前々スレ>>224のジュンとカナの話の続きを投下。

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ジュンの部屋を沈黙が支配していた。
聞こえるのはパソコンのキーボードを打つ音だけだ。やがてその音もなくなり、遠くの喧騒が聞こえそうなほどの静寂が続いた。
「暇なのかしら……」
 ベッドに退屈そうに寝転んでいた金糸雀がポツリと呟いた。そんな彼女を横目で一見だけして、ジュンはパソコンの画面に目を戻す。
そして先程と変わらない時間が流れ始める。唯一変わったことといえば、金糸雀の頬が不満そうに膨らんだことぐらいだ。
恨めしそうな視線がジュンの背中に注がれる。
何秒間その状態が続いただろうか。やがて居心地の悪そうにジュンが身を捩らし始めた。
「はぁ……」
 ジュンは大きく息を吐くと、うんざりした様子で金糸雀に振り向いた。
「お前は僕に一体どうしろって言うんだ?」
 ひどく不機嫌そうに見えるが、それは金糸雀の気のせいではないだろう。しかし、そんなことで怯む金糸雀ではない。それどころか凛とした翠の瞳でジュンを見返し、拳を強く握り締めて立ち上がった。
「ちゃっちゃとローザミスティカを奪いに行くのかしら、ジュン! このままじゃ退屈すぎてどうにかしちゃいそうかしら!」
 金糸雀の言い分最もであった。契約してから二日も経とうというのに、いまだに他のドールとは戦闘はおろか遭遇さえしていない。全ては重い腰をあげないジュンの所為である。
金糸雀「イェア!ファッキンエイリアンをぶちのめすぜ!」
翠星石「フゥーハッハ!弾はいくらでもあるぜ!」

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鏡に波紋が走る。
それを見て満足そうに微笑む精巧な人形、雛苺。
彼女は可愛らしい桃色のリボンを揺らしながら後ろへと振り返った。
「早く行こう、トモエ! とっても楽しいんだから!」
 トモエと呼ばれた少女は、目の前で起こっている非現実的な出来事に戸惑っていた。
人形が動き喋る時点で充分非現実的であるが。
「大丈夫なのよ。 何も怖くないのよ」
 その無垢な笑みに若干、警戒心が和らいだ。
誘われるように一歩、また一歩、手を差し伸べる人形へと近づく。
やがて、二つの手が重なった。
「本当に鏡の中へ入るの…?」
 いまだに不安を拭いきれない巴は、再度雛苺に訊ねた。
「nのフィールドの入口なの。 雛と一緒だからトモエは入れるのよ」
 nのフィールド。聞き覚えのない単語に巴は眉を動かす。
だが、雛苺の様子を見る限り危険はなさそうだ。それにここで断って気を悪くさせて騒がれては母に雛苺の存在がバレてしまう。それだけは避けたかった。
「分かったわ、雛苺。 行きましょう」
「ええ、トモエ! 行きましょう!」
 鏡の前で手を繋いで並ぶ、背格好の違う一人と一体。
互いに顔を見合わせた後、共に同時に足を前に踏み出した。
鏡に大きな波紋が波打つ。
そして、その部屋には誰もいなくなった。

静寂が支配するジュンの部屋。
部屋の主は先程から一言も発せずパソコンに向かい続けている。
ベットには仰向けに寝転ぶ金糸雀。その顔には疲労が感じられる。
「暇なのかしら……」
 溜息をつきながら、彼女が呟いた。
しかし彼女のぼやきも誰にも相手にされず中空へと消えていく。
「はぁ……」
 二回目の溜息。
さすがのジュンも金糸雀の心情を察したのか、パソコンから目を離して彼女に振り返った。
「暇なのか、金糸雀?」
「その通りよ、ジュン……退屈で退屈で堪らないかしら……」
 そう答えて、三回目の溜息を押し殺すため金糸雀はジュンの枕で顔をおさえつけた。
「暇がこんなにも恐ろしいものだとは……この薔薇乙女一の策士金糸雀、思いもしなかったわ……」
 彼女は空ろな瞳で天井を見上げ、そして自らを嘲笑うかのように口元を歪めた。
その様にジュンは困ったように目を細める。
「……まぁ、そう自暴自棄になるなよ。 そろそろ他のドールも動き出す頃だろうから」
「そう…期待しないで待ってるかしら……」
 金糸雀は完全に不貞腐れてしまい、背中をこちらに向けたまま振り向こうとしなかった。
手の施しようがない、そう判断したジュンは早く他のドールが動いてくれることを願いつつ、パソコンに目を戻した。
案外、その願いは早く叶うことになる。

「さて……」
ジュンがマウスを動かそうとした瞬間、パソコンの画面に小さな波紋が走った。
「ん?」
 途端、画面から勢いよく何かが飛び出した。
それは呆気にとられているジュンの横を通り抜けると、一気に上昇し螺旋飛行を繰り返す。
必死に気づいてもらおうとしているのだろう。だが当の本人は気づく様子もなく、やがて幾度も空中を回り続け疲労したそれは、力なく金糸雀の頭上へと落ちた。
「あら、ピチカート……? 一体どうしたのかしら……?」
 現状を理解していない金糸雀は、ピクリとも動かない人工精霊に首を捻るだけである。
ただ一人、事の始終を知っているジュンだけが、そんなピチカートを哀れみの目で見つめていた。
しかし、今はそんなことより――
「金糸雀、覚えているだろ? ここにピチカートが来たってことは……」
「え?」
 しばらく考える。
そして何かを思い出したのか、翠の瞳を見開いて声を張り上げた。
「誰かがnのフィールドに入ってきたって事かしら!?」
「その通り」
 ジュンはいつものあの笑みを浮かべて、楽しそうに答えた。

物事の発端は二日前に遡る。
ジュンの提案でピチカートを他のドール達の動きを見張らせることにしたのだ。
nのフィールドとは便利であり、アリスゲームにおいて自由に何処にでも移動できるそれは脅威だ。それゆえ、ドールが他のドールのローザミスティカを狙いに行く場合、便利なnのフィールドを通り道にしていく可能性が高い。
だからピチカートに見張らせていたのだ。
nのフィールドに入るためには必ず通る場所、9秒前の白を。
「さぁ、僕達も行くぞ、nのフィールドへ」
 ジュンは椅子から立ち上がると、大きく伸びをした。
「ふっふふ……ついにカナ達の本領発揮ね!」
 目を輝かせている金糸雀は、強く拳を握り締めた。
「楽してズルしていただきかしら!」

つづく

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