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・・・廻る
廻る
運命の糸車が・・・
廻る――――――――――
求めるのは.....ただ幸福(しあわせ)な....結論(こたえ).......
!【 Alice 1 】
僕の名前は・・・桜田ジュン。
とある事情で、学校を休学中の中学生。
一応....復学に向けて頑張っては…いる…つもりだ。
両親は…僕達の事を放って置いて仕事で海外を飛び回ってる。
どんな仕事かなんて詳しくは知らない、特に知りたいとも…思わない。
今は、母親みたいにおせっかいで変にへりくだってくる、うっとうしい....けど…優しい姉ちゃんと…
・・・
・・・・
「ちびちびぃ〜〜〜!!其処へ なおれですぅーーーー!!」
「いーやーなーのぉ〜〜ぅーーーー!!」
「ちょっと!静かになさい! くんくんの台詞が聞こえないじゃないの!!」
・・・・・
「真紅聞いてくださいですぅ!このおバカいちごめが、くんくんを見えない様に私に目隠しするですー!!」
「ちがうもんッ!翠星石が先にヒナの目をかくしてきたのぉ!ヒナは悪くないもんっ!(フンッ!)」
「そんな事よりジュン、紅茶はまだなの!くんくん探偵を見ながらお茶をたしなむ、乙女の慣わしを欠かす訳にはいかないのよ」
・・・・・・
「何を言うですかこのヘチャむくれの泣き虫いちごめが!これでもくらいやがれです!(かる〜くデコピンっ!)」
「やうっ!・・・うぅ〜〜・・・う〜〜〜 ジューーー〜〜ぅン!翠星石がいじめるのぉー!(首根っこにだきっ!)」
「ああっ! ここ、このちびちびはぁ! チビいちご、チビ人間から今すぐ離れるですっ!!」
「まったく・・・うるさくて聞こえないのだわ・・・この真紅がこんな事でテレビのボリュームを上げなければいけないなんて」
「…い、いい加減にしろーーー! お前らは、いつも いつも いつも いつもっ!」
生霊の取り憑いた西洋人形・・・
もとい、ローゼンメイデンと呼ばれるらしい、生きているアンティークドール数体とで暮らしている。
「口を動かさずに手を動かす!(ピシッ!)」
「あうっ! こ、この…やってるだろ!お前らが騒ぐから気が散って」
「下僕は主に口答えをしない!((ビシビシッ!!)」
「ぶっ!?」
「やんっ! 真紅、ジュンいぢめちゃダメなのよぅ!」
「そうです!元はといえばこのちびちびがいけないのですぅ!」
「しっ!静かに!・・・今くんくんが犯人のアジトに潜入した所だわ・・・」
自分のローザミスティカを守れと、最初に…
半ば強制的に契約を結ばされたのが、僕の頬を金髪のロングテールで叩いてきた、
赤いヘッドドレスだかボンネットだかを被り、赤い西洋服を纏った高貴な少女人形、真紅。
今僕の首根っこにしがみついて、警戒心の無い子猫のような表情と無邪気な瞳でじゃれ付いてくるのが、
薄桃色の服と、同じ薄桃色の大きな愛らしいリボンを、濃い味がかった金色の髪に付けたやや幼い少女人形、雛苺。
よく雛苺にちょっかいをかけてからかい、とんでもない毒舌で僕の家中を闊歩し、
丈の長い、ややルーズな緑色のドレスのような西洋服を着て、
レースの被り物みたいな物を栗毛色の二つ分けの長髪に羽織った、外見だけは従順そうなオッドアイの少女人形、翠星石。
そう、有り得ない怪奇現象『 あなたの知らない世界 』で僕は暮らしている。
いまや女系家族然と様変わりさせられた上、人形の癖に飲み食いしたりテレビを見たり騒いだりと、
気が狂いそうな光景や異常な空間にも僕はもはや慣れてしまい、しぶしぶと紅茶を入れている最中。
「ほら、持って行くからそこ空けてくれよ・・・」
雛苺を首の後ろにしがみ付かせたまま、僕はトレーサーから
ティーポットとティーカップ、お茶菓子をテーブルに並べて行く。
ふぅ〜〜っ・・・
ぞくぞくっ!
「な! なにすんだよっ!お前っ!?」
「やはっ、くすぐったい?」
「な、なにジュンの首に息吹きかけてやがるですかぁーーー!!
い、いい加減にジュンから離れやがれですっ!この野っ原イチゴ!」
「いーやーなーのー!♪ それにヒナは のっぱら じゃないもんっ!」
「まったく、そんな事をどこで覚えてきたのかしら、雛苺は…
…いい加減ベッドの下の物を片付けておきなさい、ジュン」
「なっ!?(赤ーーー)」
ローゼンメイデン・・・薔薇乙女・・・
このドール達は『アリスゲーム』と言う、姉妹同士の戦いを勝ち抜き・・・
たった一人だけが、どんな花よりも気高く、どんな宝石よりも無垢で、一点の汚れすら無き『アリス』に孵化し・・・
自分達を生み出した存在・・・『お父様』に会う為・・・
永い時間の狭間を存在してきたと言う・・・
それが今、僕の存在する空間に・・・
何故・・・三体も居て・・・
なんで、なんで僕の人権を蹂躙しているんだぁーーーーーーーーーー!!!!!
「かかか かってに(真っ赤)
「あのねー、女の人がぁー、男の人にぃー『わーわーわーわぁーーーーー!!!!』 ←(ジュン)
「ふぅ〜〜〜〜・・・そういうのばっかり見てるから、人間のオスは野蛮で下品でお下劣な下種野郎が多いのですぅ!」
「あら、遅かれ早かれ、思春期の少年なら持って当然の興味だわ。
私はただ、レディに対しての気遣いをもう少し持ちなさいと、言っているだけなのよ」
ワイワイ ガヤガヤ キャーキャー ヤイのヤイの
学校と言う、社会に出る為のシミュレーションゲームから一時離脱している僕は・・・
似非女系家族と言う、新たなシミュレーションゲームに組み込まれ・・・
毎日を過ごすようになってしまったのが・・・
どう足掻いても逃げ出すことの出来ない現実だった・・・
!【 Alice 2 】
「はぁ…」
大体、この人形達が押しかけて来てから・・・僕のプライベートは薄い障子の紙の様に扱われている・・・
水で濡らせば透けそうで、指で突付けばたやすく破けてその先が見えるように・・・
姉ちゃんにすら・・・滅多な事で部屋に入らせなかったのに・・・
ズズッ… なんか...頭痛い…
「紅茶は下品な音を立てて飲むものではないわ、ジュン。それに、まだ温度が二度低いわよ」
「あ〜〜はいはいそうですか…鼻すすっただけじゃないか…」
「どっちにしろ、作法は守ってもらいたい物だわ」
「日本茶は音を立てて飲むのも許されるですから、チビの様なガサツな野郎は
紅茶より梅昆布茶でもシバいていやがれですぅ!(プッ)」
「なんだとこのぉ!お爺さんのいれてくれた昆布茶が、中々イケるとか言ってるの知ってんだからな!」
「キッ!そそ、それは蒼星石が勝手に言ってることで ってなに言わせやがるですかー!」
「うゅう〜〜! ヒナもウメこぶ茶のみたいのぉ〜ー!」
「やっぱり一人で紅茶をたしなむのが...一番いいのだわ....」
なに言ってんだ…
最近は自分からみんなを誘ってお茶してるくせに…
そんなこんなで字の如く、姦しいお茶の時間は終わり....僕は後片付けをさせられようとしている。
お前らいつかぐるぐる巻きにして、トランクに詰め込んで鍵してやるからな・・・
「ジュ〜ン!ヒナも手つだったげるぅ♪」
・・・雛苺は別だ。
「(ズズッ)ああ、ちょっと重いから(グズッ...)気をつけろよ?」
「はーいなのぅ♪」
真紅が家来だとか言って、幼なじみの女の子...巴の所から連れてきたのが…この雛苺だった。
泣き虫で子供そのものの態度や仕草が、最初はいやだったけど....何て言うか...
歳の離れた妹が居ると、こんな気持ちになるのかなって、最近は思えるようになった自分が可笑しく思える時がある。
姉ちゃんに迷惑ばっかりかけてきてる僕が....こんな事よく言うよな・・・
「やれやれですぅ、チビがチビチビに面倒見てもらってりゃ世話ねぇですねー」
「その割には穏やかな顔ではないわね、翠星石」
「なっ!?べべべ別に翠星石は手伝いたいとかチビいちごあんまりくっつきやがるなとか思ってねぇですぅぅーー!(赤〜)」
あ〜うるさい・・・キンキンした声が頭に響くっての・・・
大体なんだよそれ、やきもちなのか?やきもち?・・・まさかな....
しかし頭痛い...しかもなんかゾクゾクする・・・背中の視線が気になるからか?
「?・・・ジュン〜....どうしたのぉ? お顔の色、変だよ?....」
「あ ああ...なんでもな.....
あ、あれれ.....なんだ?急にリビングやテーブルが斜めに....
吐き気が....目の前が....暗...く.....
ガシャン! ドッ! ガンッ!
「キャーーーーー!!!ジューン!!」
「ジュン!? ジュン!!!」
「ど!どうしたですかジュン!?しっかりするです!!」
あ....たま....痛い....ガンガン...する.....
リビングの床が....僕の横から何で....僕を...たたきつけてき...たんだ......
.... ......うぷ......
「「「 ジューーーーーーーーーーーーーーン!!! 」」」
!【 Alice 3 】
....あ...れ....?
どう....なったん..だ...僕.....
ここ...は.....どこ....?
・・・・
・・・
・・
…… …… … ……
......声が...きこえる..... だ れ....?
・・・・
・・・
・・
「.....n...ん...んん… …ん… …あ...あれ?」
「! ジュン君! よかったぁ…」
「ジュン! 気がついたですか! 心配したです…」
「ジューーぅン! よかったのぉ〜〜〜…(ぐすん)」
「・・・ジュン・・・」
ここ...って、僕の部屋の....ベッド....だよ な。
あれ? ....姉ちゃん....翠星石....雛苺....真紅… なんでそんな、泣きそうな顔...してんだよ…
何で僕...ここに居るんだ....何でベッドなんかで....確か....真紅達と、お茶してて....
!
グラッ・・・
「ジュ!ジュン君!だめよ、熱があるんだから寝てなくちゃ!」
「...お...姉ちゃん....なんで僕....ここ..に...痛っ?!...」
・・・痛っ...てぇ....殴られたみたいに...頭痛い....
・・・頭....たんこぶできてる....
「ジュン…覚えてないのぉ?…ヒナとお片づけしてて....急にたおれたのよ…?」
「真っ青な顔で...気を失ってたです.....」
「…最近の、夜遅くまでの勉強と....精神的な疲れから....貴方は熱を出して倒れてしまったの…」
「…お姉ちゃん帰ってきた時、ジュン君…ソファーの上に寝かされていてね……
ヒナちゃんと翠星石ちゃんが、ジュン君が倒れて目を覚まさないって看病しながら....泣きながら教えてくれて....
真紅ちゃんがジュン君の熱と...床に倒れた時に出来た...頭のこぶの腫れが少しでも引くようにって...
何回も濡れタオルをジュン君の頭に当ててくれてたのよ…
ヒナちゃんと翠星石ちゃんも、ジュン君の手をずっと握っていてくれてたし…」
「え....」
身体にかかったシーツの上には、僕の頭に乗せられていた濡れタオルが落ちている。
僕は、思わず真紅達の方に目をやった。
雛苺と翠星石は、まだ心配そうに僕を見返してきて、真紅は少し...微笑んでくれている。
いつもの態度を考えても信じられない気がしたが、このドール達が小さな身体で、僕の身体をソファーに上げて...
タオルを当てて看病しててくれてたのは事実らしいし
雛苺と翠星石の赤くなった目を見れば、本当に心配してくれたんだと実感させられる。
雛苺は懐いてくれてるから判るとしても、翠星石が僕の手を取って看病してくれてたなんて・・・
おまけにあの真紅が、僕の熱やこぶの腫れを取る為に・・・
「…お姉ちゃんがジュン君おんぶして....着替えさせてあげて....それからずっと...みんなで看病してたの…」
「そ....そうだったんだ......ありがと(赤)....げほ!...ごほ...」
「ああ!ほらほら!病人なんだからジュン君は横になって。
後でお食事取れるようだったら、そのあともう一回お薬飲んでおこうね?」
「う...うん... ? ......ちょっとマテ....僕は(ごほ)薬なんか飲んだ覚えは無いぞ?!」
「あ、あははーー! あ、あの場合しょうがなかったのよ?!
と、とにかく熱さましをジュン君に飲ませなくちゃって思って、お姉ちゃんオブラートでお薬包んで
お水と一緒にジュン君のお口に持っていってもジュン君ちゃんとした意識が無いから、
だからお姉ちゃん…… こういうの初めてだけど...ジュン君上手く飲んでくれて…
ああ、あのねジュン君……(赤〜)その...ごめんね?(赤〜)」
・・・なんだ、なに言ってんだ姉ちゃん?
いぶかしがる僕に、妙な視線が注がれてるのに気が付いた。
雛苺は指をくわえて僕の口と、姉ちゃんの唇とを交互に見てるし、
翠星石は翠星石で妙に口惜しそうと言うか、泣いていいのか、怒っていいのか、ふて腐れていいのか、批難していいのか、
とにかくそんな微妙な表情で僕と姉ちゃんを見てくるし、真紅に至っては諦めと言うか、そんな顔で僕だけを見てくる。
・・・ ・・・・まさか ・・・・まさかっ!
「ちょ!ちょとまてっ!(赤)じゃ、じゃああの、その....ぼ、僕のくく、口にそ、その(赤〜)」
「だから....ごめんなさいって.....ジュン君...言ってるのに...(赤〜)」
のり姉の形のいい薄赤色のくちびるを指差した僕の指先は、プルプル震え・・・
のり姉はのり姉で顔を赤くしてうつむく始末。
ああああああああああ、僕達は姉弟なんだぞ! 姉弟! 僕 の 純 潔 を 返 せ ! バ カ 海 苔 姉 !
(何ですか!いくら仕方ないとは言え、姉弟どうしでこのラブラブモードはっ!何かムカムカするですぅぅー!)
(怒っちゃダメなのよ翠星石〜 のりはジュンのお熱を下げてくれたんだから、しょうがないのぅー)
(心配しなくても理性のある姉弟なのだから、間違いは起きないわ)
身体もだるく、まだ寒気も収まった訳じゃない僕の身体を労るように、のり姉が僕にシーツをかけてくれる。
「言っとくけ(ごほ)...けど...」
「もうその話はおしまいにしましょ、ね? だから....もう少し寝ておこう、ジュン君」
にっこりしながら、僕のくちびるに人差し指を添えてくる のり姉。
こんな時は何故か逆らえない・・・
カーテンの隙間から入る
夕闇の景色に何かを感じた気がしたけど、僕はもう一度寝ることにした。
!【 Alice 4 】
あれから二時間ぐらい立ったんだろうか・・・
僕は喉の渇きと寝汗で目がさめた。
カーテンの隙間から僅かに差し込む月の明かりが入るだけで、部屋は薄暗い。
時計は夜の八時半過ぎを指していた。真紅達は一階に居るようだ。
のり姉が用意してくれた氷枕と、真紅がのせてくれたタオルのおかげで、頭の痛みも随分引いていた。
だけど...身体のだるさと気分の悪さはまだ引いてはいない。
でもこれなら少しの食事くらいは取れそうだし、丁度お腹も減ってる。
カチャッ・・・
そう思ってベッドから出ようとした時に、
静かな音を立ててドアが少し開き、後ろ向きに小さな姿が部屋に入ってきた。
翠星石か。何かを持ってきたみたいだけど、それが何かはよく判らない。
(ポットのような物を引きずっているみたいだけど…何する気だこいつは…)
「何やってんだ、お前・・・」
「ヒッ!?」
飛び上がるくらいにビクッと肩を上げた翠星石は、僕の方にゆっくりと振り向いてきた。
いつもの調子で
『起きてるんなら起きてるって言いやがれです!このチビ人間!!』
ぐらい言ってまくし立ててくると思ったんだが、そんなそぶりも無く妙にそわそわしている。
「なんだ?」
そう言って僕は眼鏡をかけながらベッドから下りようとした。
「ね、寝てるです!」
翠星石は、そんな僕を少し強めの口調で止めながら話しかけてきた。
「…の、のりに言われて急須と...身体を拭くお湯とタオルを持って来たです....」
何を引きずってきてるかと思ったら、その為のポットか。
背中にリュックみたいな物も背負っているし、まるで登山装備みたいな格好だ。
「・・・そうか....ありがと...重かったろ?」
「へ…平気ですこのくらい....」
僕の半分くらいしかない身体で、よくここまで持ってこれたもんだな・・・
姉ちゃんもムチャな物持たせて階段上がらせるな・・・自分で持ってきてくれればいいのに・・・
のほほんとしてるクセに、時々スパルタンな事考えるもんな・・・本気で怒るとおっかないし・・・
僕はベッドから下りて翠星石のそばに行こうとした。
その途端立ちくらみがして、その場にしゃがみ込んでしまう始末。
「ジュ、ジュン?!」
心配そうな翠星石の声。
僕は大丈夫と手を振って、部屋の明かりをつけた。
「ぷっ! なんだよお前その格好」
明かりの中、改めて見た重装備の翠星石に僕は思わず吹き出してしまった。
「わ、笑うなですっ!(赤)」
「はは、悪かったよ(げほ)...重かったろ」
「あ・・・」
リュックをそっと外してやり、ポットを受け取って…僕はその場にへたり込む。
やっぱり熱は下がりきっていないらしく、頭がぐらぐらする。
早く身体を拭いて着替えなおして、もう少し寝ていよう・・・
「わ、私が.....す、翠星石が、か、身体拭いてやるです…(赤)」
「え・・・」
耳を疑った。
真っ赤な顔でおずおずしながら、心配そうに、それでいながら僕の眼をしっかり見つめてくる翠星石。
何故か顔がほてってくる。
「い、いいよ! そ(げほごほ)....そんな事....」
「良くないですぅ!(赤)そんな身体でまともに拭けやしねえですよ!(赤)」
いつもと違った雰囲気で突っかかってくる翠星石。
確かに翠星石の言葉通り、今の状態では体を拭くのも正直疲れると思う。
今は無下に断わる理由もそれほど無いし、それに…どうせこいつら人形だもんな…
「・・・判ったよ....」
僕はそう言ってポットと小ぶりのリュックを持って立ち上がり、ベッドに座った。
!【 Alice 5 】
「う うし、後ろ向いててやるから、さっさと脱g.....す....(赤〜)」
赤い顔をしてうつむきながら、そうつぶやく翠星石。
最後の言葉は脱げと言っているんだろうけど、小さくて聞き取れない。
呪い人形とは言え....やっぱり女の子だもんな....改めて考えると、何か気恥ずかしい。
取り合えず、のり姉に着せられていた寝巻きの上を脱ぎ、
ベッドの上で翠星石に背を向けて
「・・・もういいよ、こっち向いても」と声をかけてやった。
「...手早く拭いてやるから....安心しろです....(赤)」
赤い顔のまま、翠星石は僕に言葉を返しながら、リュックに入れていた小さめのボウルにポットのお湯を入れている。
「す...少し熱いかもしれないですけど....ガマンするです(赤)」
ベッドに上がった翠星石は、お湯を絞った熱いタオルで僕の背中を丁寧に拭いてくれる。
なんだか信じられない気持ちで一杯だ・・・あの翠星石がこんなことをしてくれるなんて・・・
だけど体調が元に戻ったら、何かしらに付けて今日の事を恩着せがましく言ってくるんだろうなぁ・・・
思わずため息が出そうになる。
「・・・気持ちいいですか....ジュン・・・」
「え?!」
唐突に翠星石が声をかけてきた。静かで小さな....やさしい声で。
「あ...あぁ....気持ちいいよ…」
「… …ほんとは....翠星石が...のりに頼んだです…」
「? ……なにを?」
「ジュンの所に、これを持って行くのを・・・ジュンが起きたら...拭いてやる つ つもりだったです…(赤〜)」
「そ……そうなんだ(赤〜)」
何か凄く照れくさい・・・
「ジュンの背中....大きいです....(赤)」
「そんな事....ないよ....」
「…私達姉妹を...生み出してくれたお父様も....ジュンみたいに...暖かだったです…」
「覚えているのか? ・・・その、お父様の事」
「・・・覚えていないです。ですけど....知ってるです....大きくて...暖かな手で...
翠星石達姉妹を作り出してくれて....ローザミスティカを.....命を与えて...くれたです」
「…ローザ ミスティカ....」
本来一つだったそのローザミスティカは、それぞれに分けられ....
翠星石達ローゼンメイデンの命として....彼女達の身体の中に存在している物だ。
このドール達は分かれたそれを、本来の一つの容(かたち)にして、
アリスへと生まれ変わる為に...自分達の創造主に逢う為に....いずれ争おうとしているんだ・・・
「……翠星石は....お父様に逢いたいです....ですけど....」
「・・・・ですけど、…なんだよ?」
「蒼星石や、真紅、雛苺達と....いつまでも一緒に居たいのです....」
「……翠星石・・・」
「の、のりや・・・・・・ジュ....ジュンとも(赤〜〜)・・・居たいのです.....」
「・・・・・」
「長い時間の中....出会ってきた人間の中で....のりや蒼星石やみんなが...ジュンが居る今が......
翠星石は....今が一番....楽しく思えるです....」
「……だけど....誰かが、アリスにならなきゃ...アリスゲームは.....終わらないんだろ…?」
「・・・翠星石は....アリスになんか....真紅達や・・・蒼星石とは....戦いたく.....ないです・・・」
それ以上僕は.....何も言えなくなった。
真紅が戦って....倒してしまった....あの黒い服のローゼンメイデン....
僕の夢の中で青い炎に包まれて....お父様と言いながら涙を流し...倒れていった...あの水銀燈と言うドールを思い出して・・・
「つ....次は…前をふ、拭いてやるです...(真っ赤)」
「・・・・へ?! い、いいよ!そんなの!そこまでしなくても!」
「きゃ!?」
そんな僕の思いを、ツタでぶった切るように、翠星石はもの凄く大胆なことを言ってくる。
いくら何でもそこまでしてもらう訳にはいかないし、大体色んな意味で僕の身が持たない!
そう思ってあわてて振り返った為、バランスを崩した翠星石が僕の胸の中に倒れこんできた。
結果....僕は翠星石を胸の中に抱きしめる容(かたち)を取ってしまった・・・
こここ、こんなの想定外だ! 事故だ! 有り得ないっ!
だだだ! 大体ここ、こいつは人形だ! そ、そうだよ口の悪い性悪人形だ!!
そ れ な の に な ん で ! 身 体 が ! 顔 が 火 照 っ て く る ん だ !
「あ....ああ....(真っ赤〜〜〜〜)」
「そ その....あ、あの....(赤〜〜ーー)す、翠星せk...」
「・・・や! やっぱり(真っ赤)自分で拭きやがれですぅぅーーーーーー!!!!(真っ赤)」
ベチッ!!!
「ぶっ!! ぶわ゛熱っち゛ぃぃーーーーーーー!!!!」
熱いタオルを僕の顔に思いっきり押し付けた翠星石は、
もんどりうってる僕を押しのけベッドから飛び降りた。
くっそぉ・・・なんてヤツだ・・・僕だって抱きたくてお前を抱いた訳じゃないんだぞ!
「!お、お湯とふき取り用のタオルと着替えはここにおいといてやるですからとっとと着替えて寝てヤがれですー!(真っ赤)」
真っ赤な顔でまくし立てながら、ドアまで トトトトト と小走りで進んで行く翠星石。
僕は眼鏡をかけなおしながら文句を言う。
「おま!お前な(げほ げほん!) ....じ、ごほ 自分の方から言ってきたんじゃないか・・・」
「とにかくっ!(赤) お前はまだ熱も下がっていないし咳だって出てるです!
…お前一人の身体じゃないのですから… …早く拭いて、じっと寝てるです…(赤)」
やさしい声で穏やかに言ってきた最後の言葉に、それ以上文句を言う気が起きなくなった。
翠星石はそのまま出て行こうとする。
「す、翠星石」
「・・・分かったら....返事するです....返事は…?(赤)」
振り向いた翠星石は、ほんの時々だけ見せる....穏やかな....優しい素振りで....そう問いかけてきた。
「あ....ああ....(赤)わかったよ....」
上目遣いな翠星石の静かなその言葉に、僕は素直に返事をした。
「(赤) よろしい♪」
僕の言葉を聞き、翠星石は嬉しそうに答える。
「・・・食事持ってくるまで....ちゃんと寝てるですよ....(赤)」
そう言って翠星石は、静かに僕の部屋のドアを閉めた。
滅多に見せない....彼女のはにかんだ笑顔が....素直に...愛おしく思えた。
!【 Alice 6 】
翠星石の意外な一面と、優しさを知った僕の心は何故か温かく....
こうしてお湯を絞ったタオルで身体を拭いていても、
冷める気配なんか全く感じない程だった。
だけど、身体を拭き終わって着替えを終えただけで、案外疲れてしまった。
また気分が悪くなって熱が上がったら、何の為にみんなが僕を介抱してくれたのか分からなくなる。
取り合えずベッドに横になり、シーツを羽織って翠星石が持ってきてくれた急須に口をつけた。
飲むと、割と水っぽい柑橘系の味が口の中に広がる…スポーツドリンクだった。
水やお茶でも良かったのに....のり姉ちゃん....ありがと。
スポーツドリンクを飲み終えた所で、僕のお腹が『 ぐぅ〜っ 』と栄養の催促をしてきた。
あれから10分ぐらいは経ったよな…
食事持って来るまで寝て待ってろなんて、翠星石のヤツ言ってたけど…
いっその事このまま寝てしまえば、熱も引いて気分の悪さや身体のだるさも無くなるだろうな。
もう食べずに寝てしまおうか… そう思っていると『 コンコン 』とドアをノックする音が聞こえた。
翠星石か。僕は返事を返す。
「拭き終わってるから、入ってきてもいいぞ」
「うゅ〜〜い♪」
あれ? この声…
カチャリと扉が開き ひょこっ と顔を出したのは、やっぱり雛苺だった。
「ジュ〜〜ン、お待ちどうさまなのぉ♪ 頭痛いの どぉ? 痛いのなくなった?」
「あ うん.....雛苺が持ってきてくれたのか?」
「そぅなのぉー、ちゃんとこぼさずに持ってこれたのよー♪ ジュンの所まで持っていくから、まっててなの」
「いや、取りに行くよ」
「ダメなの、ジュンは寝ててなのぅ!」
翠星石と同じ様に、ベッドに居ろと言う雛苺。
雛苺は開いた扉に挟まるようにして うんしょうんしょ と、お盆に乗せた小さな土鍋をゆっくり引っ張り込んでいる。
(大丈夫かな…)
よちよちしながら小さな身体を一生懸命使って、僕のベッドまでお盆を運ぼうとしている雛苺。
某テレビの『はぢめてのおつかい』に出てくる小さな子供を見ているみたいで、こっちがハラハラする。
よっぽど手伝おうかと思ったけど「う〜 う〜 よいしょ よいしょ!」 と言いながら持ってきてくれている
雛苺の頑張りを否定するみたいで....止めておいた。
一生懸命か....僕は…
「ういっしょ んしょー。はい、ジュン〜♪」
ベッドに腰掛けて待っていた僕の前に、小さな宅配屋は満面の笑みで食事を持ってきてくれた。
「ありがと..雛苺」
「えへへぇ〜」
あまりに人懐っこくて無防備な笑顔に、僕のほうが苦笑してしまう。
受け取ったお盆の土鍋は普通に無事だった。翠星石といい雛苺といい、その小さな身体でよく持ってこれるもんだな…
ふたを開けると、いい匂いと共に顔を出したのは熱々の雑炊だった。
「ぅわぁ〜 すごぉーい!」雛苺の目がきらきらしている、そういや こいつら、飯食ったのかな…
「なぁ、お前達はもう飯食ったのか?」
「うんっ!とぉ〜ってもおいしかったのーー! ぷりぷりハートのオムライスだったのよ〜{{include_html html, "!hearts"}}」」
「そ、そう」(なんだそれ…)
「ジュンのも きっとすっごくおいしぃのー、食べて食べて〜♪」
確かに…雛苺が覗き込んで欲しそうにするくらいのおいしそうな雑炊だ。
食べようと思って鍋についてきたレンゲを取ったものの、急にめまいがしてくる。
「ジュ ジュンー!?」
「あ ああ....なんでもない....って、おい!?」
そんな僕を見た雛苺が、僕のひざの上からお盆をどけて這い上がってきたと思ったら…
僕の顔をその小さな両の手のひらで包んできて、自分のおでこと僕のおでこをくっつけてきた。
「じっとしてるの! ジュン まだお熱がある....う〜……」
「………(赤)」
やや幼い綺麗な顔立ちに収まるキラキラした瞳が、僕の目を覗き込んでくる。
息がかかる位の、雛苺のくちびるが...僕のくちびるに触れそうになるくらいの、そんな距離で。
頬には小さな、小さな柔らかい手のひらの感触……心の奥がむずがゆくなるくらいの妙な気持ちになる…
なんだよこれ… 何だよこの気持ち… …… 大体こいつら....に、人形なんだぞ......
「ジュン……」
「雛....苺....」
何の警戒心も見せないつぶらな瞳。カールのかかった金色の綺麗な髪。そしてどこか甘い香り。
吸い寄せられてしまいそうな、そんな感覚すら覚え、妙に鼓動が高鳴ってしまう…
「♪ ヒナが 食べさせてあげるのぉ〜〜〜〜{{include_html html, "!hearts"}}」
「 は い ? 」
そんな僕の、どこか間違ってるんだろう考えを打ち消すように、
天使のような笑顔で、小首をかしげるように にっこりと微笑んで、僕の頬を小さな手のひらで挟んだまま、そう雛苺は言ってきた。
!【 Alice 7 】
鏡の部屋。
背面から照らす廊下の明かりが、薄いシルエットを床に落としていた。
全身を映し出す大きな鏡面に、手のひらをかざす真紅。
水面(みなも)に広がる波紋の様に、光を帯びながら鏡面が揺れる。
「こんな事をしても.....聞こえていないかも知れないわね....」
静かな声。
「貴女を憎んでいた訳じゃない....姉妹の誰もがお父様に逢う事を願い...
ただそれだけの為に、アリスゲームがあるのも理解していたわ.....」
「私は生きることを示す為に...貴女を.........
失ったのは、それまでの培った時間と.....戦うことの意味と.....貴女の存在.....」
「罪を無かったものにしてもらいたいなんて....言うつもりは無いけれど...
苦しんだわ....夜が....眠りの時間が....抗い(あらがい)を許さない....罪と後悔の世界だったから....」
誰に向かうでもない言葉だけが、時間の螺旋を巡る。
美しき旋律を伴うように言葉は続く。
「戦うことで...自分の存在を...生きてゆく事を示すのなら....
失いたく無い物を守ってゆく事が....生きてゆく事でもあるのなら....それが戦うことでもあるのなら...」
「私は……私には...貴女ほどの想いは無いのかもしれない....
お父様に逢うために、その為に生きてゆく事より....もう失いたくないものの為に....生きてゆこうと思うの」
艶やかな少女の顔立ちに、悲しそうな自嘲の笑みが浮かぶ。
「都合のいい、言い訳...かしらね.... でも、本当に嬉しかった…貴女にまた....会えて
だから...見つけて頂戴...貴女と引き合う....貴女のミーディアムを...
きっと貴女にも....解ってもらえるものが...ある筈だわ」
「だけど貴女は再び...アリスを目指すのね....それが貴女の想いの強さなら.....
戦わない事も、戦う事なら....私は……」
その思いを語ることなく、背後から声がかけられた。
「ここにいたですか、真紅。 何してるですか?」
「何でもないわ...」
鏡面の波紋が消え、光も消える。
不思議そうな翠星石の顔を気に留めず、問い返す真紅。
「それより、ジュンの食事はどうしたの? あなたが持って行くのではなくて?」
「ちびちびに譲ってやったですよ。甘えてばっかですから、たまにはちゃんと働かせないといけねーです」
「…そう、雛苺に...妹思いなのね」
「な、なんですかその含みは?!」
「別に...何でもないわ。それより...嬉しそうね。 何かあったの、翠星石?」
「べべっ! 別に何も無いですぅー!」
何気ない真紅の言葉に頬をうっすらと染め、
「ち チビ人間の身体拭いてやったり 話したり 振り向いた時にたまたま抱きしめられたりなんて
そんな なんでもねぇですぅーー〜〜〜!{{include_html html, "!hearts"}}」
自分の頬を両手で挟み、くねくねキャーキャー惚気る(のろける)翠星石を、
「…あったんじゃないの....全く何をやっているのかしら」
真紅は半ば呆れ顔の様な微笑みを見せ、言葉を返す。
そして二体のドールはジュンの話題をしながら、鏡の部屋を出てゆく。
聞こえたかもしれない、いや…
聞こえることは無い二つの違う声が、映す姿をなくした鏡の中から流れた。
決して交わることなく、互いに伝わることの無い二つの声が。
( ……真 紅…… )
( あなたが拒んでも もうアリスゲームは避けられない )
鏡は...廊下から入る明かりを反射しているだけだった。
!【 Alice 8 】
灰色がかった雲が漂う、薄蒼く広がった夜空。
月は雲に隠され、僅かな暉(ひかり)を覗かせているに過ぎなかった。
「....どうしたの?...水銀燈」
開いた病院の窓枠に腰を下ろし、硝子(ガラス)に片手を添えた黒い服のドールは、
背中から聞こえたその声には応えず、僅かに顔を後ろに振り向かせただけだった。
病室の可動式ベッドに上体を預けた少女、めぐは目を細め、
僅かに微笑みを浮かべた口元から次の言葉を発した。
「月の暉の無い夜なんて、何の価値も無いわよね...」
ドールはめぐの方に顔を向けたまま眉をひそめた。
「何故そう思うの...」
「あなたの居ない時の、この私みたいだもの」
そう言って屈託無い笑顔を見せた少女を、見つめるドール。
「くだらない…… めぐ...寝てなくていいの?」
「名前で読んでくれるんだ… でも寝てしまえば、あなたはまた居なくなるんでしょ?」
「……どこに行こうと私の勝手、あなたにどうこう言われる覚えは無いわ」
「だったら私も連れて行ってよ。いいでしょ?」
「…何言ってるの? あなた...ほんとに頭がどうかしてるんじゃない...」
外を出歩くことすらおぼつかない病身で何を言っているのかと、
怪訝な顔をするドールを見つめ返した少女は、細く、静かな声で言葉を返す。
「アリスゲーム....もう始まっているんでしょ。
私の命をあなたが使い切ってくれれば、あなたがアリスになれば、私はあなたと一緒にどこへでも行けるわ」
ドールの怪訝な顔に、僅かな曇りが入る。
「どういう意味...?」その身を窓枠に立たせたドールは、少女の方に向きながら問い返す。
「天使だから」何の疑問も持たない瞳で返答する少女。
「また...そんなふざけた事を言う。私のどこが天使だって言うの?!大体...あなた達人間の描く天使は白でしょ。
この黒い服と、この黒い翼を持った私の一体どこが天使だって言うの?…馬鹿も休み休み言えばぁ?」
やや嘲笑気味の表情を見せ、ドールは少女の瞳をきつく見つめ返す。
少女はにこやかに...少しだけ悲しみを込めた瞳でその言葉に答えた。
「何故黒だと天使じゃないの? 誰が天使は白いなんて決めたの? 白い羽に透き通るような肌だから? 何故それが天使なの?
白は純粋無垢を表すから? そんなもの....滑稽もいい所だと思わない?」
こんな答えが返ってくるとは思わなかったドールは、その答えに返す言葉を持たなかった。
ドールの表情が...嘲笑から沈黙に変わる。
何も答えないドールを静かに見つめ、少女の言葉は続く。
「神様や天使の姿なんて、本当はエゴイズムもいい所....悲しみや、辛さや、絶望を味あわず、
疎まれ、避けられる事すら知らない、そんなフリをしただけの....白を纏(まと)った黒い存在が天使なのよ。
でも....そんな存在でも、私は祈り続けたわ...“本物の天使に逢わせて下さい”...ってね」
「………」
「水銀燈....あなたは、辛さや悲しさ....どうしようもない焦燥感や、望まれない自分の存在を知っているんでしょ。
知っているからこそ、あなたは優しいの。その優しさを表す事が出来ないだけ....優しいから....何もかも背負おうとしている。
背負おうとしているからこそ、本当の自分を塞いで、あなたはアリスを目指し....戦い抜こうとしてるのよね....あなたの姉妹達と」
「……知った風な事を....あなたに何が解ると言うの...」
「…そうね....でもあなたは導いてくれる。私の命を糧にして、私の魂を抱いて、あなたのお父様の下へ連れて行ってくれるわ。
だって、あなたは私の天使だもの。本当の....天使だから」
「……本気で....言っているの?」
「ええ…当然よ」
「ほんと....あきれたおばかさんね....あなたって子は...」
少女の言葉にそう言って、黒服のドールは再び背を向けた。
思い詰めた...悲しみを含むような静かな顔で夜空を見上げる。
少女...めぐの方からはそのドールの表情は伺えない。
めぐはそのままドールから....水銀燈からそっと視線を外した。
夜空を見つめる水銀燈の背中から聞こえる...静かな歌声
( 揺れる 夢の記憶は いつも )
その歌声は静かで...透き通り
( 孤独な夜 )
水銀燈の心にある気持ちを和らげてくれると共に...
( 暗い 闇に 怯えて )
今抱いている....水銀燈の心を映し出す...
( 泣いている 迷い子の祈りは 届くの )
そして...雲を払うように輝きを取り戻した月が...水銀燈自身を照らし...その心を照らし出す....
水銀燈の背に生える黒い翼が、月の暉を受け止める様に広がりを見せた。
めぐの歌声が小さくなる。
声の変化に水銀燈は小さく振り向き、こう答えた。
「...どこにも行かないわ。一緒にいてあげるから....だから」
( だからどうか 歌を やめないで )
めぐは...嬉しそうに目を細め....再び...
その透き通る...儚さをほころばせるような...声の旋律を奏で出した。