のフィールドへの鏡をくぐると水銀燈は大きく羽根を広げながら、ベッドの上に横になっていた。
「来たわねぇ」
水銀燈は眼を閉じたまま、落ち着いた声をかけた。真紅は無言で立ち尽くす。
フィールド内のあたたまった空気が真紅に絡むようにして森の広場の方向へ駆けていく。
真紅は水銀燈を見つめる。さらさらの銀髪の上に緩やかな曲線を描いて装着されたヘッドドレス。
切れ長の目とキャッツアイのような長細い瞳。典型的なゴシックロリータ服。血色の悪い透き通るような白い肌。
紫のスカートの先に縫い付けられた逆十字。ほっそりとした長い足。
「照れるわあ」
水銀燈は目を開いた。
「真紅たら、見つめるんだもん」
舌足らずな甘え声で言い、半身を起こす。真紅の顔面を横目で見る。
「まいったわあ。テカテカ光ってるわよお」
大きく広げた羽根をゆっくり撫でる。
「勝ち目ないわあ、ねえ、真紅。あなたったら、ミーディアム使えるのよねえ。
ミーディアムとは卑怯よお☆」
おどけて言いながら、ゆっくり立ちあがる。小首をかしげて、真紅の機嫌をとるように言う。
「せめて、ブッとばすのは、広いところにしてよ。ここだと満足に翼も広げられないじゃなあい。
あまりにフェアじゃないわよ。そうよねえ?」
真紅はぎこちなく頷いた。水銀燈が失笑した。
「変な子よねえ、真紅は。問答無用でブッとばしてしまえば、簡単にカタがつくじゃなあい」
水銀燈は顎をしゃくり、メイメイとともに、真紅の脇をすり抜けるようにして
自らの住む廃教会から出た。先に立って歩きはじめる。真紅は大きく息を吸い、下腹に力をいれて
水銀燈に従う。
「鮮やかよねえ。いい月。満月だったのねえ、今夜は」
水銀燈は夜空を仰いでうっとりした声を出す。
真紅は生唾を呑む。心臓が壊れそうに暴れている。
「真紅も深呼吸してごらんなさあい、落ち着くわよお」
とたんに真紅は、弾かれたように拳を構えた。
「あいかわらず気が短いのねえ、真紅は。そんなに私を殺したいの……」
水銀燈は嘆息した。森の広場は、生茂る木々に囲まれてほぼ無風で、
木々に縁取られた天から夜露がゆっくりおりてくる。
真紅は水銀燈の翼の先の鋭角が夜霧に丸まっていくのをぼんやりと見た。
「どうやら、今夜が私の命日になりそうねえ。どうあがいてもミーディアム付きにはかなわないもの」
呟きながら、水銀燈は翼をゆっくりと長くのばした。
水銀燈の濃い黒が夜に溶け込んでしまうのにくらべて、真紅のテカテカした
鮮血のような赤い装束は月のきらめきを青白く反射して、圧倒的な存在感があった。
「嫌ねえ……勝ち目の無い勝負をするのは……」
ふたたび水銀燈は嘆息した。首を左右に振り、溜め息をつく。
「満月の夜。真紅を見ると。光る顔。夜露のごとし私の心。辞世の句よ。
ひどいものねえ。これでけっこう動転してるのよお。真紅の手にかかって死ぬなら運命だって、
さっきまで思ってたんだけど、やっぱりお父様に会えないまま死ぬのは嫌よ」
表情が変わった。上段に構えた。隙がなかった。どうせ死ぬならば、真紅の腕の一本も
切り落としてやろうという気迫が水銀燈の華奢な体から溢れていた。
真紅は胴を震わせた。水銀燈の闘争心に圧倒されていた。
自身の中途半端さを心底自覚させられた。