第一話

暗い。
僕は暗がりの中、足を抱えて座っている。
明るい音楽が外から聞こえてくる。子供の笑い声、ムチの音、拍手。
「さあ、次は世にも珍しい、生きた人形です!」
ムチの乾いた音と共に僕は舞台に上がった。
舞台の真ん中には、黒いタキシード、シルクハットを身につけ、片手にムチを持っている大柄な男が立っている。
彼が僕の今のマスター。
子どもたちが僕をじっと見つめる。僕は恥ずかしくなって頬を赤らめ、目をそらした。
そのとき、子どもたちは僕に向かって石を投げつけ始めた。
「インチキー!こんなのインチキにきまってるじゃーん!」
子どもたちの中でも体が一番大きい子が言った。
「痛い、痛いよ、やめて!」
たくさんの石が僕に向かって飛んでくる。僕はその場で頭を抱えながらかがみ込んだ。
「まぁまぁお客さん!待ってよ。ね?」
とっさにマスターが止めに入る。しかし僕はもう体中傷だらけでボロボロだ。僕はそっと立ち上がった。
「ボソ・・・ほら、これを使って・・・分かってるな・・・失敗したらタダじゃ・・・。」
マスターはそう言うと、僕にムチを差し出した。
「さあさあ、今度は生きた人形がライオンを自由自在に操ります!」
檻からライオンが出てきた。僕は緊張したが、マスターに教わったとおりにムチを叩いた。しかし、
「ああ!やめて!うわ、怖いよ!助けて、マスター!」
ライオンは僕に襲いかかってきた。僕は必死に舞台の上を逃げ回った。
子どもたちは僕を指さして笑っている。
「う、あああああ!!!痛いよ!!やめて!!!」
ついにライオンは僕の左腕に噛みついた。
そして噛みついたまま僕を振り回して、地面に何度も叩き付けた。
子どもたちの笑い声がだんだんと遠くなっていく。
僕は気を失った。

第二話

僕は目を覚ました。どこか見覚えのある、古いアパートの一室。
ああ、これは夢だな、と思った。時々、これは夢だと分かるときがある。
今、僕がここにいるはずがないもの。
襖が開くと、中背で、ひょろっと痩せた男が入ってきた。
「目が覚めたか?おはよう。」
彼は僕のマスター。いつも優しい笑顔をしている。僕は彼に恋をしていた。
「おはよう・・・マスター・・・・。」
僕は顔を赤らめ、小さい声でそっと応えた。
マスターはちょっと驚いた表情を見せると、また微笑み、
「今日はお客さんが来るんだ。翠星石と静かにしていてくれよ。」
そういうと、マスターは行ってしまった。僕はまだ胸がドキドキしている。
翠星石は僕のお姉さん。緑色のドレスを着た、長髪の可愛い少女だ。
僕は翠星石のいる部屋に駆けつけた。
「ねえ翠星石!僕、マスターとお話しできたよ!!あのね、僕がね・・・・・・」
僕は照れ屋さんで、初めの頃はマスターに喋りかけることが出来なかった。
翠星石はそんな僕の悩みを全部聞いてくれた優しいお姉さん。そして今も僕の話を微笑みながら聞いてくれている。
古いアパートで僕とマスターと翠星石。貧しくて毎日苦労が多いけど、とても幸せだった。
話が終わり、僕は翠星石と一緒に居間の方に向かうと、居間からマスターが出てきた。
「お前達、話を聞いていたのか?」
僕はびっくりして、ただ下を向きながら真っ赤な顔を横に振るだけだった。
「いいえ、翠星石たちは今さっき来たばかりですぅ。」
翠星石が付け加えた。
「そ、そうか・・・あ、あの、実は蒼星石に、ちょっとの間、儲かるバイトをしてもらうことになってな。」
マスターが言うや否や、居間から大柄で黒いタキシードを着た男が出てきた。
「あ、こ、こんにちは。」
僕は挨拶をすると、男は僕を両手でひょいと持ち上げた。
「おお!本当に生きているのか!?どれどれ?おお、凄い!!」
男は僕の体のあちこちを触り、驚愕の声をあげた。そしてそのまま帰っていった。
バイトは泊まり込みらしくて、ちょっとの間、会えなくなるらしい。
その日の晩、三人でパーティーを開いた。ご飯とおみそ汁と小さなハンバーグ。僕たちにとってはご馳走だった。
会話はなく、食器の音だけが響く、静かなパーティーだった。
ちょっとの間だから大丈夫。僕は自分にそう言い聞かせ、他には何も考えないようにした。
でも次の日の朝、揺れる馬車の中、ちょっとだけ泣いた。

第三話

僕は小さなテントの中で目を覚ました。周りは真っ暗で、静かだ。
そこへ、ランプとムチを持ったマスターがテントの中に入ってきた。
「お、なんだお前、目を覚ましたのか。」
マスターはしゃがみ込んで僕の顔をのぞき込む。僕はランプの灯りがまぶしくて、目を細めた。
「これから今日最後の公演なんだ。でも、お前、これじゃあ出られないな。」
マスターは僕の左隣にある、ボロボロの何かの塊を見た。
一体あれは何だろう?僕はマスターに聞こうと思って口を開きかけたとき、自分のある異変に気づいた。
左腕の感覚がない。
僕はとてつもない恐怖を覚え、とっさに自分の左手を見ようとした。無い。
震えながらボロボロの何かの塊をよく見ると、それはライオンに無惨に噛みちぎられた僕の左腕だった。
「ああ!僕の腕!!」
僕は狂ったように叫んだ。
「ピシッ!!」
それと同時にマスターは僕の顔をムチで叩いた。あまりの痛さに涙がにじみ出る。
「これから公演なんだ。うるさくするんじゃねぇよ。」
腕を失った悲しみから混乱しているのだろうか、怒りがこみ上げてきた。
「マスター・・・僕、このバイト辞めます。前のマスターに頼んで辞めさせてもらいます。他のバイトを探します。」
僕は真剣な、怒りに満ちた目つきでマスターを睨んだ。押さえた声が震えている。
するとマスターは僕を、驚いたような、よく分からないような、見下したような目で見た。
「は?バイトだって?お前、何か勘違いしているようだな。お前は売られたんだよ。お前はもう俺の所有物なんだ。」
僕は最初、マスターが何を言っているのか分からなかった。
「そうか。お前、騙されたんだな?そういやこの話はお前だけには直接聞かせていなかったしなぁ。
 お前は前の主人にも姉にも見捨てられたんだよ!」
「嘘だ!!!」
僕はマスターの足に飛びかかった。それと同時にマスターのムチが飛んでくる。
「ピシッ!!!」
僕は後ろにぶっ飛んだ。
マスターはそのままテントの外へ出て行った。テントの中はまた暗く、静かになった。
しばらくすると外から人々の拍手や、明るい音楽が聞こえてきた。
僕は布団の中で縮こまり、声を殺して泣いた。

第四話

次の日から僕は公演に復帰した。片手を失ったものの、公演にさほどの支障はなかった。
なんだかんだ言って、僕は人気者だった。お客さんはたくさん来て、お金もたくさん稼ぎ、マスターも満足そうだ。
しかし僕の生活はあまり良くならなかった。
暗いテントの中で食べる冷たいご飯。毎日のように浴びる、子どもたちからの罵声。そして底知れぬ不安。
「もうそろそろこの町ともお別れだな。」
マスターの突然の言葉。でもちっとも未練はなかった。
曇りのない寒い夜、馬車は動き出す。とても静かな出発だった。
馬車の中、僕も動物たちと一緒に寝ようと、みんなの所へ寄り添ったが、近寄るとみんなは僕に牙をむいた。
僕は馬車の後ろの方へと追いやられてしまった。すきま風がとても寒い。
寒くて眠れないので馬車の後ろから外を覗いた。
一面の星空と広い平原。僕たちがちょっと前までいた町はもう見えなくなっていた。
マスターが言うには北へ向かっているらしい。どんどん前の家族のいる町から離れていく。
今頃前のマスターと翠星石は何をしているのだろう・・・。
僕は本当に売られたのだろうか?信じたくはなかったが、自分に自信が持てなかった。
僕を売ったお金で少しは裕福になっただろうか?それとも足しにならなかっただろうか?
僕がいなくなって寂しくなったのだろうか?それとも、寧ろせいせいしたのだろうか?
ふと涙がこぼれた。夜風が冷たい。
僕は外から顔を引っ込め、体を丸くしてそのまま眠りについた。

第五話

次の日の夜、町が見えてきた。川と城壁に囲まれた小さな町だ。
橋を渡ると大きな門の前に着いた。マスターは馬車から降りてちょっと門番と話をすると、門が開き、入っていった。
また次の日、準備を済ますと、夜、公演は始まった。
人がたくさん来ている。しかし、あまり楽しんでいるようには見えなかった。
「さあ、次はなんと、生きた人形の登場です!!」
(ざわ・・・ざわざわ・・ざわざわざわ・・・・)
急に観客達が騒がしくなった。やはり生きた人形など信じられないのだろうか?僕は緊張した。
僕は乱れた服を整え、深呼吸をして、舞台へと歩いていった。そのときだった。
観客達の言葉にならない悲鳴、絶叫。叫び・・・。
今までこんなに驚かれたことはなく、僕もびっくりした。しかしそれだけではなかった。
「痛い!やめてください!あ!やめてえ!!」
観客達は僕に向かってあらゆるモノを投げてきた。石、瓶、缶、食べ物、椅子・・・。
前の町のようないたずらとは違った、狂気じみたモノを感じた。
「出て行け、悪魔!殺してやる!消えろ!!裁きを受けろ!!」
今まで浴びせられたことの無いような罵声の数々。
「お客様、今回の公演はここで中止にさせて頂きます!」
マスターは叫んだ。しかし観客達は収まらなかった。
そしてついに舞台へと乱入してきた。体格の良い、男数名だ。
金髪の男は僕の髪を掴み、持ち上げ、肌の黒い男が僕の腹にパンチを入れた。
「ぐはっ・・・やめ・・・て・・・。」
しかしリンチは止まらなかった。何度もパンチが僕の腹にはいる。
そのときだった。頭の禿げた、目が黄色い老人がこちらに向かってきた。
老人は男数名に話しかけて落ち着かせた。こうして公演は終了した。
老人の話によると、今から数十年前、生きた人形がこの町の子どもたちを喰い殺したという言い伝えがあるらしい。
その人形は銀髪の悪魔としてこの町で一番恐れられているらしい。
それ以来、この町からは人形はなくなったらしい。銀髪の悪魔の再来を恐れてのことだ。
その夜、たき火を焚きながらマスターは言った。
「この町は失敗だったな。明日には出発するとしよう。」
僕も同意した。これ以上ここにいては危険だ。
しかし、あることに気づいた。僕の帽子がない。どこかに飛んでいってしまったのだろうか?
そうだ。そういえば町の入り口の休憩所で帽子を脱いだままにしたぞ。
取りに行こう。しかしこんな時間だ。いや、こんな時間しか取りに行くチャンスはないだろう。。
僕はこっそりと町の入り口へ一人で向かった。

第六話

大事な僕の帽子。命の次に大切な一番の宝物。
「この帽子、可愛いね。」
前のマスターは一度、僕の帽子をほめてくれた。僕はそれがとても嬉しくて、その瞬間から僕の一番の宝物。
僕は夜の町を歩いた。家々はしんと静まり、まるで大きな岩のようで、人気を全く感じない。
休憩所に着くとすぐに帽子を発見した。テーブルの上にちょこんと置いてある。
帽子を被ると、僕は元来た道を戻る。相変わらず人気を感じない町。まるで人々が夜を恐れているように。
「あれ?おかしいな・・・。」
元いた場所に帰ると、なぜかマスターや馬車はそこにはなかった。
「忘れておいてかれちゃったかな・・・。」
僕は急に不安になった。このままだと僕はどんな目に遭わされるか分からない。
ふと、真後ろに人気を感じた。
(まさか見つかったのかな・・・?)
僕は恐る恐る後ろを向くと、子供が一人立っていた。
小柄で眼鏡をかけていて黒色の髪はぼさぼさな男の子だ。年齢はおそらく五歳くらいだろう。
「ねぇ君、お父さんとお母さんは?どこから来たの?」
「ボク?お父さんとお母さんは外国だよ。お姉ちゃんと二人で暮らしているの。あっちから来たんだよ。」
そういうと子供は僕の来た道の方向を指さした。
「う〜ん、とにかくお家に帰った方がいいよ。ね?」
(グ〜)
急にお腹の音が鳴った。そういえば夕食はまだ食べていない。
「おなかすいてるの?・・・・・・・・・はい!」
子供はポケットに手を入れるとひとかけらのチョコレートを出して僕にくれた。
「ありがとう。・・・・・・・モグモグ・・・・・・・・甘ぁい・・・・・・・おいしいよ・・・・・・・。」
チョコレートなんてもう何日ぶりだろう。とてもおいしかった。あまりのおいしさに涙が次々とこぼれた。
「さあ、もう夜も遅いからお家に帰った方が良いよ。お姉さんに心配かけちゃダメだよ。」
僕は涙を右手で拭いながら言った。
「お姉ちゃん?大丈夫。ボクが外に出ているなんて思わないよ。」
「え?どうして?」
僕が訪ねる前に子供は家の方へと走って行き、闇に呑まれて消えた。
とにかく今日はもう遅いからここで寝るしかない。しかしとても寒い。
僕は近くに落ちていた新聞紙で身を包んだ。それでもかなり寒かったが、我慢して、眠った。

第七話

次の日の朝も子供は来た。僕のためにおにぎりを三つ持ってきてくれた。
「はい、これおにぎり!この町ではね、おにぎりに苺をいれるんだよ!」
「あーっ、僕のために?ありがとう。」
初めて食べる味だったが、とても美味しかった。
「ところでさ、君、昨日、お姉さんは君が外に出ていると絶対思ってないって言ってたよね。なんでかな?」
僕はおにぎりを食べながら質問をした。
「うん、僕ね、お外に出るのは今日が初めてなんだ。お姉ちゃんも外に出たことがないよ。」
「え?なんで?」
「お外はね、危険だから出ちゃダメなんだって。外には悲しいことや怖いことがたくさんあるんだって。
 お外のことは知らない方が良いんだって。だから出ちゃダメだって、お父さんが言ってたの。
 でもね、昨日の夜にお兄ちゃんを見てね、ついお外に出ちゃったの。」
この子はとても純粋な目をしている。僕は急にこの子のことが可哀想に思えた。
「そうなんだ。でもお外にも楽しいことはたくさんあるよ。好きなところに行けたり好きな人に会えたり。ね?」
「それならお家の中にいても出来るよ。」
「え?どういう事?どうやって?」
僕はドキッとした。すると子供は両目を閉じた。
「ほら、目を閉じるだけで好きなところに行けたり好きな人に会えるよ。今ね、お父さんがそこにいるんだ。」
子供は右の方を指さした。しかしそこには何もなかった。
僕も言われるがままに目を閉じた。
僕は古いアパートの中にいる。ここは僕が昔いた部屋だ。
「あっ!」
僕は部屋の奥に前のマスターを見つけた。寝っ転がりながらテレビを見ている。
「マスター、僕だよ、マスター!」
僕は力一杯マスターを呼んだ。するとマスターは立ち上がり、僕の方へ歩いてきた。
そして微笑むと、僕の腹を強く蹴飛ばした。僕は後ろに吹き飛んだ。
目を開けると、男数人に囲まれていた。子供も住人達に囲まれ、姉と思われる少女に抱きつかれている。
「ふえ〜ん、怖かったでしょう?お姉ちゃんが来たからもう安心よぅ!」
おそらく七歳くらいだろうか?泣きじゃくっている。そしてそのまま弟を家の方に送っていった。
「さて、よくも子供を喰おうとしてくれたな、この悪魔が!」
男達は僕を踏む、蹴るなど、リンチをした。
「痛い!僕はあの子を食べようとなんかしていません!やめてください!痛いよ!」
必死に無実を訴えたが、リンチは止まなかった。
「この腕か!?この腕がやったのか!?片手人形!!」
男は僕の右腕を持ち上げ、そしてナイフを取り出した。
「やめてください!おねがい!切らないで!痛いよ!あ・・・ああああーーー!!!」
男は僕の腕を切り裂き、ついには腕をちぎってしまった。
「はっはー!腕を取ったぞー!!」
僕は痛みを忘れ、呆然と自分の右腕を眺めていた。
「これ、やめないか!!」
そこへ、前に僕を助けてくれた老人がやって来た。あっという間にリンチは止んだ。

第八話

「君、君の主人はもう出発してしまったぞ。今急げばまだ間に合う。門が閉まる前に追いつかないと置いて行かれるぞ。」
老人はしゃがんで僕に話しかけた。僕ははっと気づき、立ち上がると、老人が帽子をかぶせてくれた。
「おじいさん、ありがとうございます!」
急がないと間に合わない。お礼を言うと、僕はただ一心に走った。
しばらく走るとマスターの馬車が見えた。門のすぐ前にいて、門はゆっくりと開いていった。
マスターを呼ぼうかと思ったが、息が切れて大きい声が出せなかった。
全力で走ってギリギリで間に合いそうだ。そう思っていた矢先だった。
「う・・・うわっ!」
僕は石につまずいて転んでしまった。帽子が転げ落ちる。
僕は帽子を取ろうと思った。しかし僕には手がないのでどうしようも出来ない。
「う・・・・あ・・・・どうしよう・・・。」
僕は焦った。門が完全に開き、馬車はまた動き出そうとしていた。
「ごめん・・・さようなら、僕の大切な帽子・・・。」
僕は立ち上がると帽子を捨てて走った。
「ねえ、翠星石、僕ね、マスターにこの帽子をほめて貰っちゃった!」
「そうですか?よかったですね!よっ、この色女ですぅ!」
急に帽子の思い出が頭をよぎる。しかし、ここで走らないで迷っていたらこの町で僕は壊されてしまう。
僕は泣きながら走った。涙がボロボロとこぼれ落ちる。しかし手がないのでそれを拭うことは出来なかった。
「はぁ・・・はぁ・・・マスター!僕だよ!」
やっと馬車に追いついた。僕は馬車に乗せて貰おうと馬車の先頭の方に行った。
マスターは手綱を握っている。ちらっと僕を見ると、また前を向いた。
「はぁ・・・ねえ、マスター、・・聞こえてますか?・・・はぁ・・・・乗せてください!!」
僕は必死にマスターに呼びかけるが、乗せてくれる気配はない。
「おい、お前・・・腕は?それに服もボロボロじゃないか。それに顔も傷だらけだな。」
マスターは前を向きながら話しかけた。
「あの・・・ちょっと・・・。」
僕は答えに困った。
「お前はもういらない。」
「そ、そんな、マスター!あなたがいないと僕はのたれ壊れてしまいます!お願いします!僕、壊れちゃいますよ!」
いきなりの宣告に驚き、必死に訴えた。目は涙ぐんでいる。
「いいか、お前は人間じゃあない。人形なんだ。壊れた人形なんて誰も見たくないんだよ。」
そういうとマスターは僕の頭を右手で掴み、川へと放り投げた。

第九話

気が付くと、僕は川の中、木の枝に引っかかっていた。流れの先を見ると滝になっている。
僕はひとまず助かったのだろうか・・・。木の枝を掴もうと体をひねらせた。
「うわっ!!」
僕はバランスを崩しかけた。そういえば僕は両腕を失ったんだ。
仕方なく両足を使って木の枝を辿り、なんとか岸にたどり着いた。
無茶をしたので体中、木の枝で傷つけられてしまった。びしょびしょになってしまい、風が冷たい。
森を抜けると平原が広がっていた。天気は晴れていてのどかだ。
さて、これからどこへ行こうか・・・。
するといきなりお腹が痛くなってきて、吐き気をもよおした。
「うっ・・・・ゲーッ・・・・・・・・・・・・あ!レンピカ!」
なんと僕の口からレンピカ、人工精霊が出てきた。
「レンピカ・・・前のマスター達のもとに残ったんじゃなかったのか。僕のそばにいてくれたんだね。」
僕はレンピカに頬ずりをした。
するとレンピカは光だし、僕から見て右の方向へ動き出した。
「レンピカ・・・・こっちの道で正しいの?」
僕はレンピカに従って歩くことにした。
歩いた。延々と歩いた。しかしどこまで歩いても平原が広がるだけだった、
それでも僕は歩いた。夜になり、朝になり、夜になり、朝になり、僕は歩いた。
道ばたの草や木の実や虫で空腹をしのいだ。
そして僕は歩いた。それでも平原は広がっていた。まるで時間が止まったようだ。
あれから何日たったのだろうか?僕はすっかりやつれてしまった。
「!!!!!!!」
急に言葉にならない衝撃が襲う。知っている道に出たのだ。
僕は走った。走った。もうすぐ前のマスターや翠星石に会える。
しかし急に足が止まった。
「お前は前の主人にも姉にも見捨てられたんだよ。」
僕を川に投げ捨てたマスターの声が急に響いた。
怖くなった。
それでも・・・・僕は・・・確かめなくてはいけない・・・。
僕は思い足を引きずり、また歩き始めた。
そして、前のマスターと翠星石が暮らしている町が見えてきた。

第十話

ついに・・・ついに僕は前のマスターと翠星石のいる町に着いた。
僕は疲れていた。
懐かしい、昔二人と一緒に散歩した、車道脇の道を歩き、アパートへ向かった。
すると聞き覚えのある声が聞こえてきた。ちょっと前を見るとマスターと翠星石が歩いていた。
僕は声をかけようとしたが、ちょっと二人の様子がおかしかったのに気づいた。
とても幸せそうだ。
僕がいないのに、何故あの二人はあんなに幸せそうに笑っているのだろうか?
jこたえは決まっている。僕は売られたからだ。二人にとって、僕は邪魔でどうでもいい存在だったのだ。
僕は二人を信じていたのに・・・こんな姿になってまで二人を捜したのに・・・僕は、僕は、僕は・・・。
憎い。
「レンピカ!」
僕は人工精霊を鋏に変え、それを口で持ち、近くを通ったトラックのタイヤを潰した。
「あ!危ない!!」
(キキーッ!)
トラックはバランスを崩し、二人が歩いている方向へ突っ込んだ。
「きゃーっ!!!」
一瞬の出来事だった。翠星石の右足がトラックに潰されてしまった。
僕は事故の現場をただ呆然と眺めていた。
僕は最低だ。

第十一話

僕はマスターと翠星石の住んでいるアパートの近くの茂みに身を隠し、一晩を過ごすことにした。
歪んだ満足感と強烈な自己嫌悪感が僕を襲う。
僕はずっと一面の星空を眺めていた。
しかし、一時間たっても二時間たっても二人は帰ってこない。
結局その晩、二人は帰ってこなかった。
次の日の早朝、僕は茂みの中で、アパートにやってくる二人を見つけた。
翠星石は右足を完全に失い、車いすに乗り、マスターに押してもらっていた。
僕は少し心が痛んだ。
しかし、二人はまるで昨日の事故を忘れたかのような満面の笑顔で楽しそうにお喋りをしていた。
二人はとても・・・とても幸せそうだった。
翠星石はジャンクになってもマスターに愛してもらえるんだね。
二人はそのままアパートに入っていった。
僕はドアが閉まるのを見計らい、アパートのドアの前に立つと、
「さようなら。」
そう一言言い残し、罪を償った。
「行くよ、レンピカ。」
僕はレンピカを連れ、不自由な体を引きずりながら南へと向かった。
終わらない旅。

最終話

「さて、遅くなったですけど朝食を作るです。」
翠星石は急に言った。
「一人じゃ無理だよ。これからは僕が作るよ。」
「なに言ってるですか!片足が無くても料理くらい出来るです。手伝いもいらないです。足手まといになるですから。」
そういうと翠星石は車いすで台所へと向かった。しかし僕は心配で、じっと翠星石を観察していた。
翠星石は片足で頑張って立ち、魚を切り始めた。しかし今にも倒れそうにふらついている。
「きゃっ!」
「危ない!」
翠星石が倒れる寸前に僕は彼女の元に駆けつけて、肩を支えてやった。
「まったくあぶなかっかしいなあ。僕がこうやって支えてやるから。」
「ふ・・・ふん!よけいなお世話ですけど、まぁ勝手にやるがいいです。でも、くれぐれも邪魔はするなよです!」
翠星石は相変わらず口は悪いが、どこか嬉しそうでもある。
そしてまた翠星石は魚を切り始めた。
狭いアパートに僕と翠星石の二人っきり。貧しいけれど僕たちはとても幸せだった。
「お、そうだ。新聞を取りに行かなくちゃな。」
僕は翠星石を放して新聞を取りに行こうとした。
「おーっとっと!こ、こら!手を放すなです!バランスが崩れるでしょうが!!」
「ぷっ。」
僕はつい吹き出してしまった。
「な、何が可笑しいですか!・・・一緒に取りに行くです。」
結局僕は赤面した翠星石を連れて玄関まで行った。
(ガチャ)
「・・・・・うわっ!?」
玄関を開けると地面に小さなヒトの足が置いてある。よく見ると人形の足だった。
「この足は・・・。」
翠星石は地べたに座り、足を持ち上げながら言った。
「この足はきっと蒼星石が故意的に置いた物です。何故だか分からないけど、きっと翠星石にくれるつもりなんです。」
「え?なんでそう思うんだ?」
「双子だから時々相手の考えが分かるときがあるんです。きっとそうです・・・。なんでこんな事・・・。」
翠星石は悲しそうな目をした。
「じゃあ、なんとかあいつを探してこれ、返すか?」
「返しても、神業級の職人でなければ直せません・・・。蒼星石もきっとそれくらい分かってるはずです。」
「じゃあお前にもこれを付けることは出来ないんじゃないのか?」
僕はそう言うと、翠星石は僕の方を真剣な目つきで見た。
「一つだけ、足を付ける方法があるです。お前ならきっと私に足を付けられるはずです。
 ・・・・・でも、お前では蒼星石にはこの足を付けることは出来ないです。」
「え?それって一体どういう・・・。」
僕が全部言い終わる前に翠星石はよろよろと家の中に入っていった。
僕は翠星石の言ったことが全く分からなかった。
僕も足と新聞を取り、家の中に入り、また翠星石の手伝いをした。
こうしてまた幸せな一日が始まる。



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あとがき

いやぁ、途中からダラダラとかなり悪くなってしまった・・・orz
最後まで読んでくれた方、ありがとうございますた。
これから蒼星石達はどうなるのか?というのは皆さんのご想像にお任せですぅ。

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