チョキン……チョキン……。
 桜田家の縁側で、軽やかな鋏の音が響く。同時に、木の小さな枝が一つ、また一つ庭先
に落ちる。
「……こんなものかな?」
 鋏を操る手を止めると、蒼星石は呟いた。彼女の前には、松の盆栽が鎮座ましましている。
上から、横から、蒼星石はたった今自分が手入れした盆栽を見つめた。その目は真剣そのものだ。
「う〜ん……」
 発育が悪い枝はないか。逆に、育ちが良すぎて全体のバランスを悪くしている枝はないか。
とはいえ、それらの全てを取り除いては、逆に、その盆栽の良さを殺してしまうことにもなりかねない。
 どれくらいそうしていただろう。蒼星石は、ようやく満面の笑みを浮かべた。
「よし!」
「……何が『よし!』ですか、蒼星石」
「あ、おはよう、翠星石」
 爽やかな笑顔の蒼星石と対照的に、翠星石は、ことさら憂鬱そうに溜息をついた。
「朝っぱらから盆栽の手入れだなんて……いつからそんなにジジむさくなったです、まったく」
「酷いなぁ、そういう言い方」
 苦笑する蒼星石に、翠星石が畳み掛ける。
「おまけに、よりによって庭師の鋏をそんな……」
「そんな?」
「……そんな形に変えるなんて」
 蒼星石は、手の中の剪定鋏を見た。金銀に彩られ、豪奢な作りの剪定鋏だ。実を言うと、庭師の鋏は
蒼星石の意思で、どのような形にも変わる(基本的なデザインは同じだが)。一般的な剪定鋏、日本の
植木職人が使う刈込み鋏、通販でもお馴染みの高枝切り鋏など……。
「如意棒みたいだな、その鋏」
 ジュンの声だ。蒼星石と翠星石はジュンを見、別々の反応をした。

「おはよう、ジュン君」
「いつからそこにいたです? というか、どこから涌いたです、チビ人間」
「今さっき、そこのサッシの隙間から」
「はいはい、すごいですぅ」
 呆れ顔の翠星石と、あっさり流されて不満そうなジュンとを交互に見ながら、蒼星石はクスクス笑った。
「本当、二人とも仲が良いんだね」
 蒼星石の言葉に、ジュンと翠星石は揃って驚愕の表情を浮かべながら、互いに顔を見合わせた。
「冗談じゃないですぅ! こんな引き篭もりのメガネチビなんかと仲良しになんぞなりたくないです!」
「ハンッ! こっちから願い下げだ! ていうか、食い意地の張った、毒舌性悪人形なんかと仲良くできるもんか!」
「なななななんですってえぇぇぇ! チビ人間、そこになおりやがれです! 成敗してやるです!」
「性悪人形こちら、手の鳴るほうへ♪」
 と、笑いながら部屋に逃げ込むジュンを、翠星石が追いかける。ケンカするほど仲が良いということわざもあるが、
この二人の場合、実際のところどうなのだろう。蒼星石は、そんなことを考えながら、庭の隅を見た。
 そこには欅が生えていた。それなりに大きな木ではあるが、手入れが出来ていない。枝は生え放題、伸び放題である。
 蒼星石は、どこか嬉々とした表情で欅に歩み寄り、登った。木のてっぺん辺りは、何本もの枝が、斜めに張り出している。
その内の一本の枝に跨ると、蒼星石は鋏――植木用の刈込み鋏――を現出させた。
「……手入れのし甲斐がありそうだなぁ」
 いかにもやる気満々といった感じで、二、三度鋏を開閉させ、蒼星石は手近な枝に狙いを定めた。普段は理知的なその目が、
微妙に変な光を帯びている。口元も妙にひくついている。
「うふふふふ♪ そ〜れっ!」

続くかも(多分)。

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