され、あの理性状態であいつの裸体を直視し抱き上げかつ介抱するという
さらなる廃人への道筋を刻んでいたわけだが、そこでリビングから派手な音。
翠星石がただ眠っているだけだと判ったので適当にバスタオルを巻きつけて風邪を引かないよう処置し、
音源を確かめに行った結果――全裸の人間バージョン水銀燈が倒れていた。カンベンしてくれ……
「やめろ……頼むからまじやめて…………」
「やぁよ♪」
抗議する声には気力がない。無理もないと思う。
水銀燈襲来から今この時まで、常人なら魔獣化するか発狂するかという誘惑に晒されながらも一度も欲望を発散してないんだ。
正気を保つために多大な精神力を費やし続けた僕はもはや真っ白に燃えつきかけていた。……誰か誉めてくれたっていいじゃないか。
で、そこまで消耗したせいかもはや襲い掛かるという衝動すら沸かなくなるにまで至っちゃってたりする始末。
なんか前方から『こらあああっ、なにやってるですかあああああっっ!!』とか叫びながら翠星石が全力疾走してきてる。
カンベンしてくれ……いくら衝動が沸かないようになってるからって抱きつかれたりしたら余計に消耗するんだよ……。
「あー……それでさ。お前のミーディアムって結局どうなってたんだ?」
夜明けと共に人間化を果たした水銀燈は目覚めた後、戸惑いながらも自分の目的を話してくれた。
柿崎めぐ――心臓を患っているという、水銀燈のミーディアム。
翠星石が人形から人間の身体へと変化したからくりを理解すれば、患部を新しいものに置き換えるか、身体全体を健康なものに変えられると思ったらしい。
だけどまだ何も判っていないのにどういうことかその変化は発現し、けれど変化したのは水銀燈本人。
ちょうどウチの住人も起き始める時間だったので、水銀燈はいったん様子を見に帰ることになり、ついさっき戻ってきた。
でもこの上機嫌から察するに――ぎゅうううううう。だーかーらーやーめーろー…………
「それが聞いてよぉ〜♪ もう完全全快! なんだか病院で大騒ぎになってたけどそんなことどうでもいいわぁ」
「むぐむぐ……そ、そうか、そりゃ良かったな」
と言ってもあまりに異例なケースとかで、検査と様子見で相変わらず入院生活は続くみたい。まぁ連れ出すなんて造作もないけど。
めぐは生への絶望からではなく、純粋に死を望んでいたようだけど、
生きられるとわかったらわかったでまあいいか、といった感じだった。……ほんと、おばかさんであることは治ってないみたい。
なんだかんだで今まで生きていたからか、それとも、その、『天使』が側にいるからか……多分両方、自惚れでなければ特に後者が強いんだと思う。
姿を変え戻ってきた私に、めぐはいつものように笑いかけてくれた。顔には出さなかったけどそれがとても嬉しくて……おっと。
「けど本当、なんでその人まで治ったんだろうな―――ぐえっ!?」
「こ―――――ら―――――っ!! さぼってないでさっさと来いって言ってるですぅ!!」
「げほっ……人に荷物押し付けといてなんだその言い草は!」
「ヒキコモリのチビにはちょうどいい運動ですよーだ!」
「なっ、なんだとコノヤロウ!!」
「誰が野郎ですかっ!!」
「やかましいっ!! 大体ヒキコモリって言うならお前だって同じだろうが! スーパーじゃ散々…………」
「きゃーきゃーきゃーきゃーきゃー!! し、知らないです黙るですそんなの記憶にないですぅ―――――!!」
周囲が激変してもこのやり取りは相変わらず。おばかさんね、この二人も。
呆れ半分で二人を眺めながら、ふとその周りを飛び回る人工精霊に目を向ける。
私の記憶が間違っていなければ、意識を失う直前のあの光の色は翠色だった。
もしこの怪現象が夢の庭師である彼女に起因するのであれば、私が強制的に眠らされたのはもしかすると―――
(だとしたら大したものね、翠星石)
ま、自分の夢も叶った今、もうからくりに興味はないわ。
だから―――えいっ。
「ジュ〜〜ン〜〜〜〜〜♪」
「あ゙〜〜〜〜〜〜〜〜っ!? 何してるですか水銀燈!!」
「ぐえ、ちょ、くるし……やめ、」
せいぜい今を楽しませてもらうとしましょうか。夢の中で、お父様の言葉も聞いたのだし。
それに、おばかさんも案外悪くないとわかったのだし。
なまじ事件の内容を知っていたせいか、こんなことになるなんて考えもしなかった。
「まったく、甘かったよ」
「でも……別にいいんじゃない?」
肩を並べてアスファルトの道を歩く巴さんにそう言われ、まあそうなんだけどと苦笑する。
夢の世界での戦いが無事終わった瞬間、自分の身体に変化が起きた。
翠星石同様の人間化。なんでこんなことになったんだろう?
しかも僕だけじゃない。いつの間にやら親しげになっていた水銀燈や、隣で巴さんに抱きかかえられている雛苺までもがだ。
「夢ってそういうものでしょ?」
まったくもってその通りだよ巴さん。夢の中なら夢見主の想いひとつでどんなことだって出来る。
……まあ理屈では無理なはずなんだけど、単に僕にも知らないことがあったというだけで、翠星石の想いがこの状況を築いたんだろうね。
ただその副作用なのか代償なのか、翠星石の心は未だにひとつになっていないみたいだった。
どうやらジュン君は二回ほど身を以って経験したらしいけど、夢の方の翠星石は本当に萌え……げふげふ。
「ジュン君もしばらく大変だね」
「そうね」
正直言ってかなり悔しい。いや羨ましい。
半睡眠状態……要するに夢心地にある翠星石は、ジュン君に対してすごくべったり甘える。僕に対して以上に。
僕の見立てなら、契約が完了すれば『以前よりちょっと素直になる』くらいだと思ってたんだけど、
覚醒状態じゃ以前のまま、半睡眠状態なら極端にべったり、というなんとも両極端なことになっちゃっている。
多分、ジュン君の理性が日に日に磨り減ることになるんじゃないかな。
「まあ翠星石を泣かせるようなことがあればちょん切るって脅しておくけどさ」
「それは……どうかしら」
庭師の鋏を取り出してヂョキヂョキ鳴らしてみたけど巴さんは笑ってくれなかった。冗談だったんだけどな。あいや、少し本気だけど。
まあ、僕がこんな冗談言うなんて自分でも驚いてるんだからしょうがないか。
僕らよりいくらか前の方でじゃれあってる三人を見て胸がすっとする感じがした。
ねえ翠星石。僕はそれくらい、君のおかげで解放されたんだよ?
蒼星石はどうしてこうなったかわかってないみたいだけど、私にはなんとなく見当がつく。
公園で桜田君と話したとき、彼は『手紙がなくなっていない』って言っていた。つまり引き出しを覗いてしまった。
多分その規約違反のせいで夢の具現範囲が暴走した、と言ったところかな。
……どうでもいいか。彼女がみんなの幸せを願ったからこうなった。夢ってそういうもの。それでいいわよね。
それにしても桜田君は本当によく慕われてる。
今回のことは翠星石にとても好かれていたからみたいだし、
いつの間にか見慣れない黒翼の天使にまで随分と好かれているみたい。
「まあ、優柔不断は周りに喜ばれこそすれ、本人には面倒なことを招くだろうから覚悟した方が桜田君のためかも」
「……あれ? それ逆じゃないの?」
普通はね。
難しい話に首を傾げて私に抱かれていた雛苺――小さいことは小さいけど、前より大きくなっていた――に話を振る。
「ねえ雛苺」
「うゅ? どうしたのトモエー?」
「桜田君のこと、好き?」
「うん、好きぃー!」
「ほら」
「……なるほど」
無邪気に笑う雛苺。桜田君と、翠星石と、蒼星石と、そして、私の手で守り抜けた笑顔。
ローゼンメイデン全員が人間になったのは多分、昨日私に言われたことに対する翠星石の答えなんだと思う。
彼女は確かに桜田君に強い愛情を持っていたけど、それは独占欲じゃなかった。
でもやっぱり他の誰かに追い抜かれるとヤキモチは焼くみたいだったから、競争意識に飲み込まれないよう私はあんなことを言った。
多分、だから彼女は平等なラインを望んだんだと思う。
「……白状すると、私の気持ちまで言うつもりはなかったんだけど…………」
「でも、きっとそれが大きなプラスになったと思うよ」
蒼星石は『あちらの世界』が私を狙うと目星をつけていたことで、人工精霊で私を監視していたらしい。
おかげであの時のやり取りも筒抜けというわけ。……まあいいのだけど。恥ずかしいけど本心なのだし。
私は桜田君が好き。だから支えて見届けたい。
それがきっと、私たちに関わるすべての人たちに取っての幸せへ繋がることになるはずだから。
私はそんな桜田君だからこそ、憧れる。
この坂道を登れば目的地に到着。そこには二月頃咲く寒桜が咲いている。
「……そういえば、桜もバラ科だったわね」
からたちの花が咲いたよ 白い白い花が咲いたよ
からたちのとげはいたいよ 青い青い針のとげだよ
からたちは畑(はた)の垣根よ いつもいつもとおる道だよ
からたちも秋はみのるよ まろいまろい金のたまだよ
からたちのそばで泣いたよ みんなみんなやさしかったよ
からたちの花が咲いたよ 白い白い花が咲いたよ
「あら、『からたちの花』ねぇ?」
街を見下ろしていつもの歌を口ずさんでいた私に、お花見の準備をしていたのりさんが声をかけてきた。
「この歌のこと、知ってるんですか?」
「えぇと、確か北原白秋作詞の童謡だったと思うわよぅ」
そうだったんだ。詳しいことは知らなかったからちょっと驚き。
「ねえめぐちゃん」
「なんですか?」
「からたちってね、冬は棘ばかり目立つんだけど、
春になると棘の根元にひとつずつ清楚な印象の白い花が棘を隠すように咲くの。
冬を越えると、とってもやさしい姿になるのよ。
あなたのからたちにも、春は来た?」
「…………」
連れて行って欲しいのは今でも本当の願いだけど。
「はい……とてもやさしい花が咲いてくれました」
坂を上がってくる羽ばたきに自然と綻ぶ口元も、頬を伝う感触も、きっと本当の想い。
ちょっと早い春風に乗って、たくさんの花びらが飛んでいくです。
見届ける様は十人十色ですけれど、みんな心地のいい顔をしてるのがどうしようもなく嬉しいです。
「でも……これで一件落着ってことでいいのか?」
隣に座ってるジュンは不安を隠せないって顔してるです。まったく、気持ちはわかるですけど空気読みやがれです。
「いーですよ。みんな笑ってるから、今はそれでいいですぅ。
明日のことは明日考えればいいですし、つまんないことがあっても跳ね飛ばせばいいだけです」
みんな翠星石と同じになったです。不治の病だったっていう水銀燈のミーディアムも治ったらしいです。
ジュンに送られてきたあの手紙が一体何だったのか、それはわかんないです。
けど、今こうしてみんなが笑っていることが大切。
翠星石は何もしてないですけど、みんなが幸せならそれでいいです。
「まあ、それもそうか」
「や〜っとわかったですか。やれやれ世話の焼けるチビですねー」
「あ、あのなぁ……僕はこれでも心配……」
「したんですかぁ?」
「ぐなっ……こ、こいつは〜〜〜〜〜!!」
「じゃあ飴と鞭両方くれてやるです」
「へ?」
ころんと身体を横倒し。
素早くジュンの太ももに頭を押し付け占拠です。
「えっ、なっ、おま……ってあ゙〜〜〜〜〜〜〜〜っ!? これ甘酒だなお茶漬けのりいいいいいいいいいっっっ!!!」
「あらあらジュンくん、動くと翠星石ちゃん落ちちゃうわよぅ?」
「だああああああああああああああああああっっっっ!!!!!」
なんだか騒がしいですけど、みんなの笑い声も聞こえるから、翠星石はそれで幸せです。
眠くて……おぼろげにしかわからないですけど、翠星石を振り落とさずじっとしてくれてるジュンの優しさは確かに感じて。
自分では何も出来ずただ夢だけが叶ってしまった中、なら、この幸せを自分の手で守り続けたいと、翠星石は思ったです……。
夢を見たなら、夢は終わるです。
それはつまり、夢は夢でなくなるということです。
だから―――
「これはきっと、現実になった夢なんですね」
夢が幸せなら見続ければいい。
けれど、見続けるなら終わり続けるのです。
だから―――
「ん? 何か言ったか?」
終わりは目覚め。
目覚めた時、そこに夢の続きがあるのなら、それは幸せ。
だから―――
「桜、満開ですね」
夢と現がすべてを紡ぐ。
夢を見れば、現実でも幸せになれる。
だから―――
「ああ、そうだな」
それでみんなも幸せになれるから。
終わらぬ現の夢から響く旋律を、私は信じ続けるです。
だから―――
「ジュン」
だから――私はずっと、夢に水を汲み続けるです。
「みんな……ずっと、ずーっと一緒ですよ」
夢の庭師はみんなの夢を育むでしょう。私自身も幸せであるために。私自身が幸せであるために。
シアワセ コタエ
―――求めるのは ただ 幸福な結論
夢の終わり ただそれだけを願う―――
The end of the dream is a start of the ideal...
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蛇足。
「ねえ雛苺」
「うぃ? どうしたのトモエ?」
「あの真紅という人形はどうしたの?」
「えっとね、ヒナはよくわからないけど、蒼星石が『そっとしといてあげよう』って言ったからそっとしてるの」
「……?」
「なんだかよくわからないけどおっきくなったから報告に来たかしらってぎゃわーーっ!? 犬神刑かしらーーーーーっっ!!?」
;" ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄@
ミミミ_、-─" ̄
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=三| 人間化の際の過重で落ちた
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あとがき。
こんにちは。考えてみたら自分が通っていた幼稚園の名前が『白ばら幼稚園』だった双剣です。
とりあえずは終わりなわけだが、一応人間状態ってのを利用した後日話がちらほら浮かんでたりする。まあやっぱり非エロなんだが。
しかしまあ、
前回の戦闘は事前に伏線張っておけばよかったとか
水銀燈出すならめぐサイドの話も考えておきゃよかったとか
金糸雀は翠の『全員人間化への意識』の後押しにしたつもりだけど印象薄いとか
もっと紅いのをいじくりたかったのに肝心のネタが出なかったじゃねぇかとか
初期の予定とかなり違うものにしたせいで自分の首絞めてるじゃねぇかとか
いろいろ思うところアリ。
なるべく間空けないようにと焦ってたのがダメだったのかね。プロットはもっと細部まで考えてから……自信ねぇや。