最近、『ローゼンメイデン』がブームである。
一部のカルト的な人形愛好家に知られているに過ぎなかったその存在は、今や女子高生を中心として絶大な波を生み出している。
その中でも、取り分けて人気なのが『水銀燈』である。関連商品は、需要と供給の天秤が崩壊するほどの売り上げを記録し、『持つだけで幸運になる水銀燈の羽』がネットオークションで元値の約70倍の値段で取引されたのは記憶に新しい。
ここで、そんな水銀燈のキャラクターを紹介しよう。ゴシック調のドレスで身を飾った彼女は、「どうせ私じゃ無理だから」が口癖の内向的な人形である。
しかしそういった“木の枝で蟻の巣をつつく”ような性格は、人々の母性本能をくすぐり、今では『ローゼンメイデン』の看板になっている。
他にも、『雛苺』『薔薇水晶』『真紅』『蒼星石』『翠星石』『キム・シジェン』といった色鮮やかなキャラクター達が、互いに競うようにその魅力を発揮しているのが人気のなりよりの秘訣だ。
こういった、俗に言われる『ゼンマイ現象』は、実は捏造から始まったといっても過言ではない。
伝説上の存在、『ローゼンメイデン』を現代のクリエーターが肉付け。そして出来あがったのが、いま市場に出回っている『ローゼンメイデン』である。
桃太郎やピノキオが、幾度となくその造形を変化させることによって、人々との触れ合いを保っていたのと同じに、『ローゼンメイデン』はある種生まれ変わり、私たちと手を取り合うことが可能になったのだ。
これは伝説の形而下である。そして、新たな伝説の始まりである。
もしも、あなたが『ローゼンメイデン』をまだ手にしていないなら、是非この機会に彼女達に触れてみて欲しい。
私のオススメは『蒼星石』である。他の人形も、もちろん勧めたい。
もう人形遊びは子供の特権ではなくなったのだから。
ブームは所詮、一過性のものだった。
一時は1万円もした“水銀燈の人形”は、次々と捨てられ、燃やされ、そして必要とする人は激減した。
ブームの時は、嬉々として水銀燈を携帯のストラップにしていた女子高生も、「もうダサいから」という理由で水銀燈を携帯から外し、爪を切るようにして水銀燈を捨てた。
「次は私の番か」
そういった恐れを幾つもの水銀燈は抱き、しかし出来ることといえば、ただ持ち主を信じることだけだった。
「ねえ、知ってる?“本物”の水銀燈は、人間と話すことが出来るし自分で動けるんだよ」
ある水銀燈は昔、同じ棚に陳列されていた水銀燈と話した時のことを思い出した。
「伝説でしょ、それ。ドラキュラが本当にいたか話してるようなもんだよ」
「でも、私たちはその存在を信じて作られたんだよ。その存在を否定するってことは自らを否定することにならない?」 水銀燈はしばらく黙った。
「それはそうかもしれないけど」けど、そう言い水銀燈は続けた。
「でも、考えてもみなよ。本物の水銀燈なんかがいたら、私たちの存在価値なんて一つも残らないんじゃない?」
「どうして?」
「だってむこうは本物だよ。誰だって偽物より本物が欲しいでしょ」
「確かに」と頷いてぞっとした。本物の水銀燈がもしも現われたとしたら、自分の価値なんてなくなる。―捨てられる。
そういった昔の事を頭で抽出し、ぼんやりと自分の前にある鏡を眺めた。そこには稚拙な人形が転がっており、そういったものを否定するために天井を見上げた。
ゆっくりと視界を閉じ、無心になろうとすると、なにか水が割れるような音がした。
眼球を動かすわけでもなく視界を下に移すと、そこには黒い服を着た少女がいた。
「誰?」
聞こえるはずはない。空気が振動しないからだ。
「んふふふ、初めまして、そう言うべきかしら?」
視界が完全に固定され、暗やみに目がなれた。そして、その少女を見た。
そこには私がいた。
「…何のようですか?」
凡そのことを理解し、頭を抑えつけられてるかのように言う。
「そんなこわい顔しないでぇ」
水銀燈は頭を撫でるかのように言う。
「私は貴女を助けに来たんだから」
ふふふ、そう水銀燈は残した。