その部屋では一人の少年と二体の人形が争っていた。。。
「死にたくなかったら早くこの指輪に誓いの口づけをなさい。」
「ほう。つまり自分一人じゃ何もできないから契約してほしい、と。ならちゃんとお願いしろよ。」
左手中指でずれたメガネを上げながら少年は言った。
「あなた正気!?自分の置かれている状況が分かってるの?」
「あぁん?たかが包丁持ったピエロ人形に俺が殺られるとで、もっ!!」
少年はピエロが振り回してきた包丁を本体ごと腕で弾き飛ばし話を続ける。
「実は包丁で怖いのは切りつけじゃなくて突き刺しなんだよな。みての通り服一枚でも意外と切れないんだよ。それに人形程度の重さじゃ軽すぎて致命傷どころか肉にめり込む前に弾き返せちまう。だが重さが同じ人形同士なら――」
「常軌を逸しているのだわ…。」
「はっ、お前の常識で俺を測った結論に興味なんてないね。別に強制するつもりはない、頭下げて助けてもらうかこのままヤツにぶっ壊されちまうか好きに選べ。」
「なんて傲慢な…キャッ!!」
会話の途中に割って入って来たピエロの包丁をステッキで受け止めながら赤服の人形は思った。
(このままでもこのコを倒す事はできる。でもただ倒すだけじゃこのコの魂が永遠の迷子になってしまう。操られているだけのこのコにそんなまねは…)
「おう、戦いながら考え事とはお前結構余裕なのな?なら遊んでないでとっととケリつけちまえよウスノロ。」
(くっ、人の気も知らないで勝手な事を。契約無しにはこのコを救えるだけの力が…ああっ!もうもたないっ)
「仕方ないわね。一度だけしか言わないわ。私の、私のマスターになって頂戴…」

「おっ、やっと素直になったな。だけど残念ながらまだ90点だ。『お願いします』が抜けてんだろが!」
「いい加減になさい!どうして私がこんな辱めを――」
ギィイン。。
乾いた金属音と共に力負けした赤服のステッキは弾き飛ばされ、ついにはピエロに追い詰められてしまった。
「あ〜あ、余裕かまして調子に乗りすぎたな。」
「ひっ!」
ピエロの包丁が顔をかすめ段々と恐怖に顔を歪ませていく人形。助けを乞う視線を少年に送るとまるでこの状況を楽しんでいるようにニヤニヤしている。
(完全に狂ってる!!本当に助ける気がないのだわ…)
「あぐっ!」
よそ見をしている隙にピエロに首を捕まれ馬乗り状態にされてしまう。ゆっくりと包丁を持つ手を振り上げるピエロ。。
そしてついに観念した人形が声を挙げた。
「……ます…、…がいします…、お願いしますから私のマスターになって下さい!私を助けて下さいっ!!」(こんな屈辱って、屈辱って……)
「は〜い、よくできましたwんじゃ約束通り助けてやるよ。ぅおおぉぉぉらぁぁ!!!!」
少年は赤服に詰め寄っていたピエロを壁際まで蹴り飛ばした。
「はぁっはぁっ、ひとまず助かったのだわ…。さあ今のうちに早く契――」
「がぁぁぁぁ!!!!、ぶちまけて死ねよォ。」
ブチブチブチィィィ。
「なっ、えっ!?」
一瞬のうちにピエロの首を胴体からひきちぎって黙らせた少年。そのあまり光景に、赤服はそれを現実だと認識するのに少しばかり時間を要した。
「あッ、い、いやゃあぁぁぁぁ〜〜〜!!」
「あぁん?今更何をびびってやがんだ。コイツもう死んだっぽいぜ?ああ、契約か!心配しなくてもしてやるよ。俺は約束を破るのは大嫌いだからよ。」
「そんな、魂が飛んで…、そのコは利用されただけなのにっ、被害者の方だったのに……」
赤い服の人形は少年の両手に握られた先程まで人形だった綿の塊を見つめ泣きだしてしまった。
「なんだよ、泣くほど怖かったのかよ。偉そうなのは口調だけか。全くヤレヤレだぜ!」

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『桜田君ごめんなさい、今週末もちょっと忙しくて会えません。この埋め合わせはきっとします。本当にごめんなさい。』
「なんかさァ、巴のやつ最近付き合い悪ぃんだよな。」
今日は土曜日。二日前に携帯に送られて来たメールを何度も読み返しながら愚痴をこぼす不機嫌な少年がいた。
「ふんっ、いい気味なのだわっ。」
そしてまた人形の少女も不機嫌であった。
「あぁん?まだ根にもってんのかよ!ピエロの件はお前の説明不足だし、ありゃ明らかに正当防衛だろうが。それに悪ぃと思ってるからこうして糞ゲームに付き合ってやってんだろ?」
と反論する少年。
「どうせあなたにとっては恋人との予定が中止になった暇つぶし程度なんでしょ、都合の良いことばかり言って最低ね。」
少年はそのセリフに少しだけ顔を反らし、言い辛そうに返答した。
「正直な所理由の半分はそうだな。でもな、お前一人で危険なゲームを戦わせるのが心配だと言う気持ちもないことはないんだぜ…」
「えっ!?」
少年の意外な言動に驚きを隠せない人形の少女。と同時に自分の中から湧き出てくる不思議な感情に戸惑いを感じていた。
「どした?俺、何か変な事言ったか?」
「な、何でもないわよっ!下僕が主人の身を案じるのはと、と、と、当然なのだわっ。。」
人形の少女は少しだけ少年を好きになれた様な気がしていた――

(ああ本当に心配で心配で堪らねぇよ。せっかく手に入れた楽しい玩具が勝手にぶっ壊れでもしたら困っちまうからなァ。ククッ、クククッ…)
そうしてそれぞれの想いを胸に両者は目的のフィールドに到達した。

「さてと、俺以外にこんな粋狂な事をやってる物好きのツラでも拝んどくか。」
フィールドを見渡すと遠くにそれらしき人影があり、それに近づいていくと桃色の人形と倒れて動かない自分のよく知る少女が目に映った。
「はははッ…成程こいつはおもしれぇwこういう事だったかよ。」
それを見て急に嬉しそうな笑みを浮かべる少年を訝しそうに思いながら状況を説明する人形の少女。
「笑い事ではないのだわ。あのミーディアムのコ、力を使いすぎて倒れているのよ!」
しかしその説明を聞いても全く動じる様子のない少年。
「はっ、これが笑わずにいられるかよ!これといって女の子らしい趣味とは疎遠だったあの巴がよ、疲れて眠りこくまでお人形遊びに夢中になるなんて嬉しくて嬉しくてよ。」
少年は巴に歩み寄り顔をぺちぺちと叩く。
「おい、起きろ。はしゃぎすぎだ。ンな所で寝てたら風邪引くぞ?」
反応はない。
「っつたく世話のかかる女だぜ…」
そう言って巴を抱きかかえる少年に小さな人形が騒ぎたてる。

「やめるの〜トモゥエを連れていかないで!トモゥエはヒナとずっと一緒だって約束したんだ――」
「うるせー。」
「ぎゃぴっ!!」
ゴロゴロゴロゴロッ。。
うっとおしくまとわりついてきた人形のミゾオチにトゥーキックが炸裂し、人形は地面を転がって行った。
「おい、とりあえず俺は巴をベッドまで運んでくる。今はゆっくり休ませてやりてーからな。そういう訳でお前はあのガキのお守りだ。いいな。」
突然な展開に納得できずうろたえる人形の少女。
「ちょっ、あなたさっき一人で戦わせるのが心配だとかどうとか言ってなかったかしら!」
「あぁん?とことん使えねぇグズ人形だな!ちったあ空気読めや。仕方ねぇから今回は特別に好きなだけ力を使わせてやる。まあ適当に頑張れよ、じゃあな。」
それだけ言い残してこの場を去って行く少年に唖然とし、とりみだす人形の少女。
「なっ、お待ちなさい。その女が一体何だと言うの?どういう事か説明くらい――あんっ!」
少年を問い詰めるために追いかけようとするも後ろから蕀の蔓に巻き付かれ身動きがとれなくなる。
「しんくぅ、逃がさないのよ。早くトモゥエをかえすの〜!」
「このっ、こんな時にっ。おやめなさい雛苺。きゃっ!」
ビリビリビリッ。。
余程慌てていたのか、無理に蕀の蔓から逃れようとしたため転んでしまう人形の少女。
体は自由になったものの大切なドレスはトゲでズタズタに引き裂かれ泥まみれになってしまった。
そして、そうこうしているうちに少年の姿はすでに消えてしまっていた。

「グスッ…。なんで…なんでよっ!なんで私がこんな目にあわなくちゃいけないのよっ……」

ただ一体残された人形の少女の叫びは誰に届くでもなく、Nのフィールドに虚しくこだますばかりであった。。

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朝。まだ日が昇り始める前の日曜日の早朝。ひと気のない桜田家リビングのソファーにポツンと座っている人形がいた。
(結局帰って来てしまったのだわ…。)
契約者の少年の自分に対する酷い仕打ちに堪えきれず夜中にこっそり家を抜け出した。
しかしながら他に行く所もなく、またここに戻って来てしまっている。そんな自分が情けなくて自然に涙が溢れてくる。
「どうしたらいいのですか、お父様……。」
赤い服の人形はそうぽつりと呟くと膝を抱えて静かに泣いた。
その様子を誰かがドアの隙間から覗いている事には全く気づきもせずに――
「自分からノコノコ姿を現しておいて、おまけに居場所まで教えてくれるなんて全くお間抜けな奴ですぅ。」
「そうだね。真夜中に一人でウロウロしているなんて不自然だと思ったけど、どうやら罠に誘い込まれた様でもないみたいだ。」
「倒すなら油断しきっている今がチャンスです。行くですよっ!」
そう息巻いて攻撃を仕掛けようとする翠の人形を蒼い人形が止める。
「いや、待って。そうは言っても相手はあの真紅だ。幸い今は一人きりみたいだし、ここは万全を期して先に契約者の方から始末しよう。」
「なるほど。エネルギーの供給源を絶って真紅を弱体化させてから叩く作戦ですね。流石抜け目のないヤツですぅ。」
「フフッ…。用心するに越した事はないからね。さ、行こう。」
そのままそっとリビングを後にした二体の人形が少年の部屋を見つけ、侵入するのにさほどの時間はかからなかった。
「全くいい気なものですねぇ。何も知らずにぐぅすか眠ってやがるです。」
「キミに恨みはないんだけどこのまま眠っててもらうよ。これからもずっと、ね――」
人形達はそれぞれ鋏と如雨露を構えると少年の眠っているベッドに歩み寄って行った。

ガチャ、ギィィィィ。。
(……んあ゛ぁ?)
誰かが部屋のドアを静かに開けた。その不自然な開放音に反応して思わず目が覚める。気付かれないよう体をずらしてみると、視界の端に例の人形達らしき影が映った。
「全くいい気なものですねぇ。何も知らずにぐぅすか眠ってやがるです。」
「キミに恨みはないんだけどこのまま眠っててもらうよ。これからもずっと、ね――」
(はぁ?まだ四時過ぎじゃねぇか。何考えてやがんだこの糞人形共は…。)
チラリと目覚まし時計を確認してからそう心の中で愚痴ると、そのまま寝直そうとする少年だったが、
「スィドリーム!スィドゥリィィームゥ!!おかしいです。何故ですか?夢の扉が開かねーですぅ??」
「ボクの方も無理だね、どうしちゃったのかな?レンピカ!リェンピカァァァァ!!」
(うるっせーな糞が!早く死ね。分かったから死ね。)
一向に帰る気配のない侵入者達にだんだんと苛立ちが募る少年。
「仕方ないね。後始末が面倒だけど、こうなったら直接殺すしかないよ。返り血が飛ぶかもしれないから翠星石は下がってて。」
「分かったです。全く手間かけさせてんじゃねーですクズ野郎!ペッ!!」
ヴィチャ。。
翠の人形が少年の顔に唾を吐きかけて距離を置く。その刹那、少年の中で何かが弾けた――
「恨むなら真紅のミーディアムになった自分の運の無さを恨むんだね。サヨナラっ!!」
ガシッ。。
「えっ!な、もがっ!?んア〜ッ…!!」」
蒼い人形が振り降ろした鋏は少年に届く事なく静止した。と同時に布団の中から飛び出した手が蒼い人形の顔を締め上げる。
「ひいぃぃぃ!!な、な、一体なんデスか?」
突然空中に持ち上げられジタバタともがく蒼い人形を見て腰を抜かす翠の人形。
「は、ははは…、これは『殺して下さい』ってメッセージで間違いねぇよな?」
翠の人形が声のする方の暗闇に目を凝らして見ると、そこには眠っていたはずの少年が、右手には鋏を、左手には蒼い人形の顔を掴んだまま仁王立ちしていた。
「そんなにお前らが俺と遊びたいって言うんなら望み通りたっぷり遊んでやるよ。お前らがバラバラになるまでな!」

対峙する一人と二体の間には重い空気が流れ、部屋の中にミシミシッと言う嫌な音だけが響く。
「う゛ーっ、あぐぅ…顔が割れるぅ…。助け、て翠あ゛あ゛ぁぁぁ…。」
もがき苦しみながら助けを求める蒼い人形の声に、身動きすら出来ず呆然としていた翠の人形が我に返る。
「な、な、ふざけた事ほざくんじゃねーです人間!さっさと蒼星石を放しやがれです!!」
「…ククッ。」
少年は何故か素直にそれに従い蒼い人形を解放し、人形は少年の手から床へと静かに崩れ落ちた。
「大丈夫ですか蒼星石!?」
翠の人形は顔を押さえて悶えているパートナーの元へと急いで駆け寄ろうとした。しかし、後一歩で手の届く距離まで近づいてきたその瞬間、翠の人形の目の前を少年の足が物凄い勢いで通り過ぎた。
ベギョッ、バキバキッ。。
「オゲーッッ!!」
全く無防備のボディに怒りの鉄槌を叩き込まれた蒼い人形はゲロを吐きながらゴロゴロとのたうちまわる。
「ごえっ‥げぇっ!!お腹が‥ボクのお腹がぁぁ…。」
蒼い人形は苦痛に顔を歪ませたままお腹を押さえてうめき声を上げている。確認するまでもなくボディが完全に破壊されたのは誰の目にも明らかだった。
「お前ぇぇっ!何て事をしやがるですか!!」
怒りをあらわにして自分を睨みつけてくる人形に少年はニヤリと笑って答えた。
「何って、糞虫の処刑だが、それがどうかしたか?」
「無抵抗な人形相手にこの仕打ちはあんまりです。この外道人間っ!!」
少年はその言葉を聞くとより一層ニヤリと笑う。
「無抵抗な人間に汚っったねぇ唾を吐きかけた糞が言っても説得力ねぇなぁ。さて、そっちのお人形さんは壊れてしまったみたいだな。ククッ…。じゃあ次はこっちのお人形さんと遊ぼうかな?クククッ‥ヒャハハッw」
少年の次はお前だと言わんばかりの言動に背筋が凍る。
「ヒッ!」(こいつ、完全にいかれてやがるですぅ!!)

翠の人形は目の前の恐怖から必死に逃げ出そうとするも、数mも進まないうちに壁に進路を塞がれ、数秒もたたない内に少年追い詰められる。
「く、来るな、寄るなですぅ!あわ‥あわわっ――あぎぃぃぃ!!」
ゴリッ。。
「 あ゛っっぐうぅ!腕が!翠星石の腕がぁぁぁぁぁ!!」
「関節外しただけでビービー騒ぐなカスが。あれ?中身スカスカじゃん。」
ギョリッ、ゴキッ。。
「はっ…、かぐあ゛ぁぁぁ!! もぼっ‥やべ…てぇ、ですぅ……。」
両腕をもぎとられた翠の人形は完全に戦意を喪失してしまった。口からは涎をたらし、鼻からは鼻汁を垂らし、目からは涙を流しながら半分白眼を剥いて、俗に言うイってしまった顔をしている。
「ネジをまく必要性があるわりに歯車もなーんもないな。まさか動力は超電導‥なわけないか。って、おーい。お楽しみの途中なのにどうした?まだ時間はたっぷりあるぞ糞人形?」
くるくる巻きの髪を掴んでブラブラと揺さぶってみるが反応もなく最早これまでと言った所だった。
「駄目だなこりゃ。」
少年は人形を床に座らせる姿勢で置いてから軽く距離を取る。そして勢いよく振り被ってタメを利かせたトゥーキックを人形のボディに炸裂させた。
メコメキョォッ。。
「ごぉぇぇっ!!」
エグい角度から放たれたつま先がミゾオチをえぐり、翠の人形はきりもみ回転しながら飛ぶ。
その放物線は栄光への架け橋にはならず、翠の人形は壁に衝突してから先ほど蒼い人形が吐き散らした嘔吐物に顔を突っ込ませる形で落下し、沈黙した。
「あーあーこんな劣化汚物人形共が究極の少女目指してるなんてとんだ茶番劇だぜ、全くヤレヤレだな…。」
少年は呆れ顔で悪態をつくと、再びベッドに潜りこんで眠り始めた。
静寂を取り戻した部屋にはゲロまみれで死にかけの人形が二体転がっていた。

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